エランとの深夜の会話を終えての翌朝。
遅めに目覚めたソフィは、ベッドの上でチューブ式の病人食を食べ終えてから部屋の中を見渡す。
ノレアは自分のベッドの横で、熱心にノートに絵を描いている。
エランは相変わらず真ん中のソファでくつろいでいる。
ニカは定位置である部屋の隅で体育座りし、膝に顔を埋めている。
「…………」
空になった容器をゴミ箱に投げ入れ、さらに1分ほど待ってみたが、その構図は一向に変わらない。
四人も人がいるのに全員が没交渉のまま、ただ時間だけが過ぎていく。
ソフィは不満げに頬を膨らませたのち、ベッドの上に座ったまま、大声で宣言した。
「これから暇つぶしを開始しま~す。
さ、全員こっち来て! 雑談するよ!」
「……何言ってるの、あんた」
ノートから顔を上げたノレアが呆れたような表情でツッコミを入れてくるが、ソフィは全力でそれに反論する。
「こんな何もない部屋で無言のままでいたら、私は暇で暇でおかしくなっちゃうじゃんかぁ。だから付き合えノレア!」
「……別にあんたと雑談するのは構わないけど、なんで他の奴らまで呼ぶの。要らないでしょ」
「ノレアと二人だけだと話のレパートリーがすぐに尽きるじゃん。喋る時間はいくらでもあるんだから、人を増やさないと持たないよ?」
「……あんた、そんなに喋りたがりだっけ?」
「そりゃゲームとかコミックとか、せめて縫いぐるみがあるなら一人で遊ぶけどさぁ。全部ないんだから喋るしかないじゃん! 文句あるなら縫いぐるみ作ってよノレア!」
「無茶苦茶言わないでよ……」
嫌そうな顔のノレアにさらに食い下がろうとしたところで、背後から援軍が現れた。
いつの間にかベッドのそばまでやってきたエラン・ケレスが、芝居がかった仕草で両手を広げる。
「雑談かあ。いいアイディアだね。僕は喜んで参加するよ」
いつもの調子のエランに、ノレアが露骨に嫌悪の表情を向けた。
「近寄らないで下さい。刺しますよ?」
「君はいつもそれだねえ。でも今回ばかりは君の友達からのご指名だからね、受けないわけにはいかないよ」
「貴方と喋ることなんてありません」
「君の友達が僕たちと喋りたいって言ってるわけだしさ。だからみんなで仲良く雑談しようよ」
「ソフィの気まぐれに乗じて調子に乗らないで下さい」
不機嫌極まるノレアと天使の笑顔のエランが、ソフィの頭上で舌戦を繰り広げる。
こいつらは放っておいてもよさそうだ。そう判断したソフィは、部屋の隅のほうへと顔を向けた。
「ほら、ニカもこっちへ来て。暇つぶしに付き合ってよ」
「……えっ?」
顔を上げたニカ・ナナウラが、口をぽかんと開く。まさか自分まで指名対象だとは思わなかったのだろう。
戸惑いをありありと浮かべたまま、彼女は首を横に振った。
「わ、私は……私は、あなたたちのやり方には賛同しない」
「やり方ぁ? 何言ってるのさ。そんなん今はどうでもいいっての。雑談に付き合えって言ってるの」
「ざ、雑談だって、する理由なんて……」
ごにょごにょと小声で反論する彼女を見て、ソフィは思案を巡らせる。子供たちとの交流で積み重ねた経験から判断する。
――この手のタイプは、早々に脅しつけて押し切るべし。
ソフィは背後のノレアを指さし、ニカに告げた。
「いいからこっちに来る。来ないとノレアをそっちにけしかけるよ? こいつの蹴りとか頭突きとか喰らいたくなかったら、大人しく雑談に付き合いな」
「ひっ……!」
おびえ切った表情で、ニカが慌ててこちらに向かってきた。
やはり我が相棒の威嚇効果は抜群だ。ソフィは満足げにうなずく。
無論、猛獣扱いされたことに憤慨してこちらを睨むノレアについては、ガン無視を決め込んだのだった。
結局、ソフィのベッドの端にそれぞれが腰かけ、輪になって会話することになった。ノレアはソフィの左手側、エランとニカは右手側に陣取る。
まだ不満そうな顔のノレアが口火を切った。
「……で、何を話すのよ」
定番通りに自己紹介、と返答しかけて、ソフィは思い留まった。みんな脛に傷を持つ身だ。身の上なんて話しづらいだけだろう。
思い直した少女は、ベッドの上に胡坐をかいて周囲を見渡した。
「じゃ、好きなものを話そう! 趣味でもいいよ?
私はね、食べることと寝ること! あと遊ぶことが好き! ノレアは?」
「……絵を描くこと」
「短すぎ! もっと話を膨らませて! 何を描くのが好きとか、どんな構図が好きとか!」
「あんただって短かったじゃない……
それに、絵について話すのは嫌」
「なんでだよぉ。ノレアなら色々喋れるでしょう?」
「いくら頼まれても、これだけは駄目」
ノレアは頑として首を横に振る。どうも絵を描くという行為は、彼女にとって誰にも踏み込んでほしくない領域らしい。
そういえば昔、川の風景画を描くノレアに何が楽しいのかと質問したことがあったけれど、生返事ばかりで何も答えてはくれなかった。
むぅ、とソフィが困っていると、横合いから助け舟が出る。
「じゃあ、鉛筆削りについて教えてくれない?」
エラン・ケレスがにこやかに笑う。
ノレアが不審げに彼を見やる。
「……鉛筆削り? 何を言ってるんですか、貴方は」
「だって君、ナイフで鉛筆を削るときも凄く熱心だったしさ。何度も角度を確認したり、鋭さを調整したり。いろいろこだわりがあるんでしょ? それを聞いてみたいなあ」
ソフィはすかさずエランの提案に乗っかった。
「いいじゃん、それ。私もノレアのこだわりに興味あるなあ。聞いてみたいなあ」
「なんでよ。そんなもん聞いてどうするの。意味ないでしょ」
「これは暇つぶしの雑談だってぇの。話すことに意味なんてないってば。だから話してよ、ノレア」
「……まったく……」
本気で不服そうではあったが、ノレアもようやく諦めてくれた。ぼそぼそとした声で、鉛筆を削るためのナイフを扱う際の注意点について話し始める。
同じタイミングで、エランの指が動いた。ソフィとノレアにだけ見えるよう、ベッドの端をリズミカルにつつく。
モールス信号だ。恐らくそこが、室内の監視カメラから死角となる場所なのだろう。
――武器、ある?
どうやら彼は、この集まりの意図をすぐに汲んでくれたようだ。雑談に紛れつつプリンスの目を憚っての情報交換。それがソフィの狙いだった。
ノレアもエランのモールス信号に気づいたようだ。一瞬だけ驚きの表情を見せた後、説明を続けながらソフィに咎めるような視線を向ける。
彼女はエランからの質問を無視し、ソフィの膝下――エランからは見えない場所を、指で叩いた。
――あんた、こいつを信じるの?
さすがは我が相棒。この情報交換会の首謀者が自分であることを一瞬で見抜いたか。
ソフィはにんまりと笑う。そして相棒の手の甲を、左手の指でつつき返す。
――生き延びるためだよ。他に味方、いないでしょ?
その返答を受けて、ノレアが言葉を止め、思案顔になった。エランとソフィとを交互に見やる。
やがて彼女は一つため息をつき、諦めたような表情で雑談を再開した。
と同時に、エランにも見える位置で指を叩く。
――鉛筆。鉛筆削り用のナイフ。それだけ。
不満たらたらの態ではあったが、どうにか納得してくれたようだ。
そのまま彼女は雑談を続けつつ、合間合間にモールスを入れ、エランと情報を交換し始めた。
5分後。
「……つまりこの鉛筆の細さは、影を塗るのにちょうどいい。
……こんなものでいい? ソフィ」
「上出来! じゃあ次はエランね!」
「僕かい? 僕はね、こう見えて多趣味なんだ。さて、何から話そうか」
雑談は続く。
エランは思いのほか頑張り、大げさな身振り手振りを交えながら延々と自分の趣味について語ってくれた。
「ふふっ、僕のピアノは本格派だよ。いつか君たちにも僕の演奏を聞かせてあげよう。澄み切った金属音が奏でるハーモニー……」
「ピアノは金属音なんか奏でません、弦を奏でるんです。金属音を鳴らすのはトイピアノくらい。何が本格派ですか」
どうも8割がたは口から出まかせみたいだったが、まあ特に問題はない。情報交換が進めばいいのだから。
お互いが持つ武器。部屋の外にあるはずのモビルスーツとその種類。この部屋の監視体制。
次に何かが起こったとき、自分たちがどう動くかを決めるための判断材料。それを少しずつ増やしていく。
しかし情報交換がひととおり終わってみて判ったのは、状況はあまり芳しくないということだった。
お互いに隠し持っている武器はなし。銃やナイフ、スタンガンの類はすべて没収されてしまった。
2機のガンダムは寮の中のドックに置かれているはずだが、確証はなし。別の場所に移動させられていたとしても確かめようがない。
この部屋の監視体制も隙がない。食事を運び込んだり、ゴミを持っていく係の人間は、訓練された武器持ちが常に複数名。少なくとも、こちらも武器無しでは制圧は無理だろう。
……このままだと、手詰まりかなあ。
エランの長い長い自分語りが終わるころには、ソフィもそう判断せざるを得なかった。
なにか大きな変化でもない限り、できることは何もなさそうだ。