ハズレ部屋のソフィ   作:カラテマ

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01 目覚め

 

 

脳を沸騰させるデータストーム。

全身に襲いかかる耐え難い不快感。

その全てに興奮しながら、ソフィ・プロネは叫ぶ。

 

「聞こえる……感じる! あの時のトキメキ!」

 

求めているものはここにあった。

もう少しだけ進めば、きっと届く。

 

「私を殺そうとする綺麗な声!」

 

乗っ取られたガンヴォルヴァからのビームの雨をかわし、青い光に包まれたエアリアルに突進する。

 

「スレッタ…あんたじゃない!」

 

世界が広がっていく。いや、白く書き換えられていく。

エアリアルの向こうに少女の姿が見えた。

ヘルメットの中で血を吐きながら、ソフィは自らの手を伸ばす。

 

「私が、欲しかったのは……!」

 

お腹いっぱいのご飯。

ふかふかの寝床。

温かいシャワー。

 

ガンダムに乗って戦えば手に入った。ほんの数回分だけ、だったとしても。

でも結局、本当に欲しいものは手に入らなかった。

 

私を好きでいてくれる家族。

 

相棒はいた。戦友と呼べる連中もいた。慕ってくれる難民の子どもたちは大勢いた。

でも、私をずっと見てくれて、話を聞いてくれて、甘やかしてくれて、愛してくれる人はいなかった。

戦っても殺しても奪っても、何をしても手に入らなかった。

 

なら、もういい。

家族が手に入らない、というなら。

 

私のことを純粋にみてくれる、ひとが、いればいい。

ただ純粋に殺そうとしてくれる、ひとが、いればいい。

 

赤い髪の少女が見える、

白く広がっていく世界で、純粋な殺意に満ちた声が反響する。

ひび割れた視界の中で、ソフィは前へ前へと手を伸ばし、そして、

 

「待ってよ……消えてしまえ……!」

 

もう一つの声が、

 

「みんな死んでしまえ……ひとりぼっちにしないで……!」

 

背後から響くのを聞いた。

 

 

……あ?

 

フットペダルから足が離れる。

スラスターの噴射が止まる。自動操縦機能が働き、ガンダムが減速する。

脳を焼き続けていたデータストームが、緩んだ。

 

……あれ?

 

脳が痛い。全身が痛い。口からはまだ血が流れている。

間違いなくこのまま自分は死ぬ。死ぬはずだ。こうやって、届かぬ手を伸ばしながら。

でも。

「嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ……!」

泣き声が聞こえた。

無線からではない。データストームが直接届ける声だ。

よく知った声が、押し殺すようにうめき声を上げている。

 

このまま自分は死ぬはずだった。死ぬつもりだった。

否、いつ死んでもいいと、普段からそう思っていた。

だから怖いもの知らずに生きていけた。どこにいても自分勝手に振る舞うことができた。

でも。

「死ぬのは怖いよ……もういやだ、殺してよ……」

懇願するような声が、全身にまとわりつく。

データストームの不快感にも耐えて操縦桿を握り続けた腕が、今は動かない。

前に進むことができない。白い世界へと向かうことができない。

 

……なんで?

 

愕然とする。

待ち望んだものが目の前にあるというのに、どうして自分はこんなところで足踏みしている。

進めない理由が、よくわからない。自分の行動が理解できない。

 

そうしているうちに、赤い髪の少女の声は聞こえなくなってしまった。

代わりに世界を満たすのは、無数の感情がごちゃごちゃに混ざった、混沌そのものの泣き声。

何が言いたいのかわからない。何を自分に訴えようとしているのか、理解できない。

 

ちがう。

私が欲しかったのは、これじゃない。

きれいで、純粋で、真っ白で、何もなくて、完全で、完璧な否定だ。

こんなよくわからないごちゃごちゃじゃない。混沌じゃない。

もうそんなのはうんざりなんだ。だからもう、私を、

 

「怖いよ……」

 

鬱陶しい声がまとわりつく。

それを振り切ろうとして、振り切ることができない。

 

「置いていかないで……ひとりぼっちにしないで……」

 

ガンダムは完全に停止していた。

少女はもう、一歩も動けない。

 

「死ぬのは、怖いよぉ……!」

 

白い世界が、遠ざかっていく。

もうそこへ行くことはできないことを悟って、少女は、ため息を付いた。

 

――ああもう。わかったよ。ったく、仕方ないなぁ。

 

 

 

 

 

意識が戻り、目を開ける。

見たことのない天井が視界いっぱいに広がる。

「……?」

頭を巡らせようとして、全身が鉛のように重いことに気づく。不快感こそ無いが、ひどく動きづらい。

それでもどうにか首を動かし、周囲を見回す。

 

広い部屋――雑然と隅に荷物が積まれた――の中に、自分はいた。部屋の端付近に置かれたベッドの上に寝かされた状態だ。布団は白く清潔で、嫌な匂いもしなくて心地よい。

このまま目を閉じて二度寝してみたい誘惑に駆られるが、我慢して状況把握を続ける。

 

自分のベッドのすぐ左隣で、ノレアがソファに座って、うつらうつらと船を漕いでいた。

どうやら疲れ切っているようだ。相棒に声をかけて起こすよりも先に、ソフィは逆側に視線を向ける。

ベッドの右手、部屋の中央には、ノレアが座るのと同じ種類のソファに、緑色の髪の青年が腰掛けていた。

確かあれは――エラン・ケレス。あのねっとりとした気持ち悪い声でスレッタに迫っていた彼が、なぜここに?

そしてそのエランの更に奥には、体育座りのニカ・ナナウラ。右腕を三角巾で吊った少女は、部屋の隅に身を隠すようにひっそりとうつむいていた。

 

……なに? このよくわかんない組み合わせ。

 

所属も目的も異なる三人組が、一つの部屋の中で距離を置きつつ、それぞれの姿勢でくつろいでいる。

このわけの分からない状況にソフィが首を傾げていると、唐突に視界の中に人影が飛び込んできた。

こちらがびっくりするより早く、その人影は唸り声を上げる。

「やっと目が覚めたの」

否、唸り声ではなく、怒りまみれの心配の声だった。

今まで見たことがないほど感情的になっているノレアを見上げ、ソフィは直前の記憶を思い出す。エアリアル相手に特攻を仕掛けた自分に、背後から聞こえてきた声。

 

『死ぬのは、怖いよぉ……!』

 

あれは……ノレアの声、だったはずだ。

データストームを伝って遠方の声が聞こえるという現象も、ごく稀にだが起こりえると、昔聞いたことがある。

けれど、いつも冷静で寡黙な我が相棒が、あんな怯えきった声で泣くなんてことがあるのだろうか。

今となっては疑わしい。幻聴というやつだったのかも知れない。

 

いまいち自分の記憶に自身が持てないまま、ソフィは真偽を確かめようと口を開き、

「やあやあ、無事に目が覚めてよかったよ。僕も心配してたからねぇ」

声を発する前に、右側から割り込まれた。

いつの間にかベッドの隣にまで接近していたエラン・ケレスが、ねっとりとした笑顔を浮かべている。

 

たちまちノレアが豹変した。ベッドの上に身を乗り出し、威嚇するように低い声で告げる。

「ソフィに近寄らないでください。刺しますよ?」

「ええー? 僕は君の友達を心配してるだけだよ? 変質者みたいな扱いは心外だなあ」

「変質者でしょう貴方は。おまけに臆病で軽薄で優柔不断でいい加減。

 いいからあっちに行ってください。ソフィに変質者がうつる」

「おいおい、ひどい言い草だなあ。僕だって君の看病をさんざん手伝ってあげたのに。椅子をそっちに運んであげたり、点滴を毎回準備したり、汚物を片付けたり――」

「そのデリカシーのなさが変質者だって言っているんです」

 

ぽんぽんと罵声を投げつけるノレアを見上げ、ソフィは唖然とする。寡黙な相棒がこんなに言葉を連ねるのを見たのは初めてだ。よほどエランを敵視しているのか。

……いや、嫌いな相手は無視してかかるのが、我が相棒の常だったはずだが。

ふと横を見やれば、部屋の隅で体育座りするニカも居心地が悪そうな表情だ。ノレアとエランのこんなやり取りを何回も経験しているのだろう。

「…………」

なんだかよくわからない。

よくわからないが――なんというか、こう、面倒くさい。

もう好きにやってろ。そんな気分になった。

 

ソフィはノレアに視線を戻すと、今度こそ口を開く。

「ノレア。私はもうちょっと寝るよ」

「え? ……ちょっと待ってソフィ、今の状況の説明くらいは」

「それは次に目が覚めたときにね。じゃ、おやすみ」

相手の困惑を無視して、ソフィはさっさと目を閉じた。

 

もう少しだけ、このふかふかの布団の心地を味わおう。それと嫌な匂いのしないシーツも。

今はまだ、その程度の余裕はあるみたいだったから。

 

 

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