ハズレ部屋のソフィ   作:カラテマ

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夏の青空の下、私はふと、背後を振り返った。

真新しい白い壁。ぴかぴかのガラス窓。足跡の汚れのない玄関口。

4年前のここがどんな場所だったかを思い出して、あまりの違いに隔世の感を味わう。

 

かつて難民キャンプの拠点だった廃校は、新築の学校に生まれ変わっていた。

ゴミだらけの廊下も汚れた壁も割れ窓もすべて撤去済みだ。昔の名残は、もう何一つ残っていない。

 

……いえ。ただ一か所だけ。

校庭の隅、木々と草むらに隠れるようにして作られた小さな広場。

たったいま私が立っているこの広場が、かつてこの場所に何が存在していたのかを示している。

 

この人目を引かぬ広場にあるのは、複数の小さなお墓。

かつてこの場所で起こった戦闘に巻き込まれ、亡くなった難民の人たちの墓。

そして、フォルドの夜明け――難民キャンプを根城にしていたテロ組織の、その戦闘員の墓だ。

 

これらのうちのいくつかは、かつて難民キャンプにいた子供たちが作ったもの。

けれど半分以上は私が建てたものだ。

4年前に、私の友人と一緒に作ることを約束したものだ。

 

……結局、あの娘と一緒に作ることはできなかった。

だから私が一人で、

あ、いや。

正確には、私と私の連れ合いの二人で、大きな石や廃材を使ってお墓を建てた。

新しい学校の建設が決まった時も、連れ合いと一緒にあちこちに頼み込んで、どうにかこの場所だけは残してもらった。

 

たった今、3回目の墓参りが終わったところだ。

 

 

あのスペーシアン同士の大規模な戦いが終わってから4年。

ベネリットグループのほとんどの企業が地球側に売却されてから、4年。

地球と宇宙のパワーバランスは変わった。ほんの少しだけ、だけど。

結局は宇宙側の資金力が圧倒的に大きいのだから、一度は地球資本の手に渡った事業も少しずつ宇宙に買い戻されている。

4年前と比べて、状況はそれほど劇的に改善したわけではない。

 

それでも、地球と宇宙の資本は混ざり、呉越同舟とはいえ同じ船に乗ることになった。

人もモノもお金も交わり、お互いがお互いの事情に少しずつ関わることになった。

結果として、戦争シェアリングはなし崩し的に縮小されつつある。地球は宇宙側の意思決定に少しだけ関与できるようになったし、宇宙にとっては地球にある自分の資産を破壊するような行為は忌避すべきものになったからだ。

 

そしてまた、地球の復興も少しずつ進みつつある。

旧ベネリットグループの会社のいくつかが、率先して復興事業に取り組んでいるからだ。

この学校も、旧ベネリットグループ――ジェターク社の手による事業のひとつ。

 

かつてこの場所に攻撃を加えた連中の手によって新しい学校が建つことに、思うところがない訳ではない。

それでも、ここが廃校のままであるよりは、ずっとマシなことだと思う。

 

……あれから4年経って、やっと私も、そういうふうに割り切ることができるようになった。

かつてスペーシアンへの恨みと憎しみにまみれていた私も、少しずつ、今の世界のあり方を受け入れることができるようになった。

 

それができるようになった理由のひとつは。

 

「お墓参り終わった?

 いやあ、ホント暑いねここは。さっさと校舎に入ろうぜ」

 

4年前と変わらぬ軽口を叩きながら、彼はくるりとこちらに背を向ける。

相変わらずの馴れ馴れしさ。相変わらずの軽薄な態度。

私は4年前と変わらないむすっとした顔で、彼の横顔に告げる。

「墓前では静粛になさい。罰当たりだしマナー違反。あんたが女の子に好かれないのは、そういうところね」

「そりゃ、僕はお遊びで女の子と付き合うことはもうしないって決めてるからね。ビジネスライクな付き合いか本音を出し合える関係か、その二択さ」

「カッコいいこと言ってるつもり? ただのダメ人間のセリフよ、それ」

「やれやれ、手厳しいねえ」

すたすたと歩いていく彼の背中を、私は見つめる。

 

結局、この4年間、私は彼に守られ続けてきた。

私が牢獄に送られることなく保護観察処分に留まったのも、彼の尽力が大きい。

そして彼は、ずっと私の傍にいてくれた。軽口を叩きながら、馴れ馴れしくちょっかいをかけながら、少しずつ変わっていく世界の中を、ただ一緒に歩き続けてくれた。

 

そうしているうち、いつしか私は、この世界に安堵を感じることができるようになった。

この世界を、許すことができるようになった。

 

「おーい、早く行こうぜ。クーラー効いた部屋で涼みたいんだよ、こっちは」

「……本当に、風情も情緒も無いのねあんたは。人間としての最低限のデリカシーくらいは持ち合わせないと、いずれ誰かに刺されるわよ」

「僕を刺すなんて君くらいのものだろ? なら、君に刺されないうちは問題なしさ」

 

……まあ、とはいえ。

こいつがムカつく奴であるということは、4年前から一向に変わらないのだけれども。

 

彼とともに玄関から校舎に上がり、長い廊下を歩き続ける。

今が夏休みでなければ大勢の子供たちでにぎわっていたであろう廊下は、私たち以外は誰もいない。清掃され、きっちりとワックスで仕上げられ、靴墨の汚れも見当たらない。

けれど4年前のここは、無数のゴミが散乱していた。ブーツなしでは数歩歩いただけでガラスの破片が足に突き刺さるような状態だった。

……そんな廊下の先に、あの娘の根城があった。

砲撃で壁に穴が空いた教室に、マットレスや毛布を持ち込み、マチェイに直してもらった廃品のゲーム機を設置し、無数の縫いぐるみを家族のように自分の周りに置いて。

 

今はもう、そこは真新しい会議室になっているけれど。

しかし4年前、確かにあいつはその場所にいた。

 

廊下を歩きながら、私は服の内ポケットに、そっと手を入れる。

4年間ずっと懐に入れて持ち歩いていた、A4大の紙。

鉛筆で書き殴られた汚い字の踊る紙片。

特殊加工で痛みが進まないよう処理したそれは、

 

……あいつの、遺書。

 

私が世界を憎悪せずに済んだ、もう一つの理由だ。

 

 

命を無駄にするな。

自分自身を呪うな。

見も知らぬ誰かを恨むな。

そして、幸せに生きろ。

 

 

あいつが私に残した言葉。

私は絶対に忘れない。

この先何があろうと、決してこの紙片は手放さない。

私が死ぬときは、この手紙を一緒に棺に入れてもらう。

 

たとえあいつが照れくさがって止めたとしても、私は必ず、そうするだろう。

 

きれいな廊下を歩く。

ほどなく、かつてあいつが根城にしていた部屋と同じ場所にたどり着く。

 

大きな会議室。

扉は閉まったままだが、中から会話が漏れ聞こえてくる。

きっと今も大勢の人がいて、盛んにお喋りを続けているのだろう。

 

「…………」

 

なんとなく、ため息を付き。

ほんの少しだけ、意を決して。

 

私はその部屋の扉を開けた。

 

 

 

「窓を全部閉めてるのに、赤ちゃんが泣き出すほどうるさい? あー、そりゃダメだねえ。わかった、報告しとくよ。えーと、場所は……北地区の……うん、了解。

 で、あんたは? こっちも騒音? ホント、宇宙資本の企業は騒音対策がなってないね。地球はプラントと違って音を遮るのが難しいってのが根本的に判ってないんだ。……ああうん、ちゃんと報告しとく。だから住所も教えて」

 

部屋の真ん中で、椅子に座った赤髪の少女が、大勢の大人に囲まれている。

彼女は手元の端末で地図アプリを眺めつつ、次から次へと持ち込まれる苦情を難なくさばいていた。

 

そんな少女に、スーツ姿の女性が食って掛かる。

「なんであんたがウチへの苦情を勝手に聞いてるの!?」

赤髪の少女は、しかしそちらに視線も向けない。

地図アプリに苦情をぽちぽちとメモりながら片手間で答える。

「仕方ないじゃんペトラ。ジェターク社のお客様相談室はいっつも仕事が遅いって評判だよ?

 何回電話してもちっとも状況が改善しないから、みんな私に苦情を言いに来るんだよ」

「そりゃ悪うござんした! でもね、会社にはルールとか手続きとか手順ってモンがあるの! それを無視しちゃダメでしょ!

 ……そもそも、今やってるのは学校の保護者懇談会! ウチの会社の苦情受付じゃない!」

「一石二鳥で手間が省けていいじゃん」

「いいワケないだろっ!? 会の進行がムチャクチャだっ!」

苛立ちが頂点に達したのか、スーツの女性の口調がヤンキーっぽくなる。

彼女は少女にびしりと指を突きつけた。

「ていうか、あんたはウチの社員でも何でも無いだろーが! 株式会社ガンダムのテスター! リハビリ中の患者!

 そのアンタが、なんでここでジェターク社の代表ヅラしてんだよ!?」

すると赤髪の少女は、スーツの女性に顔を向け、にやりと笑ってみせた。

「それはアレだ。人の上に立つ者の人徳ってヤツ?」

「ざっけんな! せめて部下を一人でも持ってからそのセリフを言えっ!」

 

……まあ、なんというか。

こっちもこっちで、相変わらずだ。

いつも自由に好き勝手に行動し、いつの間にか知り合いを増やし、周囲を振り回しながら思うがままに生きている。

 

私の友人、ソフィ・プロネ。

そもそも彼女がこの街に来たのはつい4ヶ月前、株式会社ガンダムの新しいリハビリ施設の第一入居者として、だったはずなのだが――もうすでに、この街の多くの住人と気安く話せる仲になっているようだ。

そしてこの保護者懇談会にも、ほぼ無関係にも関わらず関係者ヅラして参列し、いつのまにか会場の主役となってしまった。

 

「ふんふん。水道の水に赤いものが混じるようになった。あー、確かに工事の影響かもねえ。わかった、見に行くから場所を教えて」

「だーかーらー! アンタが勝手に苦情を処理するんじゃないっつーの!」

あいつに振り回される周囲は、気の毒という他ない。

今の被害者はジェターク社のお偉いさんの一人なので、ちょっとだけ愉快に思わなくもないが。

 

それにしても、どうしてソフィはここまで元気なのだろう。正直、呆れるばかりだ。

内臓の半分以上が人工臓器になり、脊髄のほとんどがGUNDに置き換わり、まだ歩行のリハビリも途中だと言うのに、4年前に難民キャンプの子どもたちのボスとして君臨していた頃とまったく変わらない傍若無人ぶりである。

 

「何の心配もいらなさそうだね、彼女は」

私の連れ合いが肩をすくめる。

私もうなずかざるを得ない。本当に、あの戦闘の直後のことを思えば、今はまさに隔世の感だ。

 

 

 

4年前。

私を魔女狩り部隊から逃がすため囮となったソフィは、パーメットスコアを4まで上げた状態で戦闘を続け、その代償として死ぬはずだった。

その運命を覆したのは、あそこでスーツ姿で怒鳴っているペトラ・イッタと、ここにはいないスレッタ・マーキュリーの二人だ。

二人は4年前のあの日、不時着したルブリス・ウルのもとへ急行し、魔女狩り部隊がソフィを始末しに来るより早く救助活動を始めたのだ。そして遅れて駆けつけてきたニカ・ナナウラ、地球寮の面々、更にはジェターク寮の助力も得て、迅速に救命と救護活動を完了させた。

魔女狩り部隊が徒歩で現場に到着したときには、すでにソフィは人工呼吸器をつけられて救急車両に乗せられ、ペトラの連絡で受け入れ態勢を整えたジェターク社直営の病院に向かった後だった。

 

病院に運ばれたソフィは、脳と心臓と肺だけは奇跡的に動いていたが、他の臓器の多くが破壊されていた。

そんな彼女を死の淵から掬い上げたのは、ベネリットグループの最先端の――つまりは、人類で最も進んだ医療技術。そして、それを惜しむことなく投入することを許可したジェターク社のCEOだった。

 

学園を襲ったテロリスト相手に、なぜ彼がそこまでのことをしたのか。

私にとっても不可解だったので、過去にCEO本人と顔を合わせたとき、それとなく聞いてみたことがある。

しかし彼は辛そうな顔をして、「今度こそ助けたかった。それだけだよ」としか言わなかった。

その言葉の意味は、未だによくわからない。

 

 

ともあれ、ソフィはスペーシアンのもとで命を繋ぐことになった。しかし彼女の罪状は残ったままだ。たとえ身体が回復しても、そのまま裁判に掛けられ処刑されるはずだった。

それをどうにかしたのが、私の連れ合いだった。

彼は脱出したと見せかけて学園内に戻り、ペイル社のセーフハウスに私を隠した上で状況を探っていた。そして地球寮での立ち聞きから、ソフィの現状やクワイエット・ゼロの出現を知ったのだ。

そこで彼はその場で決戦への助力を申し出る代わりに、ソフィの減刑を願い出ることにした。

結果、ソフィは「魔女」ではなく「少年兵」の扱いに変わり、それに伴って罪も大幅に減じられ、保護観察処分が下されることになったのだ。

 

ちなみにあの決戦には私自身も参加した。ソフィを見殺しにしたまま自分だけセーフハウスに隠れ潜むなんて言語道断だったからだ。テロリストである私を同行させることについてはほとんどの人間から難色を示されたけれど、私の連れ合いやスレッタ、そしてニカの説得もあり、武器の不携帯を条件にどうにか参加を許された。そして、こっそり私の銃を持ち込んでいた連れ合いとともに幾度か大立ち回りを演じて、事件の最終的な解決にそれなりに貢献している。

 

まあ、それはともかく。

ソフィの手術の大部分が終わり、傷んだ内蔵や脊髄がGUNDに置き換わったのが3年前。

長い昏睡から目覚めたのが2年半前。

ベッドから起き上がり、車椅子に乗ることができるようになったのは2年前。株式会社ガンダムでリハビリを始めたのもその頃。

そして今、彼女は杖を使っての自力歩行が可能となり――4年前と同じく、身近な人間をきりきり舞いさせている。

 

……いや本当、どういう回復力なんだあいつは。4年前はあと半年の命とか言っていたはずなのに。

我が友人ながら首を傾げざるを得ない。

 

 

「あーもう! 埒が明かないっ!」

なおも勝手に近隣住民から話を聞き続けるソフィに、もはや何を言っても無駄と悟ったか。

ペトラはソフィ本人ではなく、そのそばに突っ立っている付添人に文句を言い始めた。

「ニカ! アンタんところのテスターをどうにかしてよっ! いくらウチがアンタんところと提携してるって言っても、これは完全に横紙破り! どう考えても業務妨害だよっ!?」

「うん……ごめんねペトラ。ソフィにはあとで言って聞かせるから」

「あとじゃなくてっ! 今っ! 言って聞かせろぉ!」

地団駄を踏むペトラ・イッタ。苦笑するニカ・ナナウラ。

二人をよそに、ソフィはメールを打ち始める。

「ボブへ。北地区の再開発の騒音がうるさいって文句がいっぱい来てるよ(添付ファイル参照)。住宅街への配慮が足りないんじゃない? このままだと抗議活動とか起こって工事がストップするから、今のうちに対策してね。詳細な説明が必要なら、案内するから現地来て……っと」

ペトラがあわててソフィに振り向いた。

「ちょっと! ウチのCEOに直メールすんなって! また現地視察を予定に組み込んじゃうじゃないの!」

「ボブは現場主義の社長なんだし、いいじゃん別に」

「よくねーよ! あの人ただでさえ忙しい上に提携先の出向役員とその秘書からイビられまくってて……

 いやその前に、あの人をボブって呼ぶのはやめてよいい加減! なんなんだよそのアダ名!?」

「私とあいつが初対面のとき、あいつが名乗ってた偽名だよ。あれ、話したことなかったっけ?」

「聞いてないよ。まあその話は興味あるケド……それはともかく、部外者が人の会社のトップに変なアダ名つけて気軽にコンタクトすんなっての!」

いくら怒鳴られてもソフィは馬耳東風だ。へいへーいと生返事をしつつ、さっそく次のクレーマーの対応を始めている。

ある意味で痛快な光景だったが、このままではいつまで待っても、この漫才じみた会話劇が終わりそうにない。

 

私は手を上げ、赤髪の少女に声をかけた。

「ソフィ、私のお墓参りも終わったよ。ちょっと散策に行かない?」

 

 

 




29日、30日、31日は17時に投稿いたします。
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