学園黙示録 Apocalypse calamity   作:虚無の魔術師

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使徒

「十二使徒…………バルト?」

 

「確か、イエス・キリストの弟子達よ………でも、なんでそんな名前の奴等がこんなことを────」

 

 

目の前の敵、バルトと名乗った青年を前に、全員が警戒を緩めない。ただ一人でしかない相手なのに、油断してはいけないと脳内で警鐘が鳴り響く。

 

そんな最中、バットを握る力を強めた孝が険しい視線を向ける。今にも殴りかからんとしていた彼は、怒りに震えながらバルトへと問い掛ける。

 

 

「────お前達は、何が目的なんだ?」

 

「お前達の皆殺しだ。それ以外もそれ以下もない」

 

「違う!そうじゃない!どうしてぼくたちを殺そうとするんだ!?一体どんな理由があって、こんな地獄を生み出したんだ!」

 

 

小室孝の糾弾の声に、全員が声もなく賛同していた。少なくとも、知りたかった。何故こんな地獄が引き起こされたのか。人為的なのであれば、一体何故そんなことをする必要があったのか。何故、この学園の生徒達がこんな悲惨な目に合わなければならないのか。

 

 

そんな問い掛けに、バルトは両目を伏せて嘆息する。答える気は無いのかと思っていたが、彼は静かに話し始めた。

 

 

「……………かつて、私は使徒としての名前を持つ前、もう一つの名前を持っていた」

 

藍原(あいはら)ナギサ、その名前で産まれた私は─────誰からも祝福されなかった。私を産んだ母は子供の頃から私への暴行を繰り返し、父は私を見捨て勝手に蒸発した。私は、そんな地獄を生きてきた」

 

 

「………………藍原、ナギサ? その名前どこかで───」

 

「数ヵ月前、ニュースで見たわ………けど、確か自殺したはずじゃ────」

 

 

孝と麗が、信じられないようにバルトと名乗っていた青年を見返す。快斗も少し記憶していた。藍原ナギサ。確か、数ヵ月前に自宅で首を吊って死亡したはずだ。彼の亡骸は親戚に引き取られ、火葬されたと聞くが────もし話が本当なら、目の前にいる青年は一体何なのか。

 

 

「だが、私を愛してくれた人だけはいた。幼馴染みの子であった、名前はもう覚えていないが………あの子だけは私を見てくれたことだけは覚えている。当然、私もあの子を愛した」

 

 

「────だが、彼女すら私を見捨てた。私の産まれを知った彼女は、私の側から離れた。そして、私のことを疎ましく思っていた奴にすり寄っていった─────」

 

 

自嘲するように囁くバルトに、孝はふと反応した。少し前のまでの自分と、幼馴染みとの失恋により意気消沈として自分のことを思い出す。恵まれていた自分とは違い、ナギサという青年はあらゆるものを奪われたことになる。

 

それならば、理解できる。自分ですら無気力になっていたのだ。極度に追い詰められた藍原ナギサが、悲惨なな最後を迎えたのかも。

 

 

「私は、人間の愚かさに絶望した。私から離れていった彼女にも、他人の幸せを簡単に踏みにじれる者にも、どうやっても彼女のことも信じられなかった私自身にも。だからこそ、私は自死を決意した。首を吊って、苦しみながら私は命を絶った─────。

 

 

 

 

 

 

そして私は─────『神』に救われたのだ」

 

 

記憶が、甦る。

 

無機質なカプセルの上で目覚めた彼は、困惑した。首を吊って自殺したはずの自分が何故今も生きているのか。あらゆる疑問が脳裏を支配する中、彼は不思議な声を聞いた。

 

 

『────罪を知り、己を自戒する正しき魂を宿す者よ』

 

 

声のする方には誰もいない。部屋の中には誰もいない。なのに、声だけが響いてくる。次第に、声の発生源に気付いた青年は、頭を抱えて呻き声を漏らした。

 

 

『神はお前の在り方を承認する。その穢れなき魂こそ、神が望むもの。神はお前の存在を肯定し、受け入れよう』

 

 

声は、頭の中から響いてくるのだ。耳を塞いでも、思考を放棄しようとも、声は途絶えない。薄い皮を突き抜けるように、少しずつ内側へと浸透していき、次第に彼の心にまで響いていった。

 

 

『藍原ナギサという人間は死んだ。今のお前は人であり、人ではないものである。望む限り、器が失われても再生を果たす選ばれた者。人の身であり、神の使い────「使徒」バルトだ』

 

 

何がなんだか分からないが、心の中では神の声への強い喜びがあった。誰からも愛されず、全てを失った自分という存在を肯定してくれたという事実が。新たに名前を、生きる意味を与えてくれた神への崇拝が。

 

彼の心に、溢れんばかりと埋め尽くされていた。

 

 

『罪を認める者 バルトよ。神の眷属たる 「使徒」として、神が為に尽くせ。あらゆる不浄を滅し、浄化を果たすために。使徒として、全ての人類の罪と業を裁くのだ───』

 

 

そして、ナギサ─────使徒 バルトは、恍惚とした笑みのまま神の声に応じた。その声を、言葉を疑う余地はない。疑うことなどあってはならない。

 

 

そうして、彼は『使徒』として覚醒した。疑問も不安も持たず、神の為に動くことに迷いすら持たずに。

 

 

 

「我等が神の望みは一つ─────堕落した人類の浄化、お前達現人類の殲滅」

 

 

両手を広げ、天を仰いでいたバルトが身体を上げる。恍惚に染まった瞳のまま、彼は孝達を見据えて笑う。子供のような無邪気な笑み、純粋に満ちた笑顔のままで。

 

 

「神は望んでおられる、人類の死を。お前達の絶望を。一人一人が絶望と後悔の狭間で、苦しみ悶えながら死ぬ景色を。──────神は、お前達の滅びを望まれているのだ」

 

 

そんな理由で、と。

誰かがポツリと呟いた。当然だ。神とやらが望んでいるという理由で、こんな惨劇を引き起こされて構うものか。この地獄の犠牲になった彼等が、そんな簡単な理由で殺されていいはずがなかったのだ。

 

孝も、麗も、怒りに震えていた。犠牲になった親友、永もそんな理由であんなに苦しんで死んだのかと。今にでも殴りかかりたい衝動に駆られかけたが、

 

 

「────その神は、どうやってこんな地獄を作ったんだ?俺達に少し聞かせてくれよ」

 

「………快斗?」

 

「あの奴等だって、どうせその神様の仕業だろ?死んだ人間があんな風に生きた人間を襲う────神にしか出来ないことだ。その原理を、詳しく教えてくれたりしたらどうだ?」

 

 

そんな彼等を制するように、快斗は心底感心した様子でバルトに説明を求めた。不思議そうにしていた孝は、快斗の行いに非難するような視線を向けるが、彼は逆に「黙っていろ」と言いたい視線で睨み、話を続けた。

 

高城やコータは、ふと彼の意図に気付いた。少しでも知ろうとしているのだ。多くの人間が、『奴等』と化した原因について。もてはやす程度でその理由を知れるのなら、安いことだと理解しているのだと。

 

 

「────あれは、呪いだ」

 

「呪い?まさか、呪術だとか言うやつか?」

 

「そんな実在も不明なものではない。────怨嗟と呪詛が入り雑じった、神の血だよ」

 

「神の────血?」

 

「最も、神の血から抽出された特殊な液体だ。我等はこれを『黒き血』と呼んでいるが」

 

 

神の血、それが奴等となる原因か。馬鹿げてる、と思う一方で納得も出来る。死んだ人間が死体のまま動くなど、科学では説明できないことだ。

 

少なくとも、神の血とやらが原因なら少しは理解できなくもない。少しは、だが。

 

 

「黒き血は、人間達が生み出してきた呪いの塊らしい。あらゆる生命を憎むこの呪いは人間に作用する────この血を摂取した人間は、肉体を蝕まれ、苦しみながら死に果てる。だが、この血の力はそんなものではない」

 

「………」

 

「この血を取り込んだ上で死んだ者は、『罪人』───お前達の言う通りなら、奴等となる。奴等と成り果てた者に自我はない。ただ生きる屍となり、呪詛に蝕まれたことで、人間だけを狙い喰らい殺すだけのモノとなる」

 

 

つまり、奴等となるのは神による裁きか。同族である人間を、あろうことか喰い殺す。それが、彼等にとっての罰だと言うのだろう。奴等を『罪人』と呼んでいるのも、それが理由か。

 

 

「だが、誰もが罪人となる訳ではない。何の偶然か、黒き血が肉体と適合する一例がある。その場合、黒き血は別のものへと変化する。─────それを我等は、『神の紅血』と呼んでいる」

 

「『神の紅血』………何だよ、それ」

 

「純正の神の血さ。呪いが浄化された神の血は、人間には逸脱した力を与える─────我等使徒は、純正なる神の血により使徒として再臨した身だ。当然、我等は完全な神の血の適合を果たしてない故に、呪いに蝕まれることはある。だが、関係ない。たとえこの身が滅ぼうと、使徒は新たな器を以て再臨するのだから」

 

 

要するに、奴等に喰われても場合によっては生き残れる可能性があるのだろう。その確率は、僅かなものだろうが。

 

それでもし、一般人が神の紅血に適合したらどうするのか。奴等にとって、これは裁きだ。人類全てを滅ぼすという計画が、その一つの点で揺らいでしまうかもしれない。

 

 

(…………いや、本当そうなのか?)

 

 

だが、ある疑問だけが快斗の中にあった。しかし、彼はその言葉を口にすることなく、確かめることもなく、呑み込むしかなかった。

 

 

キィィンッ!! と、金属の擦れるような音が響き渡る。バルトが片腕を振るったと思えば、近くの壁に綺麗な傷痕が出来たのだ。五つの線が並列となった、違和感しかない裂傷が。

 

 

「─────お前達には選択肢は一つ。私を倒し、この鍵でここから脱出することのみ。そして、私の選択肢も一つ。お前達をここから先に行かせないこと。お前達の罪を浄化し、楽園に相応しいに足るか選定する」

 

 

バルトが両手のマニピュレーターを動かしながら、腕を広げる。半透明な何かが、空中に漂っている。広い空間に浮かぶ光らしきものが動いたと思えば、床や天井に傷痕を与えていく。

 

そしてようやく、それが『糸』であると気付いた。金属のワイヤーなのか。両手の指の数だけある銀色の糸はバルトが指を動かした直後、一斉に動き─────既に動かない死体へと殺到する。

 

 

糸が死体に突き刺さって、少ししてからピクリと身体が跳ねた。まるで人形な動きで起き上がった、或いは起き上がらされた死体が、白目を剥いたままカクカクと口を開く。その光景に、全員の身が引き締まる。

 

 

「な、何で!?頭を狙って倒したのに!」

 

「────糸よ!アイツ、糸で死体を操ってるのよ!」

 

「その通り。改めて、我が名を語ろう。

 

 

 

 

私は、『自戒』のバルト。神より与えられた神名は『銀鋼糸徒(ぎんこうしと)』。我が糸は鋼よりも堅く、刃よりも鋭く、神経よりも繊細である。我が操る鋼鉄の旋律は、神の意思そのもの────その身を以て、確かめるがいい!」

 

 

 

バルトが指先を操ると共に、糸で操られた死体達が───まるで奴等のように襲いかかってくる。数にして十人、それぞれが孝達目掛けて飛び掛かってきた。

 

 

「────っ!」

 

 

咄嗟に、コータが杭打ち機で応戦する。数発、動く死体の頭に釘の弾丸を命中させた。しかし、命中したはずの奴等は止まらない。口をカタカタと鳴らしながら、コータと高城沙耶の方へと迫り来る。

 

 

「えぇ!?なんでぇ!?」

 

「ちょっと!全然効いてじゃないの!?」

 

「そう言われても、僕だって分からな────」

 

 

戸惑う二人に飛び掛かかってくる操られた死体達。だが、彼等の腕が二人に届くよりも先に、横から飛んできた蹴りが奴等をまとめて薙ぎ払った。

 

数体の死体を吹き飛ばした快斗は、すぐさま近くのロッカーを掴む。両手でロッカーを引き剥がし、そのまま死体へと叩きつけた。

 

 

「チッ!────小室、宮本! 冴子先輩!コイツら頭をやっても起き上がってくる!動けなくするか、完全に頭を潰さないとダメだ!それが無理ならせめて、顎を破壊しろ!」

 

 

(…………ふん、どうやらこの手はもう無理か)

 

 

対策し始めた一同を見て、バルトは誰よりも早く動いた。死体から糸を引き抜いたのだ。両手の装置により、糸を戻したバルトに、快斗は余裕そうに鼻を鳴らす。

 

 

「何だ、もう人形劇は終わりか? もうちょっと遊べる気がしたんだがな」

 

「───これでは意味がない。もう少し、やり方を変えさせて貰おう」

 

 

マニピュレーターの部品が蠢き始める。糸を扱う気だと理解した快斗が、鉄棒を投げつける。投擲するように宙に浮いた棒の真横から、快斗は資格を狙うようにバルトへと近付いていく。

 

バルトも即座に動く。両手のマニピュレーターを使おうとするが、快斗はしたり顔で笑った。

 

 

(鉄棒と俺に意識してる時点で終わりだ!運が悪かったな!お前も!)

 

 

彼の視線の先、バルトの後ろの通路の角から奴等の一体が移り込んでいた。使徒は気付かない。いや、気付いたとしても、後ろと前を挟み撃ちにされた状況に変わりはない。

 

快斗は既に、勝利を確信していた。

 

 

(────この地獄の元凶が!奴等に喰われるか、俺にぶん殴られるか!好きな末路を選べよ!)

 

 

 

 

瞬間、バルトは両腕を引いた。全ての指を同時に曲げ、金属の擦れる音を共和させる。不協和音のように鳴り響く摩擦音が、皆の耳に届いた直後のことだった。

 

 

 

周囲全てが、斬撃の嵐によって引き裂かれた。一撃を叩き込もうとした快斗は、咄嗟に前に出した義手によって弾かれるだけで済んだが、他は酷い惨状だった。

 

投擲した鉄棒は粉微塵に切断され、噛みつこうとしていた奴等の一体は─────サイコロステーキのように細い肉片となって、崩れ落ちた。

 

 

「龍宮っ!大丈夫か!?」

 

「クソ!義手がなかったらやられてた!…………あの野郎、誘ってやがったな!」

 

「………糸の扱いは得意ではないが、既に慣れている。物を動かしたりするよりも、切る方が得意なのでね」

 

 

そう言いながら、バルトは静かに歩み寄ってくる。その歩みは一歩一歩軽いものでありながらも、慎重なものである。それと同時に、近くの壁や床に傷ばかりが増えていく。

 

 

バルトを機転として、周囲を取り囲むように糸が張り巡らせているのだ。恐らくは、他の糸と糸を交差させ、複雑な陣を張っているのだ。その絡み合いは、単に読み解けるものではない。何処から糸が迫ってくるのか、正面からでは見抜くことなど絶対できない状態だった。

 

 

「────っ!」

 

 

咄嗟に動いたコータが、何発か釘を撃ち込む。しかし、バルトが張り巡らせた金属の糸により、容易く刻まれる。彼を囲む糸の結界は常に蠢いていており、どんな攻撃も遮断する防壁と化していた。アレを突破するには、ロケットランチャーなどの広範囲攻撃が可能な兵器が必要だろう。そんな兵器は、学校になど存在しないのだが。

 

 

「──────龍宮ッ!」

 

 

叫んだ小室孝が、近くの廊下から取り出した消火器を放り投げた。それら快斗の真上を通り抜け、バルトの方へと迫っていく。当然、彼は身動ぎすらせず、蠢く糸の結界によって消火器は切断された。

 

 

しかしその瞬間。

切断された消火器から消火剤が辺りに撒き散らされる。白い泡と粉がバルトの視界全てを覆い尽くし、染め上げていった。

 

 

(…………無駄ですよ。所詮は目眩まし。私の動きを止めることなど出来ない)

 

 

自身に満ちた笑みと共に、両手を引く。操られた糸が周囲を引き裂き、白い消火剤を吹き飛ばす。粉雪のように舞う白い泡を軽く眺めていたバルトは、ふとあることに気付いた。

 

 

 

「─────いない?」

 

 

あの学生達が、広間から姿を消しているのだ。忽然と。影も形もなく。隠れたのか、と思ったが違う。何故なら彼の耳には廊下を走る複数の足音が聞こえてくる。

 

 

(まさか────逃げた? 私から?)

 

 

そう理解すると、ふとバルトはクツクツと肩を揺らした。込み上げてくる衝動を抑えようとしたが、耐えられない。我慢の限界と言わんばかりに、バルトは大声で笑った。廊下に響き渡るような、愉快そうな笑い声を響き渡らせたかと思えば─────

 

 

 

 

 

 

「ふざけるなァッ!!誰が逃げることを赦したッッ!!?」

 

 

理性的な一面をかなぐり捨て、激しく怒り狂った。両手に掛けた糸を振り回し、廊下の壁や天井、窓ガラスを切断していく。それでも、彼の怒りは収まらない。

 

 

神の妄信者 バルトにとって、許せないことはただ一つ。神に関する物事である。

 

 

「言ったはずだ!私の意思は神の意思!神の望みは私の望み!それを受け入れぬということは、私への、神への侮辱!赦されぬ!それだけは赦されぬのだ!!」

 

 

彼にとって、これは神への儀式である。罪深い人間に罰を与え、その罪を身を以て償わせる。それはバルトにとって仕事などではない、果たすべき大いなる使命なのだ。

 

それを、裁かれるべき罪人が、神の意思を代弁する使徒から逃げるなど、あってはならない。そんな道理が、通ってはならない。

 

 

狂信に近い忠誠。それは、どんな些細なことでも見逃せないほどに過敏になり、無慈悲になる。たとえ子供が同じ選択をしても、彼は同じように激昂しただろう。

 

それほどまでに、彼にとって譲れないものなのだ。己の理性を捨て去るまでに。

 

 

「────一人足りとて、断じて逃がさん」

 

 

ギギギギギ────ッ! と、糸と糸が引き裂き合う。周囲のものを切り捨てながら、バルトはゆっくりと歩いていく。両手の指に掛けた糸を重ね、鋼鉄の刃の放つ先を狙い見据えて。

 

 

「逃げるのならば、追い詰めるのみ!追い詰めて、追い詰めて、追い詰めて! 地獄の苦しみを逸脱した絶望を、骨の髄まで刻み込むッ!!」

 

 

狂信者は止まらない。

既にこの場から離れていた一同の後を、少しずつ追い詰めていく。

 

 

◇◆◇

 

 

「…………キレてるな、予想以上に」

 

「なら予想通り、いや予想以上だ。上手くいけば、奴を確実に仕留められる」

 

 

ガン! と廊下の壁に立て掛けたロッカーに何かを仕込んでいた快斗は、激昂しているバルトの声に気付き、孝と一緒に話していた。

 

 

他のメンバーは後ろで待機して貰っている。厳密には、近くを彷徨っている奴らを何とかして貰っているのだ。自分達が、使徒を倒す間の時間を貰うために。

 

 

「けど、いいのか?まだ確証はないし、失敗したら本当に僕たちは───」

 

「その時は死ぬだけだろうぜ…………お前の立案した作戦なんだ。そんなマイナスに考えんな、お前はただトドメの仕方を考えときゃ良いのさ」

 

「考えたのは龍宮だろ?それに僕はただ気付いたことを話しただけさ」

 

「そっか。なら二人でハイスコア目指そうぜ────あと、もう呼び捨てでいいよな?」

 

 

そう言っていると、近くの階段から足音が聞こえてくる。ロッカーへの細工を終えた快斗が急いで離れると、殺気に満ちた声が響いてきた。

 

 

「────見つけたぞ、罪人ども」

 

 

金属の糸を振り回しながら、使徒 バルトが快斗と孝の二人を捉える。目に見えて分かる程に怒りを滲ませた様子で、バルトは廊下に立ち塞がるように身構えていた。

 

 

「逃がしはせんぞ、罪人ども。神の意思による審判から逃げることなど、赦されない。最早私も、一切の容赦は出来ない」

 

「…………」

 

「安心しろ、殺しはせん。貴様等全員、神の裁きを与える必要があるからな。一人残らず四肢を切り捨て、奴等の群れに放り棄ててやる──────絶望しながら!切り刻まれろ!咎人ォ!!」

 

 

そう吐き捨てるや否や、バルトは両手のマニピュレーターが十本の鋼鉄ワイヤーを回し始めていく。竜巻のように、バルトを中心として囲み、大きく渦巻く。

 

 

「────孝!やれ!」

 

「ああ!行くぞ!」

 

 

二人はその瞬間を待っていたと言わんばかりに動いた。快斗の呼び声に答えた孝が近くに立て掛けていた消火器を再び投げつける。恐らく、逃げる時に近くから回収してきたのだろう。

 

 

「目眩ましとは────芸のない」

 

 

糸により切断された消火器から噴き出す消火剤を、バルトは振るった糸で払い飛ばしていく。一瞬で払い飛ばした白い泡の舞う中、バルトはふと快斗達がその場から動いていないことに気付いた。

 

 

(………なんだ? 何故奴等は逃げない? これは、そういう時稼ぎではないのか?)

 

 

そして彼は、快斗が何らかの紐を持っているのが見えた。何処かまで延びていた紐は、鉄の板らしきものと繋がっている。

 

それがロッカーの扉であると理解したその瞬間、

 

 

 

 

真横のロッカーの中にいた奴等の一匹が飛び出し、バルトの首に噛み付いた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「───アイツらはもしかして、僕たちと同じかもしれない」

 

 

少し前に、離れた廊下で作業していた孝が口を開いた。当然、そのことに疑問を覚えた快斗が聞き返す。

 

 

「同じって、どういうことだ」

 

「僕たちと同じように、奴等に狙われてるんだ。ああは言ってたが、バルトも僕たち同様噛まれたりする可能性があるかもしれない」

 

「……………その根拠は?」

 

「何度か、奴等が襲う場面を見た」

 

 

一度はこの惨劇の始まる直前。

奴等の一人となった教員がバルトに襲いかかろうとした直後、連れの使徒がそれを吹き飛ばした。バルトはそれを咎めることなく、そこから離れていった。

 

二度は、屋上での事。

自分達の前に現れた黒衣の使徒は、奴等に狙われていた。孝達も狙われていたことから、優先されていた訳ではない。つまり、近くで音を出していたから襲われたのだろう。

 

そして、つい先程も。

真後ろからバルトを狙おうとする奴等がいた。つまり、使徒と言えど、その身は人間と変わりはない。だからこそ、奴等の標的であり、狙われることに違いはないのだ。

 

 

「───なら、ヤツを確実に倒せる方法が思い付いた」

 

 

話を聞き終えた後、軽く笑った快斗が近くにいた奴等に目を付ける。一度限りのトラップ、使徒バルトを確実に殺せる罠を仕掛けるため、二人は即座に動いたのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「がッ、アぁあああああああ─────ッ!!」

 

 

バルトは絶叫を吐き出した。自身の首に噛み付いた『奴等』を引き剥がそうと、両腕で掴む。しかし、死したにも関わらず『奴等』の力は異様に強い。何より、獲物を逃さないと言わんばかり顎の力を強めて、彼の首を噛み千切ろうとする。

 

しかし、そこはバルトが一枚上であった。彼は咄嗟に身体を大きく振るう。ブチブチッ! と、肉と皮膚が千切れる音が響く。

 

奴等に噛みつかれた部分ごと引き剥がしたバルトは、そのまま『奴等』を放り投げた。血肉を租借しながら起き上がる『奴等』は、バルトが操った糸の刃によって切り刻まれた。

 

 

「────が、フ………おッ」

 

 

荒い息で湧き出す血を手で押さえていたバルトだったが、突如として彼の様子が一変する。肌から浮かび上がる血管が黒く変色し、口から大量の血を吐血し始めたのだ。

 

奴等に噛まれた人間と同じ作用。しかし、彼の顔はまだ生気を保っていた。それどころか、奴等に変ずる様子も見られない。ただ苦しそうになりながらも、バルトは孝達を睨みながら、口を開く。

 

 

「…………す、殺、す──ッ!神の、主の為に、お前達、罪人ども────全員、殺─────すッ!!」

 

 

正気ではない。

ブツブツと口走るその様子に、誰もがそう確信していた。傷口を押さえる腕とは反対の手が、糸を操り始める。彼の意識にあるのは、生存者の抹殺。その為にまず、この場にいる全員を殺す。きっと彼には、それしか考えられないのだろう。

 

退くわけにはいかない。そう判断した孝は、誰よりも早く動く。バットを強く握り締め、彼はバルトにトドメを差すために走り出した。

 

 

「──────ッ!!」

 

 

言語化できない言葉を吐き捨てたバルトが、鋼鉄製の糸を振るう。獣の爪のような刃は目に見えて単調であったため、飛び退いて避けることができた。

 

 

今度は、横に払う一撃。ガラスと壁をまとめて切り裂く一撃を体勢を下げ、滑り込む形で避ける。そして、再び糸で切り裂こうとするバルトに狙いを定めた孝は鈍器としての武器であるバットを、強く振り上げた。

 

 

「────うおおあああああああああっ!!」

 

 

 

 

 

そして、糸による攻撃が間に合わず、バルトはその一撃を直に受け、近くの壁に寄りかかるようにして倒れた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

「…………」

 

 

孝は、静かに見下ろしていた。血に濡れたバットを、そして目の前で廊下に倒れ込むように崩れ落ちたバルトを。

 

ひゅうひゅう、と彼の口から空気が漏れる。喉の付近を食い破られ、頭を殴られた彼の意識は朦朧としているのだろう。恐らくは、もう長くない。

 

そう思っていると、孝の腹に何かが飛んできた。チャリンと軽い音と共に落ちたそれを手に取ろうとして、それがバルトが持っていた職員室の鍵だと気付く。

 

 

「…………それで、避難出来るのだろう………?好きに、使え。今の私には、守り通せないからな………」

 

「………お前」

 

「─────勘違い、するな。情が芽生えたことなど有り得ない。これはお前達の勝利への報酬であり、神への信仰の証だ」

 

 

血反吐を溢しながら、バルトは笑った。己の身体を蝕む呪いすら気にせぬ様子で。

 

 

「お前達は、私を、使徒を殺した。神はきっと、お前達を逃しはしない。ここから脱出した後も、他の十二使徒がお前達を裁きに来る──────運が良ければ、それは()かもしれない」

 

「………何を、何を言ってるんだ!お前は!」

 

 

詳しいことを話せ、と胸ぐらを掴もうとするが、バルトはそれを払い除ける。咄嗟に目の前を横切った糸を避けた孝に、全員が身構える中、バルトはふらふらと立ち上がった。

 

キリキリと、片手で糸を操ったバルトは血の塊を喉から嘔吐しながら、叫ぶ。この場にいる全員に向けて。

 

 

「必ずや!神はこの世界を、人の罪を浄化する!そして神は清廉なる魂を導き、楽園を築かれる!お前達はその礎として犠牲の一つとなるか、或いは反逆者として最後まで神に抗うのか! 精々無力ながらも、尽力するがいい!」

 

 

両手を広げ、唄うように告げるバルト。彼が指を動かした瞬間に、それは途絶えた。

 

 

彼の周りを浮かんでいた糸が、一気に圧縮された。バルトの首に絡まった糸は一瞬にして皮膚を、肉を切り裂き、彼の首を綺麗に両断する。

 

 

周り一帯に、血飛沫が舞う。自らの意思で首を切ったバルトが、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 

 

それでもまだ、地獄は終わらない。否、まだ始まったばかりであった。

 

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