呪いを焚べる   作:N島 ジュン太郎

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第七話 孤独病楝-陸-

 

「フフフフッ……!」

 

 病室にニンゲンの声が響く。

 顔を手で覆いながら、しかし笑い声を我慢するためではなく、面白くてたまらないというように、藍沢は不愉快な鳴き声を響かせている。

 

「フフフフッ! どうしたんだい君たちも笑いたまえよッ……!

 相互理解は大事だと言っただろう?」

 

――何なんだ、コイツは……?

 

 理解出来ない。

 ボクとカエデは絶句して何も言えず、ただ藍沢の笑い声を聞いていた。

 改造人間となったカエデの身体を、バシバシと叩きながら未だに笑っている。

 

「あぁ! 言い忘れていたよ。

 確か、凜くんはカエデくんの身体のことを心配していたのだったね?

 安心して欲しい。カエデくんの身体は無事だとも!」

「……は?」

 

 どこが安心できるのだろうか。

 死人のような真っ青な肌、充血した白目を向いた瞳――

 カエデの身体がまるでゾンビみたいで――

 

「これの……。

 どこが、安心できるんだッ……!?」

「そうかい? まぁいい、聞きなさい。

 通常、呪霊によって生み出された改造人間は稼働時間に制限があるんだ。個体差はあるけど、それ以上は身体が崩れ落ちてしまうんだよ。ほんとうはそういう術式効果なんだ」

 

――制限時間……? 身体が崩れる……?

 

「では、何故カエデくんの身体は崩れ落ちないと思います……?」

 

 そういうと藍沢は顔を喜悦に染め、カエデの身体をまさぐる。

 頬、首、胸、腹と。

 臀部、腰、太ももと。

 上から下に向かって、陵辱するように――

 

「肉体に魂が宿るのか。それとも魂に肉体が付随するのか――。

 きっと後者が正しかったのだろうねぇ? 

 肉体の外に魂があって崩壊しない、だから魂に付随する肉体も崩壊しない……。

 偶然の産物だがほんとうに素晴らしい身体だよッ! カエデくんッ!」

 

 キィィイイイ――

 怒りで耳鳴りが聞こえる。

 燃える、燃える。

 ボクの腹の底から黒い黒い呪力があふれ出る。

 ゆらゆらと立ちのぼる呪力。それは恐ろしい呪力密度で陽炎のように、周りの空間を歪めて見せる。

 

「り、凜……?」

「カエデに、触れるなッ――」

「フフ、怖いね。

 ……取り押さえなさい」

 

 瞬き一つ。

 バンッ!! と次に瞼を開けたときには、ボクの身体は壁に叩きつけられた。

 

――何がッ、起こったんだッ……?

 

「カハッ……!!」

「凜!?」

「どうだい!? この膂力!

 何度も! 何度も言うがほんとうに素晴らしい!

 通常の改造人間はここまで強くはないが、カエデくんの身体に制限はないからね!

 際限なく呪霊を投与し続け、無限に強化することが出来るッ!」

 

 漸く認識が追いつき、操られているカエデの身体に叩きつけられ、押さえつけられたことを理解する。

 目の前に青白いカエデの顔がある。

 キィィイイイ――

 再び、ボクの頭が沸騰し、耳鳴りが大きくなる。

 怒りのままに彼女を押し返そうとして力を入れる。

 が、出来ない――

 

「がぁぁあああ!!!」

「やめて!! 先生!!」

「フフフフッ……。ダメだね、私は怖がりだからやめないよ。

 そもそも何故怒ってるんだい? 彼女がこうなったのは君のせいじゃないか?」

「え……?」

 

――何をッ……!

 

 また訳の分からない言い掛かりを言うのか、と呪力が怒りと同調して激しく揺れる。

 ブチブチ、と押し返す力を込めた腕の筋繊維がちぎれる。

 それを愉快そうに、藍沢は邪悪な笑顔を浮かべてる。

 

「説明してあげますから落ち着いてください。

 端的に言うと、君に集まってくる呪霊で、カエデくんの身体を改造人間にした。

 こういうことです。」

「は? ボクに呪霊が集まる……?」

 

 どういうことだ。

 もしもほんとうにボクに呪霊が集まるというのなら、入院中一度も呪霊を見かけていないのはおかしいじゃないか――

 

「君の呪力には呪霊を引き寄せるという特性があるのですよ。

 私はこれを呪霊誘因体質と呼ぶことにしました。

 初めは驚きましたよ。病院にいつもより呪霊が多く発生しているのですから」

「……あ。だから、最近よく呪霊を見るように……」

「おや、カエデくんは知っていたようですね? 

 他の患者のように呪霊に襲われて死なれる訳にはいかない。

 だから、病室に結界を張りました――」

 

――結界……?

 

 知らない単語。

 話の流れ的に、呪霊を見かけていないのは結界を張っていたからで。

 カエデも病院には呪霊が多くいると言っていたが、病室の外にはボクの呪力で呪霊が集まっていた、ということなのか。

 

「まぁ、凜くんの呪力を結界外に流したかったので少し工夫は必要でした。

 具体的には、“人は自由に出入り出来る代わりに呪霊は入れない”という結界条件で漏れ出ている呪力を病院内に流す。そうしないと呪力ごと君を閉じ込めてしまうからね。」

「だから、先生は凜に病室を出るなって……」

 

 藍沢はペラペラペラペラと、まるで自分の成果を自慢するかのように笑って解説する。

 気づかないうちに、ボクの呪力は漏れていたらしい。

 その特性で呪霊を集めていたと――

 

「分かってくれましたか? だから君のせいなんですよ!

 君の呪力を餌に呪霊を集めッ、それをカエデくんに投与ッ!

 これは君のせい! 

 怒るなんて――お門違いというものです――」

「分かるわけッ! ないだろ!」

 

 キィィイイ――

 そんなこと説明されても、藍沢が邪悪だということしか理解出来ない。

 自分の呪力がおかしな特性をしていたから、カエデの身体をこんな姿にしてしまった。

 でも、それをしたのは藍沢だ――

 

「フフフフッ……!

 病院は餌で呪霊を集める蟲籠! そしてカエデくんは呪霊を蓄え続ける器!

 まるで器の中で蟲を共食いさせて、強力な呪詛を孕ませる蠱毒のよう!

 さしずめ、ここは“蠱毒病楝”と言ったところか!」

「ふざ……けろッ……!」

「んん? それは誰に向けた言葉かな?」

 

 藍沢はニヤニヤとボクを舐め回すように鑑賞している。

 気持ちの悪い言い訳に吐き気がする。

 ボクは血涙が出そうな程に睨み付ける。

 

「はあ、これでも理解してくれませんか……。

 自分の罪から目を背けるのは良い行いとはいえませんよ?」

 

 押さえつけられていることなんて、気にならなくなる程の激情――

 しかし、どれだけ力を入れてもビクともしなかった。

 

「さて、そろそろ良いでしょう。

 さっさと気絶させて、地下室に監禁しなければ。

 あの呪術師には、凜くんが呪霊に殺されたと報告すれば怪しまれることはないでしょう。」

 

 藍沢は白衣の内側から注射器を取り出すと、ボクに近づいてくる。

 一歩、一歩、ゆっくりと。

 どこまでもゲスな腹の内を隠そうともしない、愉悦に染まる表情で。

 しかし、その歩みの前に立つ、幽霊がいた――

 

「……一応聞くけど、何のつもりだい?」

「先生、聞きたいことがあるんだけど――」

 

 不適に立っているカエデ。

 それに対し、これ以上時間を使わせるなというような態度で藍沢は顔をしかめる。

 彼女は後ろで押さえつけられているボクをチラッと見る。そして少し笑った。

 

「カエデ……?」

 

――何をするつもりで……?

 

「早くしてくれないか、就寝時間は過ぎているんだ。

 私はそろそろ仕事に戻りたいのだよ」

「あれだけペラペラと楽しそうに自分語りしてたのに何言ってるんですか。

 私の話くらい聞いてくださいよ、相互理解って大切ですよ……?」

 

 カエデの返しに藍沢は固まる。

 しかし、直ぐにフッ、っと余裕そうな態度を取り戻すと鼻筋から落ちた眼鏡を押し上げた。

 

「流石、いつも病室の隅で暗い顔してた人は言うことが鋭いですねぇ。

 いいですよ。何が聞きたいんです?」

「いい歳した大人が取り繕ってるのキッツ~。

 でも私はレディだからこれ以上イジメないであげるよ、可哀想だし」

「ッ……! 何が聞きたいのかと聞いているんですッ!」

 

 いつになく口撃力の強いカエデに藍沢の余裕が崩れてきた。

 その様子を見て彼女は満足げだ。

 そして、指を二本、ピン、っと伸ばして前に突き出した。

 

「先生に聞きたいことは二つ。

 先ず一つ、何でこんなことをしたの?」

「フフッ、こうしたら面白そうだと思っただけですよ。

 愉快でしたよ? 君たちの顔――」

 

――コイツッ! そんなことでカエデをッ……!

 

 先ほどのお返しとばかりに藍沢は神経を逆なでるようなことを言う。

 不愉快極まりないその言葉にカエデは無表情で――

 

「ふぅん、思ったより陳腐だね、つまんない。

 ま、こっちの質問はオマケだからいいや――」

「……は?」

 

 もはや医者には見えない程に顔を歪めて、藍沢の額には血管を浮かび上がっている。

 そんな藍沢を無視するカエデ。

 彼女はこちらに再び振り返りボクの方へ歩いてくる。

 赤い紐リボンに触れながら――笑って歩いてくる――

 

「私が凜を守るよ――」

「カエデ……何を……?」

 

 一人言のようにカエデは呟く――

 その声は悲しげに色づいている――

 そして、ボクを押さえつけるカエデの身体の前で立ち止まり、次の質問をするために、指を一本立て、藍沢に背を向けながら彼女は問うた。

 

「本題の質問だよ、先生」

 

 カエデの行動に、嫌な予感が全身を逆なでる。

 彼女は何か、取り返しのつかないことをしようとしているのではないか――

 

「魂が崩壊しないから死なないんだよね、先生。

 じゃあ――崩壊しようとする肉体の中に魂が戻れば、ちゃんと死ねる?」

「な、に……?」

「あはは、分かったよ。ありがと――」

 

 カエデと目が合う――

 彼女は両腕を広げて、笑う――

 これでいいんだと、幸せそうに――

 

 

「ごめんね、凜――」

 

 

――やめろ……

 

 止めようと声を出すには既に遅かった。

 彼女は、ボクごと抱きしめるように身体の中へ帰っていった。

 あまりにも、ためらいなく――

 笑って毒の器に浸かった――

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!!!!」

 

 絶叫。

 声にもならない叫びを上げながら、カエデは頭を掻きむしる。

 

「カエデッ!!!!」

「■■■■■■■■ぁぁぁぁぁああああああああ!!!

 がぁぁああッ!! りぃ、んッ! ぐぅうううううう!!!!」

 

 カエデの充血した瞳には光が戻っていた。

 苦しい――

 痛い――

 気持ち悪い――

 彼女の瞳は耐えがたい苦痛を訴えながらこちらをじっと見つめている――

 

「カエデッ!! カエデッ!!」

 

 名前を呼び続け、そして苦しむカエデを強く抱きしめる。

 目の前にはまだ藍沢がいる。

 けれど、そんな事どうでもよかった。

 

 今はただ――寄りかかれるように、彼女の身体を支える。

 耳元で悲鳴がこだまする。

 グッ、っとボクの皮膚にカエデの指が食い込み、肉が抉れた。……そんなことはどうでもいい。

 

「ハァッ……ハァッ……ハァッ……!!」

「カエデッ……!? 平気ッ!?」

「あはは……。思ったよりッ……平気だったよッ……」

 

 こんな時まで強がっているカエデ。

 ボクを抱きしめている彼女から力が抜けていくことに気づく。

 その代わりに強く抱きしめ返す。

 

 もう既に足下からゆっくりと、身体の崩壊が始まっていた――

 それはまるで『死』に向かっているように――

 

「ダ、ダメッ……! カエデのッ……崩れてッ……!!」

「凜……。聞いてッ、お願い……」

「何でも聞くッ……! 聞くからッ! だからッ、だから独りにしないでッ……!」

「大、丈夫ッ!……私ッ、たちは、独りじゃないよ……

 私たちッ、は……独りじゃないから……」

「あッ……」

 

 

 

『大丈夫? 少年』

『私たちはもう独りじゃない。だって友達じゃん!』

『記憶は忘れても、“想い”っていうのはなくならないものなんだよ!』

 

 

 

 カエデとの日々がフラッシュバックする。

 それは、眩しいくらいに色彩に満ちていて――

 

  独りじゃなくなった出会い――    『えぇ!? ほんとに見えてる!?』

 

  紡き合った言葉――         『つまりカッコ可愛いで二倍ハッピー!!』

 

  交わした約束――          『……じゃあ、紅葉を、見に行きたいな――』

 

  そして、ケンカをした後悔――    『うん、私は酷いやつだ』

 

 

――ッ……!

――やめてくれッ……そんな、最後みたいに……。

 

「ほら……独り、じゃない……

 独りじゃッ、ないんだ……私ッ、たちは」

「ダメだッ……死ぬのはッ、怖くて……だからッ」

「あはは……私ね……実はそれ、あんまり怖くッ、ないんだぁ」

 

――嘘だッ嘘だッ……! 震えてるじゃ、ないかッ……!

 

 気づくとカエデの下半身は全て崩壊してしまっていた。

 消える。消える。

 彼女が空気に溶けてゆく。

 

「ほんとッ、だよ……? だって、きっと……。

 来世でデート、するんだから……。」

「」

「あぁ、楽しみぃ……」

 

 ついに、ボクを抱きしめていた両腕も崩壊した。

 頭だけになったカエデを優しく胸に抱く。

 

――カエデが……いなくなる……。

――カエデが……空気に溶ける……

 

 

「凜……“生きて”……」

 

 

 その言葉を最後にカエデは――

 ボクの胸の内で静かに溶けて消えていった――

 

 

 

 




どもっす<(_ _)>
N島ジュン太郎です。
読了!感謝!
結界の効力については猪野くんのお話から独自解釈で考えました。
ずる賢い呪詛師とかも少しは結界使いそうですよねw
あ、土日は投稿をお休みします。
孤独病楝は書き終わっているので次回は月曜日になります
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