N島ジュン太郎です。
孤独病楝の最終話、エピローグになります
なお、書き溜めが溜まるまで投稿が空きます。
次は“さしす”との絡み、〈懐玉・玉折〉となります。
藍沢に襲われた夜から一週間経った。
そろそろ、夏の終わりが近づいた頃。今日も蝉の断末魔が元気に響いている。
変わりゆく日常――ボクは今、呪術高専にいる。
「……眠い」
朝の光で目が覚める。
カーテンの隙間から光が入ってきたようだ。
病院のベッドよりも寝心地が良いせいで、最近寝覚めが悪くなっている気がする。
幸せな悩みだ――
「は――あ。」
小さい体で大きく伸びをして、ベッドから起き上がる。
ここは東京都立呪術高等専門学校。その寮の一室。
どこか、和を感じさせる木材の部屋で過ごすようになって一週間。
この生活にも少し慣れてきたと思う。
カーテンを開けて、全身に光を浴びる。
それでようやく、活動スイッチがオンに切り替わった。
さて、今日も呪力操作の練習をしよう。
「よしッ!」
あの夜から今日までに色々なことがあった――
夜蛾さんに助けられ、ボクは呪術高専に身元を引き取られた。
事の次第を詳しく知った上層部は、ボクの体質、呪霊誘因体質を危険視したそうだ。
一度は封印措置を執られかけたらしいのだが、夜蛾さんが上手く取り合ってくれたのか要監視で身元を呪術高専に置くことが決まった。
夜蛾さんにはほんとうに頭が上がらない気持ちでいっぱいだ。
曰く――呪力を上手くコントロール出来れば、呪霊を寄せてしまうこの体質を多少は抑えることが出来るかもしれないらしい。
そのため、呪力操作を練習する毎日を過ごしている。
藍沢にはどんな処分が下されたのかは分からないが、恐らくろくでもない結末を迎えたのだろう。
いや、そもそもあんな奴どうでもいいな。
頼むから勝手に野垂れ死んでおいてくれ
どうでも良いことは記憶から抹消して、ボクは朝の準備を始めた――
――夕焼けの時間が一番つらい
呪術高専での一日も終わり、自室に帰る。
するとちょうど窓に夕日が入り込む時間帯になるのだ。
夕日の赤にカエデを思い出す。
カエデには、胸の中に埋めようのない穴を開けられてしまった。
……なんとか、耐えられている。
時折、ふとしたときに思い出して、どうしようもない気持ちに苛まれるときがあるけれど、なんとかやっていけている。
一人は寂しいけれど、来世で待っていてくれるらしいから。
なら頑張って“生きてみよう”――そう思えるのだ。
「……はぁ。夏も、そろそろ終わるのか」
窓の外を見ると澄んだ空。
寂しい気持ちをグッ、と耐えながら、しばらく眺めていた。
……コンコンコン、とドアがノックされる。
「ん? 誰だろ?」
はぁい! とドアを開けてみると夜蛾さんが立っていた。
なにか忘れ物でもしてしまったのかと首を傾げる。
「こんな時間にすまない。
少し聞きたいことがあったのでな」
「?」
忘れ物ではないらしい。
じゃあ何の用事があるのだろう? と頭の上に疑問符を浮かべた。
そんなボクを見て、頭を掻いている夜蛾さんは言葉をよく吟味している。
「君の……目標の話だ」
「目標、ですか?」
「そうだ。……呪いと向き合うしかない君は、何のために呪術師になる」
――何の、ために……。
呪霊誘因体質のせいで呪霊を集めてしまうボクは呪術高専に身を置くしかなかった。
もし、養護施設などで生活したのならば、そこは瞬く間に呪霊のたまり場になり、多くの被害を生み出してしまうだろう。
何のためだ、なんて考えてなかった。ボクは呪術師になるしかないのだから。
「君はその体質のせいで呪術師になるしかない。
しかし、しょうがなく呪術師になった、それでは君はいつか悔いを残す。
だからこその目標だ」
「悔いを……残す」
悔いを残す――
夜蛾さんはまだ幼いボクのために言葉を選んでくれているが、きっと呪術師はろくな死に方をしない、ということだろう。
呪霊のようなバケモノもいれば、藍沢のような呪詛師もいる。
きっと他にもろくでもない奴がはびこっている。
前世ではどうだっただろうか? 後悔なんて勿論、いっぱいある。
だってまだ高校一年生だったのだ。
やりたいことなんていっぱいあった。悔いだらけだ――
きっとカエデと同じ――
「ボクは……」
じゃあ今世は“どう生きる”? つまりはそういう問いなんだろう。
カエデは“生きて”と最後に残した。
だけど、どうやって生きるのが良いのだろう?
どうせ生まれ変われば、記憶はなくなるのに。
『記憶は忘れても、“想い”っていうのはなくならないものなんだよ!』
ならボクは――
「――幸せに生きたい」
「……」
「幸せに生きて、天寿を全うして――
生まれ変わっても――きっと、前世は幸せだったと言えるように――」
「そうか……頑張りなさい……」
夜蛾さんはそう言って帰って行った。
少し悲しそうな顔をしていた。
だって呪術師が天寿を全うすることなんて、多分とても難しいことだ。
それを理解した上で応援してくれたのだろう。
ほんとにいい人だと思う。ボクにとっては恩人だ。
ぬいぐるみのように優しく、その姿の通りに厳しい人。
大事なこと気づかせてもらった――
そろそろ日が完全に落ちる。
胸の穴にカエデとの“想い出”を埋める時間が、今日も終わろうとしている。
黄昏の時間は終わりにして、ご飯でも食べに行こうかな。
そんなボクを――
窓の外で見覚えのある、赤い紐リボンを付けた女の子が笑って見ていた気がした――
これはもう何者でもない、“誰か”だった残滓。
それは夢のように、儚く散ってしまった“誰か”だった欠片。
春に赤い小花を咲かせ、秋には美しく色づくはずだった“誰か”の落ち葉。
その最後の記憶――
『幸せに生きて、天寿を全うして――
生まれ変わっても――きっと、前世は幸せだったと言えるように――』
「うん、そうだね!
■には幸せに生きて欲しいな!」
私は窓越しに彼の後ろ姿を見た。
なんだか少し立派になった背中は、もう触れられない――
何故か届いていた言の葉は、もう届かない――
不思議と見つけてもらえた私は、もう見つけてもらえない――
それでも、私――■■■の世界は独りではない。
ちゃんと生きてくれるのか、それだけが心配だった。
けれど――先ほどの言葉が聞けたのなら大丈夫だろう。
■は “美しい想い出”をお土産に、遅れてデート場所に来てくれる。
それを、確信した。
“ごめん、待った?”
“うん! めちゃくちゃ待ったよ! あはは!”
きっと、紅葉の刻に笑い合う――そんなやり取りを交わすのだろう。
今の深空に沈む、真っ赤な太陽みたいに輝かしいやり取りを。
私はずっと、待つ――
■と約束した記憶が消えても、“想い”を忘れずに次に持って行って必ず待つ。
……待ち続ける。
だから、後悔はない。……後悔は、ない。
孤独ではなかった――
交わした言葉があった――
笑い合った日々があった――
すれ違った想いがあった――
最後に看取ってもらえた“温もり”があった――
■と出会って、駆け抜けるような時間は、ここできちんと幕を下ろした。
それは――大団円じゃないか。
出会いがあれば、別れがあるものだし。
私たちの関係は、どうしようもなく私が終わっていただけだし。
これが一番、満足のいく別れ、だった――はずだ――
■は生きてくれるし、あんなに、立派に立って、いる、の、だ、し。
「う、そ……! こんな最後が欲しかったわけじゃない!
こんな、こん、な最後じゃ、なくて……。」
そうだ――
ほんとはもっと生きたかった。
ほんとは死にたくない。
「もっと学校行きたかった……! 勉強したかった……! 部活してみたかった……!
恋をしてッ! ちゃんと大人になってッ! いつか結婚してッ! ……もっともっとッ!」
――もっとッ……!
――もっとッ! “凜”と、おしゃべりしていたかったッ!
そんな、夢のような毎日が欲しかった。
多くの人が、当たり前に送る普通の日々が欲しかったんだ。
「あぁ……もしも……ほんとうに、来世が……あるのなら……」
そう、そんなもしもが許されるのなら――
――あぁ……
――ごめんね、“凜”
――ごめんね、“凜”ッ!
――勝手に死んじゃって……ごめんねッ……!
――ありがとう……
――またねッ……!
――……もっと、おしゃべりしようね……!
カエデ(楓):花言葉
“美しい変化”、“遠慮”、そして“大切な想い出”