学園黙示録 Apocalypse calamity 作:虚無の魔術師
─────屋上で、
全身に汗を滲ませながら、彼は目の前のものを静かに見つめる。顔に布を被せられたまま寝かされた、友人の亡骸を。
この地獄が始まって、孝は
奴等が増え続ける状況から、奴等に噛まれた人間が奴等となる事実を確信した永は、友人であった孝に介錯を求めた。奴等になりたくない、そう叫びながら吐血し悶え苦しんだ永は死んだ────そして、奴等となった。
元親友の望みに従って────小室孝は、永だったものを殺した。一撃で、トドメを刺した。
幼馴染みであり、永の恋人であった麗から強い非難を声を浴びせられた。無理もない。彼女は最後まで、永は奴等にならないと信じようとしていた。それを振り払い、孝は目の前で永を殺したのだ。間違ったことはしてなかったとは思う。だが、責められても無理はないとも考えていた。
「…………ねぇ、孝」
だが、時間が経つごとに彼女も落ち着いたようだった。永が奴等になっていたという事実を受け止め、噛み締めた彼女は孝へと謝っていた。永の願いを聞いてくれたというのに、無理解なことを言ってしまった、と。
そうして、半ば遠ざかっていた二人の関係は少しずつだが、縮まっていた。
「どうしたんだ、麗」
「永の言ってたこと……………覚えてる?」
言われてすぐに、屋上に立てこもった時のことを思い出す。机や物でバリケードを張った後、何が起きているのか話し合っていた最中、孝が話した当時のことを知った永はこう結論付けた。
『孝の話が本当なら────この惨状は、人為的なものだ』
『映画やゲームじゃないって言いたいが、そうとしか思えない。町全体にここまで広がるなんて自然発生とかじゃなくて、誰かがこの地獄を意図的に作り出したんだ』
死んだ人間が、生きている人間を喰らおうとする。有り得ない現象を現実のものとして、引き起こした黒幕がいると、永は推測していた。何故なら、町全体にまでこの地獄が広まっているのは、個人によるものではない。明確に計画された、集団による犯行だと。
「………こんな地獄を、誰が作ったって言うの?」
「────アイツらだ。あの時の、学校に入ってきた奴等だ」
その直後、耳覚えのない音が響き渡ってきた。何かを吹き飛ばすような音が、連続して聞こえてくる。二人はその音が何なのか分からずにいたが、いち早く気付いた孝が訝しむ。
「…………銃声?」
口走った瞬間、バリケードが勢いよく吹き飛ばされた。外側から爆発したように舞う残骸から麗を守り、孝は即座にバットを構える。
バリケードで塞がれていた階段から、誰かが上ってきた。奴等、ではない。孝にとっては見覚えのあるものだった。
黒衣の兵士。黒いコートに身を包んだ武装兵が、二人を見据える。ヘルメットのゴーグルが妖しく光り、無機質な声を響かせた。
『────対象、確認』
「な、何の………? もしかして、自衛隊の?」
「────違う、コイツだ!コイツはあの時の、学校に侵入してきた奴等だ!」
誤解しそうになっていた麗の考えを否定し、孝はバットを握り手に力を込める。奴等を生み出したあの青年と一緒にいた黒衣の兵士。目的はおそらく、生存者である自分達だろう。
現に、黒衣の兵士は此方へと歩み寄ってきている。機械のように揺れ幅もない動きで近付く黒衣の兵士を────孝は敵と認識し、倒すことを決意した。
「────うおおおおっ!!!」
バットを振りかぶり、黒衣の兵士を殴る。しかし、頭部への一撃は効いている様子は見えない。それどころか、平然とした様子で首を直した黒衣の兵士が、言葉を発する。
『抵抗の意思を確認。危険度を中と仮定。これより無力化の措置に入る』
言うや否や、黒衣の兵士はバットを掴み、勢いよく腕を振るった。凄まじい力に引き寄せられ、バットごと持ち上げられた孝は近くの壁に叩きつけられる。
「ガハッ───!?」
背中に伝わる痛みと空気が吐き出され、孝は大きく咳込む。苦しそうに呻く孝の首を、黒衣の兵士の手が掴んだ。片手で持ち上げられた孝は、引き剥がそうとするが異常な程に力が強い。
黒衣の兵士は必死に暴れる孝の左腕を、もう片方の手で掴んだ。その意図を理解し青ざめる孝は脚で蹴りながら止めようとするが、力が緩まない。
メキメキ、と彼の左腕を握る手の力が強まる。このままだと折られるという確信故に、必死に止めようとするが、力が緩まない。
もうダメだ、そう思ったその時だった。
「孝────ッ!!」
モップの先を折り、槍として扱っていた麗が突撃してきた。黒衣の兵士の肩へと大きく叩きつける。その衝撃で僅かに力が緩まり、孝は何とか黒衣の兵士の拘束から解放された。
振り返る黒衣の兵士に、麗は槍を何回も叩きつける。熟練とも言える槍術を身につけた彼女は黒衣の兵士には追い付けない程の速度で、心臓目掛けた一撃を放った。
『─────っ、────』
静かな呻き声を漏らし、黒衣の兵士は力なく項垂れる。確かな手応えと沈黙した敵を前に一息ついた麗は心から安堵する。しかし、そんな彼女を孝が強い声で呼んだ。
「麗────ッ!」
「大丈夫!これでもう────」
「違う!ソイツ、まだ死んでないッ!」
孝の言葉を彼女が理解した、黒衣の兵士は再起動していた。片腕に銃器のパーツを取り付け、麗に銃口の狙いを定める。直感的に不味いと判断した孝は彼女を引き寄せ、近くの残骸の影へと飛び込む。
それとほぼ同時に、銃口から放たれた無数の銃弾が炸裂する。二人を追尾するように撃ち込まれた弾丸の雨は、バリケードの残骸に全て防がれた。
「────アイツ!銃まで使えるのか!?」
『危険度を中から上に引き上げ。これより武装を解禁し、標的の抹殺も視野に入れた無力化を続ける』
その言葉を聞き、孝は敵が───ようやく本気になったことを理解する。どうやら自分達を殺さず、無力化する予定だったらしいが、今になって殺すことも考えるとはどういうことか。自分達を連れていく目的ではないのか、そう考えていると、黒衣の兵士は再び片腕の銃を撃ち始めた。
しかし、それは此方の方ではない。階段の方。音には気付いて近付いてきた奴等に向けての攻撃だった。その音が、さっきまで銃撃とは違うことにすぐに気付く。
「……………散弾?銃の機能を変えられるのか?いや、違う。そんなことじゃない」
────なんで頭を狙わないんだ? そうしないと奴等を殺せないのに
黒衣の兵士は散弾で奴等を吹き飛ばしている。それ以上の攻撃の意図は見られない。それに、機関銃のような乱射から、散弾に切り替える意図も分からない。そう考えていると、少し前のことが頭に浮かぶ。
(そういえば、校門の時も────奴等を殺さなかった。何でだ?自分達を襲うとしてるのに───────)
「────麗!奴を何とかする!力を貸してくれ!」
「………分かったわ!何をすればいいの!?」
「奴等に意識が引かれてる内に────アレを!」
何かに気付いた孝が、麗と共に動く。盾にしていた残骸から飛び出し、即座に壁際へと走る。その様子に、黒衣の兵士は気付かない。いや、意識を向ける暇がないのだ。まるで機械のように、目の前のことにしか集中できないからである。
そうして、二人が動いている間に、近付いてくる奴等をあらかた吹き飛ばした黒衣の兵士が二人へと意識を戻す。視線の先にいた二人を見て、黒衣の兵士の思考が揺らぐ。
二人は、壁際になった消化ホースを取り出していた。麗が壁にあるバルブを回し始めると、ホースの先から水が吹き出し始める。あまりの強さにホースに振り回される孝を見た黒衣の兵士は、戦術を組み立てる。
その放水では自分を殺せない、そう判断した黒衣の兵士は迷うことなく射撃を始めようとする。だがそれよりも先に、孝はホースの先を持ったまま近付き、黒衣の兵士へと向けると共に放水を浴びせた。
至近距離から、放水が叩きつけられたことで黒衣の兵士が展望台から弾き飛ばされる。一人の男が振り回される程の水圧を浴びたのだ。たとえどれだけ装備をしていようと、全く通じないはずがない。
『────え、エラー………ダメージ36%、活動圏内。システムの、修復を開始し────再起動を、急ぎま───』
再び立ち上がろうとする黒衣の兵士。だが、黒衣の兵士が孝達を狙おうとするよりも先に、別のものが黒衣の兵士に襲いかかった。
散弾で吹き飛ばされていた奴等だ。まるで新鮮な獲物を狙うように群がってきた奴等が、黒衣の兵士へと手を伸ばす。その腕や首を掴み、食らいつこうとする。
『────ッ!『罪人』による妨害を確認!器を汚染される可能性を考慮し、罪人の一掃を開始する!』
流石に奴等の攻撃に意識を変えたのか、黒衣の兵士は両手の刃と銃で奴等を倒し始める。しかし、戦いの音によって引き寄せられた奴等の数は多く、次第に首や脚を噛まれ始めていた。にも関わらず、黒衣の兵士は狼狽えない。ただ目の前の敵を排除しようと、攻撃を続ける。
狙っていたとはいえ、奴等の大群に飲み込まれた黒衣の兵士の状況に、孝は言葉が詰まっていた。自分自身の手で、敵とはいえ奴等の方へと飛ばしてしまったのだから。
「─────孝!今なら!」
「分かった!早く行こう!」
武器を拾い上げ、二人で奴等の大群を抜けていく。屋上の階段を降りていく頃には、銃声と刃の振るう音は遠ざかっていたが。
一発の、一際大きな銃声が響いてから、屋上からの戦闘の音は聞こえてこなくなった。
◇◆◇
「────保健室って確かこっちだよな」
血に染まった鉄の棒を軽く振るい、呑気な調子で歩く快斗。欠伸を噛み殺しながら廊下を歩く彼は、目の前に出てきた奴等を、的確に倒していく。
鉄の棒で頭部を殴り、義手の拳を叩き込み、万力の義手で頭を握り潰す。返り血を落とそうと義手を払っていると、目の前にいた奴等の一体が誰かによって倒されていた。
木刀で叩き潰したであろう女子生徒は、快斗に気付いて声をかける。
「…………む?君は」
「龍宮快斗、よろしく。で、アンタは………」
「3年の
「あっ、先輩っすか。失礼しました!」
慌てた様子で口調を直す快斗だが、冴子は気にしていないといった様子で答えた。クールに振る舞う冴子に感心していた快斗だが、彼女の後ろから走ってきた女性に気付く。
「鞠川先生!無事みたいですね!」
「龍宮君!?良かった、貴方も無事で────」
おっとりとした校医の女性 鞠川静香が安心したように胸を撫で下ろした。最近学園に来た研修医で、よく保健室に訪れていた(主にサボりの為の仮病で)快斗も何回も出会っている。因みに言うと、学園でもモテる程の美人だ。まぁ、天然なところが多く、よく快斗の仮病の言い訳も言いくるめられていたが。
「………んで、どうします?この後」
「────私はこの学園から脱出するべきだと考えている。籠城は得策とは見えないからな」
「俺も賛成………でも、三人だけじゃ正面突破は無理だと思うっすけど」
快斗の発言に、冴子は頷いて答えた。校庭を見てみると、逃げ出そうとした生徒のなれの果てが大勢いる。校内とは比較にならない程の多さだ。逃げようと無理した馬鹿が大勢いたのだろうか、それであんな数にまでなったのだろう。
「とりま、他の生存者と合流しません?その方が、ミッション達成も楽だと思いますし」
「…………そうだな。他の生存者がいるであろう場所に向かおう。前は私と快斗が、鞠川校医を後ろに続いてくれ」
三人で今後の目的を共有し、廊下を進んでいく。途中、歩きづらいとのことで冴子にスカートを破かれた静香が抗議していたが、端から見ていた快斗は眼福だと思いながら、静観を貫いていた。
その時だった。
すぐ近くの渡り廊下から、何らかの音が聞こえてくる。それが誰かが奴等と戦っている音だと気付き、三人は急いで向かう。
辿り着くと、そこには複数の奴等を改造した杭打ち機で撃破している男子学生と女子学生がいた。数が多すぎる。そう考えていた快斗を、冴子が呼び掛ける。
「私は近くにいる奴等を!君は奥にいる四体を!頼めるか!」
「────上等!四タテしてやるっすよ!」
奴等の進行を防いでいた二人の援護のため、先に向かう冴子に笑顔で応え、快斗は四人の奴等に攻撃を繰り出した。最初の一体は鉄棒で脚を払い、倒れた直後に左足で頭を踏み潰す。此方に噛みついてきた一体の首を掴み、もう一体の方に投げつけ、二体同時頭を貫通する。
棒を引き抜こうとしている隙に、此方に掴みかかってきた奴等の顔を義手で掴み、地面へと叩きつける。そのまま五本の指に力を込め、グシャッ!と握り潰した。
「ハイスコア更新、かな」
満足そうに手首を回して快斗は笑って見せた。しかし彼の視線の先で、別の奴等が現れ始める。「第二ウェーブか」と続けて戦おうとする快斗だったが、突如奴等は後ろから現れた学生二人によって仕留められた。
「あ、小室に宮本ちゃんじゃーん。生きてたんだな」
「龍宮!?お前も無事だったのか!」
「そらそうよ。五体満足…………ま、最初から五体不十分だけどね」
義手の腕を見せながら平然と答える快斗に、義手の存在を知らなかった孝と麗が眼を剥いて唖然としている。そのアクションに軽く笑った彼は、他の二人に軽く声をかけた。
「で、高飛車お嬢様の高城と我がベストフレンドのコータじゃん。二人してよく生きてられたね」
「いや、殆ど高城さんが先導してくれたからで………」
「その代わり奴等を倒してたんだろ?その自作銃モドキで、よくやるよ。お前は」
不名誉な称号に端から憤慨しているツインテールの少女 高城沙耶。彼女に詰め寄られた快斗は適当に誤魔化しながら、その場しのぎをする。
そんな風に軽く談義をし始める一同を静めるように、冴子が軽く咳き込んだ。
「職員室に辿り着いたのは、ここにいる全員だけということになるな」
「冴子先輩達はどうして職員室に向かってたんですか?」
「そりゃあ、車の鍵とかあるしね。正面突破が無理なら、バスかなんかでしょ」
快斗の補足に、納得して頷く孝。さて、と口走りながら職員室に入ろうと扉に手を掛けた快斗は────ガタガタ、とだけ揺れる扉を前に笑みを凍りつかせた。
「どうしたの、龍宮くん?」
「────鍵掛かってね? これ」
どれだけ力を込めてうんともすんとも言わない扉を前に、快斗は深呼吸を繰り返す。それから少し経って、彼は満面の笑みで皆に聞いた。
「──────ブチ抜いてオーケー?」
「良いわけないでしょ!?このバカ!」
怒られたゲーム脳はつまんねーと吐き捨て、大人しく退く。冴子はそんな彼を横目に見ながら、静香先生に呼び掛ける。
「鞠川校医。職員室の鍵はお持ちですか?」
「も、持ってないけど…………今日当番で持ってた先生は覚えてるわ!」
「…………その方は?」
「えーっと、手嶋先生と林先生に…………」
「─────その鍵って、これじゃないか?」
チャリン、と鍵が鳴る音が響く。咄嗟に振り替えると、彼等の背後の渡り廊下から、一人の青年が出てきた。
青いコートを羽織り、両手にマニピュレーターを装着する黒髪短髪の青年。指先で鍵を弄りながら現れた青年に、快斗達全員が怪訝そうな顔で見つめる。
だが、ただ一人。小室孝だけは、その青年を知っていた。
────校内に侵入してきた、この惨劇の元凶の人物だと。
「その扉を閉めておいて正解だった。………罪人を突破し、『
「…………誰だ、お前?」
鍵をコートの中に仕舞った青年への警戒を隠さず、快斗は率先して前に出る。いつでも殴り合えると言わんばかりの構えを取る彼に、孝はハッとするや否やすぐに呼び掛けた。
「────皆!気を付けろ!そいつは学校に侵入してきた、この惨状を作り出した張本人だ!!」
孝の発言を聞き、全員が向ける警戒がより強いものへと変わる。当然だ。多くの命が失われたこの地獄を引き起こした張本人が目の前にいるのだ。敵意を向けることすら生温い。
だが、青年は狼狽えない。恐怖するどころか、堂々と口を開いた。
「張本人、か。お前達のような無知さで考えるなら、それくらいが妥当だろう。…………それと、そいつと呼ばれる筋合いはない。私には偉大なる主から与えられし名がある」
差し向けられる敵意の中で、青年は両手を広げる。その左手を胸元に添え、深く一礼した後に、青年は己の名を告げた。
「我が名はバルト、『十二使徒』 バルト。お前達人類を裁き滅する為、神により選ばれた使徒の一人だ」