あー、そういうことかあ。
ソフィは他人事のようにつぶやく。
ドミニコス隊の司令官がわざわざ学園内までやってきて、自ら生徒たちに勧告を行っている。ということは恐らく、この学園はすでにドミニコス隊の包囲下にあるということだ。もはやこっそり脱出することは不可能だろう。
残った手段は強行突破しかない。そして自分たちは誘導されるようにガンダムの置かれたこのドックに通された。これに乗って戦えと言わんばかりに。
「なるほどね。最初から私たちをここで使い潰すつもりだったってことかあ」
地球の魔女を死ぬまで暴れさせて、自分たちが逃亡するための時間を稼ぐ。いかにもあのプリンスらしい駒の使い方だ。
ソフィは右手を見やる。やはり指は回復していない。このぶんではウブリス・ウルに乗り込んだとしてもその性能を十全には引き出せない。パーメットスコアもどこまで上げられるものか。
たとえ体調が万全だとしても、ドミニコスの本隊との戦いで勝てる見込みは薄いというのに。
想定していた中でも、これは最悪の部類だ。
ソフィは嘆息する。
そして想定していたのだから、想定通りに事を進めるだけだ。
ソフィは迷いなくノレアに告げた。
「私がウルで先に出てアイツらを引き付ける。
ノレアは2分後にソーンで出て。で、外壁を破壊してここから脱出。おっけー?」
「………っ!」
ノレアの顔色が変わる。さすがは我が相棒、一瞬でこちらの意図を見抜いたらしい。
自分を囮にして逃げろ。それがソフィの作戦だった。
「だっ……駄目、そんなのっ!」
「問答してる暇はないよ」
あえて冷たく言い捨てて、ソフィはウルへと向かう。
その肩を、ノレアがあわてて掴んだ。
「一人で魔女狩り部隊と戦うつもり!? 嬲り殺しにされるだけじゃない!」
「4分くらいは持たせるよ。いいからさっさとソーンに乗って。もう時間がないし」
「一緒に戦わせてよ、ソフィ!」
「ダーメ。そんなことしたら、二人まとめて包囲されて終わるだけじゃん」
「囮になるなら、あんたじゃなく私が!」
「それで私だけ生き延びたとして、半年後には私はお陀仏だよ。それじゃ何の意味もないでしょ」
「だからってっ……」
突き放すようにソフィは言葉を連ねるが、ノレアはどうやっても納得してくれない。
……やっぱ、こうなったか。
昨日のやり取りで、相棒が自分を見捨てることができないことは分かっていた。
相棒の気持ちは理解できないけれど、しかし、きっとこうなるだろうということは予想できた。
そして、自分が相棒を説得することは不可能だということも。
今は一刻を争う。
ふう、とひとつ息を付くと、ソフィは身体ごと相棒に向き直った。
「行きたいところがあるんでしょ? ノレア。
太陽が明るい場所に行くんでしょ? そこでたくさん絵を描くんでしょ?
だったら、自分が生き延びることだけを考えなよ」
しかし、その言葉も相棒には届かない。
「嫌だよっ……! ソフィと一緒じゃなきゃ、嫌だよっ!」
泣きながらノレアは拒絶する。
そして、その声に少しずつ、呪詛が混ざり始めた。
「一緒に行けないなら……置いていかれるくらいなら……!
一緒に死のう、ソフィ。ガンダムで大暴れして、一人でも多く道連れにしよう?
私たちがこんな目にあってるのに、のうのうと楽しんで生きてる連中を……学園ごと、何もかも!」
ああ――違うよノレア。
ろくに知りもしないこの学園の連中なんて、どうでもいいじゃないか。
どう生きていようが、どう死のうが、私とあんたには何の関係もない。
そんなことをしたいわけじゃないんだよ、ノレア。
やはりノレアの気持ちは理解できない。
この状況でも未だに世界を憎しみ続ける相棒の気持ちは、よく分からない。
でも、それほどまでに今の世界を憎むなら。
もっと良い世界を、心の底から望んでいるのなら。
やっぱりこいつは、生き延びなければならない。
この世界を受け入れて、好き勝手に生きて死んでいく自分とは違うのだから。
ソフィは両手を大きく広げた。
「ノレア! それなら……ハグだ!」
両腕で相棒の胴を締め付ける。右手首を左手で掴み、相手の両腕ごと拘束する。
不意打ちで身動きを封じられたノレアが、思わず仰け反った。
「はぁっ!? あ、あんた、何をしてるの!?」
「ハグだよ! あとついでに、別れのキス♪」
ソフィがむちゅーと唇を伸ばすと、ノレアがますます仰け反る。
「何考えてるの!? こ、こんな状況でっ」
自然とノレアの顎が上がり、首筋が無防備にさらけ出される。
そこへ背後から腕が伸びた。素早くノレアの首を覆い、頸動脈を締め付ける。
鮮やかな手際だった。ノレアは抵抗どころか呻き声ひとつたてることなく、あっという間に失神する。
床に崩れようとするノレアの身体を、長身の青年が支えた。
「サンキュー、エラン♪ 打ち合わせ通りにスムーズに行ったね」
ソフィは青年に笑いかける。こういうこともあろうかと、事前に二人で対応を決めておいたのが役に立った。
エランはノレアを担ぎ上げつつ、苦笑する。
「まあ、それは良かったけど。
これってさ、あとで僕が彼女に殺されることになるんじゃないかなあ?」
ぼやく青年の腰のポケットに、ソフィは懐から取り出した紙片を差し込んだ。
「ノレアが目覚めたら、まずこれを読ませてよ」
「これは?」
「遺書。昨日書いといた。トイレの中で」
「……左手だけで?」
「いちおう両利き訓練も受けてたからね。それでも苦労したけど」
そうか、とエランはうなずく。
彼もすでに、こうなることは承知済だ。
ソフィが囮になること。ノレアがそれに同意しないであろうこと。そしてそうなった場合、ノレアの代わりにエランがガンダムを操縦して、気絶させたノレアを連れて逃げること。
大きな危険があることも承知で、エランはすべて引き受けてくれた。
渋々、ではあったけれど。
エランはノレアを肩に担ぎ上げた。
だが彼はその姿勢のまま、ふと、視線をソフィに向ける。
「……君だって、怖がったっていいんだぜ?
怖がって、逃げたっていいんだ。なのにそうやって、一人で全部おっかぶるのか」
こうしなければいけないのは理解できる。けれど、納得できない。
そんな表情でエランは問いかける。
ソフィはにっと笑ってみせた。
「私が怖がって逃げたら、エランが外のドミニコスを全部やっつけてくれる?」
「……それは……」
「無理でしょ? だから私が囮になる。別に難しい話じゃないよ」
二人ともが死ぬくらいなら、一人だけでも生き延びさせる。
実にわかりやすい理屈だ。何も考えていない人間でも、その程度のことなら最初から理解できる。
だからソフィも迷いなくこの方法を選ぶことができた。
少女は、彼の肩に担がれた相棒を見やる。
「ノレアをよろしく頼むよ、エラン。
こいつは私と違って、ちゃんと怖がりだから。ちゃんと面倒見てあげてよ?」
「……承知した。彼女の命は、僕が守る」
ノレアを担いだエランは、今度こそソフィに背を向けた。一度も振り返ることなく、ソーンのほうへと歩いていく。
そもそも彼には、こんな危険な役目を引き受けるような義理は全くない。なのにこうして請け負ってくれたのは、間違いなく彼が心底のお人好しだからだろう。
ありがとう。エランの背中に、ソフィは小声でつぶやいた。
「さってと。行こうか、私も」
軽く伸びをしてからウルの方に視線を向けると、もう一人の人間が視界に入った。
右腕を三角巾で吊った少女は、まだこの場に留まり、そして今までの自分たちのやりとりを呆然と見守っていたようだ。
その少女とソフィの目が合う。
すると相手は、はっと我に返った。
「……ま、待って! あなたはガンダムに乗って戦いに行くつもりなの!?」
「そーだけど?」
「なんで!?」
「ノレアを無事に逃がすため。……今までのやり取りは聞いてたんでしょ?」
「聞いてたけど、でも、わからないよ!」
ニカは左手に拳を作りながら、大声を上げた。
「仲間を生きて帰したいなら、戦っちゃダメだよ! 投降すれば……自首すればいいんだよ!」
ソフィは一瞬きょとんとなった。が、すぐに思い至る。
相手は何も知らないのだ。的はずれな提案が出てくるのも仕方ない。
時間はあまりないが、この誤解を正すくらいの余裕はある。
「ニカ。いま学園に来てるのは魔女狩り部隊。魔女狩り部隊は魔女を殺すために存在してる。モビルスーツ戦になれば最優先でコックピットを狙ってくるし、動けなくなったガンダム相手でも降伏を促す前にコックピットを貫いてトドメを刺す。例外はないよ」
その返答にニカは一瞬ひるんだが、それでも納得できないと首を振る。
「最初からガンダムに乗らなければ、無防備な状態なら、相手だってそんなことはしないよ! ……しないはずだよ!」
「相手の指揮官がよっぽどお人好しなら、武器を捨てて投降すれば死なずに済むかもね。でもそうなった場合、ノレアは残る人生すべてを牢に繋がれて終わりだよ。私たちは大勢人を殺したテロリストなんだから」
「…………!」
ニカは口ごもる。
ソフィは歩き出した。相手の横を通り過ぎる。
「結局、あんたとは色々違うんだよね、私たちは。
あんたと同じことはできない。同じ道には行けないよ」
会話はできる。意見を交換もできる。時には共感だってできるかも知れない。
でも、その道は決定的に違う。見てきた世界と、してきたことが違いすぎる。
歩き続けたソフィは、ルブリス・ウルの前にたどり着いた。
それに乗り込むべくリフトの操作を始めたのち、ふと、背後を振り返る。
ニカは無言のまま、こちらについてきていた。
ガンダムに乗り込む自分を、それでもどうにか翻意させようと、説得の言葉を必死に考えている様子だった。
くすりと笑って、ソフィは口を開く。
「ねえニカ。私はあんたと同じ道は行けないけれど、でも、あんたのやろうとしてることは悪くないと思った。
交渉事なんて舐められたら終わりだもんね。スペーシアンに舐められないように技術力を高めるのはアリだと思う」
「……え?」
こちらを見上げるニカに、ソフィは最後の言葉を、投げかけた。
「私が言うのもおかしな話だけどさ。頑張れよニカ。あの世で応援してるから。
あとついでに、ご飯マシーンも作ってくれたら嬉しいな。やっぱりアレ、地球に絶対必要だからさ」
リフトがルブリス・ウルの胸部までせり上がった。
ソフィは手早くコックピットを開き、ガンダムに乗り込んだ。