呪いを焚べる   作:N島 ジュン太郎

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玉折の最後の話です。
第二十話をどぞ。


第二十話 玉折〈焚〉-弐-

 

――この任務に凜くんが着いてこなくて本当に良かったと思うよ……。

 

 少し前から、凜くんは高熱を出し、体調を崩していた。

 灰原のことや最近の忙しい任務で精神的にも肉体的にも辛かったのだろう。

 故郷での任務に、彼は着いてこれなかった。

 

「これは、なんですか?」

 

 目の前には牢屋――

 その中に、怪我をした……みすぼらしい二人の少女が閉じ込められている――

 

「■■■■■!?(何とは? この二人が事件の原因でしょう?)」

「違います」

「■■■!!(私の孫もこの二人に殺されかけた事があります)」

 

――あぁ、本当に凜くんが着いてこなくて良かった……。

 

 悲痛な少女たちの訴えが猿の叫び声にかき消されている。

 醜悪な鳴き声に耳を塞ぎたくなる

 

「皆さん、一旦外に出ましょうか」

 

――こんな故郷に戻らせなくて良かった……。

――こんな■■(じごく)で生きていたんだね……凜くん。

 

 ポケットに手を入れる。

 飴玉の包みを開いて、取り出し、口に投げ入れた。

 甘いそれを――私は噛み砕いた――

 

 

 

 

 

 

・担当者(高専三年 夏油傑)派遣から五日後。旧■■村の住民百二名の死亡を確認。

・残穢から夏油傑の呪霊操術と断定。

・呪術規定九条に基づき呪詛師として処刑対象とする。

 

 

 

 

 

 

 灰原さんが死んだ――

 

「灰原……さ、ん……」

 

 この前まで仲良く話していたのに、返答はなく。

 そこにあるのは沈黙だった。

 

「クソッ……!!!」

 

 七海さんの声が死体安置所に落ちる。

 沈み込むように音は響かなかった。

 

「なんてことはない、二級呪霊の討伐任務だったのに……!!」

 

 呪術師だから――いつかこんなこともあるのかなと――

 漠然と思っていた――

 

「でも、こんな――」

 

――あっけなく……。

 

 考えが甘かったのかもしれない。

 いつからか、この日常が不変だと思っていたのかもしれない。

 

「七海、凜くんはもう戻って休め。……任務は悟が引き継いだ」

 

 夏油さんが遺体の顔に布を掛ける。

 それが、ボクが見た最後の灰原さんだった――

 

「……もう、あの人一人で良くないですか?」

 

――強くならないと……。

――強く……ならないと……。

 

『自分に出来ることを精一杯頑張るのは、気持ちがいいです』

 

――強くならないと、灰原さんの分まで精一杯生きられない……。

 

 

 

 

 

 

 ボクはあの日、高熱を出して倒れた。

 それから数日間、ベッドに横になって寝込んでいる。

 灰原さんの死による、過度なストレスが体調不良の原因らしい。

 

「三十八.九℃ 高熱だね。安静にして寝てなよ、鈴月」

「……は、い」

 

 家入さんが額に濡れタオルを置いてくれる。

 冷たくて気持ちがいい。

 

――げ、とうさん……任務、へーき……かな……。

 

「人の心配より自分の心配をしなよ。アイツなら大丈夫でしょ」

 

 声に出ていたようだ。

 夏油さんは今、ボクの故郷で発生した呪霊を祓いに行っている。

 あまり故郷のことは知らない。

 ボクの実家の周りは田んぼだらけで、集落とは離れたところにあったくらいだ。

 

――まるで、村八分……みたい……。

 

 今、思い返すと不思議な立地だと思う。

 熱で思考が落ち込んでいるから、そんな縁起の悪いことを考えてしまう。

 

――気分が、落ち込むと……呪力が……。

 

 ボクの身体はストレスによって、呪力が軽く暴走しかけているらしい。

 上手く感情をコントロール出来ていない。

 だからこれ以上ストレスになることは考えないように――

 

「硝子、いるか……」

「夜蛾セン? 何ですか?」

「……ちょっと来なさい」

 

 夜蛾さんがボクの部屋にやって来て、家入さんを呼び出した。

 二人が部屋の外に出て話している声が聞こえる。

 

――何の、話だろう……?

 

 ボーッ、っとした頭で聞き耳を立ててみる。

 

((傑が集落の人間を皆殺しにし、行方をくらませた))

 

「……え?」

 

((傑の実家も確認したが、恐らく両親も手に掛けている))

 

「な、に を……」

 

――言って、る ……の?

――夏油さんが……そんなこと、するわけ……。

 

「あぁ……あああ……■■■■■■■■■■ァァ……」

 

 あぁ、意識が混濁する――

 聞きたくない、聞きたくない――  

 そんなこと、聞きたくはないのに――

 

〔現実を見ろよ〕

〔今、オマエが生きているのは、この世界なんだから〕

 

 『死』がそれを許してはくれない。

 いつの間にか開いてしまったパンドラの箱。

 暴走する呪力とともに、その中の『死』が開放されてしまった。

 

「ぁ……」

 

 意識が落ちる――

 パンドラの箱の深淵に落ちる――

 混濁する、呪力の傍流に落ちていく――

 

〔このまま、暴走する自分の呪力で死ねよ〕

〔俺はオマエがこの世界で生きるのを許さない〕

 

 感情のコントロールを失い、呪力がボクを押しつぶそうとしている。

 その苦しい暗闇の中で『死』は殺意のこもった眼を向ける。

 

「夏油さんに、聞かなきゃ……。何か、理由が……きっとそうだッ……!」

〔聞けよ、テメェ〕

「ボクは、気づいてたのに……、夏油さんの……に、気 づい、て……た、のに……」

 

 『死』の言っていることが、耳に入らなかった。

 未だに信じられない夏油さんの蛮行に塞がってしまったようだ。

 

〔せっかく、すぐに死ねるように呪ってやったのに死なねェし。あまつさえ利用しやがって〕

「――――――」

〔呪霊誘因体質、とか言ってたか。

 そうだ! オマエがいたから夏油があんな目に遭ったんだよ! だから死んどけよ〕

 

 聞き捨てならないことを聞いた気がする。

 呪霊誘因体質の起源――

 それだけは耳の鼓膜を揺らした――

 

「……何で、そんな」

〔こっちが聞きてぇよ、ふざけんな。

 何故死んだのに生きてる? 何故記憶も奪ったのに生きてる? 何故呪ったのに生きてる?〕

 

 前世の記憶が穴だらけなのも――

 呪霊誘因体質も――

 この『死』が……輪廻を外れたイレギュラーとしてボクを呪ったのか――

 

――何故生きてる……?

 

「そんなの……知らない! ボクだって戸惑ったさ!

 それでも“生きてもいい”って――」

 

 

 

〔甘ぇよ――『(おれ)』はそれを許さない〕

 

 

 

 どうやら『死』は心の底からボクに死んで欲しいようだ。

 これはきっと――輪廻の咎だ。

 ボクはきっと――無自覚に誰かを呪いに巻き込んしまう。

 夏油さんのように――

 

「――」

〔ほら、死んでしまえよ。誰かを呪ってしまう前に、惨めに生きる前に死ねよ〕

「ボク、は……」

 

 どうして、ボクは生きているんだろう――

 カエデに“生きて”と言われたから?

 灰原さんのように、自分に出来ることを一生懸命やるため?

 夏油さんに虐殺の理由を聞くため?

 

〔だいたい、幸せに生きたいって何さ?

 そもそも人間という生命は、根本から在り方を間違えているというのに――〕

「……は?」

 

 秩序である『死』は人間の在り方を説く。

 輪廻、死、世界――それらを乱したボクを睨み付けながら――

 

〔夏油がいい例だ。アイツは村の連中が醜悪な人間だと思ったから皆殺しにしたんだ。

 生命が同種を悪だと見なせる――生き物として構造的欠陥と言うほかない。

 だから、オマエ達は幸せには生きられない――〕

 

――それは……。

 

 “違う” と思った。

 超越的な視点を持つ『死』には理解出来ないのだろう。

 幸せとは、相対的な評価で決まるものではなく――

 幸せとは、絶対的な評価で決まるのだと――

 

 確かに生き物として欠陥があるかもしれない。

 それは言い逃れできないのだろう。

 しかし、それが不幸せであるかどうかは人間が決めること。

 この言い分は……まるで、この『死』は人間が――

 

「人間が嫌い、なの?」

〔ん? あぁ嫌いだ〕

「……なんで?」

〔『死』は平等だ――オマエらはそれを何か意味があるように語る――

 何を勘違いしている、『死』に意味などない〕

 

 確かに人間は『死』に何かを見いだして、それを受け入れる。

 何故なら、そうしないと世界を呪ってしまうから――

 

『何故、自分は生きているのだろう?』

 

 誰もが一度は考える死生観だ。

 何かを見いだせない人間は、“こんな世界なんて”と呪うのだ。

 

「……君は」

〔なんだ、死ぬ気になったか?〕

 

 『死』の姿はボクの前世の姿をしていた。

 曖昧な記憶で薄れているぼやけた姿、そのまんまで。

 なんで気づかなかったのだろう――

 

「君はとても人間味が……あるんだね」

〔――〕

「だって人間に呪われたから、ボクを呪ったんでしょ?

 人を呪わば穴二つ……だもんね?」

〔……ハッ、まぁ前世のオマエの記憶からエミュレートして意思疎通してるからな。

 残滓から漏れ出るモノもあるだろ〕

 

 そういえば、ボクから記憶を奪ったって言ってたっけ。

 生と死は背中合わせで、本当は向かい合うことなどない。

 だから、そんな仕組みを取るしかなかったのだろう。

 

〔それが分かったところで、オマエが生きているのはダメだ。ここで死ね〕

「ごめんね、それは出来ない」

〔……何故〕

 

 『死』は静かに問う。

 何故、ボクは死ねないのか――

 何故、ボクは生きたいのか――

 

「背中を押して貰ったからには、ちゃんと生きなきゃ――」

〔他人に言われたから生きるのか〕

「……ううん、違う。

 幸せに生きたその後、大切な約束があるんだ――」

 

 『死』はジッとボクを見つめる。

 先ほど、“人間は幸せには生きられないと言っただろう?”

 と、そう伝えてくる――

 

 ボクは確かに他の人より不運で不幸せだろう。

 それでも、あの青く澄んだ日々は確かに幸せといえるモノだったはずだ。

 己がそう思えるならば、ボクは幸せなのだ――

 

「――生きていれば無自覚に誰かを呪ってしまう」

「――それでも呪術師として、救える命はあると思うんだ」

「――そうやって生きたのなら、最後にきっと、幸せだと思える」

 

 呪霊は怖い。呪詛師は嫌い。本当は呪術師なんてやりたくない。

 今もなんでボクが……なんて思ってる。

 でも、そうやって生きるしかないのなら――

 

 

「ボクは 自分の手が届く範囲の人を救って、自分勝手に生きるよ」

 

 

――ひとつ、譲れないモノ(やくそく)のために。

 

 

 自分勝手に生きる、譲れないモノのために……。

 それが呪いを残された者として、誇れるような生き方だと思う。

 

〔自分勝手に生きて、呪い、救い、幸せになる……か。

 言ったからには後悔すんなよ、イカレ野郎〕

「うん、でもそれがボクだ――」

 

『死』はボクに背を向けて歩き出した。

 ボクを見送るようにゆっくり離れて行き――ボクを一度振り返った。

 

〔元々俺にはオマエを殺す力はない。

 オマエに死にたいと望ませない限り、それは出来ない〕

「……真面目なんだね」

〔当たり前だろ。秩序なんだぞ、俺。

 言っておくが、認めたわけじゃない。死ね〕

「ごめんね、無理だ」

〔チッ! 俺と逆方向に行けば目覚める――胸張って歩けよ〕

 

 ボクは何も言わず、歩き出す。

 “ありがとう” と言うには、なんだか違う気がした。

 先ず戻ったら、夏油さんのことを聞こう。

 

 パンドラの箱の闇を歩く――

 『死』はあふれ出た――

 深淵の最後に残ったものは――

 

「……あぁ、これが生きるってことか」

 

 輝ける星のように――『生』はボクを覗いていた。

 一度終わった命でも、未だ終わりは彼方――約束の刻も遙か遠く。

 ボクの人生の最後に残る物は――呪いか祝福か。

 

 

 

 

 

呪いは焚べられ――裏返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〔はぁ、ミスった。これじゃアイツ全然死なねェ〕

〔アイツを呪った足し引きで、なんか呪力特性がスゲェことになってるし〕

〔天与呪縛、輪廻の咎ってか? 慣れないことはするもんじゃねェな〕

〔はぁ~? ほんと死ねよアイツ〕

〔次に会うときは……本当に死んだときか――〕

 

 

 

 




どもっす!<(_ _)>
N島ジュン太郎です。
読了!感謝!

まぁ察するにあまりあったと思いますが、夏油さん闇オチです。
だって、コレしないと呪術廻戦始まりませんので。
パンドラの箱からの反転術式はわかりやすかったですね。
まだ覚えさせなくてもいいかな~って思ったのですが、書いてたらなんかこうなってましたw

次回 懐玉・玉折〈焚〉-エピローグ-
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