ハズレ部屋のソフィ   作:カラテマ

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09 暗転

 

 

「やあ、ごめんごめーん。ちょっとお腹痛くてさー」

トイレが長くなったことを言い訳しながら、ソフィは部屋へと戻った。

時計を見てみれば、もう夜の7時を回っている。大して長くもない文章にえらく時間がかかってしまった。右手が使えないので仕方ないのだが。

こっそりくすねた予備の鉛筆を、どうやってノレアにバレずに戻そうか、なんてことを思案しながら中央のソファまで歩く。

 

ノレアも含めた三人は、少しずつ距離を取りながら部屋の中央に陣取り、思い思いの姿勢でモニターに流れるニュース映像を眺めていた。三人ともこちらに視線も返さない。えらく熱心に見入っている。

「……なんかあったの?」

軽い調子で尋ねながら、ソフィもモニターに視線をやり、そして驚愕した。

 

『ベネリットグループのモビルスーツが住宅団地を砲撃。犠牲者が多数出ている模様』

 

その文字とともに、燃える市街の様子が映っている。

クイン・ハーバーで戦闘が――否、戦争が始まっていた。

 

「スペーシアンが……また私たちを殺して、私たちから奪っていく……っ!

 結局、スペーシアンは……この世界は……っ!」

 

身を乗り出して歯ぎしりするノレアを、今はソフィも止めることはできなかった。

 

 

 

 ――――――

 

 

 

エナオ・ジャズは、通信機に報告する。

「サリウス代表を運ぶ船は、12時間以内に準備が完了する見通し」

すべてがフロント管理社の監視下に置かれたこの状況で、長距離移動できる船を学園内に秘密裏に確保するのは、いかに彼女といえど容易ではない。だがそれでもやり遂げねばならなかった。

もはや一刻の猶予もない。持ち駒をすべて使い潰してでも時間を稼ぎ、サリウスの身柄を宇宙議会連合に届けなければならない。

 

そんななか、ひとつ懸念事項があった。

エナオは相手に告げる。

「あの二人、どうする? このまま解放しても、ガンダムには乗らずに逃げ出す可能性が高い」

スペーシアンへの敵愾心を煽るべく色々と配慮したつもりだったが、こちらが期待していたほどには敵意は高まらなかった。このままだと学園方面に敵の部隊を引き付ける駒がいなくなる。宇宙議会連合の介入の口実も増やせなくなる。

 

しかしエナオの通信相手はいささかも慌てない。

ガンダムを繋留するドックへの通路以外を全てロックし、二人の逃げ道を塞ぐこと。

学園内にドミニコス隊が乗り込んできたならば、彼らの通信をグラスレー寮にも流し、天敵が来たことを二人に教えてやること。

その2手だけで十分だ、とエナオに指示し、そして笑ってみせた。

魔女にはどこにも逃げ場はない、最後までこちらの駒として利用させてもらう、と。

 

「了解」

エナオは短く返答し、グラスレー寮から邪魔な生徒を退避させるための準備を開始した。

 

 

 

 ――――――

 

 

 

眠れぬ夜が、明けようとしていた。

モニターに流れるニュースは、戦闘エリアの拡大と死傷者の増大をしきりに連呼している。

ニカはいつもの定位置に戻り、一人で打ちひしがれていた。ミオリネがこの虐殺を指揮したという報道がよほどショックだったようだ。

ノレアは中央のソファに座ったまま、ニュースにかじりついている。速報が出るたびに怒り出すので、宥めるのに回っていたソフィも途中で諦めざるを得なかった。

そのソフィは今、相棒のそばを離れてベッドに戻り、ベッドの端に腰掛けるエランと意見をやり取りしていた。

 

総裁選は、このままいけばミオリネの当選はほぼ確実。

ベネリットグループの頂点を狙っていただろうプリンスの野望はご破産に終わることになる。

それだけならいいが下手をすると、プリンスがグループ内に張り巡らせた陰謀の網まで新総裁によって明るみに出され、プリンスの一派がまとめて破滅に追い込まれるかも知れない。

プリンスがその事態を恐れた場合、自分たちはプリンスによって口封じに殺される可能性がある。

 

……まあ、そうなるだろうなあ。

 

天井を見上げながら、ソフィは無感動に嘆息する。

最初から高いとは言えなかったプリンスへの信頼は、とっくの昔に底値を割っていた。どういう扱いを受けたとしてもショックはないし、向こうが何をしてきたとしても対応できるよう心構えをしておくべきだろう。

 

「ところでソフィ、気がついてるかな?」

時計を見ながらエランが聞いてくる。

「いつもはこの時間に朝食が運ばれてくるんだけどね。未だに来る気配がない」

「……あ、そうなの? 私ここに来てからその時間はいつも寝過ごしてるから、気がつくも何もないんだけどさ」

「おや、そうだったっけ。これは失敬」

てへ、とあざとく舌を出すエランの右手を、ソフィは指でつついた。

彼女らを世話する係の人間が一向にやってこない、ということはつまり。

 

――この建物内でもう、何かが始まってる。

 

――その可能性が高いね。

 

メッセージを交換し、二人は黙り込む。

どうやら最悪の事態に備えなければならないようだ。

 

――あのソファとこのベッドとで、バリケードでも作ろっか?

 

――銃器がないから、少しの時間稼ぎにしかならない。それよりは……

 

二人は急ぎ、対応方法の再検討を始めた。

 

 

 

9時近くになって、ようやくノレアも気分が落ち着いてきたようだ。

あるいは単に疲れたのか。

ソファに体育座りして、ぶつぶつと何かをつぶやくだけになっている。

もうモニターの方を見てもいない。

 

……そろそろいいかな?

 

ソフィは相棒を見やる。

少しでも身体を休ませなければならなかったし、今後の対応方針を伝える必要もある。

そばに来るよう指示すべく、ソフィは口を開こうとし、

 

 

カシュっ。

 

 

直後、間の抜けた電子音とともに、部屋の扉がスライドした。

「……開いた?」

体育座りしていたニカが、呆然とつぶやく。

 

外には誰も立っていない。無人だ。

このままなら自由に外に出ていける。

 

ソフィは何もない廊下を睨みつけた。

想定よりも早く、始まってしまったらしい。

 

 

 

扉が開いて真っ先に動き出したのは、ノレアだった。

脱兎のごとく駆け寄ると、ほとんど体当りの勢いで扉の真横の壁に背中を押し付ける。

彼女は首だけを扉の外に出し、廊下に誰もいないことを念入りに確かめた。

 

「……無人。ソフィ、行くよ。脱出しよう」

 

険しい顔でこちらを見つめるノレアの姿に、ソフィは安堵の笑みを浮かべた。

先程まであれほど怒り散らしていたのに、今はもう最速で最善の行動をとっている。さすがは我が相棒だ。

「そうだね。ここに留まるよりは、さっさと逃げたほうが良さそう」

同意したソフィはベッドから降りた。ついでに隣の青年にウインクする。

エランはやれやれと肩をすくめ、そして芝居がかった仕草でお辞儀をしてみせた。

「承知しました、お姫様方。あなたたちの騎士が護衛しましょう」

 

 

 

廊下に出て歩き出すと、すぐに異常に気づいた。

あちこちに防火扉が降りていて、行ける場所が大きく制限されている。

部屋という部屋の扉が厳重にロックされていて、どこにも入ることができない。

「……どういう意図だろうね? コレ」

ソフィは疑問を口にする。

「僕らをどこかに誘導したい、てことかな?」

周囲を確認しながら、エランが答える。

「建物の外への道は全て塞がれてる。奥へ進む道しか残ってない……」

ノレアが警戒を強める。

「困ったな。早くみんなのところへ帰らなきゃいけないのに」

ニカが困惑する。

 

…………。

 

ソフィは歩みを止めないまま、首だけを背後に捻じ曲げた。

さも当然のように自分たちと同行する少女に、ツッコミを入れる。

「なんで私たちについてくるのさ、ニカ」

すると右腕を吊った少女は、不本意そうな顔を向けてきた。

「別にあなたたちと同じところに行きたいわけじゃないよ。こっちにしか行けないだけ」

「うろうろ出歩くより、治安部隊とかが来るまで大人しく待ってたほうが安全だと思うよ?」

「そんなわけにはいかないよ。わたしは地球寮のみんなを裏切ったんだから。だから、早く帰って謝らなくちゃいけない」

「……鬱陶しい……」

ぼそりとノレアが毒を吐く。

だがさすがに彼女もこの状況でニカと口論を始めるつもりはないようだ。そのまま黙って先頭を歩いていく。

 

……ま、いいか。

 

例によって面倒くさくなったので、ソフィはこのメンバーのまま探索を続けることにしたのだった。

 

 

 

防火扉によって制限され、ほぼ一方向にしか行けない廊下を歩く。

やがて4人は、巨大な空間が広がる一画に行き当たった。

ノレアがつぶやく。

「ドック……グラスレー寮の……ということは」

首を巡らせると、すぐにそれは見つかった。

ルブリス・ウル。ルブリス・ソーン。

ソフィとノレアの乗機は、ずっとこの場所で整備されていたようだ。被弾個所は修繕され、今すぐにでも出撃可能なように見える。

と、2機のガンダムを発見したちょうどそのタイミングで、ドックが大きく揺れた。

「この振動……モビルスーツか?」

エランが天井を見上げる。学園内に新たなモビルスーツが侵入したらしい。

直後、ドック内のスピーカーから声が響き渡った。

 

『カテドラル所属、ドミニコス隊司令のケナンジ・アベリーだ。学生諸君らはその場から動かないように』

 

建物の外からの通信を、そのままこのドックにも流しているのか。

耳にしたノレアが驚愕の表情を浮かべる。

「ドミニコス……魔女狩り部隊!」

 

どうやら事態は、最悪の方向に向かって突き進んでいるようだった。

 

 

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