呪いを焚べる   作:N島 ジュン太郎

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第六話 孤独病楝-伍-

 

 しとしと、しとしと。

 雨粒が歌っている。そんな日だった。

 高校の入学式の日。あいにくの雨模様。

 “まぁそれも風流だよねぇ” と私はこれから始まる三年間の青春に胸いっぱいの期待を膨らませて、浮かれていたんだ。

 

 昇降口に張り出されたクラス分け。

 教室で早速友達作りにいそしむ生徒たち。

 入学式で校長先生の長話にウトウト。

 そして友達と一緒に記念写真を撮る私。そんな青春の冒頭だった。

 でも、私のそれは失われてしまった。

 青春の時間はたった一台の車に止められた。

 

 交通事故に遭った――

 居眠り運転だったそうだ。私を轢いた運転手の人がその後どうなったかはよく知らないけれど、両親が目覚めない私の身体の前で泣いていたのはよく覚えている。

 不幸な事故。いつもテレビのニュースで流れる他人事が自分の身に起こってしまった。

 でも、ニュースでは当事者たちがどれだけ悲しんでいたかは教えてくれなかった。

 両親の涙は、私の心を雨模様にするのにそう難しくはなかった。

 

 ざあざあ、ざあざあ。

 病院の中には雨が降っている。

 両親の涙。

 私の涙。

 そんな土砂降りの中で、藍沢先生と目が合った気がした――

 気がしただけ。誰かに見つけて欲しいという、私の願いが見せた幻覚だろう。

 

 その後だ。

 両親が帰った後、藍沢先生の一人言を聞いた。

 

『彼女は助からない……。

 術式で身体を無理矢理生きながらえさせているだけ……』

 

 そんな一人言を、誰に聞かせるわけでもなく病室で一人つぶやいていた――

 

 

 

 

 

 

 西日もすっかり沈みきり、夜の帳が下りている。

 ただ今の時刻は午後九時前くらい。冷房の効きが悪く少しジメジメしている。

 カエデは昼前に病室から消えて、未だに帰ってこない。いつもは日がな一日中ボクの近くにいるものだから、この静寂が少し染みる。

 

――やっぱり独りは寂しいよ、カエデ。

 

 思えば、カエデはときどき何か諦めたような表情を見せていた。

 それを隠す時は指で紐リボンを触ったり、窓の外を眺めて顔をそらしたり。

 ボクに生きて欲しいと言いながら、それを彼女は諦めていたんだ。

 だから――

 

『だからさ、生きてよ。

 この世界でも、きっと君にはその資格がある――』

 

 だから、自分の『生』を諦めて、ボクに託した。

 あの恐ろしい『死』の運命を受け入れて、ボクには生きて欲しいと。

 優しく、突き放したんだ。

 

「また、独りになるのはヤダな……」

 

 ポツリ、と出た独り言に返答を返してくれる人はいない。

 ジジッ、と病室の電灯が虚しく音をこぼす。外はもう暗くなっている。

 もうすぐ就寝時間だ。そういえば、藍沢先生の検査はまだしていない。

 

――もしかして忘れてたりするのかな……?

 

 ナースコールを押して知らせた方が良いだろうか、とボタンを持ってどうしようと悩んでいると、コンコンと病室のドアがノックされた。

 

「凜く~ん、遅くなってごめんね~?

 お寝坊さんかましてた、先生呼んできたよ~」

 

 悩んでいたところに丁度、看護師さんが現れた。今日もドアからヒョコッっと顔を出している。

 そして看護師さんが引っ込むと、藍沢先生が丸い眼鏡をかけ直しながら入ってきた。

 寝坊したらしい先生は恥ずかしそうに、はははと笑っている。

 

「いや、すまないねー凜くん。

 こんなにも暗くなってしまってからで」

「……いえ、別に気にしていません」

「そう言ってくれると助かるよ」

 

――そういえば、病室に男二人だけって初めてだな?

 

 いつもはカエデがいたので、この状況は少し珍しい。

 藍沢先生に彼女との話をするときは、黙って聞いている彼女がいるから恥ずかしかった。

 そんなことを思い出していると、先生はベッド脇の椅子に座り、ニッコリ笑って話を始めた。

 

「今日は実は注射だけなんだ。

 遅れた、と言っても直ぐ終わるから安心して欲しい」

「……注射、ですか?」

「少し痛いのを我慢すれば終わります。……出来ますね?」

 

 別に痛いのが嫌なわけでないのだが、そう解釈されたようだ。

 就寝時間が近いので早く終わるのは別に良い。

 しかし、そもそもボクの身体は既に治っている。なのに注射を打つのはなんだかおかしくて不思議に思ってしまったのだ。

 ……ほんとうに、注射が苦手とかではない。

 

「先生、ボクの身体治ってますよね?」

「はい、治っていますよ。

 どうしたんですか? ほら早く腕をだしてください、ほら」

 

――なんか、今日の先生少し怖いな……。

 

 藍沢先生はやけに注射をせかしてくる。

 ニッコリ笑っている顔に圧を感じる。確かに就寝時間まで時間はないが、遅れたのは先生が寝坊したからではないか――

 

「ほらほら、早く腕をまくって出しなさい」

 

――……。

 

 その時、午後九時の消灯時間を知らせるメロディが放送される。

 それに全く反応しない藍沢先生。

 その様子を見て、カエデが言っていたことを思い出した。

 

『藍沢先生の術式、だっけ? そういうやつで生きながらえさせてもらってるだけなんだ。

 それで寝たきり』

 

 嫌に長いメロディが終わり、病室が静寂に満ちる――

 ボクは術式のことを聞いてみたくなった。

 先生も呪術を知っているなら、教えて欲しい。

 どんな術式で、カエデを生きながらえさせているのか。そして、彼女は回復の見込みがあるのか?

 

「……先生。

 先生は、どんな術式を持っているんですか?」

 

 藍沢先生は笑顔を消して、ボクをじっと見つめる。

 しばらくの沈黙の後、椅子から立ち上がり再び笑顔を貼り付けて、口を開いた。

 

「……そうですか、バレてしまいましたか。

 カエデくんも困ったものです。私の術式を喋ってしまうなんて。

 そういえば、()()()姿()()()()()()()()?」

 

――今、なんて言った……? “今日は姿が見えない”?

 

 聞き間違いか? と藍沢先生を見る。

 先ほどまでの笑顔とは違う、不気味な笑顔をしていた。

 まるで、ようやく仮面を脱ぐことが出来て、心が解放されたような。

 そして、もう一つ。引っかかる部分がある。

 

――ボクは先生に、話し相手が“カエデ”だと名前を言ったことはない……!

 

「しょうがないですね。私がちゃんと、正確に、教えてあげましょう。

 私の術式は投与操術。注射器の中に呪力を込め、人に投与することで精神と肉体を操ることが出来ます」

 

――投与、操術……?

 

 そうか、そんな術式を使ってカエデの身体を生きながらえさせているのか、と納得する。

 恐らく、怪我をしている肉体を操って、治療しているのだろう。

 精神を操るとか、きっと聞き間違いで。

 きっと、そのはずで――

 

「それにしても、まさかカエデくんが私の術式を知っているとは驚きました。

 どこかで患者を殺すところでも見たのでしょうか。

 術式で繋がっているので私も彼女を見ることが出来ましたが、彼女は幽霊ですからね。気づかれずに覗き見ることなんて簡単でしょう」

「な、何を……言って……?」

 

――か、患者を殺す……?

 

 いつになく饒舌な藍沢先生にボクがそう言うと、先生はきょとんとした顔になった。

 それから眼鏡に触れ、少し考える素振りをしている。

 普段あまり表情を動かさない先生の、よく動く表情に寒気がする。

 

「凜くんはどうして私に術式のことを聞いたのですか?」

「……カエデが、生きながらえさせて、もらってるって。

 それでカエデを、助けて欲しくて――」

「では、先ほどの注射で君を操り、監禁しようとしていたことに気づいたのではなく……。

 ただカエデくんの容態を聞こうとして……?」

「ッ……!? 監、禁……!?」

 

 藍沢先生の口から出るはずのない言葉を聞き、凍り付く。

 固まっているボクを見て、先生はため息をつき、“反省だな” と呟いた。

 そして、唐突にボクの腕を掴み、壁に向かって投げ飛ばした――

 

「うわぁあッ!!」

 

 投げられる瞬間、見えたのは……

 笑ってボクを投げる先生と――

 壁から飛び出してきた何か――

 

「凜ッ! うッ……!」

 

 ドンッ! とボクの身体は病室の白い壁ではなく、別の何かにぶつかる。

 それでもお尻を強く床に打ち付けてしまった。

 後ろを見てみるとボクを受け止めたカエデが苦しそうに咳をしている。

 

「おや、カエデくんじゃないか。

 今日は彼とおしゃべりしていなかったのかい?」

「けほッ。……私のこと、見えてたんだね。先生」

「カ、カエデ……? だッ大丈夫!?」

 

 どうやら、カエデが自分の身体を受け止めて助けてくれたようだ。

 ボクにだけ彼女は触れることができる。

 だから、受け止められたらしい。

 痛みより彼女が心配で、思わず大きな声が出てしまった。

 キッ、っと彼女は藍沢先生……。いや、藍沢を睨み付ける。

 

「……どういうことが教えてくれる? 先生」

「どういうこともなにも、ご覧のとおり。

 私が凜くんを術式で操り、監禁しようとして失敗。だから実力行使さ。」

「……はぁ?」

 

 カエデが今までに見たことがないくらい、顔を不愉快そうに歪めている。

 それに対し、藍沢はこの上なく愉快そうに歪めている。

 そして、その先生の歪んだ目がボクを見つめた。

 

「凜くん、反省しなさい――。

 君のせいで私はカエデくんが術式を知っていると思い、監禁する計画がバレたと勘違いしてしまった。

 ほら、相互理解は大事だろう? 君はそれを怠ったんだ――」

 

――は? 言い掛かりが過ぎるッ……!

 

「……?」

 

 あまりにも理不尽な言い掛かりに驚いて、声が出なかった。

 カエデも理解出来なくて困惑している。

 藍沢はそんな僕らを無視して勝手に話し続けた。

 

「ふふふ……じゃあ君たちに私の計画を教えてあげよう。

 そう、相互理解は大事だからね。私はしっかり説明するとも」

 

 そう言うと藍沢はコツコツと病室のドアに向かって歩き出す。

 眼鏡の奥の瞳に愉悦の色を輝かせながら。

 口を三日月型に怪しく笑いながら

 ドアに手をかけて。そしてゆっくりと開けた。

 そこにいたのは――

 

「「……は?」」

 

 まるで死人のような真っ青な肌。

 充血した白目をむいた瞳。

 高校の制服を着ていて、黒髪に赤い紐リボンを結んでいる。

 寝たきり状態で、未だ目が覚めていないはずの、カエデの身体がそこに立っていた――

 

「私の術式はね、自分の呪力ではなく“呪霊”を注射器に込めることも出来る。

 その効果は、投与した人間を通常よりも強化された改造人間にすることだよ――」

 

 




どもっす<(_ _)>
N島ジュン太郎です。
読了、感謝!
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