私がソフィに呼び掛けると、こちらに顔を向けたソフィは、後日また会うことを約束してクレーマーとの会話を切り上げた。
私はニカから付き添いの役目を一時的に引き継ぐ。
保護者懇談会の責任者であるペトラは心底ほっとした表情だった。私たちがソフィとともに部屋を出ていこうとすると、こちらに向かって拝む真似をしてみせたほどだ。
「……相変わらず、好き放題やってるのね」
私は友人に声をかける。
未だ保護観察の身である私は、大っぴらに外を出歩くことは許されていない。だからあまりソフィにも会いに行けない。
今はもっぱら連れ合いの借りたアパートの一室にこもって通信教育で勉強している。基礎的な学問、そして、美術を。
ソフィは杖を突きながらも、元気に笑ってみせた。
「まーね。スレッタお姉ちゃんは居ないけど、株ガンのみんなは優しいし、近所の悪ガキはだいたい手下にしたし、楽しくやってるよ」
……彼女も私と同様、リハビリ目的以外での外出はあまり許可されないはず……なのだが。
今日の騒動といい、どうも割と頻繁に街を出歩いているようだ。よほど指導監督の方針が緩いのだろうか。
まあ、それはいい。
「私はもうすぐ保護観察期間が終わる予定。……あんたは?」
「私も多分もうすぐなんじゃないの? 違反だけはしないよう気をつけたし」
ホントか? と思わずツッコみたくなったが、ここは友人の言葉を信じよう。
そのまま私は、一番聞いてみたかった質問を口にする。
「あんたはどうするつもりなの? 保護観察期間と、リハビリを終えたら」
するとソフィは、うーん、と唸った。
いろいろと考えてみたんだけどね、と前置きしてから、右手の指を一本立てる。
「まずは、ニカみたくアスティカシア学園に入学するのもいいかなって考えたんだけど」
……そういえばニカ・ナナウラは、私たちと違って司法取引を選ばず、4年前の戦いの後すぐに服役した。そして模範囚として3年で出所したあと、昨年学園に入学し直した。株式会社ガンダムの仕事を手伝いながらも順調に単位を取得し、今年度中に卒業見込みだという。
4年前の私は、ニカのことを現実が見えていないと馬鹿にしていたものだが――今となっては、彼女も非常な努力を重ねていたということを認めざるを得ない。
一方で我が友人はというと、早々に白旗を挙げていた。
「もうこの身体じゃ負担の大きいパイロットは無理だし、メカニック科はレベル高すぎて無理だし、経営戦略科なんて何やってるのかよく分かんないし、あと入学金も授業料も高いしで、まあ普通にボツだよね」
けらけらと笑うソフィに、私はジト目を送る。まあ、私もあまり人のことは言えないが。
そしてソフィは、二本目の指を立てる。
「借金を踏み倒すために夜逃げってのも考えたんだけど、人工臓器は定期的にメンテしないと駄目になるんで、これもボツ」
「……夜逃げが二番目の選択肢に来るの? あんたらしいっちゃらしいけど」
「ふっふっふ、そう褒めないでよノレア」
別に褒めてはいないのだが、まあどうでもいい。そもそもいつものつまらない冗談だろうし。
私はソフィに結論を促した。
「結局のところ、どうするの」
「まあ、ジェターク社に入社だね」
三本目の指を立てて、我が友人はそう返答した。
「人工臓器のメンテは継続してもらえるし、借金の天引き分を差し引いてもお給料は悪くないし。やっぱりあそこしかないかなって」
「アスティカシアに入学できそうもないのに、あそこに入社できるの?」
「へっへーん。技術職とか営業職とかは無理だけど、現地調査能力は即戦力レベルってお墨付きをもらったし、ゆくゆくは地球での渉外担当とかもイケるってボブが言ってたもん」
得意げに胸を張るソフィを、じっと見つめる。
後ろめたい気持ちを抱えながら、私は友人に問いかけた。
「……あんた自身は、その結論に満足してるの?」
4年前の一連の出来事の後、最も大きな負債を背負ったのは間違いなくソフィだ。
私の命を救うため、私を自由の身のまま地球に逃がすため、彼女はドミニコス隊に戦いを挑み、生身の臓器を半分失うほどの重傷を負った。何度も大きな手術をして、日常生活に支障のない程度には回復しているけれど、今度はその身に巨大な借金を背負う羽目になった。
ある意味、彼女は残りの一生をずっと、スペーシアンに隷属して過ごさなければならないのだ。
……やっぱり私は、彼女の負債を少しでも肩代わりしなければいけない。
その思いを込めて、友人に語りかける。
「ねえソフィ――」
「まーた変な責任感? ホント真面目だねえノレア。うりゃうりゃ」
そしてソフィの右手にむにむにと頬を引っ張られ、私はまともな発声ができなくなった。
「ちょっほ、何すゅるにょソヒぃ」
「何言ってるか分かんないけど、私は不満なんか感じてないよ? ノレア」
満面の笑みで見つめられ、内心を見透かされ、私は反論する術を失う。
ソフィはこちらの頬をつねりながら、まるで歌うように言い募る。
「日常生活には不自由なし、お腹いっぱいのご飯にふかふかの寝床。あったかシャワーに清潔な衣服、本棚に山と積まれたコミックとゲーム!
そして何より、」
ソフィの手がこちらの頬を離れ、
友人の青い瞳が、私を真正面から射すくめた。
「私を好きでいてくれる人。
……家族じゃないとしても、ね」
「…………」
「ずっと欲しかったものは、もう全部手に入れた。だから私に不満なんてないよ? ノレア」
「……でも、あんたはこれからずっと、スペーシアンの下で働くしかないんだよ? それでいいの?」
私がそう念を押すと、ソフィはにやりと笑ってみせた。
杖を突きながら器用にくるりと回ると、こちらに背を向ける。
「実はねノレア。私には今、新しく欲しいものができたんだ。ジェターク社に入るのはそのためでもあるんだよ」
「……新しい、欲しいもの? なに、それ」
「ふふふ。それは……!」
ソフィはびしりと天を――つまりは学校の天井を――指差し、そして大威張りで私に告げた。
「ご飯マシーン! それを地球のあちこちに作って、誰もお腹を空かせずに済むようにしたいんだよね!」
それはつまり、あちこちの街に電力網と水道網と道路を通し、工場を作り、そしてそのエリアの秩序を恒久的に保つ、ということだ。
それはすなわち、この荒廃した地球に、豊かさと平和を取り戻すということだ。
恐ろしく壮大な夢を、彼女はこともなげに宣言した。
「……本気?」
「あったりまえじゃん!」
「簡単じゃないよ?」
私がそう聞いても、ソフィの声は一切曇らない。
「わかってるって。でもさ、私はもう2回も死にかけて命を拾ってるわけじゃん? だったらこれからは、自分が本当に欲しいものを掴むために生きていたいんだよね」
……ああ、やっぱり、ソフィは本当に凄い。
内臓の半分を失っても、大きな借金を抱えようとも、スペーシアンに隷属しようとも。
常に欲しいものを見つけ、恐れも遠慮もなく突き進み、周囲の人間をも巻き込んで、そして最後には目的のものを勝ち取ってしまう。
4年前の私は、ソフィみたいに生きたいと憧れた。
今の私は、こいつみたいにはなれないし、なる必要もないと分かってはいるけれど。
でもやっぱり、こいつは凄いヤツなんだなと、改めて思う。
そしてこいつが、新しい夢を得たのなら。
それならもう、私がこいつの背中を守る必要も無いのかも知れない。
なんてことを考えていると、いつの間にかソフィはこちらに振り向いていた。
またも私の内心を見透かすように、青い瞳で覗き込んでくる。
「……で、さ。ノレアが私の将来のことを聞いてきたってことは……
ノレアも自分の将来のことで悩んでるってことだ! そうでしょ!?」
……ああ、まったく。
どうやっても、結局こいつには敵わない。
私は苦笑した。
そして友人の好意に甘えて、自らの希望を口にした。
「ソフィ。実はね、通信教育の先生が、私の絵を筋がいいって言ってくれてさ」
「へえ?」
「それで今度、直接絵の指導を受けてみないかって提案してくれて」
「おお!?」
「……保護観察期間が終わったら、欧州に指導を受けに行ってみようって、思ってる。1年くらい」
正式に絵を学んで、できるなら独り立ちして、そして、たくさんの絵を描きたい。
太陽が明るい場所だけでなくて、暗い場所も雨の場所も、大都会も田舎も廃墟も。
私が生きるこの時代を、憎まなくて済むようになったこの世界を、可能な限り自分の筆で描き残したい。
それが今の私の願い。
ソフィと比べればささやかだけど、それが私の今の望み。
「凄いじゃん! 本格的な画家になるんだね、ノレア!」
「なれると決まったわけじゃないけどね」
「なれるさ! ノレアなら!」
力強くソフィは請け負う。
今まで何度も助けられてきたその笑顔に、今日もまた励まされ、私は微笑んだ。
「……うん。絶対に一人前の画家になるよ、私」
笑みを浮かべたままうんうんと頷いていたソフィが、ふと、私から視線を外す。
「……で、となると」
彼女は私の背後へと顔を向けた。
そこに立っているのは、今までずっと黙って私たちのやり取りを見守っていた、私の連れ合い。
ソフィは意地の悪い表情で彼に尋ねた。
「エランはさ、どうするつもりなのかなー?」
「……どうって? 何のことかな?」
なんだか居心地悪げな彼に向かって、ソフィはますます意地悪い顔で言葉を連ねる。
「私たち、市民ナンバーをもらうときに仮の生年月日も設定したんだけど、それで計算すると、そろそろ二人とも成人年齢なんだよね。
ってことはさ、法的にも大人ってわけじゃん? 堂々と色々デキちゃったりするわけじゃん?」
「…………」
彼はソフィから微妙に視線をそらした。素知らぬ顔で告げる。
「ふーむ、つまり君は、大人の世界に興味があるってことかな?」
「ちょっとぉ? 私のことなんか言ってないよ? はぐらかすなってば」
にやにやと笑みを浮かべて、ソフィは彼の顔を覗き込む。
「わかってるんでしょ? ノレアが欧州に旅立つ――これって、エランにとってもいい機会じゃん。ねえ?」
「…………」
しばし黙りこくったあと、私の連れ合いは、やれやれとわざとらしく肩をすくめた。
「まったく……君たちはさ、生き急ぎすぎなんだよ。
せっかく晴れてガンダムの呪いなんてものから逃れられたんだぜ? だったら、もっとのんびり青春を楽しんでいいと思うんだけどな」
大げさに首を振ってみせる彼は、どうも何かを誤魔化しているようだ。
ソフィもそれを察したらしく、ぶーぶーとぶーたれながら親指を下に向ける。エランの甲斐性なし、と文句をつける。
しかし彼は飄々とした態度を崩さず、ソフィをたしなめた。
「僕も大概ひどい目にあったけど、君だってガンダムには散々な目にあわされただろ? それこそ2回も命を奪われかけた上、何度も手術を受けないと寿命が尽きるような状況だった。言わば、呪いのマシーンに取り殺される寸前だったんだ。
ホラー映画みたいな状況から抜け出して取り戻した平穏なんだ、何も考えずに享受してもバチは当たらないぜ?」
「……呪いのマシーン? 取り殺す……?」
すると今度は、ソフィが目を丸くした。
彼女には珍しい真面目な表情を浮かべると、何かを思い出そうとするかのように下を向く。
「ガンダムが……ホラー映画。本当にそうかなあ?」
「いやほら、完全にホラー映画だったじゃないか。エアリアルには実際に人が取り憑いてたわけだし。まあアイツは、スレッタ・マーキュリーをデータストームから守ってたそうだけど」
「……ガンダムの中の人格は、パイロットをデータストームから守ってた……」
何かに思い当たったらしく、ソフィは顔を上げた。
目を輝かせて告げる。
「そっか。学園でベギルペンデに特攻をかけてる最中、急に心臓と肺の痛みが無くなったんだけど。
あれって、ウルが私を守ってくれてたんだ」
「……は?」
私の連れ合いが怪訝そうな表情を浮かべる。
「おいおい、何を言ってるんだソフィ。ガンダムが乗り手を守った? そんなワケ無いだろ」
「だってエランも言ったじゃん。エアリアルに宿った人格がスレッタお姉ちゃんを守ってたって。なら、ウルが私を守ったとしても何もおかしくないよ」
「いやいやいやいや、エアリアルは例外だろ? 25年前だかに亡くなったエリクト・サマヤの生体コードを転移させたとか何とか。他のガンダムとは完全に別物だよ」
「そりゃエアリアルは特別製だろうけど、他のガンダムだってデータストームの向こう側と繋がることはできるわけだしさー」
そのまま二人は、守っただの守ってないだのと議論を続ける。
黙って聞いていた私は、ふと、昔所属していた組織で耳にした話を思い出した。
私たちが乗っていたガンダム――ルブリスと呼ばれるシリーズにまつわる噂話だ。
「……ルブリス・ウルとルブリス・ソーンは、武装や装甲は新しく取り付けたものだけれど、GUNDフォーマット自体は25年前にオックス・アース・コーポレーションが製造したものをそのまま流用していたそうよ。
そしてその当時、オックスアースはルブリスで何度も人体実験を繰り返して、多数のパイロットを廃人に追い込んだらしい。
もしかしたらそのパイロットのうちの何人かの人格が、ルブリス・ウルのGUNDフォーマットに取り込まれていたのかもね」
「うえッ……それって本当に? 完全にホラー映画の定番ストーリーじゃないか」
私の連れ合いが青ざめる。
「あー、ありそうだよねそれ。そっか、その人達が私を守ってくれたのか」
ソフィがにこにこと笑う。
「よく考えてみたらさ、ランブルリングのときからなんか妙だったんだよ。あのときエアリアルにパーメットスコアを無理やり引き上げられたのがきっかけで、ウルの中に宿った人格が目覚めたのかもね」
そして彼女は、こちらのほうを意味ありげに見やった。
「私があのとき戻ってこれたのも、きっとウルのおかげだ。途中でノレアの泣き声が聞こえてこなかったら、たぶん私は、あのまま白い世界に進んでただろうから」
「……私の、泣き声……?」
身に覚えがなかったので首を傾げていると、ソフィはひらひらと右手を振った。
「なんでもない。こっちの話だよ」
そして彼女は歩みを再会した。左手で杖を突きながら、しかししっかりとした足取りで前へ進む。
こっちは意味がよくわからないままなのだけれど――まあ、しょせんは終わった話だ。深く詮索する必要もないか。
あの最終決戦のあと、エアリアルやファラクトは全て消滅したそうだ。ウルもソーンもカテドラルで解体され、ネジの一本も残っていないはず。
ガンダムのない世界で、私たちはただの人間として歩んでいく。昔のことを掘り返している暇なんてない。今は二人とも、やるべきことがあるのだから。
私と連れ合いもまた、ソフィの後を追って廊下を歩き始めた。
ソフィは地球の食糧難を解消すべくジェターク社へ。いや、まずはリハビリが先だが。
私は画家として一人前になるべく、欧州へ。
……そして。
隣を歩く連れ合いに、私は顔を向ける。
彼はこちらの表情に何かを感じ取ったのか、気まずげに視線をそらした。
しかし私が無言でじっと見つめていると、とうとう音を上げ、こちらに向き直る。
「ああ、わかってるよ。僕だってそれは考えてるさ。でもこういうことは……ホラ、もっと雰囲気のある場所で、二人っきりで」
「一緒に来てくれる? 私と、欧州へ」
ただ一言、そう告げる。
彼はセリフを中断した。ああ、その、そっちの話なの、なんて小声でつぶやく。
やがて彼はひとつ息をつくと、真剣な表情をこちらに向けた。
「……当たり前だろ。4年前から決めてるんだ。君を守るって」
「じゃ、これからもお願いね。私のこと」
私は微笑んだ。
この世界を、これからも、彼と一緒に歩いていく。
ひとまずはそれでいい。
そこから先は、またそのときになったら考えるとしよう。
「二人とも、遅いよぉ?」
そう言いながら振り向くソフィは、にやにやと笑っている。
きっと彼と私との会話が耳に入っていたのだろう。
……まあ、彼はともかく、私はちっとも気にしないけれど。
笑うソフィに追いつき、その隣に並ぶ。
彼女とはしばしのお別れだ。
でも、生きている限りはまた会える。
それぞれの人生を積み重ねて、それぞれの物語を手土産にして、きっとまた、どこかの空の下で再会する。
私は服の内ポケットのあたりに手をやる。
ソフィが私にくれた手紙。その言葉が正しかったのだと、今更ながらに思い知る。
私はソフィに命を救われ、彼に人生を救われ。
ソフィもまた、スレッタや多くのスペーシアンから命を救われた。
この世界は残酷なだけじゃない。奪っていくだけじゃない。
だから見知らぬ誰かを恨む必要なんてない。
諦めずに歩いていけば、きっとなんとかなる。
今の私は、そう思うことができる。
ならば、行けるところまで行ってみよう。
私が助けてもらったように、どこかの誰かを助けながら。
見たい場所を見て、描きたい場所を絵に残そう。
未来の誰かの心に、私が生きた時代の記憶を残すために。
――と。
窓の外、視界の端に、お墓の広場がちらりと見えた。
4年前にここで亡くなった人たちを弔う場所だ。
ベッシ。グリスタン。フィリップ。マチェイ。ジャリル。そしてシーシア。
ひとりひとりの顔を脳裏に思い浮かべて、私はつぶやいた。
「みんな、行ってくるよ」
そして私は、二人とともに歩き去ったのだった。
これにてハズレ部屋のソフィの物語は終了です。この物語に付き合っていただいた皆様、本当にありがとうございます。
このSSを某所に投稿した際は、本編19話の泣き崩れるノレアを見てこのお話の筋書きを考え、本編20話視聴後から書き始め、本編23話あたりでラスト以外を書き終え、本編24話を見てからラストを書き始めるという割と強行軍なスケジュールでした。そのせいで終盤の展開が飛ばし過ぎになったという反省もあり、こちらに投稿する際は「幕間」という形で物語を補完させていただいております。
本編21話以降の物語、特にクワイエット・ゼロ決戦については、ソフィが参加しないので完全に飛ばす形となりましたが、そのへんについてはノレア主役で書けないかな、と考えております。まだ形になっていないので投稿できたとしてもかなり先のことになりますが……
それはともかく、ソフィとノレアで幸せな生存ifを書きたいという妄想を、こうして形にできたことは嬉しかったです。ソフィノレ好きの皆様に楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、また。