ハズレ部屋のソフィ   作:カラテマ

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07 相棒の気持ち_エランとの会話

 

 

次にソフィが目が覚めたのは、早朝だった。

部屋の照明はまだ暗い。寝ぼけ眼で周囲を見回すと、ノレアはまだ隣で眠っている。ニカはエランの向かい側のソファに移動し、そこで毛布をかぶっていた。

そしてエランは、すでに目を覚まし、壁面に埋め込まれたモニターに見入っている。

「……?」

モニターをよくよく見やれば、今までずっと真っ黒だったその画面に、ニュース映像が表示されていた。音声はミュートのままだったが、映像には文字起こしが付いていて、情報を読み取ることは難しくない。

 

ニュースは、地球のクイン・ハーバーで発生中の、大規模なデモと暴動の様子を伝えていた。

 

「…………」

ソフィはベッドを出て、エランの横に歩いていく。

そのまま挨拶もなしに隣に座った。

「……このテレビさあ、他のチャンネルには変えられないの? つまんないニュースより、アニメとか見たいんだけどなあ」

エランは顔をこちらに向けもせず、首を振る。

「残念ながら、チャンネルを選ぶことはできないみたいだね。スイッチもなければリモコンもなし。向こうがセレクトした番組だけを強制的に視聴させられる親切設計だよ」

「へー。余計なお世話ってヤツだね」

ソフィは不機嫌な声でそう答える。

実際、不機嫌にならざるを得ない。自分はともかくノレアがこんなニュースを見たら、怒りをさらに募らせるのは間違いない。

それが――それこそがプリンスの狙いなのだとしたら? ソフィの中で、嫌な予感がますます大きくなっていく。

 

急いだほうがいいかも知れない。

モニターには警棒に叩きのめされる市民が映り、流れる字幕は増え続ける死傷者の数を伝える。だがソフィはすべて無視し、脳内でこれからの話の流れを組み立てていく。

 

そうしていると、隣のエランが興味深げに問いかけてきた。

「……君はこういうニュースを見ても、あんまり怒らないんだね?」

ソフィは少しだけ笑って、返答する。

「ま、正直他人事だし。

 力が強いほうが弱い連中を踏みにじって奪う、なんてフツーの話だし。

 私もそのやり方で生きてきたしね。怒る筋合いなんてないよ」

「……じゃあ、君が弱いほうに回ったら?」

「もちろんゲームオーバーだよ。強いやつに出会ったら、命も何もかも奪われてオシマイ、ってだけ」

平然とそう答えた後、瞳だけを動かし、自分の右の手を見やる。

この手ではもう、銃の引き金も引けなければビームライフルのトリガーも引けない。今や自分も完全に弱者、奪われる側というわけだ。

 

エランはさらに質問を重ねてきた。

「……君とノレアは、違うってことかな?」

「そりゃ、ぜんぜん違うよ。ノレアは――」

首だけをベッドの方へ向けると、相棒はまだ、ソファのなかで寝こけていた。

無防備な寝顔を見つめながら、続ける。

「ノレアの身の上はよく知らない。一度も話してくれなかったから。でも、人から聞いたことがある。あいつは自分の両親をスペーシアンに殺されたんだって。

 だからノレアはスペーシアンを本気で憎んでる。いつもスペーシアンに怒ってるんだ。だって、」

ソフィはそこで口を閉じた。

左手を伸ばし、エランの手の甲をつつく。

 

――あいつはきっと、両親からたくさん愛してもらっていたから。

 

モールス信号でそう伝えると、エランは天井を見上げた。

何を考えているかよくわからない表情で、彼はしばらく黙り込んでいたが。

 

「……ああ、ごめんごめん。暗い話になっちゃったね。

 せっかくだから、もっと明るい話題で会話しようよ」

 

視線を水平に戻すと、いつもの軽薄な笑顔を浮かべたのだった。

そのキャラクターの変貌ぶりに、内心舌を巻きつつも。

ソフィもまたいつものふてぶてしい笑みに戻り、話題を切り替える。

「じゃあさ。この前の話の続きをしようよ」

「この前の話? なんだったかな?」

にこやかに笑う相手の手の甲を、そっとつつく。

 

――危なくなったらノレアを助けてほしいって件。返事は?

 

するとエランは、顎に左手をやった。

「ああ、そうか。ここを出たら、君とノレアと一緒にデートに行こうって話をしたっけ」

と同時、エランから手の甲をつつき返される。

 

――承諾する。でも、君も一緒だ。

 

ソフィは呆れたような表情を浮かべた。

「何言ってるのさ、そんな話してないよ。ていうか、ノレアはともかく、なんで私までデートに連れてくつもりなの。 

 女の子を二人同時に連れまわそうなんて発想、気持ち悪すぎ」

 

――私はいい。もし荒事になったら、ノレアだけを連れて逃げて。

 

エランはこれ見よがしに胸に手を当て、へらへらと笑う。

「いやいや、ノレアだってきっと、デートに出かけるなら君と一緒がいいって言うはずさ。僕としても、両手に花は大歓迎だよ」

 

――無理だ。彼女は君を置いていけない。

 

……?

エランが伝えてきたメッセージに、ソフィは疑問符を浮かべた。

置いていけない、とはどういう意味だろう。

ノレアだってそれなりに修羅場はくぐっている。銃弾飛び交う中、自分のような半死人を連れて逃げるなんて自殺行為だということくらいは承知しているはずだ。

「止めろっての。そんなふざけた真似したらノレアが激怒するよ? 最悪、殺されるよ?

 デートするならノレア一人だけ。私は諦めなよ」

ソフィはそう口にしながら、青年の右手をつつく。

 

――あいつはそこまでガキじゃないよ。

 

いざとなれば、真面目な我が相棒はきちんと最善の行動を取ることができる。その確信を込めてモールス信号を送る。

だが、エランはなぜか同意しない。

メッセージを返すこともせず、黙ってこちらを見ている。

いつの間にかその笑みは、へらへらとしたものではなくなっていた。

 

「……エラン、こっちの話、聞いてる? デートは私を置いて、あんたたち二人で」

「ああ、思い出した」

いきなりエランが口を開いた。

こちらのセリフに強引に割り込んで言葉を続ける。

「昨日の夜、君が寝ている間のことだけど。ノレアが一度だけこっちに来て、僕に話しかけてきたんだ」

「……へ?」

無口で内向的で無愛想な我が相棒が、自主的にエランに話しに行った?

意外にも程がある。ソフィは身を乗り出した。

「あいつ、あんたに何を言ったの?」

「あまり君に近づくなとか、君に気安く話しかけるなとか、君を騙そうとするなとか、君に色目を使ったら殺すとか、まあそういうことを延々。5分くらい。いつもの調子で」

「……それだけ?」

「それだけだね。ひたすら君のことだけだった」

「……? 何、それ」

よくわからない。ノレアはいったい、エランに何を言いたかったのか。

相棒の気持ちを測ることができずに首を傾げていると、緑の髪の青年はじっとこちらを見た。

その目は笑っていなかった。

「あの子、君にものすごく依存しているんじゃないか? 君はまるで自覚がないようだけど」

え?

「もし君が――たとえば戦死するなりして――あの子の傍からいなくなったとしたら。

 ……あの子、耐えられるのかな?」

ええ?

 

そんなバカな。

あいつはそんなキャラじゃない。

皮肉屋だけど、いつだって冷静で、寡黙で、いちいち仲間の死に動じたりなんて、

 

『置いていかないで……ひとりぼっちにしないで……』

 

いつか聞いた泣き声が脳裏をよぎり、ソフィは目を見開いた。

 

エランが語り始める。

いつもとは真逆の、真摯で重々しい口調で。

「君がこの部屋に担ぎ込まれてから二日前に目を覚ますまでの間、ノレアはずっと君の看病をしていた。

 そりゃあもう甲斐甲斐しくね。僕も思わず手伝いを申し出ちゃったくらいに必死だったよ。

 ……彼女は錯乱しかけてた。君がこのまま目覚めないんじゃないかって、ひどく心を痛めてた」

「…………」

「どうも君は、自分の命をとても軽く見てるようだ。

 ま、それ自体は君の哲学ってやつだ。好きにすればいい。

 でも、ノレアにとって君の命は軽くはない。むしろ何よりも重いかもしれない。

 ……君はそういう彼女の思いに、きちんと向き合ってないんじゃないか?」

「…………」

ソフィは何も返答できない。

初めて見るエランの真剣な表情に気圧された、ということもある。

だが最大の理由は、突きつけられた問いの重さを、受け止めることができなかったためだった。

 

……私に死んでほしくない? 死んでしまったら、立ち直れない?

……いつ死んじゃっても構わないと、私はそう思っていたのに?

 

こちらが呆然としているのを見て取ったエランは、ふう、と一つ息をついた。

「……ごめん。こんなの余計なお世話だよね。

 僕としても本当は、こんな踏み込んだことを話すつもりじゃなかった。

 でも、どうしても黙っていることができなかった。

 君にきちんと向き合ってもらえないノレアが、あまりにも可哀想だったから」

 

「……私、は」

何か言い返そうとして、結局ソフィは、何も言えなかった。

エランの指摘どおりだったからだ。

 

ノレアが素直じゃないから、それに甘えて、真剣に相手の本音を聞き出そうとしなかった。

いつも黙って後ろを守ってくれるから、それに甘えて、いつも好き勝手に振り回していた。

自分はノレアの何を知っていたというのか。いやそもそも、何も知ろうとすらしなかったんじゃないのか。

 

「あー……」

後悔の念が押し寄せて、ソフィは頭を抱える。

なぜこんな大事なことを、今更になって知る羽目になるのか。

自分にはもう、いくらも時間が残っていないというのに。

 

「ま、身近な人だからこそ本音に気づかない、なんてよくあることだよ。そんなに気を落とさないで。

 とはいえ……このままってわけにはいかないよね。

 もう一度、君の友達とよく話し合ってみたら? 多分それくらいの時間はあるさ」

慰めるようにそう言ってから、エランはソファに座り直した。

彼は無言でニュースに見入り、そして何かを考えているようだった。

 

ソフィもまた、無言で立ち上がった。のろのろと自分のベッドへと戻っていく。

 

背後のニュースは、地球での死傷者の数を報じ続けていた。

 

 

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