俺は磯崎哲夫。五十六歳。
今日職歴三十年以上のベテラン教師だ。
今は東中学校の教頭に就いている。
俺が中学生の時は非常に厳しく、教師に口答えなんてしようものなら殴られて当然の時代だった。
だから俺はここまで立派に育った。
それが、今はなんだ。
生徒に説教すればすぐにハラスメントだ、なんだと。
そんな子供を甘やかすから教師が馬鹿にされるんだ。こっちが教えてやっているというのに敬意も払わずタメ口で離す生徒。
説教すれば言い訳ばかりでまるで反省の色を見せない。
日本の失われた三十年とか世間では言われているが、それは間違いなく教育にある。甘い教育をしたから、子供はダメになったんだ。
日本を取り戻さなきゃいけない。
誰もやらないなら、俺が。
今、うちの学校には頭がずば抜けて良い生徒がいる。
しかし、所詮は子供だ。出された問題にしか答えられない社会を知らない子供だ。
そんな社会を知らない子供が大人を馬鹿にするんだ。
何も知らないガキが。俺が教育してやらなきゃいけない。
俺は正しいんだ。
俺より年下のガキが大人を舐めるから悪いんだ。
ーーー
「あれ、ここどこ?」
急に思考がクリアになった。
どこ、と口にしながらも病院にいることは理解していた。
辺りを見回すと誰もいない。
一人部屋だ。
なんだこのVIP待遇。
湖や街の絵画が飾ってある。
頭に触れてみると包帯が巻かれていた。
服は制服のまま。
掛かっている時計の日付は最後に見たのと変化ない。
窓の外は日が沈みかかっている。
と、ノック音が部屋に響いた。
「どうぞ」
「失礼しま〜す!」
「リアルナースだ……」
「船戸さん起きられたんですね〜。どうですか、気分とか?」
「君、志望動機は?」
「頭とか痛くないですか〜」
「ガクチカは?」
「包帯交換しますね〜」
「ほう、素晴らしい。では将来のキャリは?」
「ここに来た時の状況って覚えてらっしゃいますか〜?」
全然相手にしてもらえない!
手慣れすぎている!!
「いえ、全然」
あまりのスルースキルに私は若干ショックを受けながら答える。
「ここで起きる前の最後の記憶ってなんですか〜?」
「幼馴染におんぶされていたことですね!」
「えっ?」
えっ? ってなに。えっ?って。
怖いんですが。
「じゃあ、ここにいる理由とかわかりますか?」
「曇りガラスに頭から突っ込んだから、です」
「なるほど」
ナースさんは何かメモする。
それからしばらくあれこれ聞かれていると病室の扉が開いた。
「医院長、お疲れ様です!」
看護師がパッと立ち上がると入ってきた老人にお辞儀をする。
医院長は私を見ると笑顔になった。
なんか、カワイイ。
そして早口で説明し始めた。
どうやら医院長さんは私のyoutubeファンらしく、登録者数が一万人に満たない時点から見ていてくれたらしい。
医院長さんにとって私はVIPらしく、急遽この部屋を用意してくれたそうだ。
ありがたや。
その後、色々体の状態を説明された。
どうやら私は病院についた時ナースさんと医院長さんと会話したらしい。
その時はとても普通に受け答えができていたらしく、なんだったら冗談まで言っていたらしい。
なるほど。
それならさっきのナースさんの反応も納得できる。
ていうか、全く記憶にないのがコワイ。
医院長さんに聞いてみると、後遺症とか問題は特になくこの後の検査で問題なかったら退院できるそうだ。
軽い脳震盪らしい。
医院長的には私にもっと病院いてほしくないのかと聞いたら、元気に活動している姿を見たいと答えられた。
あとサインも頼まれた。
職権乱用するとこ以外はいい人だ。
その後、検査したが特に問題は見つからず私は無事退院することができた。
帰りの車のなか「あんまり危ないことしないでよ」と母親に釘を刺される。
「間違ってるから間違ってるって言ってるだけだもん」
「でも、それでそんな怪我してたら危ないじゃない。あんただって一応女なんだから顔に傷とか残ると後で後悔するわよ」
「一応って、れっきとしたレディなんですが……」
「ヒロくん、あんたのこと相当心配してたわよ。あんまり危なっかしいことやってると愛想つかされるわよ」
「ヒロくんと私は愛想なんて陳腐な言葉で表せない絆があるのでセーフだよ」
「はぁ……なんでこんな変な子に育ちゃったのかしら……」
そんななんとも言えない表情をするお母さん。
ギフデッドじゃなくて普通の子供の方が良かった?
喉まで上がってきた疑問を飲み込む。
時々考える。
私はみんなに凄いと言われる。
天才だとかカワイイとか私を褒めてくれる言葉を沢山言われる。
なら、どうして私を必要としてくれないんだろう。
クラスメイトも告白してくる男子もそうだ。
話が噛み合わないと、間違った知識を私がちょっと修正するとすぐに話しかけてこなくなる。一回振られたら、それでお終い。
私が本当に必要なら一回じゃあ諦めないはずだ。もっとなんとかして私との関係を構築しようするべきじゃないのか。
私は凄いと言われるけど、それは本当なのか?
もし本当に凄いなら、みんなが私を必要するんじゃないのか。
私より全然優れていないのに、自然と人が集まってくるクラスメイトを見るといつも思う。
本当の凄さとは、ああいうことを言うんじゃないだろうか、と。
答えはわかってるのにいつも考えてしまう。
ーーー
事件から一夜。
学校は通常運行だった。
まるで何もなかったように進んでいる。
教頭先生も廊下ですれ違うと睨んでくる程度で何も言ってこない。
英語先生に聞こうかと思ったが、休みらしく姿が見えない。
なので私は大人しく学校で授業を受けていた。
といってもお絵描きや読書をしているだけだが。
学校に行かないという選択肢もとれたが、暴力に屈するわけにはいけないので親の反対をそっちのけて登校した。
学校に登校すると「大丈夫?」とねぎらいの声を数人の人がかけてきた。それを適当に返し、私は陽キャ三人組の元へ向かった。
「これ、携帯。あと、撮ったデータはどするん?」
携帯を渡された。
私のだ。
回収しておいてくれたらしい。
充電も九十パーセントある。
「適切なタイミングで投下するから、少し待って」
「わかった」
abemaの生放送が再来週行われる。
その時までに教師陣が私に謝罪をしてこなかったら投下する。
私は、泣き寝入りだけは絶対しない。絶対にだ。
私は三人にお礼を言うと逆に謝られた。
教頭の暴力を振るう姿に足が動かなかった、ごめん。と。
「別にいいよ。だけど、大事な人ができた時のために体が動かせるようにしときなよ」
助けてほしかったといえば、欲しかった。
だけど、元々助けを断ったの私は。それをあとになって攻めるのは筋が通らない。私の判断ミスだ。
もし、止めに入って彼らが怪我をしたらもっと面白い結果が見れたかもしれない、
そこは残念だ。
と、そんな話をしていると予鈴がなった。
「今日は修学旅行のルート決めしまーす。みんな班ごとに集まって、決めてくださーい」
「修学旅行??」
先生の号令にみんなが一斉動き始める。
机を六人組へと動かす。
私もそれに合わせて机をとりあえず動かす。
それが終わると一部の男子たちが班ごとの集合をかける。
はて、私はどこの班になったんだろうか。
少しの間人の流れを見て探ったが、聞いた方が早いと気づき、先生の元へ向かう。
「船戸さんはこっちだよ」
後ろから声をかけられた。
フワフワ系女子。
と第一印象が脳内に駆け巡る。
彼女の背中についていく。
どうやら私はB班らしい。
男子四人の女子二人。
私は誘導され、席に座る。
顔と名前、誰一人としてわからない。
全員メガネをかけて体が細い。
ポーカーですか?
そして何より落ち着きがない。
私は隣の女の子に視線を送ってはソワソワしている。
「さぁ、始めようか」
しばらく沈黙が続くととフワフワ系女子が声を出す。
「う、うん」
「お、おお」
情けねぇ。
「みんなの名前わからないからまず教えて!」
私の遠慮ない一言で自己紹介タイムが始まった。
フワフワ系女子は浅井瑠奈。
あと男子は天野、小西、朝日、西尾。
覚えられそうにない。
全員同じ顔に見える。
私は男子の名前を覚えることを諦めた。
「浅井さんはどこか行きたい場所ある? てか、修学旅行ってどこ行くの?」
「瑠奈でいいよ。行き先は京都」
「じゃあ、私は神様でいいよ」
「うんとねぇ、私は二条城とか三十三間堂とか見に行きたいかな、神様」
「そうか、そうか。瑠璃ちゃんはそこを見たいのか。しょうがないな〜神様が叶えてあげよう」
私は行き先を書く用紙にパパっと名前を書く。
「神様はどこ行きたいとかある?」
「う〜んやっぱ清水寺かな。同業者がいるからね。挨拶しとかないと」
「あ、やっぱ神様の中でもそういうのあるんだ〜」
ノリがいい浅井さんと私の会話はどんどんはずみ、気づけば行き先もルートも全部決まっていた。
男子は終始無言でなんのためにいるのかわからなかった。
それから修学旅行まではあっという間だった。
修学旅行内でも特に面白いイベントはなく、強いて言うならヒロくんが例の答えを出したくらいだ。
さては空気にあてられたな。
そんな邪推をしながら私は答えを受け入れ、ヒロくんは私の友達から相方に昇格した。
おめでとう。モテへの第一歩だ。
私の相方に昇格したヒロくんはとても嬉しそうで終始笑顔でやたらとテンションが高く、ちょっとうざかった。
昇格しても昇給はしないんだぞ? そもそも給料でないけど。
修学旅行が終わり、家に帰ったあとヒロくんがお土産をくれた。
普通の八ツ橋だ。
お見上げなら仕方ない。私は素直に受け取り一人で全部食べた。
数日して、abemaの生放送が行われた。
初めてのテレビスタジオに興奮しながらも、私は関係者に挨拶をしいて回る。
それが一通り終わると、スタジオには囲むようにデッカイカメラがあることに気づいた。
「お、大きい」
私の背丈より大きい。
「ちょっと触ってみる?」
カメラを凝視していると係の人に声をかけられた。
「ぜひ!!」
私は操作方法を教えてもらい、生放送が始まるまでカメラで遊んでいた。
重量感があり、まるで大砲を扱っているような感覚はとても新鮮面白かった。
一台欲しい。
だけど置き場所がない。
そんな私の悔しい思いとは無関係に生放送は始まった。
議題は不登校やギフデッドの子供たちの教育の課題について、だ。
司会者の平井さんが挨拶をし、議題名をあげ、そして事例をあげた。
そしてそこから出演者紹介に入った。
abemaは社会にある問題を二つの視点で討論する番組だ。
今回の議題の視点の一つは私。中学校に行く必要がない、という立場と、教育者側の中学校にいく必要がある、という立場だ。
教育委員会副委員長というお偉いさんがきた。
ゲスト?としては某有名ギャルと若くて新しい金髪の大学教授が来た。
「では、まずシップドアさんからお話を伺っていきましょうか。シップドアさん、今回の学校に行く必要にないという発言はいったいどういう意図で発信されたんでしょうか?」
キツネのお面を被った私にカメラが向く。
なぜお面を被ってるかって? それはもちろん、シップドアの顔は公表していないからだ。
「は〜い、シップドアで〜す」
私はカメラに向かって手を振る。
「意図を聞かれても……まぁ、そのままですよね。学校行く意味考えたら、特に私には必要ないかな〜って思っただけです。動画内で言った通り中学の学習レベルは修学済みですし、友達とかグループ活動も学校内に限定する必要もないですし、それにーー」
「それは学校を見下している! 先生や教育に携わる人に失礼だ! こういう風に軽はずみに人を馬鹿にするような人にはなっちゃいけないから、中学校に行くべきなんだ!」
うるさ!
急に大声出すなよ。
ていうか私が話している途中なんですが……。
「それ私のーー」
「ほら、そうやってすぐに言い訳をする! だからダメなんだ!!」
「ーー」
「都合が悪くなるとすぐに黙る! だから今の子供はダメなんだ! 俺たちの時代はーー」
ヤバ。
このおじさんヤバすぎる。
この短期間で矛盾したことを三つ口にした。
これはもう一種のボケと受け取っていいのか?
司会の平井さんが止まらないのを察し、教育おじさんの話を止める。
「シップドアさん、どうですか?」
えっ? また私に振るの?
オフモードで姿勢がだらけていたので、直してから私を口を開く。
「まず、聞いてもいない過去自慢をするおじさんってどのなのかっていうのが出発点で」
周囲のキャストが笑みをこぼす。
「人が話しているのに、それを遮って自分の意見をひたすら喋る人に義務教育の必要性を語られてもなぁ〜って思いましたね。義務教育受けたのに、人の話を大人しく聞けないなんて……ちょっと……。それに」
「それは間違いだ! 教育者に対してーー」
と、ここでまたも私の話を遮り話始める。
私が失礼な発言をしただとか、礼儀がなっていないだとか。
まとも司会の人が軌道修正し、別の人に話を振る。
「僕は今、聞いている限りだと、そのシップドアさんの礼儀がなってないっていうのは一理あるんですよ。ただ、この放送が始まる前にシップドアさんが僕を含めたキャストさんや関係者さん、果には番組の機材スタッフにまで挨拶をしているのを見て、とても礼儀が良いっていう印象を受けたんですよね。だらか今、この場だと多分わざと強い言葉を使ってるんじゃないかなって思うんですよね」
「あ、それわかる!」
とギャルさんが声をあげた。
「私も裏で挨拶されて、凄い質問攻めされたんですね。その時の質問の仕方とかもすごく丁寧で中学生と話している気がしませんでした。あとメッチャカワイイ」
ギャルさんの最後の一言で会場が少し柔らかくなる。
「じゃあ、少し議論を勧めましょうか。次は不登校の問題についてです」
平井さんが議論を進行する。
日本の不登校の実態をあげる。
日本の不登校は年々増加の一途を辿っており、政府はそれ対して具体的な対応策を出せていない。
「シップドアさんは、実際に現役中学生ですけど、この辺はどうお考えですか?」
「そうですね、まずその不登校者の総数だけだされてもわからないですね。学校に行きたいけど、行けないのか。行きたくないから行かないのか。それとも行く意味がないからいかないのか」
「確かにそうですね。これだけだとなんで不登校なのかわかりませんよね」
「それで、一番の問題は前者だと思うんですよ。行きたいのに行けない。クラスメイトが原因なのか、教師が原因なのか、はたまた家庭環境に原因があるのか。こういうのを調べて、その都度対応する必要があると思います。で、行きたくないからいけない場合は学力テストとか、家庭環境とか見て、行く必要がなさそうだったら別に行かせなくていいと思いますね。三つ目は、もう行かなくていいんじゃないですか? そこで無駄な時間過ごすんなら外でてボランティアとか大学の講義とか、なんだったら会社のオフィスに転がり込んだ方がまだ意味があるんじゃないかと思います。加えて学校の変な教師に教わるくらいなら、日々競争してる塾の先生に教わった方がより効率的だと思うので、私個人の意見だと学校より、個人指導のある塾に行けって感じですね」
「君は普段学校に行っていないから言えるんだ! 学校の教師の質は悪くない! そうやって普段頑張っている先生方を軽んじる発言は失礼だ! 江戸時代なんかは学習は贅沢で、働きながら教えてもらっていたんだぞ。それを知ってたらそんな軽はずみな言葉はでないはずだ!」
「えっ? じゃあ現場教師がしてきたここ数年の教育方法の改善教えてください」
「そんな現場の細かいことなんて知らん」
「ほら、こうやってすぐ嘘つくじゃん。おじいちゃん、大丈夫? 日本の教育機関の副長がこんなボケ老人だと、日本の子供が可愛そうですね!」
アハハとあざ笑うが、他のキャストは非常に複雑な顔をしている。
どうやら言いすぎてしまったらしい。
「シップドアさん、流石に今の発言は……」
「これはどうもすみませんでした。先日、教師に暴行を加えられて怪我をしたばかりなので、少々気が立ってました」
深々の頭を下げたあと前髪をあげ、オデコに貼られた包帯を見せつける。
「これ、凄くないですか。引っ張られてるの私ですよ」
そのまま隣のギャルさんにスマホで撮影してある暴行シーンの一部を見せる。
スタオジオの高性能マイクには私が必死に抵抗する音声が入ったことだろう。
「えっ!? やばっ!! ヤバすぎ!」
続いて私は録音した電話音声を流す。
騒然とするスタジオ。
『学校にお前の居場所があると思うなよ! 土下座して靴舐めなきゃ許さねぇからな!!』
続いて流れた音声に平井さんが苦虫を噛み潰したような顔をする。
ホント、ごめんなさい!!
「じゃあ、議論の続きをしましょうか。詳しいことは私のチャンネルで後日生放送しますね!」
その後、ギャルさんと金髪教授の手助けがあり、無事生放送を終えられた。
生放送の同時接続数は十万人を達成し、再生回数は数時間後に百万回を超えた。
そして、私は謝罪の嵐を起こした。
キャストはじめ番組スタッフに頭を下げて回った。
向こうにだって向こうのスケジュールや撮りたい画があったはずなのに、それを全部ぶち壊したのだ。
平井さんには、事前に言ってくれればちゃんと時間とったよ、と優しく諭された。
その後、家に帰った私はすぐさま生放送を開始し録音、録画をともに公開した。
同時接続者数は七万人を突破し、ツイッターのトレンドに入った。
生放送終了の数時間後には滝ガレが前のツイートと関連して、取り上げていた。
それから一週間もしないうちに教頭は逮捕された。
罪は傷害に恫喝だ。
学校側はひたすら謝罪を続け自宅に校長が頭を下げに来た。
私は笑ってそれを許し貰ったお菓子を夕飯の後に頬張った。
謝罪しにきた次いでに、事件の翌日どうして何もしなかったのかと聞いたら、どうやら校長は事件の当日出張でいなかったらしく、教頭が教師から生徒に至るまで口止めをしたらしい。
職員室の空気がおかしなことには気づいたが、詮索するほどのことでないだろうと、ほっといたそうだ。
運のいい校長だ。
逮捕騒ぎのドタバタで学校はしばらく休校になることが知らされた。
丁度いい感じに平日に合法休暇がとれたので私はヒロくんを遊びに誘うことにした。