――死んだ。
――カエデが死んだ。
『凜……“生きて”……』
ボクの胸に抱いていた彼女はもう完全に崩壊してしまった。
最後の言葉がいつまでも耳に残っている。
しかし、もう二度と。
その声を、聞くことが出来なくなってしまった――
「あ。――」
いくらなんでも、勝手すぎる。
唐突に、来世でデートするとか言っておきながら、ボクには“生きて”なんて。
それじゃあ――忘れられない。
カエデとの日々を。あの孤独とは無縁の――温かな日々を。
ボクは、一生忘れられない。
コツン、と。
彼女が消えゆく様を静観していた奴の足音、そして笑い声が聞こえた。
「フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフッ!!!」
「何、笑ってるんだッ……!」
「いや、失敬。実に滑稽だと思ってね。」
カエデの死に凪いでいた心が点火する。
立ち上る呪力が静かに燃える。
炉心に――呪いが焚べられる――。
「カエデくんは君を守ると言っていたが、それはただの無駄死にだよ。
他の寝たきりを探せば、肉体と魂が解離している患者なんてそのうち見つかる。
君を捕まえて監禁してしまえば、代わりなんて直ぐ作れる。」
得意げで、耳障りな声。
聞いているだけで、怒りでどうにかしてしまいそうだ。
「喜びなさい、凜くん。
女の代わりなぞ、直ぐ用意してあげます――
だから、ほら――“君は一人ではない”」
――ぶッ殺すッ……!!!!
“殺す”――その言葉を初めて正しく使った。
ボクは今、培ってきた道徳を捨てたのだ――
キィィイイイ――
呪力が燃え、炉心が稼働する音が響く。
ちょうどいい。コイツの話はもう聞きたくなかったところだ。
その不愉快な鳴き声。
腹を貫き、顔面を潰し、愉快な鳴き声に変えてやる――
「おやおや? 怒ったかい?
フフフ、たかが四歳の子どもに何が出来るというのです。
いい加減、意識を奪って監禁して――
藍沢の言葉は続かなかった。
ドチュッ!!!!
突然、自分の声が上手く作れなくなった藍沢は首を傾げて下を向く。
ボクの腕が――腹に突き刺さっていた――
「――は?」
「どうして、今なんだ……。もう少し早く……。
もう少し早く術式を自覚できたのなら、助けられたかも知れないのに――」
腕を藍沢の腹に突き刺したまま、今更に術式を自覚した自分を呪う。
ボクはただ、走ってぶん殴っただけ。
但し、呪力を運動エネルギーに変換して、思いっきり殴った。
それは、例えるなら――
「呪いを焚べる。エネルギーを生み出す炉心――」
――“炉心呪術”
腹から自分の腕を勢いよく引き抜く――
腕に滴り落ちる生暖かい血が気持ち悪い。
病室に充満する血のにおいが気持ち悪い。
でも、自分が殺めたコイツの命のことは心底どうでもよかった。
「ボォオエエエ!! ァ……ア、アァア……!」
「うわ……」
腹からだけでなく、口からも血を吐き出した藍沢は、自身の血で汚れている病室の床にドチャッ、っと倒れ込んだ。
床に落ちた虫が恨めしそうに此方を睨み付けている
「ひ……人殺――「うるさい」」
グチャッ
頭蓋を踏み潰した――。脳髄が壁に飛び散る――。
虫を潰すような感覚。殺すのにためらいはなかった。
あまりにも味気ない/特別なものではない、ただの害虫駆除。
少しは愉快な顔面になったのではないかと思う。
しかし最後まで不愉快な鳴き声だったコイツに吐き捨てる――
「願わくは――生まれ変わることなく、地獄に落ちてくれ――」
踏みつけた足をどかす。
汚い死骸からは出来るだけ離れて座り込む。
「は……あ」
初めて術式を使ったからだろうか。
気が抜けて意識が落ちそうになる。
――カエデ、終わったよ……。
ボクがそのまま意識を落とそうとした、その時――
ガラガラ、と病室のドアが開いた。
「せんせ~? いつまで時間かけてッ――
藍沢、先生……?」
いつもの看護師さんが病室の惨状に絶句する。
血だまりに浮かぶ死骸。
飛び散る脳髄。
血まみれで座り込んでいる子ども。
――そりゃそうなるか。
「凜くん! 君は大丈夫!?」
違和感――
看護師さんは驚くべき速さで現状を把握し、ボクに声をかける。
血に慣れているのかも知れない。
が。しかし――
血に慣れているとはいえ、頭が潰れ、腹に穴が空いている死骸。
病室の壁には脳髄が飛び散っている。
病室の床は踏みつけたときの衝撃でひび割れ、血塗れの子どもが座り込んでいる。
それなのに悲鳴をあげず、ボクに近寄る。
――そういえば。ボク、この看護師しか見たことない……。
違和感――
藍沢がいるときには、いつも近くにいる看護師。
病室のドアから顔だけを出す癖が藍沢と同じ看護師。
そして、投与操術は人に投与することで精神と肉体を操る――
――……そう、なのか?
「近づくなッ……!」
「……。」
看護師はちょうど死骸の横でピタリッ、と立ち止まった。
よく考えると不思議なことが多い。
あれだけ騒ぎを起こしたのにも関わらず、人が来ていない。
そして、この看護師は検査の際、いつも病室の外で待機している。
不自然なほどのタイミング――
「もしかして~、バレちゃいました~?」
コイツの顔は不愉快な虫そっくりで――
「お前……」
「そうだよ~、私がホンモノの藍沢圭。
私がホンモノで~。この死体は操ってた元彼なんだ~
テンション高くてウザかったでしょ?」
この看護師も、藍沢圭という名前らしい。
同姓同名なのか? と訝しんでいると、間延びしたしゃべり方で話し始めた。
「私の術式はね~、注射を打って精神と肉体を操るって言ったでしょ~?
普通に私の呪力を打ち込むと、麻薬みたいにラリっちゃうんだよね~。
そうやって何度も投与して~、依存させて~、操れるようにするの!」
「……よく喋る。……キチガイなのは同じだな」
「アッハッハッ! 操ると少し言動が似るんだよね~。
この人さ~自分の名前忘れちゃってさ~。私も覚えてなかったし~、親族もみんなラリってたからわかんなくなっちゃって! しょうがないから私の名前貸してたんだ~!」
どちらにせよ、不愉快な害虫なら抵抗しなければ。
グッ、っと足に力を入れて立ち上がろうとするが、うまく立ち上がれず目の前に倒れ込んだ。
――あ、れ……?
今すぐ立ち上がって、抵抗しないといけないのに身体が動かない。
かろうじて顔を上げるとそこには邪悪な笑みを浮かべた藍沢がいた。
「あれだけ派手に術式を使ったから~、フィードバックすごそ~! って思ってたけど。
……動けない~、みたいだね?」
「ク、ソ……!」
「ダメだよ~? そんな汚いことば使っちゃ~
ちゃんとうんこ~、って丁寧に言わなきゃ? アッハッハッハ!!」
どうやらクソな性格も同じらしい藍沢は看護服のポケットから注射器を取り出す。
既視感のある状況――
動けないボクに、注射器を持って近づく藍沢。
「フフフフッ……!! 私好みの男に育ててあげるよ~?」
――クソッ! クソッ! クソッ!
――動けッ! 動けよッ!
どれだけ命令しても動かないボクの身体。
ゆっくりと近づく藍沢を睨み付けるが、それを愉快そうに笑って歩を進めてくる。
……そんな絶望的な状況で。
一番初めに目についたのは――
どう考えても目につく、奇妙なぬいぐるみ“ジャブ”だった――
『友達になってやってくれ。
君を助けてくれる、優しいやつなんだ』
――まさか。
身体は動かないが、もしかして頭は結構冴えているのかもしれない。
藍沢の正体を当てたのなら、この予想も当たっていてくれ。
もう縋るしかない、イカした可能性に賭ける。
――……オールインだッ。
「ジャブ! 助けてくれ!」
「……はぁ~?」
既に目の前にいる藍沢と、初めて気持ちが重なったかも知れない。
心からお断りだが、そんなことよりも必死に助けを求める。
ジャブがボクの友達ならきっと助けてくれる、そう信じて。
すると、ジャブはひとりでに震えだし、そして遂には言葉を発し始めた――
「モシモシモシモシ! モシモシモシモシ!
ジャブ! 救援要請! ジャブ! 救援要請!」
――なに、……これ……?
「アッハッハッハッハッハ!! 何これ何これ!?
君、こんな面白いもの持ってたの? こんな馬鹿みた――」
ドカァン!!!!
激しい衝撃音を出し、病室の壁がいきなり壊れた。
どうやら賭けには勝ったらしい――
「うわぁッ……!! 何が起こってるのよ……!?」
病院に空いた風穴から夜の空気が流れ込んできた。
外の月明かりが病室の中を照らす。
そこには五体のぬいぐるみ。
そして彼ら軍隊を連れた夜蛾さんが立っていた――
「緊急連絡用呪骸……何もなければ良いと思っていた……。
しかし……ガッデム!!
すまない、凜くん。遅れたようだ――」
「なッ…!?」
夜蛾さんは額に血管を浮かび上がらせ、藍沢を睨み付けた。
どうやら、ジャブに助けを求めると緊急事態が伝わるらしい。
ポップな見た目の呪骸たちが威嚇するようにファイティングポーズをとっている。
そんな強襲者に怯えるように藍沢は注射器をボクに向ける。
「ちッ……。動かないでよ~? 私の方が彼に近い。彼が大事なら――」
「不正解だ。目の前ばかり気をとられるのは良くない」
気づいたらボクの身体はジャブに抱きかかえられ窮地を脱していた。
ベッド横の机に置いてあったジャブが動き出し、藍沢の後ろから強襲したのだ。
たくさんの呪骸のモフモフに身体を包まれた時、ボクは安全地帯にいることを理解した。
――あっという間に助けられた……。
「後ろにいたジャブは連絡用の呪骸だが、私が来たのなら動かせる。
そして――もう、逃がさん――」
「うッ……! にッ、逃げ……!」
「“
無様に走って逃げられたのは病室のドアの前まで。
一斉に呪骸たちが藍沢を襲いかかった。
顎に鋭いフック――
ぐらついた足を払い――
そして浮いた身体に二体の呪骸がダブルラリアット――
一瞬の連携プレーに藍沢は膝から崩れるように倒れた。
――すごい……。これが、呪術師。
瞬く間に藍沢は縄でぐるぐる巻きにされていた。
瞬殺劇に圧倒されていると、身に覚えのある優しい感触が頭に触れた――
「もう大丈夫だ、鈴月くん。
よく、頑張った――」
「……あ」
その言葉を聞いたら、急速に意識が遠のく。
あぁ、今度こそ終わったのか、と終幕を把握した身体が電源を切ったのだろう。
精神的にも、肉体的にも、とっくに限界値を超えていた。
『じゃあ子守唄歌ってあげるよ!』
意識が完全に落ちるまえに、大切な人が脳裏に映った。
いつも聞いていた、落ち着く声が聞こえる。
ボクはそれを大切に抱きながら眠りについた――
どもっす<(_ _)>
N島ジュン太郎です。
読了! 感謝!
今日の昼、11時に〈孤独病楝-最終話〉を投稿します!