ノーマルスーツがないと、コックピットの中って意外と寒いなあ。
普段着のままで身震いしながら、ソフィは思う。
ふと自身の左手を見やれば、操縦桿に添えられたそれは、カタカタと震えていた。
「……あれ?」
違和感を感じながらも、ソフィはルブリス・ウルを起動させる。
ドックの別の場所に置かれたガンヴォルヴァを操るため、パーメットスコアを一気に3に引き上げる。
「……ぐっ!?」
身体にのしかかるデータストームの負担が、予想よりもはるかに大きい。誤ってスコアを4まで引き上げてしまったのかと錯覚するほどだ。
それほどまでにソフィの身体機能は低下しきっていた。4分どころか1分耐えることができるかどうか。
「……上等っ!」
己に活を入れながら、少女は愛機のスラスターを巡航速度に引き上げる。
「さあ、いくよウル。私たちの最後の戦いだ」
機体はすぐに、ドックと学園とを隔てる扉にたどり着く。
ソフィは動かぬ右手の代わりに、左手で操縦桿のトリガーを引いた。
ビームガトリングガンが放たれる。たちまち扉が派手に吹き飛び、学園の敷地が視界に広がる。
3機のガンヴォルヴァを引き連れ、ルブリス・ウルは学園内に飛び出た。
「ドミニコスゥ! お待ちかねの魔女の登場だよぉ!」
学園周辺のすべてのモビルスーツに届くよう、オープンチャンネルを開く。
可能な限りの大声で告げる。
「さっさと出てきなよ、魔女狩り部隊! あんたらが出てこなきゃ、30秒ごとに学園の建物にビームをぶっ放しちゃうよぉ!?」
より多くの敵を引き寄せるために、脅しのセリフを告げる。
ソフィ自身はいまさら学園の連中をどうこうする意志もなかったが、仮にドミニコス隊がこそこそと隠れ潜むようなら、躊躇なく校舎を攻撃するつもりではいた。
だが10秒もたたないうちに、最初の一機が堂々と視界に飛び込んでくる。
「止まれ、魔女! 俺が相手だッ!」
無線から流れてきたのは、先ほどドック内に響いた声と同じものだった。つまりあの紫色のベギルペンデは、ドミニコス隊の司令官機。
――しめた!
直掩もなしで司令官がのこのことやってきた。あの一機さえ落とせば、ドミノコス隊の指揮系統は大幅に混乱するはず。エランたちの乗るソーンが逃げ切る確率も高まる。
「仲間を大勢殺してくれたね、司令官さん! あんたも地獄に叩き落してやるよおっ!」
3機のガンヴォルヴァに攻撃を命じつつ、ソフィもまたウルの火砲を開く。もっとも片手しか使えないぶん、ウル本体の攻撃はどうしても散発的にならざるを得ない。
それでも4機による波状攻撃だ。並みの相手であれば10秒ともつまい。現にあのベギルペンデも、大盾で防御するのが精一杯だ。
「デブった猫みたいに鈍重だねえ。現場に自ら出てくるなんてご立派だけどさ、部下に魔女殺しを任せすぎて鈍っちゃってるんじゃないの、司令官さんっ!」
とどめを刺すべく、ビームサーベルを引き抜く。
直後、コックピットのすぐそばをビームがかすめた。さらにはガンヴォルヴァが1機バックパックを吹き飛ばされて墜落していく。
「なあっ!?」
慌てて周囲を確認すれば、ビームライフルを構えたベギルペンデが左右に1機ずつ。建物の陰に隠れ、こちらに隙ができるのを窺っていたのか。それにしても、まさか司令官を囮にするなんて!
ソフィが泡を食っている間に、左右の敵は同時に突進を仕掛けてきた。司令官機とともにあっという間に包囲網を形成する。
――ヤバっ! まだ2分すら経っていないってのにさ!
このまま包囲され続ければ、アンチドートを喰らうまでもなくすぐに撃墜されてしまう。エランのガンダムが脱出する時間を作れない。
「こんにゃろっ!」
残るガンヴォルヴァ2機に増援の足止めを命じ、ソフィは司令官機に襲い掛かった。
急いでこいつを落とすしかない。こいつさえ落とせば、ドミニコスといえど……っ!
すでに呼吸が荒い。早くも心臓に痛みが走っている。まだスコア3を開始して1分程度だというのにこのザマだ。これ以上長引かせるのはまずい。
一気に敵を両断すべく、ソフィはビームサーベルを振り下ろし、
「踏み込みが浅いっ!」
あっさりと敵のサーベルに防がれた。さらにはフットユニットによる蹴りでビームガトリングガンを弾き飛ばされてしまう。
「しまっ……!」
一瞬で攻守が入れ替わる。ベギルペンデは今までの鈍重さが嘘のような機敏さでサーベルの突きを繰り出し、精密にこちらのコックピットを狙ってくる。ソフィは防戦一方に追い込まれた。
……強い。この司令官は予想をはるかに超えて強い。
でも、それでもスコア3まで引き上げた自分が仕留められない相手ではないはず。
なのにこんなに苦戦するのは、
「私が、遅くなってるっ……!?」
腕が鈍い。足が動かない。体調不良とは全く異なる理由で、全身がまるで思うように動いてくれない。
左手がカタカタ震えている。膝はガクガクだ。歯がガチガチと鳴っている。
「なんなのさ、これ?」
未知の感覚だ。
でもこれは、自分もよく知っているはずの感覚だ。長いこと忘れていただけで。
敵のビームサーベルがコックピット近くをかすめ、ソフィは思わず身をすくめる。
……なんなんだよ、これぇ!?
胸中であげた悲鳴が口からも漏れかけた。ソフィはあわててオープンチャンネルを切る。
敵にこちらの情けない声を聞かせるなど、殺してくれとお願いするようなものだ。それにエランに無駄な心配をかける訳にはいかない。
だが、冷静な行動ができたのもそこまでだった。
敵の攻撃を避けるたびに背筋が寒くなる。戦闘を続ければ続けるほど涙がこぼれる。今にも失禁しそうだ。
ソフィの身体はますます思うように動かなくなっていき、それに連れて、感情の揺れは手がつけられないほどに激しくなる。
……まさか。
もしかして。
この感覚は。
「ひぃ……嫌あああああああっ!」
再びコックピットの至近を敵のビームサーベルがかすめた瞬間、とうとう耐えきれず、ソフィは大声で悲鳴を上げた。
それは、恐怖だった。
ビームサーベルで切り込まれるたびに呼吸が止まる。フットユニットで装甲の上から蹴られるたびに心臓が締め付けられる。
今のソフィは初めて戦場に出た新兵同然だった。歴戦の魔女狩り部隊に刻み殺されるだけの素人に過ぎなかった。
「怖いよ……怖いよ、ノレア! 助けてよノレア!」
自分から送り出した相棒にすら、涙を流して助けを請う。
心を占めるのは、ただひたすらに死にたくないという思いだけだった。
ノレアのもとに帰りたいという願いだけだった。
「嫌だっ、嫌だぁ! 怖いよノレア!」
ソフィはルブリス・ウルのビームサーベルを闇雲に振り回す。
それは敵によってあっさりと、左腕ごと切り飛ばされた。
ソフィはますます混乱に追い込まれる。
「うあああああああ! 来るなぁ、来るなぁっ!」
無論そんな願いなど聞き届けてはもらえない。敵は外科医じみた冷静さでソフィの乗機を解体していく。ウルを無力化していく。ソフィの命を奪うべく攻撃を繰り出す。
ウルの左足が、切断された。
「ひぃぃぃぃいいいっ!」
もはや完全に我を失い、ソフィは機体を反転させた。眼前の司令官機から逃げ出すべくスラスターを吹かせる。
直後、振り返ったウルをビームライフルの連射が襲った。右足に2発が命中し、膝部分を残してもぎ取っていく。胴体に直撃したビームは、胸部シェルユニットを半壊させ、機体を真っ逆さまに叩き落した。
ウルは無防備に、地に落ちていく。
天地逆転したコックピットの中で、ソフィはやっと状況を把握した。
敵の僚機2機はとっくにガンヴォルヴァを落とし、ウルにライフルの照準を合わせていたことを。
その2機のライフルが、今度はこちらのコックピットを狙っていることを。
「ああ……」
もはや叫ぶ力もなく。
ソフィは涙を流しながら、呆然と、自分にとどめを刺そうとする敵を見つめる。
……なんで、こうなった?
誰にともなく問いかける。
死ぬなんて怖くなかったはずだ。
戦いに恐怖を覚えたことなんて、10才を過ぎたころには無くなったはずだ。
なぜこんな急に、まるで新兵みたいに自分は怯えているのか。素人みたいにパニックに陥っているのか。
そして、すぐに理由に思い至る。
一緒に生きたいとノレアに言われたとき、自分はたしかに喜んでしまった。
死んで欲しくないと願われたとき、自分は嬉しいと思ってしまった。
……生きたいと、願ってしまった。
死ぬことが平気でなくなった瞬間、自分はただの子供に戻ってしまったのだ。
こちらに狙いを定めるビームライフルを見つめて、ソフィはようやく思い出す。
弱者とは、こういうものなのだ。
死の恐怖に怯え、涙と鼻水を垂れ流し、無様に泣き叫びながら死んでいく。
何もかも奪われ、守りたいものも守れず、後悔と怨嗟の果てに死んでいく。
それが弱き者の運命だ。この世界のルールだ。
自分だってずっとそのルールを守ってきた。強者として弱者を踏みにじってきた。
だからこの結果は自業自得だ。弱者として奪われる順番が、自分にも回ってきたに過ぎない。
「……ははっ」
ソフィは無力に天を――否、地を仰ぎ。
そして、ルブリス・ソーンがドックから飛び出るのを見た。