ぼっち・ざ・ろっく!-remember me- 作:レイテンシー
犬を飼い始めて一緒に遊んでいたら年が明けていました。文量を少なめにしているので、サクサクっと前話から読み返していただけると幸いです。
「後藤さん、もっと高度上げて!」
空にできた裂け目に向けて1機の空間戦闘機が飛んでいた。戦闘機に脚が生えたような、いわゆるガウォークと呼ばれる形態であった。
「えっ、でもこれギター弾いてるだけなんで、どうやって...」
VFがギターで動く道理はないのである。とりあえず適当に弾き方を変えてみると水平線が下がっているように見えた。喜多イクヨからは追加の催促がないので高度が上がったのだろう。
初等教育の「知ろう我が街」で習うが、アイランド1の空に当たる球状のガラスのような部分はガラスではない。透明な素材でできた檻のような構造をしていて、つまりスカスカである。
それでは空気が逃げてしまうじゃないか、となるがそれで良かった。環境維持システムが逃げる量と同じだけ新たな空気を供給できれば問題ないのである。
また、系としては檻の部分からある程度は回収していて、さらにアイランド1が生み出す人工重力によって、より大きな規模で回収して循環させていた。
つまり何が言いたいかというと、天球の一部が裂けてしまった程度ではアイランド1の気密には問題は生じないのである。初等教育では移民船は風船のような脆いモノではない、と教わる。
そんなことを後藤ヒトリは覚えていたのかいないのか、それでも空が割れたことに、世界が終わってしまったかのような衝撃は覚えなかった。
ところでなぜ喜多イクヨは問題の発生源に向けて進んでいるのか。
なんとなく流れに乗ってここまで来てしまったが、彼女が何をしたいのかはよくわかっていなかった。ただ外の景色は裂け目に向かって進んでいるように見える。
複座型のコックピットで二人とも裂け目を見上げるように上を向いていた。
ふと、小学校ではアイランド1が丈夫であることは習ったが、問題が起きた時にどうやって解決するのかは教えてくれなかったな、ということを思い出す。ただ緊急時は先生の言うことに従って、としか教わっていなかった。
よく見ると裂け目の周りの部分が傷口の治りを早回ししたかのように、少しづつ塞がり始めていた。
「自己修復が始まってる、ちゃんと動いたんだ」
喜多イクヨが吐き出すように呟いた。
今なんて、というお決まりの返しはコミュ障にはできない。会話が始まってしまうからだ。喜多さんは事情通なんだな、と適当な感想を胸にしまって済ますことにした。
「戻りましょう、後藤さん」
「あっ、はい。でもこれ、どうやって」
先ほどから後藤ヒトリの頭の中を占めているのは、この飛行機、ギターでどうやって動いてるんだ、という疑問だけだった。
「後藤さんが動かしてるんじゃないの?」
さも当然のように返される。てっきりAIだかなんだかで上手いこと動いていて、ギターを弾かせているのは落ち着かせるためだと思っていた。
なんとなく地面の方に目を向けると、地上に向かって機体が動き始めた。
すごーい、後藤さん、ギターも弾けてバルキリーも動かせるのね、と褒められたが身に覚えがさっぱりない。
ここでギターで動かせる道理はない、だけでは不親切なので、ギターで空間戦闘機を操縦する仕組みについて解説しておこう。
前世紀から戦闘機の操縦システムには機械が介入している。戦闘支援AIなどという高等な仕組みが入る遥か前からである。
機械が介入した極初期の段階から、操縦者の入力と機体の操縦を切り離す試みは行われていた。つまり、操縦者の意図を入力から読み取って、より適した操縦を実現するのである。
これをして当時のパイロットは、ひよっこでも熟練のように機体を飛ばせるようになった、と評価していた。
ここで機体目線に視点を変えると、意図さえ読み取れれば元はなんでも良いわけである。つまり、操縦桿、スロットル、ペダルの代わりにゲームのコントローラでも良い。
ただ、そうならなかった理由は、システムが故障することを考えた時、物理的に機体と接続されている操縦方法を用意しておきたかったからだった。
それも戦闘機が変形するようになって議論するものはいなくなった。
ここまでを一人称視点のゲームで例えておこう。もしも、システムがエイムをサポートしてくれる、つまりプロ級のエイムをオートエイムが提供してくれるのであれば、プレイヤーは立ち回りに専念することができる。
機械による支援はトッププロのレベルを上げることはないが、全体のレベルを引き上げてくれる。個が競う競技シーンでは大きな影響はないかもしれないが、集団で戦う軍隊では大きな意味があった。
そして現実世界にはバランス調整、という概念が存在しないわけなので、支援システムを採用しない理由がないのである。
さて、支援AIが意図を読み取れるのであればなんでも良いのであれば、ギターでもいいのだろうか。飛行機の操縦とギターの演奏はあまりにかけ離れているように思える。
ここで、AIが搭載された機体における人間の役割について考えてみよう。
先ほどゲームにおける立ち回りを例として挙げたが、立ち回りにも定石が存在する。このマップであればこうするとか、この状況であればこう動くとか、こうなるとお終いなのでコントローラを投げろとかだ。
つまり評価できる。評価できるということはAIにもできる。タスク解決型の進化したAIは与えられた課題に対して解決策を提示することができた。
ならば全てをAIに委ねることは現実的だろうか。
そうはならない。もしも完全に無人化された戦闘機同士が戦う場合、地面から飛び立つ前に勝敗が決してしまうのだ。
評価値で相手に負けているから相手の言うことを聞きましょう、評価値が完全に同値なのでサイコロで決めて撤退しましょう、という提案を人類は受け入れられない。
人間が戦闘機に乗る意義は、戦闘に動機を与えることであるといえた。
では、その役割はどうだろうか。AIに全てを委譲してしまえばただ座っていればいいのだろうか。
それも違う。AIには乱数が必要だった。
これについて説明するために、人間がAIに与える指示をどこまで単純化できるかを例に考えていきたい。
多くの人はAIが進化すればコンピュータにはボタンが2つしか要らなくなる、と想像する。つまりYESかNOだ。AIが提示した提案を受け入れるどうかを表明して、拒否したら再考を促す。
でも、これは間違いである。ボタンは1つで良かった。嫌だったらボタンを押して、よければそのままにしておけば良い。
つまり、機械に身の回りの情報を取得させることでタスクを与え、その解決策を提示させる。人類はそれを気に入ればそのままにしておき、気に入らなければボタンを押す。
これをAIの視点から見れば、人類は再考を決定するための乱数発生器であるといえた。
なら、戦闘機に乗るパイロットの心拍数だかを測って乱数にしてしまえば良いのか。それも少し違った。
生理反応を乱数として入力とすることには問題がある。人間は常に状況に慣れてしまうのだ。練度が上がれば上がるほど質が均一化して、結局はAI同士が戦うのと同じ均衡状態に陥ってしまう。
人間から生み出される乱数は、状況に対して程よくテンポが良く、それでいて飽きのこないリズムで、心地よい響きが必要だった。
これはつまり音楽である。
高度にAIで制御された戦闘機はギターで操縦できるのだ。
シャロンアップルは、過去の問題事例をそう考察した。少し無茶がある気がする。ただギターで空間戦闘機を操縦する男が縦横無尽に活躍した、という実例の方が突飛なので仕方がなかった。
何も女子高生に実際にギターで操縦させて確かめなくても、と思うかもしれない。しかし、AIによる生体フォールド波生成は、突きつめると乱数問題で詰まってしまったわけなので重要なことであった。
それに喜多イクヨがAIの流儀で機体を操縦すると、とても人間が耐えられないような機動をしてしまうかもしれない。後藤ヒトリが液状化によって100Gダッシュにすら耐えてしまう珍しい人類であることを、この時は知らなかったわけなので仕方がない。
仮に彼女が耐えたとしても、搭乗している安普請な作りのVF-1Dの方が耐えられない可能性が高かった。高度な空戦でのAIの優位を耐G性能に結論づける意見は多いが、高度な兵器は思ったより華奢である。その実は人間と同程度かそれ以下しか耐えられないことも多いのだ。
そんなこんなで、最初に飛び立った倉庫が見え始めていた。
なんであの飛行機、付いてくるんだろう...
流されて飛行機を操縦した日、元いた倉庫に機体を戻して帰宅すると、なぜかしばらくして家に飛行機がやってきた。私からは連絡をとれないことを想定してか、行く場所がないみたいなので置いてあげて、という喜多イクヨからの伝言の紙まで入っていた。
後日、学校で勇気を振り絞って、喜多さんの方のお家じゃダメだったんですか、と聞いてみたが、マンションだから難しいらしかった。犬か何かなんだろうか。
我が家では、謎のポジティブさで受け入れられてしまって、妹によって「肉じゃが」という名前まで与えられている。ちなみに、後藤家ヒエラルキーではジミヘンの次だ。
幸い、家には使っていない地下スペースがあったので、在宅時はそこに居てもらっている。ただ、私が外出するときになぜか付いてくる。学校では堂々と駐車スペースを占有していた。
免許とか届出とか必要ないんですか、と喜多イクヨに聞いてみたが、マクロス・シモキタザワ船団の公安委員会は原サイズのゼントラーディと同サイズのロボットを法律上で区別することに失敗したらしく、自分の足で立って歩いているのでそういう生物です、と主張したら問題がないらしかった。
でも飛んだら別の法律に抵触してしまうらしくて、フラフラ飛んでいると船団警備部のパトロールバルキリーに追いかけ回される、とのことだった。じゃあ、最初に飛んでたのは相当不味かったんじゃ、と思ったが、空に裂け目ができてそれ所じゃなかったようだ。
つまり肉じゃがは常に立って歩いている必要があった。高校には電車で通学してるのにどうしてるんだ、と思ったけど、律儀に歩いてきているらしい。いつも私より2時間遅れぐらいで学校までやってくる。
今日は肉じゃがが付いてくるようになってから初めてスターリーに行く日だった。付いてくるなって言っても来るんだろうなぁ、と思ったのでみんなにはそれなりにロインで説明しておいた。
「うわっ、派手だねー」
スターリーにまで付いてきた肉じゃがを見た伊知地ニジカの感想は単的だった。
「あっ、ニジカちゃん。その、この飛行機、スターリーの表に停めて置いて大丈夫でしょうか?」
「いや、大丈夫じゃないよ」
微妙に畏まって変なことを聞いてしまう。よくよく考えて良いわけがない。
「でもでも、地下の方なら大丈夫だよ。もうすでに一機置いてあるし」
見るからに落ち込んだ私をフォローするように慌てて答えてくれた。
「えっ、コレがもう一つあるんですか?」
電源に便利だからねー、と彼女の後をついていく。ステージ横の壁によく見たら取手のような部分があった。扉だ、コレ。
「ぼっちちゃん、そっち持って」
見るから重そうなドアなので、持つ部分が2つあった。伊知地ニジカの掛け声で力を合わせて扉を開ける。パチっと電気がつけると、そこそこ広い空間に肉じゃがと同じ飛行機が鎮座していた。
家にせよスターリーにせよ、やけに地下が広いけど、アイランド1の地面の下には相当な厚さの構造物があるので、地下にはいくらでも余裕があるらしい。
これで問題は片付いた。
「先輩、呼びました?」
喜多イクヨがステージの方からヒョコっと顔を出す。呼んでないよー、と伊知地ニジカが腑に落ちない顔で答える。
「じゃあ、せっかくだから本題だけど、今日は初めてのライブに向けて大事なお話があります」
バイトが終わったらミーティングするからね、と念を押されて飲み物係という苦痛の時間が始まった。
そして私には作詞という大事な仕事ができた。
帰り際、なぜ扉を開けただけで喜多さんが顔を出したのか理由がわかって、少し笑ってしまった。
機体解説
肉じゃが
VF-1Dec 1304号機
通称、エコノミーバルキリーと呼ばれるマクロス・シモキタザワ船団でのVF-1Dの再生産機。
遭難した初期のシモキタザワ船団では、生体フォールド波を通じた救難信号の送信の他に、本当にフォールド断層に切れ目がないのかを調べる大捜索が試みられていた。
そして人海戦術で捜索を行うために抜擢されたのがVF-1Dであった。わざわざロートル機を再生産しなくてもと思うかもしれないが、人類を通じた反抗作戦のために設計された本機は設計ドキュメントがしっかりしており、後継機のバルキリーは軍や企業の優位を確保するために非開示部分がそれなりにあったため、やむを得ない選択であった。
複座型を選択したのは活動時間の延長のためで、2名のパイロットが交代で任に就くことにより、広大な領域を調査する。
捜索がひと段落して、船団が本当に遭難したことが確定したのち、コレらの機体は民間に流通することになった。
流通価格はバンタイプの自動車より安く、万能空間戦闘機としては不当に安い価格で取引されていた。しかし、戦闘機の宿命として、荷物は積めないし2人しか乗れないので、思ったより需要もなかった。
現在はもっぱら便利な電源として扱われている。2基の熱核反応タービンが生み出す電力は、後藤家の年間電力消費量にして25万年分という大容量である。
空間機動のためにVF-11スーパーパックで使用されていたブースターを背部に一基だけ装備していて、バトロイド形態になるとギターを背負っているようにも見える。
ただし、戦闘を想定して作られていないエコノミーでは、バトロイド形態への変形は想定されていない。過去に無理やり変形させようとしたのか、メインフレームが歪んでしまって少し猫背になっている。
フォールド断層の観測が任務である本機は、ソナーとしてのマイク、信号増幅のためのアンプ、解析のためのイコライザーが搭載されており、入出力を逆転させると1台でライブができる音楽関係者にはお得な仕様であった。ただし、2人しか乗れないし、飛ぶことも難しい。
アイランド1での飛行には許可が必要で、無視するとパトロールバルキリーが飛んでくる。シモキタザワ警備部にはEXギア付きのVF-25が配備されているので勝ち目はない。
前の持ち主も音楽関係者だったようで、太ももの大気圏内ファンユニットが空間伝搬用高感度振動装置(フォールドスピーカー)と交換されている。そのため、宇宙空間でもライブができるが、大気圏内での飛行性能が落ちている。
名前の部分をカタカナにしているのは、マクロスのキャラクターって下の名前はみんなカタカナだよね、という偏見からでした。よくよく考えると一作目からそんなことはなかったんですが、まあ統一できているならそれで良いかということですそうしています。
いっそのこと、結束バンドメンバーをぼっち以外、全員人間じゃないことにしようと思ったのですが、思ったよりニジカちゃんの選択肢が少なくて迷っています。プロトデビルンかヴァジュラか。
廣井きくりをウィンダミア人設定にすると酒クズであることに説得力がでるんですが、ちょっと話が変わってきそうなので検討中です。