「失礼しま~すよ~。
夜蛾さ~ん、そろそろ面会時間終了ですよ~」
夜蛾さんと話していると、看護師が面会時間の終わりを告げに病室にやってきた。
もう少し、呪術について聞いてみたいことがあったが、しょうがない。四歳の子どもとの面会時間なんてこのくらいなんだろう。
――というか、そのぬいぐるみのこと聞くの忘れてた。
一番気になることを聞き忘れてしまった。
人を見た目で判断するのはよくないが、流石に見た目とのギャップが激しすぎるのでめちゃくちゃ気になっていたのだ。
カエデへの面白い土産話が聞けると思ったのに、とぬいぐるみをジッと見ていると夜蛾さんはボクにそのぬいぐるみを差し出した。
「プレゼントだ。お見舞い品だと思っていい。
名前はジャブ。友達になってやってくれ。君を助けてくれる、優しいやつなんだ。」
「……え。あ、ありがとうございます」
――夜蛾さんはぬいぐるみに名前を付けるタイプ……!
ジャブを受け取って、夜蛾さんの意外な一面に驚く。
そうして驚いていると彼は立ち上がり、ではまた会おう、と言ってスタスタ病室のドアから出て行った。
「あ、さようなら……」
言ったときには既に病室のドアは閉まっていた。
最後にとんでもない衝撃を残して、夜蛾さんはいなくなった。
――おじさんとかわいいって共存するんだな。
ジャブをモフモフしながらボクは夜蛾さんとの会話を思い出す。
呪術師、呪術高専、身元引き受けの書類、援助の詳細などなど。
思い出すのはボクの術式のことだ。
どうやら超能力ではなく、術式と言うらしいそれは襲われた日から使えていない。
勿論、入院中何度も使おうとはしたが、あの時の使う感覚を思い出せず一度も使えたことがなかった。
夜蛾さん曰く――
『だいたいが四から六歳くらいの歳に術式を自覚し、使えるようになる。
君は少し早いくらいだ。恐らく呪霊に襲われた際は無意識に使ったのだろう。
そのうち意識して出来る様になる。』
とのことらしい。
目を閉じて意識してみる。
ボクの術式。呪霊と戦う為の力。ボクを救ってくれた力。
見えたのは――
「炉心と、それに呪いを焚べる――」
「凜く~ん、今日の検査は夜から~。
……早めの中二病ですか~? いや、早くない~?」
――おー、まい、ごってす。
手で顔を覆う。
ヒョコッとドアから顔を出した看護師に聞かれてしまった。四歳児の言うことだから是非とも気にしないでもらえると嬉しい。
というか、もう回復しきっているのに検査があるらしい。
――退院前に一応検査って感じなのかな?
看護師が今度こそどっか行ったのを確認して、もう一度試してみようと目を閉じる。
すると今度はドアの反対側、窓の方からプププッ、と笑い声が聞こえた。
ろくでもない事態になったと、そちらの方をそ~っと振り向く。
「あはは! 中二ッ! 中二病ッ!」
「うわああああ!」
三日月みたいに口をニヤニヤさせているカエデがいた。
両手で頭を抱える。
最悪だ。一番見られてはいけないやつに見られた、とグシャグシャ髪の毛をかき乱す。
彼女は腹を抱えて大爆笑している。いつの間にか戻ってきてたらしい。
――一体どこにいたんだ……。
「呪いを、焚べる。キリッ!
……あははははは!」
「もういいでしょ!?」
「ひぃ~面白かった! 中身は高校一年生だもんね! 私は良いと思うよ!」
「勘弁してくれェ……」
またふて寝してやろうか、と顔を真っ赤にして眼で訴える。
ニヤニヤしてるカエデは笑いすぎて、出た涙を拭いている。
――黒歴史確定だ、絶対忘れられない……。
「今までどこにいたんだよ……」
「ん~? 凜が寝てからずっとベッドの下にいたよ?」
「何故そこに……」
どうやら一緒に寝ようとしたが、暗い場所じゃないと眠れないからそこにいたらしい。
以前、幽霊になってからは寝ていない話を聞いたことがあったが、チャレンジ精神が宣戦布告してきたらしい。
よく分からないカエデの言動には慣れたものだ。
――待って。……ずっと?
「もしかして、夜蛾さんの話も聞いてたの!?」
「あはは、なんか厳つくて怖かったから隠れてた!」
「ボクだって怖かったよ……」
「でも、優しい人でよかったね?」
テへッ、っとカエデは舌を出している。
別に聞かれたくなかったわけではないが、こうもいじられると聞かれない方がよかったんじゃないかと思う。
ジャブをツンツンしようとして、触れられてない彼女をジト目で見る。
ぬいぐるみはベッド横の机に置いておく。
「ごめんごめん。
ともかく、そろそろ退院だね! おめでとう!」
「……ありがとう」
「えっと、呪術高専? って場所で暮らすことになるんだっけ?
夜蛾さんみたいな人なら君を預けられるな!」
さっきまでいじられていたから、急に祝われるとむずがゆく感じる。
はぁ、とボクのため息一つ。
それを彼女は軽く笑顔で流す。
カエデに向かって吐き出したため息は静かに病室に落ちた。
それをきっかけに、急に静かになった病室に違和感。
彼女を見るとなんだか悲しそうで――
「カエデ? ……どうしたの?」
「うん、おめでとう。でも私を助けるために呪術師になるのは止めて。
――今、何を言ったんだ?
今、カエデの言った言葉が分からなかった。
ため息をして少し落ち着いた身体がサァーっと冷たくなる。
ボクがきょとんとした顔でカエデを見ると、ニコニコしていて。
でも、いつもの笑顔とは違う、何かを諦めたような笑顔。
「え……でも、まだ助かる可能性は」
「あはは、やっぱり私のためだったんだ。
……助かる可能性はないんだって。私ね、ほんとは死んでたらしくてさぁ。
藍沢先生の術式、だっけ? そういうやつで生きながらえさせてもらってるだけなんだ。
それで寝たきり」
――カエデはもう助からない?
――藍沢先生の術式?
分からない分かりたくない、と頭がクラクラ拒否反応を起こす。
それでも無慈悲に、カエデは言葉を続ける。
「だからさ、普通に生きてよ。
知ってる? 病院にも呪霊っていっぱいいるんだよ?
私のためにそんな危険な仕事をやらなくていいよ」
「いや、呪術を学べば幽霊のままだって病院から出られるかも知れないし……」
「ありがと……でも無理だよ。
それに、もしもそれが出来るなら生きて君と出たい。
あ! 私の姿、見えないから凜が変な人みたいになっちゃうね!」
――なんだよ、それ。ボクに“生きろ”と言ったくせに自分は諦めているのか。
頭が熱くなる。でも身体は冷たいままで。
カエデの諦めたような顔、無理に明るく振る舞う態度に脳が沸騰したみたいにカッとなる。
ボクは今、怒っている。
「……退屈だって言った」
「うん、でももういいんだ」
「……独りは寂しいって言った」
「うん、寂しいね」
「……諦めたのかよ」
「うん、諦めたんだ――」
――じゃあ。
「じゃあ、紅葉を見に行く約束は……?」
「……ごめん」
気づいたらボクは大粒の涙を流していた。君のせいだ。
何でそんなこと言うんだ。
独りじゃないと思えたのも――
生きてみようと思えたのも――
紅葉が見たいと思ったのも――
君が、ボクに――
君と一緒に生きたいという、希望をくれたのに。
――それなのに……君は。
「なんでだよ! ボクに“生きろ”って言ったくせに自分は諦めてるなんて!」
「……そうだね」
「ボクのカエデに生きて欲しいって思う気持ちは無視かよ!」
「うん、私は酷いやつだ――」
打てど響かず。
カエデにボクの言葉はすり抜ける。
ほんとに酷いやつだと思う。そんな平気な振りをして。
生きたいと願ってるくせに――
「君の気持ちは嬉しいけど、私は何をどうしても助からない。」
「だからッ! ……ボクは呪術師になってッ!」
「凜が私を想うように、私も凜を想ってるんだよ。
お互いさ、多分熱くなってるから今日はもう独りになろう?」
カエデは早口でそう言うと、そそくさと自分勝手にいなくなろうとする。
“待って、ボクはまだ諦めちゃいない” そんな言葉は涙と嗚咽に外に出る席を取られてしまった。
「……ついてきちゃダメだよ? 病院って意外と呪霊がいるからね」
「待ッ……!」
漸く出てこれた言葉は意味を成さなかった。
壁をすり抜けて病室を出て行くカエデは涙を流していたように見えた――
「やけに呪霊が多い……。それに彼のあの異様な呪力。
それらのせいで呪力感知が上手くいかない。
病室に結界が張られていたことを考えると、病院に呪術を扱える輩がいる。
一応、ジャブを置いてきたが、連絡待ち……」
夜蛾は無意識に顎髭を触りながら歩いていた。
触りながら、病院での出来事を口に出して整理する。
彼の眉間にしわが寄る。
「結界を張った輩は彼を守っている……?
いや、まだ確証はない。
呪力感知が上手くいかないとなると、もしも連絡があったときのために近くで待機しておいた方が……」
“ガッデム!” といつもの口癖をこぼす夜蛾を西日が照らしていた。
今日の西日はなんだかいつもよりも赤く見えて――
現在、逢魔が時――
ど~~~も<(_ _)>
N島ジュン太郎です。
読了、ありがとうございますゥ~