それは――ある少年の、果たされなかった……
第二十九話 ”果てずの夢” どうぞ。
「ふッ――――!」
軽い吐息。ひび割れる床。
屈んで収縮した体躯に凝縮したエネルギーを一気に開放し、飛翔する。
身体の超絶運営。精密な呪力操作と体術の連動、拡散される力を一点に収束して振り抜いた拳は、まるで閃光のよう。
その拳は、呪霊の頭をたやすく吹き飛ばした。
「……よし、終わり」
「速ぇ~、俺ほとんど見えなかったぞ」
「しゃけしゃけ」
「あはは、どんなもんだい!」
今日は呪術実習でパンダと棘と一緒に任務に赴いていた。
ホテルでの怪奇現象。
宿泊した客によると、ラップ音、ポルターガイスト現象、体感温度の低下、などの現象が起きていたらしい。
「二人もナイスサポート! パンダの呪力感知であっさり呪霊見つかったし、棘の呪言で祓うのが楽だったしで助かったよ!」
「そうか? あんな動きを見せられた後だと自信ないぞ俺」
「呪術師は連携を取ることも大事だよ~」
今回はボクが前衛で、パンダと棘が後衛だっただけ。
呪霊の等級が準一級と、まだ二人には荷が重いから見学だったのだ。
術式を持ってたから準一級。ポルターガイスト現象のやつだね。
「ともかく此にて実習終わり! 伊地知さんの所に戻ろう!」
「ああ、そうだな」
「ツナツナ」
待機している伊地知さん――補助監督、伊地知潔高――の車で帰るのだ。
ボクらは薄暗いホテルの廊下を歩いて帰路に着く。
コツ、コツ、コツ、……コツ――
コツ、コツ、コツ、……コツ――
――……ん?
「振り返ってどうした、凜?」
「……んー、なんでもないや。勘違いだったみたい」
「高菜?」
「なんだよぅ、ビビらせるなよ」
何となく気になったものを頭から放り捨てて、足早に帰ったのだった。
「……ふふ、危ない危ない。あと少しでバレるところだったね」
ボクたち以外に帰路に着く足音があることを、知る機会は訪れなかった――
任務帰りの車の中。
柔らかいパンダに寄りかかりながら窓の外を眺める。
季節はもう、春の名残を残して移ろおうとしていた。
「五月も終わりますし、熱くなりましたね」
「そうですね。……少し冷房上げましょうか、鈴月くん?」
「お願いします伊地知さん」
後ろの席、パンダを挟んでボクと棘が座っている。
スヤスヤと寝ている他の二人。
身に余る等級の任務だったからか、その重圧に耐えるだけでも大変だったのだろう。
「二人ともぐっすりだ」
「鈴月くんもお疲れでしょう。眠ってても構いませんよ」
「……いえ、大丈夫です。ありがとうございます――」
――そういえば、ここから近いな……。
伊地知さんの優しい言葉に、ぼんやりと返答して……思考する。
少女が眠る病院が近いことを思い出した。
もう。……津美紀が寝たきりになって一ヶ月以上。
『それじゃあここが、凜の帰るお家だね!』
――……。
そう言って、ボクを送り出した人がいた――
置いていかれることを、誰よりも恐れながら――
自分の心を押し込めて、人のことを心配している少女だった。
――なんだか……、
――『ただいま』を言わずに闇に落ちた呪詛師とか。
――『おかえり』を言わずに眠ってしまった少女とか。
“――そんな人ばっかりだ”、と心の内で愚痴を吐く。
車に揺られながら。
窓の外を眺めながら。
まるで届くけど――触れられない/掴めない。あの雲のようだと思った。
――どうすればいいのかな、カエデ……。
弱音。……そう弱音だ。
情けない、彼女にこんなみっともない姿を見せられない。
カエデはそんなボクも受け入れてくれると理解しながらも、かっこ悪いところは見せたくないと思うから。
――取りあえず、お寝坊な白雪姫のお見舞いにでも行こうかな。
今日もボクは自分勝手に動く。
伊地知さんには迷惑をかけてしまうけど……、今は、ボクがやりたいことを精一杯。
多分、カエデなら“お姫様を起こしてこーい! 王子様!”とか言うだろう。
――む、ボクが好きなのは君なんだけど……。
頭の中のカエデに突っ込む。
……って何恥ずかしい妄想をしているんだボクは。
どうやら思春期少年病という大病に頭が犯されていたらしい。
「はぁ……」
「どうしましたか、鈴月くん?」
「……すみません伊地知さん。ちょっと予定が出来たのでここらで下ろして貰っても良いですか? 帰りは自分で帰りますので」
「えぇはい、構いませんけど……」
伊地知さんが近くのコンビニに車を止めてくれた。
ボクは寝ている二人を起こさないように静かに車を降りる。
「ありがとうございます。友達の入院している病院が近くて。ちょっとお見舞いをしていこうかなって思ったんです」
「津美紀さんのお見舞いですか?」
「あれ? 伊地知さん知ってたんですか、津美紀のこと」
「えぇ、五条さんに頼まれて色々と。ははは……」
「あぁ……なるほど理解しました」
――きっと、五条さんが伊地知さんに調査を頼んだんだろうな。
呪われた津美紀と同じような非呪者が全国にいる、と五条さんは言っていた。
あれは恐らく、伊地知さんに調べて貰ったことだったのだろう。
あたかも自分が調べたかのように言うのはどうなんだ、教職者よ。
「パンダと棘には遅くなるって言っておいてください。
あ、女の子のお見舞いに行ったとか、間違っても言わないでくださいよ? 彼らそういうのに目がないので」
「はは、分かりました。
では、帰り道はお気を付けて――」
そう言って彼らと別れ、ボクは病院へ向かった。
勿論、お見舞い用にちょっとした花を買っていくのを忘れずに。
病室のドアをスライドさせる。
ゆっくりと、静かに開けて、ボクは入室した。
「あれ、恵も来てたんだ?」
「……凜、先輩」
「いつも通り『凜』でいいよ。別に気にしないしさ」
病室には恵――津美紀の弟の伏黒恵――がいた。
姉弟が揃って、夕日に照らされている。
但し、一方の顔の表情は陰っているが。
「津美紀の様子は変わらない、か」
「あぁ、相変わらずだ」
「……そっか。せめて悪い夢を見てないと良いんだけど」
ボクは買ってきた花を花瓶に入れながら夕日を眺める。
まるで、あの日々の焼き直しだ。
寝たきりの少女に夕焼け空なんて。ホント勘弁して欲しい。
「今日は、高専の皆と任務だったんだ」
「……」
「ホテルに発生した呪霊の祓除でさ。前までは一人でやる任務が多かったけど、今日は友達がいたから楽しかった」
一人言のようにボクの言葉が病室に反響する。
否、まさしく一人言だ。
恵は静かに黙って聞いているだけ。
「こうやって話してたら、ひょっこり起きて反応しないかな?」
「しないだろ。あと津美紀は呪いのことを知らない」
「あはは、だよね~」
ホントにあの日々の焼き増しなら、誰かが言葉を返してくれないかと思っただけ。
重ね合わせるのは、失礼だと思いながらも――
重ねずにはいられない――
彼女も少女も――大切な日々を過ごし、大切な想いをくれた恩人だから。
「……凜」
「どうした、恵?」
ボクの名前を呼ぶ恵。
振り返って、ベッド横の椅子に座ってる彼を見る。
……恵は頭を下げていた。
「ごめん。あの日、オマエに当たって……」
「――別に謝らなくても。その通りでも、あるんだし……」
恵が謝っているのは、津美紀が呪われて寝たきりになった日のことだろう。
この病室で、酷く憔悴した恵に言われたことだ。
ボクの胸を弱々しく叩いて――絞り出すような声で――
『津美紀はッ……凜をずっと、待って……。どうして側にいてくれなかっ――』
『……』
『――あッ……ごめ『そうだね。ごめん……』』
その通りだ。帰る場所になってくれた二人を置いていったのは、ボクだ。
側にいると呪ってしまうからって、言い訳して――
呪術師の仕事から遠ざけるためと、言い訳して――
言い訳をして、側にいなかった……。だから守れなかった。
「恵は悪くないよ。だって、あれはホントのこと――」
「いや、悪いのは俺だ。
凜が俺たちを守るために離れたということを忘れて。……自分はそもそも善人も悪人も救いたくないと思っていたくせに、都合良く凜を責め立てたんだ」
恵はボクに真っ直ぐな言葉を投げてくる。
自分は救おうとすら思ってなかった。だから、凜を責めるのはお門違いだと。
少し……視界が滲んだ気がした。
「
津美紀の首には、チョーカーが巻いてある。
それは昔、
長年身につけたことで、呪力を抑える封印具が呪力を発する呪具に変質したもの。
「はぁ、まだ気にしてたのか。五条先生が言ってただろ。『呪力は発してるけど呪霊を寄せる効果は無い』って。
気を遣えるような人じゃないんだ。そこは信用していいと思う」
「…………」
「責められるべきなのは、凜じゃなかった。責められるべきなのは、ガキみたいにグレて何もしなかった俺だ。だから……ごめん」
いつの間にか、恵はボクの目の前に立っていた。
俯いていたから気づかなかった――
伏黒恵が。……無愛想で生真面目、意地っ張り。真っ直ぐ前を見てる、立派な男の子に育っていたなんて。
「津美紀を助ける方法を探してたんだろ。五条先生から聞いた」
「……ったく、本当にあの人は……おしゃべり、なんだから……」
「――凜、俺は呪術師になるよ」
ハッとなって正面の恵を見る。
少し前まで呪術師になる既定路線を受け入れず、グレていた恵じゃなかった。
ボクと同じ目線に立つ、強い決意に満ちた眼をしていた。
「凜は昔、自分勝手に自分の手の届く範囲の人を救うって言ったよな」
「う、うん……」
「そんなふうに俺は、まだしっかりと助けたい人を見定めたわけじゃない――」
「……」
「――だけど、津美紀は助けたい。
呪術師を続けていれば、津美紀を助ける方法が見つかるかもしれない」
――……あぁ、そっか。
いつか、病院から出られない幽霊さんを、病院から出そうとした少年がいた。
寝たきりの状態でも、幽霊のままの状態でも――
自由になれる方法があるはず、助ける方法があるはずだと――
――そっ、か……。懐かしい想い出を、見てるんだコレ。
そんな夢を持った少年が――確かにいたのを思い出した。
失敗した少年と、目前の男の子を重ねてしまったから。
「だからお願いします。これからも津美紀を助ける方法を一緒に――」
「いいよ、一緒に探そう。」
「――……いいのか?」
眼を瞑って、果たされなかった少年の夢を想起する。
その夢想、彼女ならなんて言うだろうか。
あの夢念、少年ならどう感じるだろうか。
そんなの――
「――そんなの、いいに決まってる」
そんなの――そう言うに決まってる。
心の内の彼女と少年が、一緒に合意した。
「……ありがとう」
「ううん、こちらこそ。励ましてくれて、思い出させてくれて――ありがとう」
「は? 思い出させて……?」
「あぁ、それはこっちの話。気にしないで」
~とある後日談~
「そういえば姉貴の奴、模範的な善人のくせに学校にアレ着けてって教師に怒られてたぞ」
「……え“」
「最終的には足首に着けてバレないようにしてた。……根っからの善人も偶には悪いことすんだな」
「雨の中捨て猫に傘をあげるヤンキー。そんな悪人が善行をする話もあるし、その逆だってあり得るんじゃないかな……?」
どもっす!<(_ _)>
N島ジュン太郎です。
読了!感謝!
冒頭のアレは一体誰なんだ!? チョコチップメロンパンか!?
そして寝たきりの津美紀とグレてたけど成長した恵。
助けられなかった寝たきりの少女の話から始まったこの物語。
やはりこういう所に行き着くのは必然だったわけです。
まだまだ先のお話ですが終着が見えましたね。
終着の果てに待つ人に、凜くんはどんな物語を紡ぐのでしょう。
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