学園黙示録 Apocalypse calamity   作:虚無の魔術師

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地獄の始まり

数百年前、ある男が預言を口にした。祝福として授かった、未来の預言を。

 

 

────いずれ、厄災が降りかかる、と。他ならぬ神の裁きによって。

 

 

男の言葉は、人々には届かなかった。それどころか、男は国の兵士達によって捕らえられ、処刑された。そんな事もあり、人々は預言の事すら忘れ、怠惰に生きていた。

 

そんな彼等は数年もせずに、一つの厄災に蝕まれる。黒い病風。ペスト。大勢の人の命を奪ってきた厄災の前に、彼等は神の裁きを確信し、救いを求めた。

 

 

────そして、救世主が現れた。

 

神の代行者と名乗る聖なるヒト、神の使いたる七人の祈り手。彼等の救い手により、人々から黒き死病は取り除かれ、厄災は鎮まり、世界に安寧が降り立った。

 

 

彼等は天使に、祈りを捧げた。救いへの感謝と、純粋なる崇拝を。

 

彼等は神に、代行者に約定を結んだ。この記憶を、威光を忘れぬと、代々語り継いでいくと。

 

 

そうして、神と天使に救われた人々は何百年も、何千年も安寧と平穏を謳歌するのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

────我々は、覚えている。人類の罪を。

 

 

 

────『傲慢』を、唾棄すべき愚行を為したヒトの悪辣さを。

 

 

────『憤怒』を、激情に身を委ね理不尽を為したヒトの愚かさを。

 

 

 

────『強欲』を、果てなき欲望が為に突き進んだヒトの卑劣さを。

 

 

 

────『嫉妬』を、己の無力を他者への恨みへと変えるヒトの醜さを。

 

 

 

────『怠惰』を、己の都合だけを求め続けたヒトの浅ましさを。

 

 

 

────『暴食』を、満たされぬ欲が為に禁忌を犯したヒトの汚さを。

 

 

 

────『色欲』を、欲望のままに堕落の底に沈んだヒトの醜悪さを。

 

 

 

────我々は忘れない、人の犯した七つの罪を、赦されざる大罪を。踏みにじった約定と聖域を。

 

 

 

────数百年、人は変わらなかった。我々に与えた罪を、我々に刻んだ宿業を忘れ、多くの悲劇を繰り返してきた。

 

 

 

────我々は望む、人は罪を償わねばならぬと。我々は誓う、天裁を与えねばならぬと。

 

 

 

────神の代行者、その血統が告げる。神の意思を、我々が継がねばならぬ。

 

 

 

 

────これより、浄化を始める。人の罪を、人の罰を、清算する儀式を。我等による裁天を。呪いをもって、我等の裁きをヒトに刻まん。

 

 

 

◇◆◇

 

 

早朝。朝六時になる頃。

黙々とキーボードを打ち込む老齢の男性。しかめっ面もあり、無愛想な雰囲気を漂わせる男性は一言も発することなく、カチカチという音だけが部屋に響く。

 

 

そうしていると、突然扉が開いた。

部屋に入ってきたのは、一人の青年だった。同居人であろう青年は、老齢の男性の様子を見て、呆れたように口を開く。

 

 

「────おはよう、博士。また徹夜したんだな」

 

「…………あぁ、お前か。もう朝になっていたみたいだな」

 

 

老齢の男性────『博士』は目尻を揉みほぐしながら、ようやく手を止める。一夜中パソコンに向き合い、作業をしていたにも関わらず、博士には疲れはおろか眠気すらない様子だった。

 

そんな博士の状態に思うところがあるのか、青年は困ったと言わんばかりの言葉を漏らす。

 

 

「なぁ、博士。最近働きすぎじゃない? もう少し休んでもいいと思うけど」

 

「ふん、生憎そんな時間はない。私も仕事があるのでな。それを消化するまで、休むなんて真似は出来ん」

 

「いやいや、もう歳なんだから。無理しない方がいいって。過労でぶっ倒れたらどうすんの?」

 

「────お前に心配されずとも、私はまだ現役だ」

 

 

強気で鼻を鳴らす博士に、青年はやれやれと肩を竦める。

 

 

「じゃあ早く朝食べようよ。ほら、もう作ったからさ」

 

 

老齢の博士と共にリビングに戻る青年。共に席を着いた二人は目の前に並んだトーストを手に取り、味わい始める。目玉焼きとハムを重ねたトーストを頬張りながら、物静かな空気を変えようと青年がテレビを付ける。

 

 

朝のニュース番組を切り替えていると、興味深い内容のニュースが始まった。

 

 

『────続いてのニュースです。三日前、○○国の辺境から発掘された神殿内にて、GoDs社が発見した遺物が行方不明になったとの情報が提供されました。この情報は不法侵入をしたジャーナリストによるものであり、GoDs社はこのジャーナリストに厳罰を科す所存とのことです』

 

 

『行方不明となった遺物は、GoDs社が厳重に管理していた複数の棺の中身だそうです。GoDs社の代表は同じ装飾の七つの棺とその中央にあった一際大きな棺、これらの遺物には鍵が掛けられており、解錠に時間が掛かっていたとのことです。大悲よ後に、中身は外部の者に持ち去られたとして、全力で探し出す、という声明を出しています』

 

 

「……………」

 

「中身が行方不明、かぁ。あの棺の中に宝でも入ってたのかね」

 

外国で起きた出来事のニュースに、老齢の博士は思うところがあるのだろう、眉をひそめる。その隣で青年は不思議そうに思いながら、トーストを平らげていた。

 

 

 

GoDs社。

この世界で一番発展している企業と言えば、皆がその名を挙げるだろう。経済は愚か、科学力も世界随一であり、多くの業界に手を伸ばしている。

 

最近、何らかの企業プロジェクトに専念しているらしいが、極秘のものとされているらしい。その事実を明らかにしたジャーナリストは、何故か行方不明となっているなど、少し薄暗いものが隠れ見えてるとのことだ。

 

 

「……………快斗」

 

「ん、どうした? 博士」

 

「今日出掛ける時、新しいのと変えておけ」

 

「えー、俺これの方が使いやすいんだけど」

 

「私が手掛けた新品だ。大人しく受け取っとけ」

 

 

青年────快斗は博士の勢いに押され、大人しく従うことにした。ブツブツと何かを呟きながら部屋に戻っていく博士の様子に既視感を覚えながらも、快斗は朝食の片付けの後に、制服に着替え始める。

 

 

 

「よし、気を取り直して────龍宮快斗(りゅうみやかいと)!今日も元気に生きますか!」

 

 

いつも通りの日常を謳歌するべく、青年 龍宮快斗活発的な笑みを浮かべ、玄関を飛び出す。

 

────その先にあるのが、地獄の未来であるとは知らず。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「────此方『十二使徒』バルト。目的地に到着。『御使い』へ、通達する。作戦行動の可否を問う」

 

 

「──────了解。これより浄化を開始する」

 

 

 

◇◆◇

 

 

私立藤美学園高等学校。

授業中でありながら、学生である小室孝は考え事をしていた。その態度を咎める者は誰もいない。何故なら、彼がいるのは非常階段なのだから。

 

 

「……………はぁ」

 

 

ため息を漏らす孝は手すりの外から見える町並みを前に、再び嘆息。体調が悪いのでもなく、怠いのではない。ただ、意気消沈というのが近い。

 

幼馴染みの失恋、その事実が彼自身が思っていたよりも大きかった。失ってようやく、大切なものだと実感するように。普通ならば後悔するのだろうが、今の彼にはそんな気力すらない。

 

本来受けるべき授業をサボり、ただ考えに更けているのもそれが理由である。このままだと留年、退学も有り得るだろう。

 

 

「…………その時は(あきら)兄さんに相談するか」

 

 

従兄弟である兄の、孝が誰よりも慕っていた人が働いているという会社────確か、GoDs社と言っていた気がする。兄に相談して、GoDs社で働けば自分も変われるだろうか。

 

 

 

──────っ!

 

 

「…………?」

 

 

喧騒だろうか、ボーッとしていた孝の耳にも誰かの声が聞こえてきた。それが教師達の声だと理解した彼は、何事かと手すりに身を乗り出して覗き込む。

 

校門の方で、騒ぎが起きている様子だった。複数人の教師が集まり、異様な雰囲気が遠くからでも感じられる。

 

だが、それ以上に異様なのは、校門の前にいる存在であった。

 

 

 

「────何だ、あいつら」

 

 

相手は三人組であった。

一人の若い青年、孝と同じくらいの学生のような見た目である。他の二人は、正直見た限りでは分からない。黒装束というか、兵士のように黒いコートとヘルメットで身を包んだ二組は身動ぎすらせず直立している。

 

もう一人、若い青年も同じようにコートを羽織っていた。両手に何らかの機械────マニピュレーターらしき物体を取り付けた青年は、その手で校門を叩いていた。

 

 

「───だから、さっきも言ってるだろ? 俺達はここに用があるんだ、大人しく開けてくれ」

 

「おい、君。まだ学生だろ、他の二人もそんなコスプレをして…………どこの学校所属だ?こんなことして、どうなるか分かってるんだろうな?」

 

「…………俺に、物を言ってるのか?」

 

「──────他に誰がいるんだ!」

 

 

屈強な男子教師が、余裕を崩さない青年の胸ぐらを掴む。校門から伸ばした腕を引き、青年を校門に叩きつけた。

 

 

「ちょっと!手嶋先生っ! 過剰な暴力は────」

 

「何、こうでもしないといけないでしょう。学生だからって不良の好き勝手を許しては…………」

 

「────ハッ」

 

 

青年は、笑った。相当愉快だと、腹の底から笑っていた。そんな彼は、静かに片手をコートの下に入れる。コートの中にある何かを掴みながら、青年は告げた。

 

 

「それでこそ、それでこそだ。お前達は愚かでなければならない。そうではなくては、裁きを与える意味がない。お前達は、神に見放された罪深き生命でなければならないのさ」

 

「お前!さっきから何を言ってる!」

 

「──────その身で味わえ、神の天罰を!」

 

 

直後、青年がいち早く動いた。コートの下から取り出したのは、ナイフ。何らかの血がこびりついたであろうそれは、明らかに誰かを傷付けたものである。青年はそれを、

 

 

 

男子教師の喉に突き立て、そのまま横に引き裂いた。

 

 

 

 

「………………………は?」

 

 

飛び散る赤。悲鳴のような絶叫。

変わらぬはずの日常の中で起きた光景に、孝は唖然とするしかなかった。思考が、目の前の状況に追いついていない。

 

そんな彼の視線の先で、悶えていた男子教師がピクリとも動かなくなった。

 

 

「し、死んだ────?」

 

「そ、そんな────まだ一分も経ってないんですよ!?いくらなんでも早すぎます!」

 

 

他の教師達も、混乱を隠せない様子だった。逃げるよりも先に、生き絶えた男子教師への疑惑が隠せない。首を切られたとはいえ、わずか十数秒で死ぬはずがない。

 

男子教師に手を掛けた相手が近くにいるにも関わらず、彼等は男子教師の側を離れなかった。それは、校門越しにいるからという安心感か。或いは、知人の様子の異変を僅かにでも感じ取ってしまったからか。

 

そんな彼等を見据え、青年は平淡なまま口を開いた。

 

 

「────死?違うな、そんな生半可なものではない」

 

 

──────ピクッ

 

男子教師の指が、突如動いた。そして、生き絶えていたはずの彼の身体が反応する。生きている、そう考えた教師達が呼び掛ける中、男子教師が目を開いた。

 

真っ白に白濁し、あらぬ方向へ向いた両目。それは普通ならば、正気とは思えないものであった。

 

 

「─────それこそが、神が与えた裁きの呪いだ」

 

 

安堵した女性教師。瞬間、起き上がった男子教師は彼女に飛びかかると、そのまま彼女の首筋に食らいついた。

 

その惨状は、今度こそ訳が分からなかった。何が起きているのか、と小室孝は思う。その答えは、どれだか考えても見出だせない。

 

他の教師達は、目の前の出来事にようやく危機感を覚えたのか、腰を抜かしながら背を向けて逃げ出した。彼等の背を尻目に、青年が面倒そうに吐き捨てる。

 

 

「………これ、邪魔だな」

 

 

溜め息と共に、彼は、躊躇なく腕を振るった。

 

 

 

 

キィン! と小さな音が響き渡る。逃げ出した教師の数人の動きが止まり、固まった。と、同時に。

 

 

 

グチャリ、と。無数の肉片が地面に転がる。弾け飛ぶようにして舞った肉と血の雨は辺りに鮮やかな赤を撒き散らす。同じように、青年の前にあった鉄製の門が、綺麗に切断されたように崩れ落ちた。

 

 

無視して腕を振るう青年は、校内へと踏み入れる。続くように、黒衣の人物達も無機質な動きで歩く。女性教師に喰らいついていた男性教師は、青年達を見上げ─────唸り声と共に飛びかかった。恐らくは、女性教師と同じく喰い殺すつもりか。

 

 

 

しかし、破裂音と共に男子教師だったものが吹き飛ばされる。黒衣の兵士はコートの内に隠れていた銃口から漏れ出す白煙を払う。その隣で、青年は視線すら向けずに言った。

 

 

「────頭を潰すなよ。アレがいないと、呪いが伝染しない」

 

 

そう言いながら、青年はふと視線を上げた。非常階段から此方を見つめる孝と、目が合う。蛇に睨まれた蛙のように、硬直していた孝の視線の先で、青年は胸元で十字を切る。

 

 

(────ッ)

 

唾を飲み込んだ小室孝は、すぐに背を向けて走り出す。不味い、何か不味い。理解不能な恐怖を上回る程の使命感が、彼を突き動かしていた。

 

 

青年は校舎に戻っていく孝から視線を離し、校舎の中へと入っていく。黒衣の兵士を従え、彼等は淡々と突き進んでいくのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

(……………眠っ。やっぱこの先生の授業は退屈だなぁ)

 

 

欠伸を噛み殺し、授業中に睡魔に襲われる快斗。ずっと教師が教科書の内容を黙々と離し続ける為、正直飽きる。快斗は活発的なタイプであるため、体育や理科などの自分で行動したりする授業がピカ一なのであった。

 

かといって、サボるわけにもいかず、ノートに適当に書きながら、教室の外を見つめる。彼の席は窓際で一番後ろのため、幸い教師には気付かれない。

 

 

(あーあ、この授業だけでもサボれば良かったかな────ん?)

 

 

そんな風に外の景色を見ていた快斗は校門の方を見ようとして、眠気が一気に醒めた。欠伸を殺し、すぐさま自分の視線の先に意識を集中させる。

 

 

「────!」

 

「──────!」

 

 

喧騒らしき声に反応した快斗が顔を上げると、男子と女子が何かを言い合っていた。しかも立っている状況のため、授業の妨げである。しかし、男子生徒の方の迫真な様子と、彼のことを思い出した快斗はすぐに気付いた。

 

 

(最近、サボってた小室じゃん。確か、アイツ非常階段にいたよな……………ふーん、何か見たな)

 

「おー、おー、小室。どうした、何かあったか?」

 

「っ、龍宮か!? 早くここから離れないと───」

 

「─────校門で、教師が怪我したとか?」

 

 

そんな風に聞いてみると、小室孝は驚いたように此方を見てきた。どうして、と聞くような視線を前に快斗は窓の外を指差して告げる。

 

 

「そりゃあね、あんなに血が飛んでたらただ事じゃないでしょーよ。それより、何があったんだ? どうせ見てたんだろ、そのゴタゴタを」

 

「…………不審者が、学校に入ってきたんだ。その時、手嶋先生が殺された」

 

「成る程ね、手嶋先生が……………ん?気のせい?今殺されたって言った?」

 

 

快斗が先の発言に耳を疑い、問い詰めようとするが、先程の女子ともう一人の男子生徒と話し始める。確か、宮本麗と井豪永だったか。

 

快斗達の話を聞いた生徒達が、興味を持ったのか窓に寄り始める。校門辺りに見える血痕に気付いたざわめきが、他の生徒を集めていく。「お、おい………授業中だぞ………?」と不安そうに呟いた教師も、窓際から様子を確認しようとし始める。

 

皆の意識が外に向いた時には、もう孝達は消えていた。恐らく、いち早く気付いて逃げの行動に移ったのだろう。懸命だ。教師を怪我させた不審者が、学園内に侵入してきたのだ。

 

自分も早く逃げようかな、と呑気に考えていると、突如校内放送が繋がった。

 

 

『全校生徒、職員に連絡します!現在、校内で暴力事件が発生中です!繰り返しま──────』

 

 

ドガンッ! !という爆音が響く。信じられないが、扉を吹き飛ばすような音だろうか。途絶えてたであろう声は、マイクが拾っているらしく、ちゃんと放送として聞こえてきた。

 

 

『──────ひっ!?誰だお前は────いぎぃ!?あ、あぁぁぁぁぁぁ!!?う、うでが、腕がぁぁぁぁぁ!!いッ、だぁィいいいいィィィィィィッ!!?』

 

 

悲鳴というより、最早慟哭。不審者に襲われたであろう教員が悶え苦しむ声が、放送として校内に流れる。誰もが立ち尽くす中、軽い音ともに教員の悲鳴は途絶えた。

 

 

『─────我が声を聞く者、全てに通達する』

 

 

そして、別の人間が聞こえてきた。恐らくは、放送室にいた教員に何かをしたであろう不審者。彼はマイクを使い、校内にいる全員に向けて言葉を投げ掛けた。

 

 

『我々の目的は、お前達を皆殺しにすること。例外は何一つない。男も女も関係ない。しわがれた老人だろうと、生まれたばかりの赤子だろうと、等しく殺し尽くす。命乞いも聞き入れない、遺言にも興味はない。我々は、お前達の死を望んでいる』

 

 

『苦しみ、絶望し、後悔し、無様に死んでいく光景を、我々は望んでいる。故に、お前達の生存は許容しない。お前達の前にある希望は、全て打ち砕く』

 

 

『以上だ────精々苦しんで死んでくれることを期待する』

 

 

それだけで、放送は止まった。声が消え去ってから数秒、学園内は混乱に満ちた。悲鳴と共に逃げ惑う生徒達。互いを押し合い、乱闘に近い惨状。

 

 

地獄は、そこから始まった。押し飛ばされた生徒の一人が、慟哭を上げる。血塗れになった男子教師に喉を喰われ、絶命した生徒は─────ゆっくりと立ち上がる。

 

 

人が人を襲う。その狂気は、学校全体へと伝播していく。

 

 

 

◇◆◇

 

 

逃げ出す生徒達の中で、他とは違うことがあった。生きる死体と化した奴等とは違い、別のものと彼等は遭遇していた。

 

 

『─────』

 

 

黒衣の兵士。ゴーグルのついたヘルメットは、無機質な顔のような形である。片腕に銃器を備えた黒衣の兵士の存在を、生徒達は楽観的に捉えていた。いや、捉えてしまった。

 

 

「あ、あの!自衛隊の方ですか!? 助けてください! 人が、人を喰って────」

 

『対象、確認』

 

 

それだけ答えると、黒衣の兵士は学生の胸ぐらを掴み、引き寄せる。突然の行為に戸惑った彼は、抵抗する間もなく、腹に刃物を突き立てられた。

 

 

「────え?」

 

 

鋭利な刃物で腹を突き刺された学生は、溢れ出す血に呆然とする。黒衣の兵士は無視し、学生を片腕で掴むとそのまま真後ろの廊下へと放り投げる。

 

 

より正確には、今も尚生きた人間を喰らおうとする死人の方へと。

 

 

「あっ!?やだ、助け────いだっ、いだいッ!?あ、あ゛あ゛あ゛あ゛──────ッ!!」

 

 

手足を掴まれ、貪られる学生には抵抗できない。腹を切り裂かれ、そこを食らわれている彼は血反吐と絶叫を響かせる他なかった。

 

 

恐怖に立ち尽くしていた他の生徒達も、ようやく確信する。目の前の黒衣の兵士は自分達を助けに来たのではない、と。その逆、命を奪いに来たのだと。

 

 

「─────きゃああああっ!!?」

 

「逃げろ!早く逃げろぉ!!」

 

 

背を向けて走り出す生徒達を見据え、黒衣の兵士は片腕を振るう。無手の腕の先に、一瞬にしてアサトルライフルらしき銃口が装着される。一瞬で銃器を装着した黒衣の兵士は彼等に向けて、無数の銃弾を撒き散らす。

 

殆どの弾丸が、逃げていた生徒達に直撃する。正しくは、彼等の足に命中したのだ。彼等を動けなくする、それだけの為に。

 

しかし、黒衣の兵士は彼等に追い討ちをかける事なく、遠くの廊下に目掛けて銃を乱射した。廊下のガラスを全て破壊してから少し経ち、音に寄ってきた『奴等』が近づいてくる。絶望するしかない生徒たちに背を向け、黒衣の兵士は通り過ぎていく。

 

 

先の行動の意図は単純だ。学生たちを『奴等』の餌にするつもりなのだろう。背後から聞こえる阿鼻叫喚の悲鳴を無視し、黒衣の兵士は階段を登っていく。

 

 

『…………標的を、捜索』

 

次の獲物を、同じように『奴等』の餌とするべく。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

(……………何人、いや何百人死んだのかな)

 

 

空室となった教室の中で、快斗はただ座っているだけだった。逃げても意味がないと分かっていた。どうせ逃げたとしても、地獄は広がっている。他の奴等と一緒に逃げようと、死者に喰い殺されるだけに過ぎない。

 

 

いつものような元気さは鳴りを潜め、彼は諦めたように天井を見つめていた。それが、龍宮快斗という人間の本質。いつもの彼はただ役割を演じている(ロールプレイしている)だけに過ぎない。

 

 

彼にとって、生きるということはゲームと同じであった。そう思い始めたのは、子供の頃からだろう。あの時の過去が、歪な自分を作ってしまった。

 

 

教室の扉がガタン、音を鳴らす。寄りかかっていた誰かが床に倒れ、這いずりながら近寄ってくる。白目を剥いて、歯をカチカチと鳴らし、新鮮な肉を喰らおうと────死者は此方に歩み寄ってきていた。

 

 

(………他の奴等みたいに俺も喰われるのかね、生きたまま)

 

「──────流石に痛いから、それはヤだな」

 

 

嘆息し、彼はゆっくりと目を閉じた。真っ暗な闇を思い浮かべながら、彼はいつも通りに()()()()()

 

 

────直後机の足を掴み、そのまま此方に噛みつこうとしてきた学生に目掛けて叩きつけた。轟音を鳴らして、机と共に学生が吹き飛ばされていく。

 

 

「よし、やるか」

 

 

椅子の足を片手で持ち上げ、引きずりながら廊下へと出る。先程の音に反応しただろう学生だったものたちが、此方に集まってくる。面倒だな、と考えた時には椅子を振り回し、彼等を薙ぎ払っていた。

 

 

当然、それだけでは彼等は死なない。歯を剥き出しにしながら、彼等は再び立ち上がる。これだけでは死なないのか、と感心しながら、試しに近くにいた奴等の一人に振り上げた椅子を叩きつけた。

 

 

ガン!ガン!ガンッ!グシャッ! と。

全身を叩き潰している間に、頭を潰された途端動かなくなった。どうやら、ゲーム通りに頭が弱点らしい。本当にゲームみたいだな、と感心していた快斗であったが─────

 

 

 

真後ろから飛びかかってきた奴等の一匹が、彼の右腕に掴みかかる。そのまま学生服越しに、彼の腕へと噛みつく。その歯が皮膚に届き、大きな音を周囲へと鳴らす。

 

 

 

 

ガギンッ!! と。

 

人の腕に噛みついたとは思えないほど、金属音が響く。噛みついた『奴等』の歯は彼の左腕に届いてはいなかった。生身の腕とは違うのか、尋常じゃない硬さだ。

 

 

「─────新鮮な肉が喰えたかと思ったかよ、残念だったな!」

 

 

そのまま振り払い、同時に放った脚による一撃を頭部に叩き込む。今度こそ沈黙した奴等の亡骸を尻目に、彼は噛みつかれた方の腕を見つめ─────その部分の袖と、中途半端に破けた皮膚を引きちぎった。

 

 

その腕は、金属で出来た義手だった。ただの義手ではないらしく、本物の腕のように指先までしなやかに動いている。先程噛みつかれた部分には、傷らしきものすら付いていない。

 

吹き飛ばした机の残骸から脚となっていた鉄棒を引き抜く。音に反応し、奴等の群れが多くになってきた。その状況を冷静に判断しながら、快斗は思考を整えていく。

 

 

(────勝利条件はあくまでも生存。敵を殲滅したら勝ち、なんてヌルゲーには見えないしね。サブミッションは他の生存者と合流することかな。まぁ、生きてる人間が行く場所なんて予想がつくし…………難易度はハード。いいね、ずっと難易度ピースで退屈してた)

 

 

左手に鉄棒を握り、右手の義手に万力の如くの力を込め、龍宮快斗は奴等の大群に向き合う。そんな彼の視界が、ふと暗転する。

 

 

真っ黒な世界に、白い言葉が浮かび上がる。その文字の意味を、彼はいち早く理解していた。

 

 

─────『Are you ready(準備はいいか)?』

 

 

そして快斗は、笑う。ただ笑みではない。今までのような演技の笑顔ではなく、心の底から生き生きとした純粋な笑みを刻み、彼は告げた。

 

 

 

「─────GAME START」

 

 

日常から裏返った地獄を前に、壊れた青年は笑う。今までの退屈をひっくり返すかのように、彼は進んで地獄へと踏み込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公


龍宮快斗。
この作品の主人公の一人。他人に好かれるような活発的で元気が取り柄の青年。しかしそれは演技(ロールプレイ)であり、本質は無気力かつ合理主義者でもある。かと言っても感情的にも動くこともあり、矛盾した内面を有している。

物事全てをゲームとして認識しており、ゲームの専門用語を多用したりもする。


右腕と左足が義手であり、義手の開発者である博士なる人物と同居して生活している。


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