第二十五話をどぞ。
「炉心順転――変奏」
“炉心順転――変奏”、は運動エネルギーを質量と速さに分けて解釈することで、“質量”と“速さ”を自由にステ振りする拡張術式だ。
つまり、重さを下げればより速く、速さを下げればより重くなる。
――その結果の破壊力、それ自体は変わらないんだけどさ。
――……さて……。
「憂太、帳の外、五条さんのところまで頑張れる?
……君の彼女はボクが止めておくからさ」
「う、うん!」
憂太が帳の外に出るのを見届ける。
流石に守りながら戦える相手ではない。下手をすれば、町一つが消し飛んでしまうかもしれない相手なのだから。
――うへぇ……プレッシャー……。
キィィイイイ――
プレッシャーを押し潰すように炉心の熱を上げる。
戦いが始まる前に充分に術式を温めておく。
校舎の屋上、その玉座に座して此方を睨み続けている、呪いの女王を止めるために――
「……ごめんね。この体質、生まれつきでさ。君が暴走しないで憂太のところに戻ってくれるなら話は別なんだけど……」
『里香、オ“マ”エ“、嫌い”ぃぃい“い”い“!!!』
「はぁ、そうだよね……」
対話は拒否――
理解は拒絶――
ならば、呪い合って和解するしか無いだろう――
「凄まじい呪力の波動、一筋縄じゃいかないかな……」
軽口を叩いているように見えて、その実あまり余裕は無い。
見栄を張って、虚勢を張って――
戦場に満ちる女の妄念に――
些細に抗っているだけの――ただの呪術師だった。
――……いつ仕掛けてくるかな。
開戦の狼煙は既に上がっている。
炉心は既に快音を謳い――
自らの開放を待ちわびて、唸りを上げる――
緊迫した状況が張り裂ける、その時が仕掛ける合図だ。
――……。
――…………。
――………………あれ、突っ込んでこない……?
里香は校舎の屋上に座したまま、此方を睨み付けているばかりだった。
確かに暴走している。ならば暴走して突っ込んでくるのを待ち、そのまま踏み込んでくる待ち受けて領域を展開すれば勝てたのだ。
だがしかし、現実はそうではなかった。
――警戒している……? 前回やられたことを学習して……?
意外にも静かな立ち上がり。
確かに戦いの火蓋は切られているが、まさかの序盤から膠着状態。
「となると、ボクから仕掛けなきゃいけない……か」
里香が警戒しているのは、領域展開。
前回の戦いで領域展開に手ひどくやられたことを覚えているのだろう。
膠着した状態で思考を回す。
――領域を展開する一瞬の時間を稼ぐ。
――けど“炉心反転――縛”による拘束は負のエネルギーから正のエネルギーへの切り替えの隙があるから、それ以外の方法で。
「あ~もう、めんどくさい! とりあえず叩いて弱める!
そんでもって屋上から叩き落として、地面に押し倒してやる!」
シンプルisベスト
困ったときの計画は簡素な方が上手くいく。コレ経験則だ。
「よーい……」
ようやく出番かと歓喜する炉心。
呪いを喰らって――喰らって――
「…………ドンだ!!」
瞬間。――飛翔する――
速さに全振りした術式効果。
音を置き去りにする、一級術師の絶技――
ドゴンッ!!!!!!!!!
里香には視認することすら許されなかっただろう。
抵抗することすら許されなかっただろう。
しかし、油断していたわけでは無い。
それ程まで、速く/強く……呪術師の拳が呪いの女王の頭蓋を叩いたのだ。
「硬いな!! ちくしょう!!」
『あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“!!!!』
悪態をつきながらも、里香の周囲を飛び回る。ヒットアンドアウェイ。
胸を抉って、腕を断って、頭を割って――
上、右、左、右、後ろ、下、正面――
里香はその圧倒的なまでの速さに翻弄される。
対空における凜は、まさしく空を駆ける龍。
呪術師にも逆鱗はあると言わんばかりに、龍の爪が里香の全身を傷つける。
しかし、その程度の損傷では勝敗は決しない。彼女は呪いの女王。そんな傷は瞬く間に復元する。
そして――
『邪魔ぁぁあ“あ”あ“あ”あ“!!!!』
「粗雑に両腕を振り回しただけで――ガッ……!!」
侮ることなかれ呪術師よ――
彼女こそは最も歪んだ愛――呪いの女王なれば――
周囲を飛び回る虫ごとき、造作も無い。
ただの暴力、されど暴風である。
地面に撃ち落とされた凜は土を払って立ち上がった。
里香は未だ健在な怨敵の姿に呪力を震わせ、更に警戒を強めていた。
「質量を上げて、耐久力を上げなきゃ危なかったな……」
“炉心順転――変奏”の強みは応用力だ。
質量が増えるということは、密度が上がるということ。
結果として耐久力を上げることが出来る。
「アゲイン!」
間髪入れずにもう一度、屋上に座する里香に突貫する。
刹那のすれ違い――
その一瞬で、里香は突撃に対し右拳をカウンターで合わせてきた。
――もうこのスピードに対応してきた!? ……ならッ!!
身体を捻って回転。
胴体を回しながら、致命の一撃を紙一重のところで避ける。
そのまま里香の懐に入り込み、掌底打ちをたたき込んだ。
「オラァ!! このまま浮かして、地面に叩き落としてやる!!」
連続の掌底打ち――
凄まじいエネルギーの爆弾が里香の腹で炸裂する。
しかし、底なしの呪力の塊である里香の硬さに両腕が悲鳴を上げた。
「ふざけろッ! ホンット硬すぎだろ!?」
叩いても、叩いても、ビクともしない里香。
まるで、水をいっぱい張ったプールのような呪力の重さ。
そして、いつまでも好きにさせる呪いの女王では無い――
『潰れ“ち”ゃえ“ぇぇえ”え“!!!!』
「いっ!?」
懐にいる不届き者を押し潰ぶそうと抱き締めにかかる里香。
一気にそこは、底なしの呪力の塊に圧殺される死地へと変貌した。
――“変奏”、質量MAX!!
自身の重さを最大にし、校舎の屋上をぶち破って落下する。
落とし穴に落ちるように、里香の懐から緊急脱出。
里香は突然消えた不届き者を探してキョロキョロしている。
「今のは流石に危なかった……」
冷や汗をかきながら、再度屋上へと登る。
里香は不届き者を見つけて警戒態勢に戻った。
互いが互いを見つめ合い、場が膠着する――
――弱まって、るよね……うん。
確かに、里香にダメージは入っている。
……が、底なしの呪力がそれを感じさせない。
――整理しようか。勝利条件は領域展開をキメること。
――その為の時間を作りたいが、警戒していて近づいてこないし、攻撃し続けても呪力量の差で此方が先に沈む可能性が高い。
いくら超効率で術式を使用可能といえども、これほどまでの呪力量を持つバケモノを相手にすると、呪力切れを想定しなければならない。
つまり、攻撃をし続けて弱める選択肢は取れなくなったのだ。
なんとか今すぐにでも地面にたたき伏せ、時間を稼がなければならない。
――どうする……?
時間にしてわずか数秒の思考。
計画を練り出し――実行に移した際の結末を明確にイメージした。
――別に構わない。その程度の代価であれば、納得できる代価だ。
――よし、足を捨てよう。
「――さあ」
キィィイイイ――
不適に笑い、いつものように呪術師は呪いを焚べる――
「――ショウタイムだ、呪いの女王」
勝利の道しるべを見つけた呪術師は、己の肉体を躍動させる。
踏み込んだ足が屋上に罅を刻む。
里香は――既に屋上から追い出されていた。
『あ“あ”ッッ!!』
炉心順転の
さらに、右脚を捨てる簡易的な“縛り”により大きな爆発力を生み出す。
次元を数段飛び超えたスピードに、里香は反応できなかった。
だが、それでもなお地に落ちることのない呪いの女王。
「そりゃあ滞空できるよなァ!」
そんなこと、想定の内だった――
そんなこと、理解の内だった――
“彼女ならばその程度”と、ある種の信頼すらあった――
――大質量の体当たりで叩き落とす!!
跳び蹴りの勢いのまま里香の上空を取る。
嗜虐的に笑った呪術師は、簡易的な印を結んで術式効果を更に高める。
人差し指と中指を立てて挑発的に――
それに対し呪いの女王は――
『オ“マ”エ“が!! 大っ嫌い“だぁぁあ”あ“あ”!!!!』
「――つれないこと言わないでよ。一緒に落ちてあげるから」
残った左脚も捨てた大質量落下――両脚が潰れる。
呪術師は遂に呪いの女王をたたき伏せる一撃を繰り出した。
ドカァァンンン!!!!
小規模隕石によって、呪いの女王は地に伏した。
さらに、その下手人は自身の重さで彼女を行動不能にさせる。
『あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“』
「反転術式を使えば、重さが甘くなった隙に抜けられるだろうね」
ならばどうするか――
「――別に、使わなくていいんだよ」
抜け出される前に掌印を結ぶ。
それは――一切の穢れを焼き払う炎神の印。
それは――烈火にて不浄を清める明王の印。
其れ即ち、“烏枢沙摩明王印”なり――
心象風景を内包した結界が構築され、広がる。
黄昏の赤い日差しが満ちる――
埋めようのない心の孔を癒やすような、寂しい暖かさ――
どれだけ月が欠けようと、道しるべは彼方に光る――
「やっぱり恥ずかしいな。“心象風景”をさらけ出すっていうのは――」
黄昏の大地に、楓の木がそびえ立つ。
いまだ碧い葉は、いつ頃真っ赤に染まるのだろう。
帰り道は既に定まって――
「――でも、大切な約束を想うのは、ちょっとだけ楽しいよね」
この領域展開は、領域内の全呪力を対象とした術式行使を可能とする。
他者の呪力ですら変換し、無条件に消費させるのだ。
つまり底なしの呪力の塊であろうと、このセカイでは多少大きな薪にすぎない。
『ぁ“ぁ”ぁ“ぁ”ぁ“ぁ”ぁ“……』
「流石、呪いの女王。これでもまだ自己を保てるなんて……」
炉心呪術は呪力を運動エネルギーに変換する術式。
本来、変換する呪力に自他は関係なく、他者の呪力すらも変換可能だ。
――でも、自分以外の呪力の変換は触れないと出来ないし。
――変換しようとしても、体内は一種の領域みたいなモノで難しいし。
しかし、自己の呪力で満たされ、術式効果が強化される領域内ならば可能。
必中効果により術式を当て、呪力を流し込み必殺と成す。
「そろそろ憂太の中に帰らないと本当に消えちゃうよ」
『ぁ“ぁ”ぁ“ぁ”……』
里香は黄昏の土に伏している。
呪力を勝手に消費され、上手く動けていない。
術師に例えるなら、呪力操作を乱されているようなものだ。
「君が帰るべきは燃え盛る炉の内じゃないだろう?」
『…………』
「ボクの勝ち。……ぶい」
ニヘラ、っと笑ってVサイン。
暫くすると里香は姿を黒いモヤに変わり、暴走状態が終わりを迎える。
それを見届け、領域展開を解いた。
パキパキ、パキィン!!――
心象風景が砕け、溶けるように消えていく。
黒いモヤが憂太の所に帰っていった。
「呪霊誘因体質で暴走させてごめんね。でも恨むなら五条さんにしてよ?」
――五条さんがボクを連れてこなきゃ、お互い戦う必要なかったし……。
――死んだ後でも大変なことってあるよね……ホント……。
潰れて無くなった足を反転術式でボコボコと復元させ、ため息。
完治した足を数度叩いて、帰路に着くのだった。
「はぁ、しんどかった……」
~ボクの師匠たち~
「君の体質が異常なモノであったとしても、それ自体が問題では無い。
問題なのは、“それにどう向き合うか”だ」
「呪霊誘因体質にどう向き合うか、ですか?」
「あぁ、理不尽に知恵と努力で立ち向かうのが、人間というものだ」
「五条さんと夏油さんを見てる夜蛾さんが言うと説得力があります……」
「凜の領域はまさしく必殺だよね。」
「五条さんに言われたくないンですけど……」
「だからこそ、反則の出しどころはよく考えな。あくまで必中の上で必殺であることを忘れるなよ」
「…………どう当てるか、かぁ……」
「九十九式戦闘教訓その一! 先ずは落ち着いて、その後によ~く考えるべし!」
「先ずは落ち着いて……」
「泥臭く戦うというのは、何も考えずにがむしゃらになることじゃない。
知恵を尽くし、努力を尽くし、そして目的に一生懸命! これが泥臭く戦うってこと」
「あはは、熱い研究者ですね」
「凜くんは人が一番油断するタイミングっていつだと思う?」
「ん……えっと……」
「勝ちを確信したときさ。私はコレで悟を何度も負かしてるんだ」
「五条さん精神年齢低いから……」
「ははは、そうだね。凜くんも最後まで気を抜いちゃダメだよ?」
どもっす!<(_ _)>
N島ジュン太郎です。
読了!感謝!
領域展開――黄昏之帰炉:領域内の全呪力を対象とした術式行使を可能とする。対象の呪力を運動エネルギーへ強制変換して、行動不能にしたり、爆発させたりできる。また遠距離での衝撃波を撃ったりと運動エネルギーで色々出来る。現代風な必中必殺を両方持つ領域。
凜くんの領域展開は美しい黄昏の風景
カエデの心象風景は優しい満月の風景
……という裏設定。
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