呪いを焚べる   作:N島 ジュン太郎

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第一話 輪廻の咎

 

 自分の最初の記憶って覚えているだろうか?

 ボクは覚えている。

 初めての幼稚園、そのお迎えバスに乗るのをごねて大泣きする記憶だ。お母さんと離ればなれになるのが嫌で嫌で泣きじゃくった。

 

 そんな前世の記憶。……うん、前世だ。

 

 じゃあ今世の記憶はどうだろうか?

 

 今世の記憶は……今。

 見たことのないバケモノが目の前でお婆ちゃんを食い殺すところから始まった。

 どうやら今世はまともに生きられないらしい――

 

 

 

 

 

 

「……へぁ?」

 

 丑の刻――

 月明かりが障子の隙間から寝室の中を照らし、騒々しい虫の音が畳の中へ染みこむ。

 ともすれば神秘的ともいえる和風な寝室だろう。

 しかし、異様なのは障子や畳が血にぬれていることと、頭のないお婆ちゃん、それを食べているバケモノ。

 そして、一番異様だったのは、血のにおいが充満した部屋に死んだはずの自分自身が生きているということだった――

 

「うぁぁぁぁあああああああああああぁぁあああぁあああああああああっ!!!」

 

 叫び声。

 しかし、やけに心は凪いでいる。

 

 小さな体が恐怖し絶叫する。

 震えて――

 涙を流し――

 逃げたい、逃げたい――

 子どもは立ち上がろうとしても、腰が砕けて立つことが出来ない。

 

 自らの役割を放棄した下半身を早々に見限って、腕を使って這いずり逃げようとする。

 お婆ちゃんの血と一緒に小さな体を引きずった。

 そんな自分自身を自覚する――

 まるで――部屋を俯瞰して眺めているようだ。

 

「うぁ……ああぁ……っ!」

 

 バン! と、障子が倒れる。

 逃げた先の障子にぶつかったショックで、足が自己を取り戻したようだ。

 子どもはようやく立ち上がることが出来た。

 彼は振り返って、状況を確認する。

 

「イタっイイぃタだ、ます……いたダきまぁsu……イイタダきっぃい」

 

 バキボキと食われるお婆ちゃん。

 そして、大きな顔に血化粧を施した、口が複数あるバケモノ。

 

――そういえば、どうしてこの人がお婆ちゃんだと分かるんだろう? 

 

 そんなことを冷静に思う。

 疑問はよそに、子どもは改めて現実を認識した。

 つまり――逃げなければ、死ぬ――

 

「ひっ……! に、逃げ……っ!」

 

 障子の向こう――縁側から外へ出る。

 逃げなければ、また死んでしまう。

 

 外は満月の光で明るい。

 先ほどまでの耳障りな虫の音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。

 代わりに聞こえるのは、ハァハァと息の上がる音。ジャリジャリと自分が裸足で駆土を踏みしめる音。

 

 家の敷地を出て、目の前に広がる田んぼのあぜ道をひた走る。

 人の気配はない。

 

 じめっとした汗、シャツが肌にくっつく――

 気持ちが悪い。

 田んぼの香りと鼻に残る血のにおいが混じる――

 気持ちが悪い。

 死のにおいが強く香る――

 気持ちが悪い。

 

 心の臓が痛くなるくらい――走って、走って。

 

――あ、ヒトがいる。

 

 そして田んぼに立つ、ヒトを見つけた。

 それの方へ駆けた。

 子どもは走りながら、乱れた呼吸で助けを乞う。

 

「あっ、のッ! ……ぁの! 助けてッ……!」

 

 しかし、ヒトは振り向かない。

 

――聞こえていないのだろうか? 

 

 月明かりが陰ってきた――少し風も出てきただろうか――

 息を整えて、改めて助けを乞う。

 

「助けてくださいッ! 家でバケモノに襲われてッ……!」

 

 夜闇に子どもの声が染みこむ。

 気づいたのか、ヒトがこちらに近づいてきた。

 

 

〈バケモノが近づいてくる……。〉

 

 

 嫌な予感に、走ってきたあぜ道を振り返った。

 そして、その方を指さして説明を試みる。

 

「あ、あっちの家の方からバケモノが――」

「ぃたダきmaす」

 

 気づいたら――その■■は見覚えのあるバケモノの姿だった。

 気づいたら――ボクの右腕は()()()()()()()――

 

「……は?(……は?)」

 

 あ、心と体の声が重なった。

 それをきっかけに、魂の尾が身体の中に戻った。

 “ボク”は初めての肉体の感覚に震えた――しかし、震える右腕はなかった――

 

 子どもが感じていた恐怖がボクに流れ込んでくる。

 それは――まるでダムが決壊するように。

 いともたやすく心の許容値を超え、ボクを恐怖の泥にたたき落とした――

 

「おぃ、しいぃいなaaあA?」

 

――怖い

――腕がない。食べられた?

――コワイどうして

 

――どうしてどうしてなんで痛い痛いいたい痛い腕がないないどこ怖い怖い怖いこわいどうしてどうしてどうしてないドウシテ痛いどうして怖いドウシテしんだ死んだチガウしぬ怖いこわいこわい助けて誰かいないいない何故死んではずシンダ違う違うこわい何故タスケテ怖い恐いこわいコワイコワイコワイコワイコワイこわいコワイコワイコワイ嫌だどうしてコワイコワイコワイコワイなぜなぜなぜコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!

 

 腹の底から恐怖があふれ出る。

 まるで蟻の大群が体の内側から這い上がってくるように、体中の穴という穴から食い破って這いずり出てくるように――

 どす黒く、暗い恐怖が心と体を犯し尽くした。

 

 それに呼応するように腹の底から黒い力が外に這いずり出てくる。

 黒い力が爆発する。

 バケモノは驚き、怯む。

 

――なんだ、これッ……! こ、怖いッ!

 

 食い殺されるのが先か――

 出血多量で死ぬのが先か――

 ショック死で死ぬのが先か――

 どの死因が一番苦しくないだろうか? そんなことを混乱した頭蓋で思う。

 

――もう一度死ぬ。嫌だ。またあの『死』に戻るのは嫌だ。

 

 死んだのに生きているという矛盾。

 生きているうちには知ることの出来ないものを――ボクは知っている。

 『死』――つまり、人生の終着。

 思い出すべきではない。その経験は人の身に余る。

 背中合わせであるべき『■』/『死』が、ボクの身体では顔を合わせている――

 

 それは、許されることではない――

 世界はそれを許しはしない――

 本来の世界のシステムから外れた咎は、ボクがバケモノに食い殺されることで清算される。

 

 改めて『死』を目の前にする。

 “また死ぬのか、やだな……” と心を閉ざし、諦めようとする――

 しかし、『死』の夜に囚われたボクは、そこで光り輝く『■』を見つけた――

 

――なんだろう……? あれ……。

 

「AAaオのこしぃhaあ……だメぇぇ!」

 

 遂に、怯んでいたバケモノは動きを再開した。

 今度こそボクを食い殺そうと、血と唾液にまみれた醜悪な顔を向けて、襲いかかってくる。

 気づくと、バケモノの動きがスローモーションになっていた。

 

 引き延ばされた時間感覚。

 『死』の予感がゆっくりと迫ってくる。

 

――怖い……怖いよ……。

 

 “お前は生きていてはいけない”

 “ほんとうは死んでいるはずなのに”

 

 『死』の夜に暗黒が満ちる。

 しかし、『■』もまた、強く――より明るく――輝いていた――

 諦めようと心を閉ざすことを『■』は許さない。

 

――……なんなんだ、あれ。

――……もう少しで、触れられそうだ。

 

 『■』に手を伸ばす。

 もう少し、もう少しだ。あの輝くものは何だ。

 そして――触れる――

 

――あぁ……これは『生』だ……。

 

「ははッ」

 

 あり得ぬ『死』の経験を内包する命――

 ならば、その命は『生』を強く実感する――

 

 人間は死ぬ直前、助かる方法を自分の人生から探すために“走馬灯”を見るという。

 人は亡くしてから、亡くしたものの本当の大切さを知るのだ。

 もう一度『死』にさらされたのなら、『生』がより強烈に輝くのは余りに道理。

 

――そうか。そういえばボク……。

――……“今、生きているんだ”。

 

 それが『生』だと理解した瞬間、暴走していた黒い力が裏返る。

 ボクの体の内側から白い力が爆発する。

 痛くはない――心なしか右腕の痛みも余り感じなくなっている気がする。

 

 心地よい全能感。

 痛みから解放された心と身体。

 今ならなんでも出来る気がする。満ち満ちる白い力――

 そんな状態で本能に身を委ね、バケモノに向かって“右腕”を伸ばした。

 

 

 ……触れる。

 

 

――はじけ飛べ。

「geッ!?」

 

 ボチュン!!とバケモノの体が内側に向かって爆縮――潰れてはじけ飛んだ。

 食われたはずの“右腕“が、ある。

 いや、ほんとうは食われてなかったのかも、なんて思う。

 

 ボクは何もいなくなった虚空に向かって伸ばした手をボーッと眺めながら、お婆ちゃんのことやバケモノのことをではなく、自分の不思議な力に酔っていた。

 

「……すご、超能力だぁ」

 

 そんなことをぼやいて、後ろに倒れる。

 何物にも代えがたい高揚感の中、ボクの意識は沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 目が覚める――。

 既に見慣れた病院の天井。そして、今の時間は十時半くらい。

 味のうすい病院食を食べた後、物足りなさを誤魔化すために二度寝に逃げていた。

 未だ嗅ぎ慣れぬ病院の匂いが寝ぼけた脳みそに染み入る。

 

 輪廻転生を自覚した日。

 あの日からこの病院で、あくびが出る退屈でハッピーな日々をおくっていた。

 それを今日も満喫するつもりだった。……のだが。

 

――知らない人がいる……。

 

 起きたら見知らぬおじさんがベッドの横に座っていた。

 控えめに言って怖い。

 見た目は、丸刈りでがたいが良く、厳つい容姿の男性。「や」の字がつく怖いお仕事の人を想像してしまった。

 そんな人がベッドの横で可愛いぬいぐるみを作っている。

 

――よし! 頭がこんがらがってきたぞゥ!

 

 もうどうとでもなれ~、と緩い覚悟を決めてベッドから身体を起こす。

 

「ん? 起きたか。おはよう」

「あッ、おはようございます……」

 

 思った通りの低い声。

 しかし思ったよりも優しい声。

 少しほっとした。やはり見た目で人は判断してはいけません。

 

「初めまして、鈴月凜(りづきりん)くん。私は夜蛾正道。呪いを祓う、“呪術師”というお仕事をしている。」

 

 おや、優しい声で何やら物騒な単語が聞こえた気がする。

 また頭がこんがらがってきた。

 

――呪い? 呪術師? やっぱり怖い人じゃん!?

 

 退屈でハッピーな日常が崩れ落ちる予感がする。

 輪廻の咎を清算していない、つけが回ってきたのか。

 バケモノに襲われる記憶から始まった今世――

 どうやら「呪い」が存在するらしい今世――

 やっぱり今世はまともに生きられないらしい――

 

 

 

 




初めまして<(_ _)>
N島ジュン太郎です。
小説を書くって大変ですね。
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