ハズレ部屋のソフィ   作:カラテマ

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06 テロリストの事情_ニカとの会話

 

 

4人での雑談が終わって、その深夜。

盛大にあくびをしながら、ソフィはトイレを出た。

時刻はすでに午前に差し掛かっている。部屋の照明は最低限にまで落とされていた。他の三人も、すでにそれぞれの場所で眠りに落ちている。

朝の雑談の後、ベッドに寝転がりながら色々と考えていたら、いつの間にか寝入ってしまった。昼食も夕食もすっ飛ばして、次に少女が目が覚めたのがこの時間だったのだ。

「うー。ご飯、2回も食べそこねちゃった……」

もっとも、自分に出される食事といえばチューブ入りの味気ない流動食なので、それほど惜しいというわけでもなかったが。

トイレからの帰り道にふと横を見ると、ニカがいつもの位置で毛布をかぶっていた。積まれた荷物の上に横になっているので、毛布があるとはいえ随分と寝づらそうだ。

なんとなく気になったので、ソフィは左手で、ニカのほっぺをつついてみる。

「ニカ?」

「……うん?」

相手の眠りは浅かったようで、すぐに目を開けた。

寝起きでぼんやりとしているニカに、ソフィは声をかける。

「そんな地面が硬いとこじゃなくて、あっちのソファで寝たら?

 ノレアを気にしてるなら、むしろエランのそばにいたほうが安全だよ?」

「……え? あ、うん」

ニカは少しだけ驚いたようだが、すぐに毛布を持って立ち上がった。そのまま、エランが横になっているソファへと向かいかける。

だが彼女はその途中で立ち止まった。

首をこちらへと向け、口を開く。

「あのね、ソフィ。今日の雑談のことなんだけど」

「うん?」

「あなたはどう思っているの? その、このままテロを……戦いを続けて、地球は良くなると、思う?」

「…………」

すぐには答えられない。

ソフィが昼間からずっと考えていたのも、まさにこのことだった。

 

もしノレアが言う通りにスペーシアンを地球から駆逐できるなら、確実に地球の状況は良くなるだろう。

だがニカの言う通り、それは不可能な話だった。真正面からではスペーシアンに勝てないからこそ、地球側はガンダムなどという命を削る兵器に頼り、テロ活動に走っているのだから。

そしてテロに走れば走るほど、自分たちの攻撃や宇宙からの報復で建物や道路は壊れ、水道や電気は止まり、ますます地球は貧しくなる。

だから答えは――

 

ソフィの頭にちらりと、この部屋に仕掛けられているだろう盗聴器のことがよぎる。

だが、

「良くならない、だろうね」

少女は躊躇なく、ニカに返答した。

「少なくとも、美味しいご飯はますます食べられなくなる。その理屈は、まあ、飲み込めたよ」

「じゃ、じゃあ」

ニカの顔が輝き、彼女は身体ごとこちらに向き直った。

「それなら、やっぱりテロなんて止めるべきだよ。こんなことを続けてたって、誰も幸せにならないよ」

「…………」

その問いかけにも、やはりすぐには答えられない。ソフィは左手で頭をかく。

 

正直、この問いに真正面から答えるのは面倒くさい。きっとひどく疲れるだろう。

だがやはり、真剣に自分の考えを伝えるべきなのだろう。ニカのためというよりも、自分が知り合ってきた人々のために。

ソフィもまた、相手に身体ごと向き直った。

「あのさ。ニカは知らないだろうけど、フォルドの夜明けの戦闘員にマチェイってのがいてさ。トラップ作るのが得意なおっさんなんだけど」

「……え?」

相手の困惑顔を見つめながら、ソフィは続ける。

「そいつ、もともとは街の修理屋さんだったんだよ。奥さんがいて、子供も3人いて、真面目に普通の暮らしをしてたんだってさ。

 でもある日、奥さんと子供3人を一度に失ったんだ。街でデモがあって、それをベネリットグループの駐留部隊が武力鎮圧して、その流れ弾に巻き込まれて、4人とも殺された。デモに参加したわけじゃなく、いつもの買い物の帰り道だったんだけどね」

「………!」

「マチェイは家族の葬儀を済ませた後、ベネリットグループに訴え出た。家族を巻き込むような鎮圧方法を選んだ駐留部隊の指揮官に責任を取らせようとしたんだ。

 そしたら数日後、マチェイはいきなり殺人犯として指名手配された。罪をなすりつけられたんだよ。マチェイ本人が家族全員を殺したってことにされたんだ。マチェイは警察に捕まる寸前にどうにか街の外に脱出し、そのままテロ組織に入ったんだってさ」

ニカは絶句している。やはり彼女は何も知らなかったようだ。無理もないが。

ソフィは真顔で、ニカに問いかける。

「マチェイはどうすればよかったんだろうね。

 おとなしく捕まれば間違いなく死刑だよ、口封じも兼ねて。でも他の街に逃げ延びたとしても、指名手配されてるからマトモな職業には就けない。

 それに、あいつの家族を殺した本当の犯人は、そのあとも駐留部隊の指揮官に収まって、力ずくの治安活動で何人もの市民を殺し続けてる。

 マチェイは逃げながら色々と考えて、フォルドの夜明けに入ることにしたんだ。それまでろくに銃を握ったこともなかったのに」

それは、ある日の夜に薪を囲んで、本人から聞いた話だった。

 

マチェイだけではない。フォルドの夜明けのメンバーから聞かされた身の上話は、どれも似たり寄ったりだ。

先祖伝来の土地と家を企業行政法によって無理やり奪われた。いわれなき罪をでっちあげられ、テロ組織に逃げ込まざるを得なかった。

たぶんその中には、嘘や誇張、思い込みも混じっていたのだろうけれど。

大事なものを力ずくで奪われて、そして正当な手段では二度と取り戻すことはできない。その一点だけは、間違いなく全員に共通していた。

 

ソフィは真顔のまま、ニカに再び問いかけた。

「……マチェイは本当に、どうすればよかったんだろうね?」

それは彼女本人にとっても、答えを見つけ出せない問いだ。

マチェイは真面目な男だった。修理の腕も確かだった。本人の幸せだけを考えたなら、フォルドの夜明けになんて入らず、どこか遠い街に偽名で隠れ住んで、モグリの修理工をしながらひっそりと暮らせばよかったのだ。

だけど彼は自分の意志でテロ組織に残り続けた。残り続けて、あっさりと命を落とした。

 

ニカは下を向いて黙り込んでいる。……真剣に、考え込んでいる。

答えなんて出ないだろうし、それでいいのだろうと思う。簡単に答えなんか出されたら、そっちのほうが腹が立つ。

ソフィはそう納得して、踵を返した。自分のベッドへと戻りかける。

 

と、絞り出すような声が背中に響いた。

「……あなたも……?」

下を向いたままのニカが、問いかけてきた。

「あなたも、家族を奪われたの?」

 

「……いや、別に」

ソフィは苦笑しながら、もう一度ニカに向き直る。

「私は捨て子だったから。ノレアやみんなと違って、誰かに奪われたわけじゃないよ」

そう、奪われたわけではない。

自分を孤児院の前に捨てていった親は、おくるみ代わりのボロキレ以外は何も与えてはくれなかった。名前すらも、だ。

「最初から大事なものは持ってなかった。

 ……奪われて怒るノレアたちが、実はちょっと羨ましいくらい」

だから、大事なものが欲しかった。

欲しかったけれど、力ずくで奪う方法しか知らなかった。

だから力ずくで奪ってきただけだ。恨みや憎しみがあったわけではない。

 

結局その方法では、大事なものは手に入らなかったのだけれど。

 

「ま、そういうわけでさあ。

 冷静に考え直してみたら、私はすぐに止められたんだよね。

 止めるつもりがあって、止めたあとも生きていく方法を知っていたなら」

そしてエランからは、モビルスーツを降りても生きていく方法があると言われた。生き延びる才能があると言われた。少しばかり怪しい助言ではあったが。

「もう少し早く気づけたら、私は止めることができたかもね。もう遅いんだけど」

「そ、そんなことはないよ! 遅いなんてことはない!」

ニカが必死に言い募る。

「今からでも、止めてしまえば……辞めてしまえばいい! 私みたいに、フロント管理局に自首して……いえ、私は直前で妨害されちゃったんだけど。でも、私もここを出られたら、ちゃんと自首するから! だからあなたも」

「いや、だからさあ。遅いんだよ、もう」

ソフィは苦笑したまま、自分の右手を差し出した。

麻痺した指を、ニカの眼前に突きつける。

「エランから聞いたんだよね? ガンダムの呪い。データストームによる身体の障害と、死。

 私はもう長くない。たぶんあと半年と生きられない。ひょっとしたら一ヶ月後には死ぬかも知れない。

 やり直してる時間はないんだ。私には、ね」

「……あ、ああ……」

目を見開いて、ニカがあとずさる。

衝撃をまともに受け止めた彼女の肩を、ソフィは左手でぽんと叩いた。

「あんたがそんな顔をしてどうするのさ。これは私の問題だよ? 私が勝手にパーメットスコアを上げすぎて、勝手に自滅しただけ。

 あんたが気に病むことじゃない。そんな顔されても、逆に腹立つ」

そう言い捨てて、ソフィは今度こそベッドへと戻っていく。

後ろで立ち尽くすニカには、もう視線は向けない。いま彼女に語るべきことは全て語り終えた。

 

――そう。私は自滅だ。時間がないのは自業自得。それでいい。

 

ベッドの上で、のそのそと布団に身体を入れる。

その途中で、隣のソファに身をうずめて眠るノレアを、ちらりと見やった。

 

――でも、こいつにはまだ時間がある。

 

真面目に冷静に戦い続けた相棒なら、死期はもっとずっと後のはず。だから。

布団をかぶって目を閉じて、ソフィは祈った。

どうかノレアは、間に合いますように、と。

 

祈りを聞き届けてくれる相手のことなんて、ろくに知りはしなかったけれど。

 

 

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