呪いを焚べる   作:N島 ジュン太郎

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第三話 孤独病楝-弐-

 

 昨日出会った幽霊少女、悠木カエデは今日もやってきた。

 どう見ても幽霊とは思えない笑顔をキラキラと輝かせて、今日も病室の窓辺に楽しそうに座っている。

 背景に夏の雲を背負っている姿がやけに似合っている。

 その彼女を眺めながら思う――

 

――三年間も、彼女は独りだったのか。

 

 昨日の聞いた話を思い出す。

 あの時、カエデの唐突な「お願い」に面食らっていたボクを余所に、彼女は自分の身の上話を勝手に話し始めていた。

 曰く、三年前、高校に入学したこと。

 曰く、入学式の帰りに交通事故にあったこと。

 曰く、事故が原因で寝たきり、いわゆる植物状態になってしまったこと。

 曰く、気づいたら幽霊になっていて、目の前に寝たきりの自分がいたこと。

 曰く、三年間、病院から出られなくて暇していたこと。

 

『それでね、それでね!……』

 

――うーん、全然止まらないなぁ!

 

 今、思うと泣いていたボクを励ましてくれていたのかもしれない。

 カエデはボクに何も聞かず、自分の話やどれだけ退屈だったかをたくさん話してくれた。

 

『いや~、それにしても驚いた驚いた。

 今まで誰も私のことが見えなかったのに、すごいぜ少年!』

『そうですか?』

『そうだよ、すごいことなんだよ?

……嬉しいなぁ。私はもう、独りじゃない。』

 

――そうかこの人も。

――独りぼっちだったのか……。

 

 ボクと同じ、お互い独りきりだった仲間同士。

 僕らのおしゃべり同盟はかくして始まったのだ。

 そして――カエデは今も楽しそうに言の葉を紡いでいる。

 

 

 

 

 

 

 幾日か経った。今日も病室に二人の会話が響いている。

 いろんな話をした。

 病院の窓から見える風景は変わらないから好きではない、とか。

 でも、窓から朝日や西日が見えるのは好きだ、とか。

 病院食は味が薄い、とか。

 でも病院の匂いは意外と好き、とか。

 エトセトラエトセトラ……。

 ……そんなおしゃべりで、日々を消費している。

 

「そういえば、凜の苗字って珍しいよね?

 鈴に月って書いて“りづき”なんて初めて知ったよー」

「未だに“すずき”って読む看護師がいるんだ。

 そろそろちゃんと覚えて欲しいよ」

「あはは、“すずき”さんじゃ不満かい?

 今、全国の“すずき”さんにケンカを売ったね?ふふふ……」

 

――てきとー言ってるなぁ。

 

 訳分かんない会話。でも、それがどこか心地よい。

 ニヘッ、っと舌を出してとぼけている。

 代わり映えしない毎日だけど、ボクはそんなカエデとのハッピーな日々が好きだ。

 

「凜って名前も可愛いよね! 勇気凜々でカッコイイし!

 つまりカッコ可愛いで二倍ハッピー!!」

「なにアホなこと言ってるの……」

「あッ、ひどーい!」

 

 二人してクスクス笑い合う。

 ボクたちだけ。

 この病室、この世界には――ボクたちだけだ。

 

 コンコンと、病室のドアがノックされる。

 ドアを少し開けて、藍沢先生が顔を覗かせる。先生はよくこうやって顔を覗かせながら入ってくるのがクセなようだ。

 

「凜くん、診察の時間ですよ。

 今日も彼女と話していたのですか?」

「……はい。今日も楽しく話していました」

 

 藍沢先生は、ボクが見えない誰かと話しているということに合わせてくれる。家族を亡くし、精神的に疲弊しているボクを強く刺激しないように。

 身体はもう健康そのものだ。

 本当なら、もう養護施設にでも移してもいい頃だろう。

 でも、ボクはまだここにいたい。

 

「凜くん。先生との約束は守ってくれていますか?」

「はい。病室から出てはいけないんですよね?」

「よろしい、ふふっ。

 では今日も、診察中に彼女と何を話したのか聞かせてください」

 

 この“約束”は一番初めの診察で言われたことだ。

 きっと、心が傷ついている子どもを外部からの刺激に触れさせたくないのだろう。

 いつも通りの診察を繰り返す。

 そして、いつも通りの診察がいつも通りに終わる。

 ちょうど終わったタイミングで、病室のドアからヒョイッと看護師が顔を覗かせた。

 

「藍沢せんせ~、次の診察が待ってますよ~

 いつまでも喋ってないでくださ~い」

「おっと」

 

――あの看護師さん、先生のクセが移ってる……。

 

 藍沢先生の影響に呆れる。

 病室から出て行く先生を目で追っていると、また病室を出るときドアから顔を覗かせた先生と目が合う。

 

「凜くん。繰り返しになりますが、病室から出てはいけませんよ」

「はい、分かってます」

「……では」

 

 今度こそ藍沢先生は病室から姿を消した。

 気がついたらもう夕方だ。窓から西日がボクを照らしていてまぶしい。

 

「……まぶしい。カエデ、カーテン締めてよ。」

「私、君以外に触れられないんだけど!?」

 

 ボクはクスッと笑った。

 診察中にカエデは話しかけてこない。ボクと二人だけの時だけ話しかけてくる。

 もう一度からかってやろうと、まぶしい窓の方を向くとカエデは少しむくれていた。

 珍しい。カエデはこんな冗談ぐらい、いつも軽く流す。

 だとすると、別の何かが気にくわないのか。

 

「どうしたのさ? 景気悪い顔して。」

「……凜ってさ、歳に合わず賢いよね?

 よく景気なんて言葉知ってる、ホントに六歳?」

「褒めてる?」

「そうじゃなくて!」

 

 ボクが惚けるとカエデはさらにむくれてしまった。

 いや、分かっている。

 彼女が怒っている理由、それは――

 

「凜、先生だけじゃなくてカウンセリングの人にも妄言言ってるじゃない?

 カエデお姉ちゃんはそういうの良くないと思うなー?」

「……妄言じゃない」

「あれ?たしかに私はここにいるし。……ん? って話の腰を折らない!

 要するに! 凜は妄言を言わなければ普通の生活に戻れるでしょ?

 変わらない日々なんて恐ろしい退屈だよ。私の退屈に君が付き合う必要ないってこと」

 

――確かにそうだ。ボクはもう退院していいくらいに回復している。

――けど、嫌だ。だってここを出たら。

 

「……また独りになる。

 ボクにとってはその方が恐ろしいよ――」

 

 ボクはそう言って、懇願するようにカエデをじっと見つめる。

 彼女の後ろにある西日がまぶしい。そんなの気にしない。

 それより、また独りになる恐怖に身体が震える。嫌だ、嫌だ。と心が震える。

 ボクは自分の膝に顔を埋めた。

 

「……カエデも、また独りになるんだよ?」

「いや、そうだけどさ-。

 やっぱり、死者は生者の人生縛っちゃダメじゃない?」

 

 

「……それなら、ボクも一回死んでる」

 

 

――……言っちゃった。

 

 唐突にこんな話、絶対信じてくれないと思いながらカエデの表情を伺う。

 今度はカエデがボクをじっと見つめていた。

 それもそうだ。カエデも死ぬことがどれだけ怖いことなのかを知ってるはずだ。

 軽率にその言葉を使って欲しくないだろう。

 

 ボクはいても立ってもいられなくなって、もう一度自分の膝に顔を埋める。

 せき止めていた感情と一緒に一気にまくし立てるように、泣きじゃくるように、あり得ない話を吐き出した――。

 曰く、気づいたら前世の記憶を持って、生まれ変わっていたこと。

 曰く、記憶には穴があって、自分の名前や両親の名前などが欠落していること。

 曰く、他には友達とのエピソードもいくつか抜け落ちていること。

 曰く、挙げ句の果てには今世には家族なんていないことも。

 

――信じて……くれないよね。

 

 ボクは今更になって自分の吐いた言葉を飲み込みたくなった。そんなこともう出来はしないのに。使ってしまった言葉は既に空気に溶けて消えた――

 こんなのカエデを怒らせただけだ、彼女に嫌われる。

 おしゃべり同盟はこれにて解散だ。

 結局、また独りになっちゃったじゃないかと思うと涙が出てきた。

 

――ダメだ、今泣くのは卑怯だ。

 

「そっか……私はきっと君を待ってたんだ――」

 

「……え?」

「信じるよ! その話!

 生まれ変わりなんてロマンがあるじゃん!」

「……なん、でッ!?」

「だって私、幽霊だよ? 幽霊がスピリチュアル信じなくてどうするの!

 そっかー、だから凜は頭よかったんだなぁ。

 たは~! お姉ちゃん気づかなかったよ、やるね凜!」

 

 あれ?もしかして君の方が年上だったりする!? とカエデはガビーンと、いつもにも増して明るく振る舞う。

 今は、西日よりも彼女の方が眩しい――。

 きっと、涙のせいだ――。

 

「……ホントは、高校一年生だと思う」

「え、高校生! やったぁ三年幽霊やってる分私の方が年上!」

 

 ほんっと、カエデはなんでこんなにも幽霊らしくないんだと思う。

 時々アホっぽい愉快な性格。

 コロコロとよく変わる表情。

 聞いていて心地よい、明るい声。

 話してる最中、ボディランゲージとかよくやる。

 叶うのなら……同じ高校へ通ってみたかったな、とか。思ってみたりして――

 

「あと! さっき言ってたのは少し違うよ、凜」

「……えっと」

「私たちはもう独りじゃない。

 だって友達じゃん! 会おうと思えば会えるさ!」

 

 そう言って、カエデはボクに背を向けて夕日を眺めた。

 赤い紐リボンを指先でクルクルといじって。

 このとき、夕日を見ていた彼女の顔が少し寂しげだったことをボクは知らない。

 

「だからさ、生きてよ。

 この世界でも、きっと君にはその資格がある――」

 

――あぁ。

――また、カエデに励まされちゃったな。

 

「……ま、まぁ? もうちょっとだけこの退屈でハッピーな日々を続けても良いかな~、って思うんだけどね?」

「せっかく、良いこと言ったのに……」

「だ、だからさ! カウンセリングはしっかりやって、ちゃんと退院出来るって判断されるまでは、一緒におしゃべりしよ? 」

 

 エヘヘ、とカエデは恥ずかしそうに頭を掻いた。

 幽霊さんとのおしゃべりはもう少しだけ続くことになったのだった。

 おしゃべり同盟のロスタイムが始まった――

 

 




どもっす<(_ _)>
N島ジュン太郎です。
読了、感謝!
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