第一回デート講座が終わってから、しばらく多忙な日々が続いた。
契約を結んだ株式会社愛好との企画会議やMVの撮影などで家に帰ると午後八時。
お風呂に入って動画投稿して、生放送して。
そんなことをしていたらすぐに寝る時間だ。
同時並行でモデルの仕事も始めたため、実質休日という概念は私の生活から消えた。
学校が再開してもなかなか行けず、ヒロくんと会えない日々が続く。
しかし、それでもモテ学習はやめていない。
今は性格についてはメッセージ、通話の勉強をしており、いかに相手に不快感を与えないかを研鑽しいている。
基本的に大事なのは共感すること。!と笑を語尾につけること。
容姿に関しては筋トレと肌のケアを勉強中だ。
筋トレは主に上半身を鍛えている。
胸筋や腕、背筋など逆三角形を実現させているために毎日ジムに通わせている。お金はもちろん私が出している。
肌はもう面倒なので私が使っているものを一式あげた。なくなったものを随時買い足せば問題ないだろう。
これらによりヒロくんも最近は少しずつイケメンに近づいてきている。
美容院に行ったあとには毎回写真が送られくる。
最後に送られた写真にはイケメンの部類に入るヒロくんの姿があった。
服装も私が言ったとおりに着こなしており、体格も少し良くなり大人っぽくなっていた。
ただ、学校でいじられたらしく少し愚痴っていた。
あと、女の子に話し掛けられる機会が増えたと喜んでいた。
それを私に送ってくるなんてこいつはバカなんだろうか。
死ね! と送っておいた。
それとは別に最近は勉強の面倒を見ている。
あれから数回定期テストが行われた。
私は学年首位を維持、ヒロくんは少しずつ順位を上げている。
因みに勉学を既に修得している私がテストを受ける理由はただの確認作業だ。
昔学んだことをあだ覚えているか。
再び真面目に授業を受ける必要があるか。それを定期テストで確認している。
ヒロくんは私との契約で同じ高校に通う、というのをちゃんと覚えていたらしく珍しく自分から勉強を教わりにきた。ちょっと照れながら聞く姿がカワイクて脳内に永久保存番として刻まれた。
ヒロくんと私のテストの点数の差はまだ百点近くあるが、最初のころの点数から考えればかなり成長したと言える。はじめ、テスト結果を見た時。本気で条件を通うか悩んだくらいだ。
youtubeの登録者数が二百万人を突破した。
投稿頻度は減ったがそれとは真逆に知名度がバク上がりしたおかげだろう。
加えて、モデルをやって顔が公式的に世間に出たせいでもある。youtubeでもお面をつける理由がなくなったからは最近は素顔を出して配信している。
有名になったおかげでアンチもわいたが温かい目で見守っている。
人を叩くしか脳のない低能が、私に視聴回数という名の募金をしてくれている。
そう考えると書かれるコメントなんて気にしなくなった。
そんなかんじで多忙な私の貯金額は数千万ほどになり、高校卒業までにはおそらく一生遊んで暮らせるぶんのお金が貯まる。
別に遊んで暮らすつもりはないが。
私はやりたい時にやりたいことをやるだけだ。
上でヒロくんや私のyoutubeの成長については私自身についてはまだった。
私の身体はあまり成長していない。
身長が百六十手前で停滞中だし、胸も全然育たない。
夜しっかり寝てるのに。
遺伝には勝てないのか?
まだ中学三年だ。
高校という可能性はまだ残っている。
希望を捨てるな!
と自分の胸を見ては言い聞かしている。
ヒロくんは巨乳と貧乳どっち派なんだろう……。
中学三年の夏休み。
みんなが受験勉強に悲鳴をあげたり、現実逃避をしているであろうそんな日常の中のとある日にヒロくんが私を花火大会に誘ってきた。
誘いは唐突だった。
家で生放送をしていたら急にライン電話がかかってきてた。
私は慌てて放送画面を切り替え、応答する。
「今、少しいい?」
「うん、いいけど。どうしたの? 急に電話なんて」
見られていないはずなのに、私は慌てて乱れてる髪を手ぐしで整える。
「明日、花火大会あるんだけど良かったら一緒に行かない?」
低くゆっくりと喋るその声とは逆に私と心臓は飛び跳ねる。
花火大会と言われてすぐに分かった。数駅いった河川敷でやる大きな花火大会だ。
「行く行く! ヒロくんから誘ってくれるなんて珍しいね! 明日は雨かな?」
「雨だったら家でも映画見るか」
「うん!」
SFでもホラーでもラブロマンスでも、きっと何を見ても楽しいだろう。
二人で並んで映画を見る姿を想像して私はニヤける。
「明日、夕方六時に迎えにいくからそれまでに準備しとけよ」
「了解であります!」
「それだけ。じゃあな」
「うん! またね!」
通話を切り、放送画面を元に戻す。
やけにコメント欄が爆速に動いている。
注視してみた。
「あっ」
ミュートし忘れた。
コメント欄は「今の男だれだ!!」「彼氏だ! シップ嬢の彼氏だ!」「裏切られた……」「あんな嬉しそうな声聞いたことない」「ネコ撫で声」「メス声」と荒れていた。
「まぁ、やってしまったものはしょうがない。ゲームの続きしますか」
一切説明せず、ゲーム実況を再開したことによりコメ欄は更にあれ、ツイッターのトレンドに「シップ嬢の彼氏」というのが入っていた。
しばらくして、ヒロくんからお怒りメッセージが届いた。
ーごめん。ミュートし忘れたー
ー間抜けじゃん笑。俺も確認してから電話すればよかったわ。ごめんー
と、あまり気にしてなさそうだったの私はそれ以上何も言わなかった。
ふと、コメント欄を見たら視聴者の一部の名前が「ヒロくん」になっていた。
「明日凸りに着たら潰すからね」
私の身元なんで既にわれているようなものだ。
邪魔しにこうようと思えばいくらでもこれる。だから釘を差しておく。
ただでさえ、たまに変な人が家に着て迷惑だというのに。
それでも最近は減ったほうだ。
減ったのには明確な理由がある。
私のお向かえさんだ。
私の向かえにすむおじさんはとても人相が悪い。地域の人はとっても優しいおじさんだと知っているけど、外の人は知らない。
ファンが私の家に凸りに来て、私が迷惑を受けていることを知ったおじさんは定期的に目を光らせるようになった。
不審者がいると話しかけ、追い返してくれる。
身長百八十の色黒ハゲで頭に入れ墨を入れてる、マッチョに話しかえられば誰だって逃げる。
筋トレと時代劇が好きらしく、頭の入れ墨は貼ってあるだけらしい。
もう、そこまでいったら確信犯だよ。
私は適当なところで生放送を終わらせ、浴衣を買いにでかけた。
店はどこも人で溢れかえっていて、試着して買うまでに二時間以上もかかった。
みんな可愛くなりたくて必死なのだ。
私が買ったのは水色と白の二色で金魚が描かれているthe夏みたいな浴衣だ。
雰囲気が涼しくてとてもカワイイ。
私は明日を楽しみにしながら眠りについた。
朝の六時半。
私は目覚ましの音で起きてから、数秒。
どうしてこんな早くにセットされてるか熟考した。
花火大会は夜から。
ヒロくんが向かえに来るのは夕方の六時。
「撮影!!」
今日は午前中に撮影が入っていたんだ。
すっかり忘れていた。
飛び起きてすぐさま準備を始める。
顔を洗って髪の毛整えて、軽く化粧もして。
歯磨きして。
着替えて。
それだけで一時間半くらい。
私は集合場所である駅に向かって家を飛び出した。
今回の撮影はどこからの旅館のPRらしく、少し遠くへ行く。
片道二時間ほど。
そこで言われた仕草やポーズ、表情をする。
私にとっては簡単な仕事だが、モデルの中には撮影者との認識の違いで表情が違ったり上手く伝わらなかったりして、難航することがあるらしい。
私は表情を作ることも、言葉の意図を読み取る簡単なのでこの手の撮影で止まったことはないので、その手の人の苦労がわからない。
だから今日も順調に撮影が進み、問題なく約束の時間までには帰れると思っていた。
「機材トラブルですか?」
「うん、ごめんね。今から代わりの機材を会社から持ってくることになって」
お昼を食べ終わり、撮影再開の号令がかかった直後のことだった。
どうやらメインのカメラの調子が悪く、画面がついたり消えたりして動作が不安定らしい。
片道だけで二時間。
人や機材を積んでいないことを考えても一時間半はかかる。
「撮影延期にできませんか?」
私の懇願のような質問にディレクターは首を横に振る。
新しい機材を来るのを待っていたら約束の時間に絶対に間に合わない。
私とヒロくんの関係は期限付きもの。つまり、それはこれが最初で最後の確定させた夏ということ。
だから今日は絶対に行きたい。
諦めるわけにはいかない。
食べ歩きして、二人で花火見て、かすかな緊張とか焦燥をして二人で時間を共有するんだ。
「……私が修理します」
できるなんて確信はない。
しかしやらなければいけない。
「い、いくら君が天才だからと言っても……流石にそれは……」
「やります」
私は送迎のミニバスに入り、スマホを数台取り出す。
片方ではカメラの型番や仕組みを検索する。
もう片方では生放送を開始する。
youtubeを左目で見てそれらしいものがないか、探しながら私は生放送で事情を説明する。
「ちょっと、みなさんにお願いがあります。今、撮影でとある田舎に来ているんですか、メインのカメラが故障してしまったんです。で、今スタッフさんが変わりの機材を取りに戻ってるんですが、どう考えても花火大会の時間に間に合わないんですね。それで、ちょっと、受け入れられないので、カメラを修理します。なので有識者のかたいたら、カメラの構造を教えてほしいです。右目と左目で違う動きをしている? 左目はコメント欄を呼んで右目でカメラの説明書を見ているからです。キモいとか言うな」
それから三十分ほど経った。
カメラの構造はある程度理解した。コメント欄で投下されたURLを踏んで、なかなかいいものを見つけた。
目がコワイ
右と左で違う動きするキモすぎる
瞬きしないのやばすぎ
知識の吸収速度パない笑
一年かけて学ぶことを三十分で理解する女
「とりあえずカメラの内部、おそらく回路版か銅線に問題があるのがわかったので分解します」
コメント欄を片目で見ながら車の中にあった工具箱からドライバーを取り出し、ネジを外す。
回路版が見えてくるまでに十個近くのネジを外した。
沢山の銅線が回路版から伸びている。
電源をつけ、銅線を触りながらどの線がディスプレイに作用しているか探す。
コメント欄から助言を受け、五本ずつ確かめる。
三組目で画面が消灯した。
その中から一本ずつ調べ、私はディスプレイにつながるコードを発見した。
「これ、中の導線が切れてるね」
接続部分が悪いのか銅線が悪いのか調べたら中の銅線が切れかかってることがわかった。
私はカッターを取り出し、銅線を包んでいるゴムのカバーを切る。
切れている銅線を探し出す。
次に工具箱から別の銅線を取り出しそれを数ミリ切り、そこに移植する。
その後に千枚通しでゴムに穴をあけ、そこにカッターで切った自分の髪の毛を使って縫う。
ディスプレイをつけて、銅線を触って見るが問題ない。
「終わり」
歓喜に湧くコメントにお礼を言って、私は生放送を終えた。
そのあとプロデューサーにカメラが直ったことを報告すると、引かれた。
私の要望で撮影はすぐに再開された。
今は二時半すぎ。
間に合うかどうか、わからない。
急いで終わらせたいが、焦って雑になってしまったら意味がない。
深呼吸をして自分を落ち着かせ、残りの撮影に挑んだ。
ーーー
「五時丁度」
撮影が終わり、解散し全力疾走して帰るとタイムリミットが告げられた。
浴衣を着ることを考えるとまるで時間が足りない。
しかし体は汗だく。
シャワーを省略することは……できない。
考えても仕方ない。
私はすぐさまお風呂場に向かい、シャワーを浴びる。
この際しょうがない。トリートメントや細かいスキンケアは省略だ。頭と体を爆速で洗う。
癖でトリートメントを手にしたが、寸前のところで元に戻す。
私は風呂場からでて脱衣所で体を拭く。
髪の毛も念入りにしぼり、ダッシュで二階にあがり部屋で髪の毛を乾かす。
なお、この間裸だ。
髪の毛を乾かしながら、タンスを足で開け下着を取り出す。
今五時十五分過ぎ。
間に合わないか……。
買った浴衣を取り出し、youtubeで浴衣を一人で着る方法を二倍速でループ再生しておく。
左目で動画を見ながら右目で鏡を見て、髪型を整える。
「今日に限って髪が……」
一本結びにしようと髪の毛をまとめるが、どうも上手くいかない。
何度もやり直す。焦ったらダメと自分に言い聞かせ、ゆっくり手順通りに髪をまとめるが、納得いくようにならない。
こうやって手こずっている間にも刻一刻と時間は迫ってきている。
止まらない時間にイライラしながらも私は準備を続ける。
納得のいく髪型になったのは六時十分前。
髪の毛に執着したせいで浴衣を着る作業は全く進んでいない。
「もう、最悪! ああ、もう!!」
大事な日に限って上手くいかないことに私は地団駄を踏む。
今日は大事な日だ。
ヒロくんと過ごすことが確定された最初で最後の夏。
それなのに何もかもが上手くいかない。
撮影の予定は忘れるわ。機材は故障するわ。焦って何回か取り直しさせられるわ。髪の毛は上手くまとまらない。浴衣も全然着れない。
なにかもがイヤになってきた。
浴衣着れないなら花火大会に行く意味ないし。
もう、ドタキャンしようかな。
私は手に取った浴衣を投げ捨てベッドに身を投げる。
六時五分前。
ラインを開きヒロくんになんてメッセージを送ろうか、考える。
「ああ、もう……なんで今日に限って」
泣き言を言ったところで現状は変わらない。
そんなことはわかってる。だけど泣き言を言わないとやってらんない。
インターフォンが鳴った。
ヒロくんだ。
居留守でも使おうか。
インターフォンが何度も家の中に鳴り響くが、体を動かす気にもなれずにうずくまっていると、気づけば鳴り止んでいた。
「なにやってんだ?」
唐突に部屋の扉が開いた。
反応する気にもなれずベッドに顔を埋めていると、背後から困惑した声がかかった。
ヒロくんだ。
投げやり気分になっている私の体はヒロくんの声を聞いても動かない。
「パッパラパー」
擬音で状態を表す。
「ほら、早く準備しろって」
「いいよ、もう。そんな気分じゃない。行きたいならヒロくんだけで行ってきて。私はカタツムリになる練習で忙しいから。なんだったら他の女の子でも誘ったら?」
反射浮かんだ言葉をツラツラと並べる。
「どうしたんだよ。ほら、浴衣だって出てるし」
浴衣? 知らないよ。
なんだその機能性が低い一部の季節にしか着てもらえない低スペックな洋服は。
そんな、着にくい服は知らないよ。
「知らないって! もう! 気分じゃないの!!」
思ったより強い声が出た。
すぐに謝ろうって思った。だけど、理性がそれを止めた。
謝ったところで、現状は変わらない。
「……結衣は気分じゃないのかもしれない。だけど、俺は誰かと、じゃなくて結衣と行きたいんだ。俺の我儘を聞いてくれないか?」
「ーーッ!!」
ヒロくんの言葉に私は立ち上がり満面の笑みで答える。
「もう、ヒロくんはしょうがないな! 浴衣着るの手伝って!!」
「ああ」
私はルンルンな気分で準備を再開した。
時刻は六時十分過ぎた。
私の目に時計が留まることはなく、時間はいつも通り進んでいく。
「ほい、完成」
「ありがとう! じゃあ、行こう!!」
最後に帯を巻いてもらって、私は玄関に向かう。
迷うことなくスニーカーを履いて、花火大会の会場へ向かった。
「そうえいば、ヒロくんうちの家の鍵なんてもってたっけ?」
着慣れない服で少し足が動かしにくいが、それを悟らせないように私はいつもよりゆっくり歩く。
その歩き方に慣れてきたところで、横を歩くヒロくんに声をかける。
ヒロくんの服装はスキニーに上は白ティシャツ、その上に襟付きの半袖の黒く服を羽織っている。
カッコウイイ。
「一年前くらいに、結衣のお母さんから渡された。何かあった時のためにって」
「なにそれ。私聞いてないんだけど……。てか、ヒロくん信用されすぎでしょ」
「まぁな」
「なにそのうざいドヤ顔。てか、身長伸びた?」
「どうだろ? 結衣が縮んだんじゃね?」
上から目線で煽ってくるヒロくんにパンチする。
今、私の頭頂部はヒロくんの顎下くらい。
百七十ちょっとあるんじゃないだろうか。
「結衣の方は最近どうなの? モデルとか歌手とか」
「順調かな。スタッフは優しいし、お金は流し素麺みたいに入ってくるし」
「モデルと歌手はどっちの方が楽しい?」
「歌手だね!」
「その心は?」
「歌うのが楽しい。モデルは写真とってるだけ暇だけど歌手は歌えるからな。石像にならなくていいから」
「暇って……。なんかカメラのアングルとか意識しなきゃいけないんじゃないの?」
「そんなん数回とったら把握できたよ。片手間できる」
「おお、流石!」
「でしょ、でしょ! もっと褒めてもいいんだぞ?」
「いや、それはちょっと……」
「なんでよ! 褒めてよ!」
「えぇ〜どうしようかな〜」
駅に近づき段々と人が増えてきた。
私ははぐれないようにヒロくんの横を歩く。
沢山の人の声で私達の声はお互いに届かなくなり、気づけば無言で歩いていた。
改札を通りホームに行くと、丁度電車が来たところで私達は人の流れに押し込まれ乗車した。
電車の中はホームと異なり声が一切しない。
そんな空気の中で私が話し始めてその空気を壊すのもイヤなので、ヒロくんに視線を送る。
数秒してヒロくんが私の視線に気づき、目が合う。
私が微笑むとヒロくんは目をそらし、次には私の方を向いて歪な笑みをする。
笑顔、下手くそ!
私が口を抑えて必死に笑い声を抑えていると、頬を優しく摘まれた。
電車内にアナウンスが流れた。
電車内の空気が変わった。
みんなおもむろにに携帯をバッグやポケットにしまいだし、カップルは手を繋始める。
その手を見ていたらドアが開いた。
圧縮された人たちが一斉に動き始め、私はその波に襲われる。
直後、ギュッと腕を握られ、引っ張れれた。
そのまま波の外まで引っ張り出される。
「こっちから行こう」
「うん」
人の波とは逆側の進路に私は頷く。
視線はヒロくんの腕に釘付けだった。
階段を登り改札を抜けたあと、ヒロくんが一度離した手を声で隠してもう一度握ってくる。
「やっぱりこっちは人少ないな」
「うん」
ヒロくんの手を一度、拒絶して握り返す。
顔には出なかったが、ヒロくんの手が一瞬硬直した。
だけど、私が指を絡めに行くと絡めかしてきた。
ヒロくんの手はとても大きく、ゴツゴツしている。
男の子手だ。
わかりきったことを再認識して、私は握る力を強くした。
「こっちからで大丈夫なの?」
「大丈夫。ちょっと遠回りになるけど」
会場からどんどん遠ざかっていくのに疑問を覚えて聞いてみたが、ヒロくんには考えがあるらしく声にも足取りにも迷いはなかった。
そのまま進むと、ヒロくんは会場から少し離れた山を登り始めた。
人気が全くないのを肌で感じ、私は色々察した。
「こんなところあるんだ」
「ちょっと登るのは大変だけどね」
下見してくれたんだ。
周囲に草木が生えているのに一部だけ生えていないことを見ると、定期的に誰かが出入りしているんだろう。
土も硬い。
進んでいくと、開けた場所に出た。
周囲は木で囲まれているのに、そこだけ木が一本も生えていない。
雑草は生えている。
周囲を見渡せば見渡すほど不気味に思えた。
「ここ、市が開発しようとしたんだけ、色々あって断念したんだって」
「だから、一部だけ木がないの?」
「そう。しかも断念したのは今年の春。だから誰も知らない」
「じゃあ、なんでヒロくんは知ってるの?」
「衛星写真でいい場所探している時にここを偶然見つけて、ググったらでてきた」
「誰も知らないってもりすぎじゃん!」
「でも、他には誰もいないしょ」
「まぁ、そうだけど……」
辺りを再度見回しても人の気配はない。
「来年辺りには有名になっているだろうから、今年だけの秘密の場所だな。レジャーシート引いとくから、座って待ってて。俺はご飯買ってくる」
「ん。じゃあ、オーソドックスに焼きそばで」
「おっけー」
カバンの中からレジャーシート取り出し、広げたヒロくんは林の中へ消えていった。
「一緒に買いに行けばよかったかな」
シートの上に寝転び、空を見上げながら私は呟いた。
「ただいまー」
足音が聞こえ、それに反応し起き上がって少しするとヒロくんが現れた。
その手には焼きそばだけでなく、綿あめやフランクフルトなど色々あった。
「おかえり」
私は荷物を受け取り、横にずれる。
ヒロくんが横に腰掛ける。
近い。
「間に合って良かったよ」
花火が始まるのは七時半から。
二分後だ。
本当にギリギリだ。
ヒロくんに焼きそばを渡す。
「ありがと。いくら?」
「ん? いいよ。今日は」
「いや、でも」
「今日ぐらいはカッコつけさせてよ」
「……わかった。ありがとう」
相方になってからヒロくんは殆ど私に奢られてた。
日本では男の方が奢る文化があるから、精神的に結構きつかったと思う。だけど、それに関して何か言うことはなかった。
なら、今日くらいはヒロくんをたててもいいだろう。
男も女も適度にお互いをたてるのが長続きのコツだ。
「ていうか、思ったより速かったね。もっとかかるかと思った」
会場と反対側に行ったのにヒロくんは十分くらいで帰ってきた。
ご飯を買うのに並んだことを考えても片道三分ほどしかかかっていなくないか?
「色々近道したからな」
「ふ〜ん」
口頭で言われたところでここらへんの地理が頭に入っていない私に理解できなから、それ以上は聞かなかった。
「いただいます」
「いただきます」
二人で焼きそばを食べ始めた時、花火が打ち上がった。
丘上で見る火の花はとても綺麗で、開花した時の音が空気を振動する。
気づけば私達は手を繋いでいた。
ギュッと力強く握りしめならが夏の風物詩を眺める。
時折、視線を感じ横を向いて、目があいニッコリ笑う。
笑う度握られる力が強くなって、段々とお互いの距離は近くなって、肩に頭をあずける。
心臓の鼓動が花火の音を打ち消すほど頭の中に響く。
顔が熱い。
「結衣」
「ヒロくん」
見つめ合って数秒、キスをした。
花火は打ち上がってるのに、数秒間音は消え、その時、間違いなく世界には私達二人しかいなかった。