「さて、次は君の番だよ」
独演会を終えたエランが、笑顔で隣の少女へと水を向ける。
指名されたニカは、狼狽えるように周囲を見回した。
「……あの、本当に私も話すんですか?」
無理もない。この連絡員はつい先日、ソフィとノレアから死にそうな目に遭わされたばかり。そもそも彼女の右腕を折ったのもソフィ自身だ。
ニカが尻込みするのは当たり前だし、ソフィもそれは承知の上だった。彼女をここに呼び寄せたのは、この情報交換をただの雑談に見せかけるための演出に過ぎない。
したがって、ニカがこのまま喋るのを拒否したとしても、特に何の問題もないのだが。
「そーだよ。暇つぶしだし、気軽にどーぞ」
ソフィはひらひらと左手を振り、促す。
考えてみれば、フォルドの夜明けの面々とはすっかり戦友同士になったというのに、その連絡員である彼女のことを自分たちはろくに知らない。特に興味もなかった――この状況に陥るまでは。
動かない自分の右の手を、ソフィはちらりと見やる。
……力ずくで奪う、以外の方法かぁ。
そして彼女はニカに視線を戻し、告げた。
「当たり障りのないことだけ喋ればいいんだよ。それとも、私たちとは何も話したくない?」
「……いや、そんなことはないよ」
そう言うと、ニカは少しだけ考え込み、そして口を開いた。
「私の趣味は、メカいじり、です」
そして10分後。
ソフィは自らの選択を、少しばかり後悔する羽目になった。
「まだそんな考えが通用すると思ってるんですか。本当に現実を舐めてますね、貴女」
「おーいノレア、これ雑談だから。雑談にマジ切れすんなってば」
ベッドを乗り越えようとする相棒を、ソフィは左手で押さえつける。万全ではない今の体調ではなかなかの重労働だ。
反対側では、エランがニカを――割と必死な表情で――なだめていた。
「ねえニカ、そういう主張の類は、あんまりこの場に相応しくないというか」
「確かにこんなことを言ったって無駄なのかも知れません。でもやっぱり、言うべきことは言っておかなくちゃ……!」
「その使命感は、もっと別の場所で発揮して欲しいなあ」
うんざり気味のエランのセリフに、ソフィも心の底から同意したい気分だった。
何が起こったかといえば単純で、趣味の話に熱中するあまり、ニカがぽろっと本音を言ってしまったのだ。いつかきっと高い性能のモビルスーツを作って、宇宙に住む人達に自分たちの力を認めさせる、と。
即座にノレアが「そんなことができるわけがない」と頭ごなしに否定し、ニカが真っ向から反論し……という流れで、あっという間に口喧嘩に発展した。
「今は地球の技術力は低い。低いから舐められてる。でも、宇宙と同じだけのものが作れるようになれば、きっと宇宙の人達だって」
「スペーシアンがそんなことで私達への弾圧をやめるとでも? あいつらのやってきたことを知らないんですか、貴女は」
いちいち敵意を剥き出しにするノレアもノレアだが、メカの話になると絶対に譲らないニカもニカだ。片手で相棒の首根っこを押さえつけながら、ソフィもさすがに呆れる思いだった。
さて、どうしたものか。
子どもたちの喧嘩の仲裁は慣れっこではあるが、同年代の喧嘩となるとほとんど経験がない。
しばし思案したソフィは、結局、子どもたち相手によく使う手を持ち出した。
「ねえ。せっかく作るなら、モビルスーツじゃなくてご飯を出すマシーンが欲しいんだけど。あれ作れない?」
話題そらし。言葉のチョイスさえ間違えなければ、よほど頭に血が上ってない限り高確率で通用する。
果たして二人はぴたりと喧嘩を止め、同時にソフィへ顔を向けた。
「ご飯を出す、マシーン?」
「……何? それ」
ソフィはにぃっと笑って、二人に説明する。
「学園の食堂にあったやつだよ。どんなランチが欲しいかをパネルに入力したら、すぐに奥からシュってご飯が出てきたじゃん。私、あれが欲しい!」
宇宙にあって地球にないものは色々あったが、ダントツで欲しいと思ったのはあれだった。
フォルドの夜明けが拠点にしていた難民キャンプは慢性的に食糧不足で、子どもたちがいつも腹を空かせていたものだ。あのマシーンをもし再現することができたなら、難民の子どもたちも毎日満腹になれるに違いない。
そんな思いもあっての提案だったのだが、二人からの反応は芳しくなかった。
「あれこそスペーシアンの搾取の象徴じゃないの。搾取されている側の私たちが持てるはずがない」
「うーん……そうだね。地球だと一部の限られたエリアくらい、かなあ。できるとしても……」
「えー!? なんでー!? あのマシーンはモビルスーツより作るのが難しいってワケ!?」
喧嘩していたはずの二人から息もぴったりに否定され、ソフィは口を尖らせる。が、二人がこちらを見る表情は、無知な者を憐れむ人間のそれだった。
なんでだよぉ、とソフィが一人で憤慨していると、今日何度目かの助け舟が横から出された。
「じゃ、なんでアレが宇宙でできて地球ではできないのか、考えてみようか」
エラン・ケレスはにこにこと笑いながら、ニカに提案する。
「学園の食料供給システムはどういうふうに成り立っているのか、説明できるかい? ニカ」
ニカはしばし思案した後、こくんとうなずいた。
「まず、あの学食の設備は、0から食料を作っているわけじゃない。予め準備しておいた食材を調理しているだけなの。で、その食材を作っているのは……」
要するに。
ご飯の原材料となる肉や魚、野菜は、宇宙のあちこちにある大型の食糧生産プラントで作られる。そこでは培養肉や遺伝子調整された穀物が育てられ、一次加工されて食材製造プラントへと送られる。
食材製造プラントでは、複数の原材料を組み合わせて二次加工を施し、長期保存できる食材を製造する。
学園はその食材を受け取ってストックしておき、作る料理に応じてその食材を調理設備にセットする。
学園の調理設備が実際にやっているのは、食材を切ったり混ぜ合わせたり、簡単な加熱処理をしたり、調味料で味を整えているだけ、ということだ。
説明を受け終えたソフィは、呆然とする。
「つまり、あのマシーンを地球で再現したかったら……
ええと、食糧を生産する工場と、食材を製造する工場も必要って、そういうワケ?」
「それだけじゃなくて、原材料や食材を安全かつ迅速に運搬する輸送手段や、それらを長期保存する冷蔵・冷凍設備も必要だね」
「さらに、それらすべてを動かすための電力や、原材料や食材を作るのに必要な水を安定的に得る仕組みも必要。
……そんなことも知らなかったの? ソフィ」
「う、うるさいなあ! 仕方ないじゃんか、誰も教えてくれなかったんだし!」
ノレアから冷たい視線を向けられたソフィは、声を荒らげた。
他人から懇切丁寧に教えてもらったことといえば、戦闘に役立つ知識と技術しかない。学食でランチを供給する仕組みがそれほど面倒で複雑だとは、初めて見るソフィには想像することすら困難な話だった。
スペーシアンに搾取されているから食糧すらろくに無いのだ、という大人たちの言葉を真に受けて、その理由まで深く考えてこなかったせいでもあるが。
だが、ソフィは諦められない。何しろ食べることは大好きだし、難民キャンプの子どもたちが腹を空かせるのをこれ以上見るのも忍びないのだ。
「どうにか地球で作れないの!? 全部のエリアとは言わなけど、せめて難民キャンプだけでもさあ!」
「じゃあ、地球のほとんどのエリアで、アレが不可能な理由を考えてみようか」
エランが解説を引き継いだ。
「今の地球は、戦争シェアリングによってあちこちのエリアで断続的に戦闘が起こっている。戦闘が起これば建物が壊され、道路や電力網や水道管は寸断される。修理の人間を寄越すことすら危険だから、壊れたものは壊れっぱなしだ。
つまり今の地球では、食料供給を支えている設備をろくに維持できないってことさ」
「あー……そっかあ」
ソフィはやっと得心した。
工場や道路、電力網や水道管が壊れて修理もできないとなれば、食糧を安定的に供給するなんて不可能。言われてみれば当たり前の話だ。というか、自分たちも作戦の一環で建物や道路を破壊した経験がある。
……つまり、自分で自分の首を絞めていたってワケか。
なんともやるせない気分で、ソフィはため息を付いた。
「ご飯をたくさん食べたくて戦ってたのに、戦えば戦うほどご飯が食べられなくなるなんて……なんなんだよそりゃあ」
横合いからノレアが口を挟む。
「ソフィ、それは違うでしょ。すべての元凶は、戦争シェアリングを地球に押し付けるスペーシアン。あいつらを全員殺せば、地球は豊かさを取り戻せる」
「待ってノレア、そんなことは不可能だよ。それよりも戦争シェアリングを縮小してもらえるよう話し合うほうがいいし、話し合いの交渉材料を作るためにも、まず技術力を――」
「交渉など何の意味もないってことがわからないんですか。いい加減にしてくださいよ貴女」
「やる前から無意味だって決めつけるなんて、そんなのおかしいよ!」
そしてさも当然のように、意見を異にする二人の人間の言い争いが再開される。飛び交う罵声の只中にさらされたソフィは、文字通り頭を抱えた。
……あー、もう。こいつらは。雑談だって何度も言ってるってのに。
いいかげん面倒くさくなってきた。ついでに頭痛も酷くなってきた。
やる気をなくしたソフィは、口論する二人を遮るように、ごろんとベッドに寝転がる。
「はい、暇つぶし終わり。みんな解散」
「……えっ?」
「は? ……ちょっとソフィ、いくらなんでも自分勝手が過ぎる」
文句を言いたげな二人に向かって、ソフィは寝転がったまま、大声で怒鳴り返した。
「暇つぶし終わりィ! 全員解散ッ!」
理屈抜きの力技。子どもたちの喧嘩が収まらない場合の最終手段だ。
だが効果はあったようで、鼻白んだノレアは口を閉じ、自分のソファへと戻った。
ニカも毒気を抜かれたような顔で、部屋の隅の定位置へ歩いていく。
エランは中央のソファへ戻る前に、お疲れ様、と声をかけつつにっこりと笑いかけてきた。何の底意もない彼の笑顔は、もしかしたら初めて見たかも知れない。
だが、ベッドに寝転がるソフィの気は晴れなかった。
何もかもを騙されていたような気分だった。
いや、騙されていたというのは正しくない。悪いやつが一人いて、そいつに嘘を吹き込まれ続けてきた、なんてわけではないのだから。
嘘をついていたと言うなら、自分が出会ってきた人間全員が少しずつ嘘をついていたのだろう。あるいは、少しずつ嘘を信じ込んでいたのだろう。
自分自身も含めて。
……そう。疑いもしなかっただけだ。
自分が戦うことで何がもたらされるのかを、自分で考えてこなかっただけだ。
だからこれは、自業自得でしかない。
「……遅いんだよなあ、気づくのが」
寝転がったまま、ソフィは右手の開閉を試みた。
やはり指は、ぴくりとも動かなかった。