少年を初めて見たときは、かわいそうな子供だと思った。
だってそうでしょ? 家族は皆死んじゃって。その時のショックで髪の毛もつむじに少し黒を残して白くなっちゃって、無神経な先生の話に泣いちゃってる。
――ホントに、かわいそうな子。
凜、という名前らしい少年は嗚咽をせず、ただ静かに涙をこぼしていた。
その時初めて見たんだ。ほんとに絶望した人の顔――
きっと、私も幽霊になったときはそんな顔をしてたんだと思う。
だからこそ、声をかけたいと思った。
慰めてあげたいと思った。
同じ気持ちを共有できると思った。そんな――ただの同情。
でも――
――私の言葉は届かないし……。
同じ独りの私の言葉なら少年に届くと思っても、私の言葉は届かないから。
今回も、いつも通り諦めるだけ。
赤い紐リボンを指先でクルクルといじる。
大丈夫。諦めて、すぐ開き直って立ち直ったふりをするのが私の特技。それを繰り返すだけの話。
やるだけやってみるけど、やっぱりダメなんだろうと思ったんだ。
『大丈夫? 少年』
でも、そうはならなかった――
届かないはずの言葉は、確かに届かないはずだった。
けれど、それでも少年は私を見つけ、言葉を投げ返してきた。
『あなたは、誰ですか……?』
独りぼっちの世界を彷徨う、私を見つけてくれた――
独りぼっちの世界にこだまする声。
色彩のない世界が色づくような、幼い声
少年の戸惑う声が――確かに私の鼓膜を揺らしたんだ。
そうして始まった日々。
変化のない退屈な世界に色彩が生まれた、悠木カエデと鈴月凜の出会い。
三年も待った私の青い春――
「ねえねえ! 凜の話、もっと聞かせてよ!
前世は好きな子とかいた?」
「……いなかったと、思うけど。
……ねぇ、この話ほんとに面白い?」
「もちろん!」
ウヘヘ、と笑っているカエデ。
今は午前八時過ぎ。朝ご飯の時間だ。
蝉の鳴き声より彼女の話し声の方がうるさいかもしれない。
彼女はボクが生まれ変わりを告白してから、こうして前世の話をよく聞いてくる。
朝ご飯を食べてるから、質問攻めは勘弁して欲しい。
いや、逆に味の薄いご飯で満足するために、ゆっくり食べた方が良いのかも知れない。
「というか、記憶がいくつか抜け落ちてるから、実際はどうだったのか分からないよ?」
「ん? 大丈夫じゃない?
昔の記憶なんてみんないつか忘れちゃうし!」
「そういうことじゃ……」
「それでも、楽しかったとか、好きだったとかは何となく覚えてるでしょ?
記憶は忘れても、“想い”っていうのはなくならないものなんだよ!
あ! 私めっちゃ良いこと言った!」
――それを自分で言うなよ……。
流石はわ・た・し、と今日もカエデは賑やかだ。
彼女は結構聡いことを言ったり言わなかったりする。
結局、残念な感じになってしまうところが玉に瑕なのだが……。
「学校の授業も内容は覚えてないけど、眠かったのは覚えてるし!
つまりそういうことだぜ!」
「いや、それは覚えときなよ……」
あはは! と笑うカエデにつられてボクも笑顔がこぼれる。
彼女が変なことを言うから、このときボクの頭も少し変だった。
「……カエデはさ。
目が覚めたら、どこに行きたい?」
「え?」
「え? じゃなくて。
ボクは君と外に遊びに行きたい。ずっと病院は退屈でしょ?」
「……うん」
「うん、じゃなくて。ほんとにどしたの?」
「……じゃあ、紅葉を、見に行きたいな――
……あ、デートだね!」
「デッ!?」
――なんてことを言うんだ。恥ずかしい。
変なことを口走った自分の口を恨めしく思った。
いや、普通に遊びに行くだけだ、決してそういうのではない、と弁明して。
ボクは顔が赤くなるのを隠すように朝ご飯を口にかき込んだ。
「むぐッ!?」
「あーもう、そんなに急ぐからー」
ご飯が喉に詰まった。
ボクは慌ててお水を飲む。全く、ひどい目に遭った。
でも、そのおかげで顔が赤くなったのが誤魔化せたのはよかった。
「フフフ……照れて赤くなってる」
――バレてた……。
絶対この後、カエデはからかってくる。
だって、すごいニヤニヤしてる。
そうなる前に、ボクはやけくそ気味にベッドの中へ隠れてふて寝の体勢に入る。
朝ご飯の物足りなさを誤魔化すのにもちょうどいい。寝てしまおう。
「あッ! ふて寝する気だ!
起きろ~おしゃべりするのだ~」
「……勘弁してくれェ」
「え~。
あ! じゃあ子守唄歌ってあげるよ!」
「えぇ……」
――ほんとに歌い始めた……。
カエデはニコニコと楽しそうに歌い始めた。
どこかで聞いたことのあるような、ないような子守歌。
そういえばちゃんとした子守歌って知らない。
ボクは顔まで布団に埋めて、彼女の歌声を聞いてみる。
別に特別に上手いわけではないけど――いつも聞いてた声――
「……なんか眠くなってきた」
「安心して眠ってもいいのよん? うふん」
「どんなキャラ……? それ……」
眠気で意識がフワフワフワ。
カエデは多分笑っている。
その言葉を最後に、ボクの意識は歌声の隙間に落ちていった――
「……おやすみ、凜。……ありがとね」
目が覚めたときに、側にいたのはカエデじゃなくて丸刈りの厳ついおじさんだった。
そのおじさんが椅子に座りながら可愛いぬいぐるみを作っている。
二度寝でフワフワした頭が一気に覚醒。
この状況をどうにか処理しようと高速回転して答えを出そうとする。
その結果。
――よし! 頭がこんがらがってきたぞぅ!
結果、ボクの脳みそは現状を把握することを諦めたようだ。
カエデはどこに行ったんだ、助けてくれ。そう念じても彼女は現れない。
もういいやと、開き直ってベッドから身体を起こす。
「ん? 起きたか。おはよう」
「あッ、おはようございます……」
おじさんの声が思ってた通りに低い。
でも思ってたより優しい声に少し安心。
どっかの幽霊さんもそうだけど、人はやっぱり見た目じゃなく中身だよね、と思い知らされる。
「初めまして、鈴月凜くん。
私は夜蛾正道。呪いを祓う呪術師、というお仕事をしている。」
――おや? なんだか優しい声で恐ろしいことを言ってらっしゃる。
呪い。知識としては知っている。
恨めしや~とか、五寸釘とか、陰陽師とか、多分そういう感じのやつだ。
なんにせよ、よくわからない、と首をかしげていると夜蛾さんはゴツゴツした大きな手をフワッとボクの頭においた。
「すまない。怖がらせるつもりはなかったんだ。
今まで面会拒絶されていたから話を焦ってしまった。
私は君を呪わない、安心してくれ」
頭を撫でる優しい手つきで分かった。いい人だ。
きっと、最近までのボクの状況を病院の人から聞いて知っているのだろう。
心的外傷を持った、小さい子どもを本気で気を遣っている眼だ。
この人の眼は、真剣にボクの心を案じている。
でも――
――どちらかというと、今の方がカウンセリングに嘘をついてるんだけど。
だって幽霊は本当に見えてるし、と微妙な感情になる。
そんなことを考えてる傍ら、ボクは“呪い”というものがどういうものか察しがついた。
「えっと、あの……。
呪いっていうのは、ボクとお婆ちゃんを襲ったやつ。
……あのバケモノのことですか?」
「……驚いた。
聞いてはいたがほんとうに賢いんだな。」
「ありがとう、ございます?」
――中身が高校生だったから複雑だ……。
これから何度も味わう感覚に、早く慣れたいと思いながら襲われた日を思い出す。
強烈な『生/死』の感覚をリフレインする。
あの全能感は、あれ以来感じたことはない。そして超能力も使えることもなかった。
そんなことを思い出していると、夜蛾さんはゴホンと喉を鳴らした。
「さて、私が君を訪ねた理由だが。
分かりやすくいえば身元を引き受けに来た。」
「……え」
「但し、金銭的援助を約束する代わりに将来は呪術師として働く。
そういう約束をしなければならない。
君はあの場で術式を使い、呪霊を祓っただろう?
もし、この話を受けるのなら、呪術高専という場所で生活して、呪術を学ぶことになる」
夜蛾さんの言葉を聞いて、愕然とした気持ちになった。
条件のことは正直よく分からない。ただ、退屈でハッピーな日常が崩れ落ちる音が聞こえたのだ。
別に、いつかこの日々に終わりが来るのは理解していたつもりだった。
でも、あまりにあっけなく現実はこの日々の終わりを突きつけてきた。
ボクが愕然としていると、少し迷った様子で夜蛾さんは言葉を続けた。
「……正直に言うと。
私は君が呪術師にならなくても良いと考えている。
確かに呪術師は常に人手不足だが、呪いの被害に遭った子どもまで引き入れるほどではない。
君が望むなら、拒否してもいい。養護施設でも、呪いと関わるよりはましだ。」
夜蛾さんはボクに逃げる選択肢もあることを示した。
呪術師というお仕事はそれだけ辛いものなのだろう。ボクを襲った呪い、呪霊と言うらしいバケモノを日々相手にするんだ。
すごい、怖いと思う。
でも、頭によぎるのは……
底抜けに明るい、あの幽霊さんの笑顔――
「夜蛾さん……。
地縛霊とかって、いたりするんですか……?」
「む? いないことはないだろう。
その土地に縛られた呪霊というのは確かに存在する。」
夜蛾さんは自分の髭をショリショリと触りながら答える。
決めた。呪術師になる。
呪いを学べば、カエデをこの病院から連れ出す方法が見つかるかも知れない。
――紅葉を見に行く、約束だしね
「……ボクは呪術師になります」
「……いいのか? 君はまた呪いと向き合うことになるんだぞ」
「はい。ボクに――呪術を教えてください――」
「どうして……?
“生きて”って言ったじゃん……凜」
このとき、近くで聞いていた彼女の声は蝉時雨の中に消えた――
オッス<(_ _)>
オラN島ジュン太郎
読了、あざます!
凜くん中身が高校生だから、書いてて身体が四歳なの忘れるんですよねw
夜蛾先生がなんかちょっと優しいと思ったら多分そのせいです。