「あー……」
ソフィは嘆息する。
すでに時間は夕方に差し掛かっている――外の風景が見えるわけではないので、壁に架けられた時計から判断した限りでは、だが。
ソフィは二度寝から目覚め、そしてノレアからの状況説明を受け終えていた。
目覚めた直後の少女の記憶は、ランブルリング襲撃後のエアリアルとの二度目の交戦が最後だった。あのあと自分がどうやって助かり、何故この部屋にいるのか。そのあたりはまるで記憶になかった。
ノレアの説明によると、エアリアルに敗北したソフィが死なずに済んだ理由は、ソフィのガンダムが減速するのを見たエアリアルがとどめを刺さなかったからだ、という。
おまけにスレッタ・マーキュリーは戦闘終了直後にエアリアルから飛び出し、ソフィの救助活動に乗り出してきたのだそうだ。
「本気であんたのことを心配してたわよ、直前まで殺し合いをしてたのに。本当におかしな人間ね、あいつ」
「やっぱ優しいんだなぁ、スレッタお姉ちゃんは。本当に家族になってほしかったなあ、残念だなあ」
うっとりしながらソフィがそう言うと、ノレアの顔に微妙に不機嫌が追加されたものだ。
まあ、それはともかく。
スレッタがコックピットを開けたタイミングで、ノレアの横槍が間に合った。彼女は武器を突きつけてスレッタを下がらせてから、ルブリス・ウルごとソフィを回収した。
そしてノレアはプリンスの配下の部隊と合流し、2機のガンダムを彼女らに預け、ソフィとともにこの部屋で身体を休めることになったのだ。
否。
正確には、このグラスレー寮の一室に、二人まとめて監禁されることになった。
そのあと時間差で追加された部外者二人とともに、完全に囚われの身と言っていい状況である。
昏睡状態だったソフィはいったん別室で治療を受けることができたし、ノレアの食事もきちんと出るし、着替えも出してはもらえる。だが、部屋の扉は普段は厳重にロックされ、出ていくことはできないのだという。
ランブルリング襲撃の結果、学園には緊急事態宣言が発令され、すべての建物と出入り口がフロント管理社の監視下に置かれることになった。そんな状況では、迂闊に学園の中を歩き回ったり、ガンダムとともに学園の外に脱出するのは危険だ。
プリンスの部下たちからはそう説明された、という。
しかしノレアは納得できない様子だった。
今のプリンスの権力ならば、自分たちを地球に戻す方法は見つけられるはずだ。もし方法がないのだとしても、なぜ自分たちを部外者二人と同じ部屋に閉じ込める必要があるのだ、と。
そう愚痴る彼女は、中央のソファで優雅にくつろぐエランと、部屋の隅でうつむくニカを交互に睨みつけていた。
ソフィとしても相棒の意見には同感だった。所属も目的も、さらには育った環境も全く異なる人間を一緒の部屋で寝泊まりさせれば、お互いが無駄にストレスを溜め込むだけだ。現にノレアもイライラを募らせ、冷静さに刃こぼれが生じている。
「うーむ……」
しばし考え込んだが、そのときのソフィには、プリンスの狙いを読むことはできなかった。結局は相棒に説明の続きを促すしかなかった。
ノレアの説明の最後は、地球の現状に関してだった。
プラント・クエタ襲撃犯確保のため、ベネリットグループは艦隊を地球に派遣し、そしてフォルドの夜明けの本拠地を襲撃した、という。
その結果は、すでにプリンスの部下たちを通じてノレアに知らされていた。
難民キャンプの人々はごく少数を除いて脱出に成功、しかし、MS部隊は壊滅。生き残ったのはナジたち少数の幹部と、オルコットくらいだという。
「そっかぁー……」
ベッシ。グリスタン。フィリップ。マチェイ。ジャリル。
戦死した人々の顔を思い浮かべ、ソフィはもう一度嘆息する。
彼らとは正直、それほど深い仲というわけでもない。ソフィたちはフォルドの夜明けに派遣された身でしかなく、彼らと肩を並べて戦ったのも数回程度だ。
だがそれでも、1年近い期間、彼らと寝食を供にした。全員とではないが、夜に薪を囲んで自分たちの身の上を語り合ったこともある。ソフィといえど彼らの死に無感動ではいられなかった。
……ではあるが。
「また同胞たちが……! スペーシアンに……! スペーシアンどもに殺されたっ……!
この報い、絶対に奴らに受けさせてやるっ……!」
ベッドの横でぎりぎりと歯ぎしりするノレアの憤りには、同調できない気分だった。
少し前までならば、ソフィ自身も知り合いの死に怒り、相棒とともに復讐を誓ったかも知れない。
だが、今の状況では。
布団の下で、ソフィは右の手の平の開閉を試みる。だが指はほんの少し震えただけだった。このぶんだと、いくら時間が経っても、おそらくこの手は――
「んー……」
まだきちんと動く左手で頭をかいてから、ソフィはエアリアルとの戦闘を脳裏に再現する。切り札であるガンヴォルヴァの制御を乗っ取られ、さらにはパーメットスコアを強引に引き上げられ、手も足も出ずに敗北したあの戦いの様を。
きっとあのガンダムは、既存のガンダムを完全に無力化する兵器なのだろう。となれば、自分たちがいくら命を捨てて戦ったところで――
「…………」
そして最後に、ソフィはぶつぶつと怨嗟をつぶやく相棒を見やる。
きっとその怒りは偽りではないのだろう。
仲間たちの死、スペーシアンによって地球に振りまかれる不幸。それに対する憤りは本物なのだろう。
けれど。
『死ぬのは怖いよ……』
死の恐怖に怯える相棒の声を、思い出す。
いや、あれはきっと幻聴だ。死に瀕した自分が勝手に思い描いた妄想。そのはずだ。
だけどもし、幻聴ではなかったとしたら。
万が一にもありえないけれど、あの声が本当に、ノレアの本心だったとしたら。
……自分は我が相棒に、どう声をかけるべきなのか。
ソフィは無言で上半身を起こした。
スペーシアンを呪い続ける相棒の肩に、左手を乗せる。
「ノレア。難民キャンプの連中は、みんな助かったんだよね?」
そう声をかけると、ノレアは呪詛を止め、こちらに瞳を向けた。
「……何人かは亡くなったって聞いてる。でも、ほとんどの人間は、無事に次の受け入れ先に逃げることができたって」
「そっか。みんな頑張ったんだね。ガンダムがないのに、ちゃんと時間稼ぎを完遂したんだ」
ソフィはノレアを引き寄せながら、静かな声で続けた。
「凄いじゃんみんな。あんなおんぼろのモビルスーツとトラックだけだったのに、ちゃんとやり遂げたんだよ。マチェイのトラップ、きっと凄く役立ったんだろうね。ベッシはきっと、いつもの軽口を叩きながら最後まで頑張ったんだよ」
「………!」
ノレアが目を見開き、そして気まずそうにうつむいた。
死者を悼むことを忘れた自分を、恥じているようだった。
「……そうだね、ソフィ。みんな頑張ったんだ。傲慢なスペーシアン相手に、命をかけて……」
「きっとグリスタンはさ、いつもどおり口うるさく指示を飛ばしてたんだろうね。フィリップは最後まで暑苦しく戦ったんだろうなぁ。
そういやフィリップのとこの長男、まだ5歳だったっけ。私の自慢話、何度か聞いてくれたなあ。無事に次の避難地に辿り着けてるといいなあ」
「そうだね、ソフィ……」
ノレアの表情から、少しずつ憤りが抜け落ちていく。
仲間の死は悼まなければならない。生き残った者たちで、死者を弔わなければならない。
それは、二人がフォルドの夜明けに派遣された後、大人たちから教えてもらった作法だった。
教えられた直後には、そんなことをする意味は分からなかったが。
「地球に帰ったら、みんなのぶんのお墓を作ってあげなきゃね。きっとそんな暇すら無かったはずだし」
「……そうだね。生き残って、お墓を作ろう。ソフィ……」
今はわかる。
それはきっと、憎しみに呑まれないために必要なことなのだ、と。
ぐすぐすと鼻を鳴らし始めた相棒の背中を、ソフィはぽんぽんと叩いてやったのだった。
……さて、と。
相棒の気分が落ち着いたことを確認してから、ソフィは室内に視線を巡らせる。
部屋の奥に座るニカは、複雑そうな表情でこちらを見つめていた。
そして相変わらず部屋の中央でくつろぐエランは、首だけをこちらに向けている。頬杖をついた優雅な姿勢で、しかしその目は、しっかりとこちらを注視している。
いや。正確には、自分の隣で意気消沈するノレアを、だ。
……ふーん?
エランの表情を確認して、ソフィは心の中でうなずく。
自分の直感が間違っていなければ、もしかしたら、彼を利用できるかもしれない。
あんな気持ち悪いヤツを頼るのは嫌だなあ、と思わないでもなかったが。