ハズレ部屋のソフィ   作:カラテマ

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08 すべてが終わったら_ノレアとの会話

 

 

気づけば、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

「……あれ」

のそのそと上半身を起こしてみると、時刻はとっくにお昼を回っている。また二食ぶんを食べ損ねたらしい。

右へ首を向ければ、中央のソファにエランとニカが隣りあって座り、モニターに映るニュースを見つめていた。

昼間になったからということか、映像音声が部屋に響いている。デモ隊のリーダーとの交渉がどうとか言っている。

「もうミオリネの会談が始まるのか。展開が早いな。

 さて、総裁選に向けての点数稼ぎとしては、どういう結果が望ましいのかな?」

「ミオリネはそんな打算的な人間じゃありません。地球の人々と手を取り合いたいって気持ちは本物です。きっと双方にとっていい結果に……」

そんな二人の会話も漏れ聞こえてくる。

……会談?

「デリングの娘が地球に降りて、地球側の代表と会談をするんだって」

首を傾げていると、背後から不機嫌な声が状況を解説してくれた。

無論、ノレアだ。

彼女はベッドの横のソファに座り、ノートと鉛筆を手にしたまま、苛つきを隠せない表情でニュースを眺めている。

「……虐殺者の娘め。今さら慈悲深き支配者を気取るつもりか。反吐が出る……!」

 

相棒の横顔を見つめながら、ソフィは思考を巡らせる。

 

ノレアはいつも、世界に対して怒っていた。

それは世界に諦観していたからだと思っていた。何の希望も持っていないからだと思っていた。

 

……そんなはず、ないじゃん。

 

ちょっと考えてみればわかることだ。

本当に何の希望も持っていないなら、いちいちこんなふうに苛立ったり怒ったりはしない。

完全に無関心になるだけだ。……自分みたいに。

 

まだ希望を捨てきれていないからこそ、期待を裏切り続ける世界に怒るのだ。

 

……結局、私は何も判ってなかった。相手の言うことを額面通りに受け取るだけだったから、ノレアの本心も見えてなかったんだ。

 

早朝のエランとのやり取りを思い出しながら、ソフィは自嘲する。

戦って奪う以外のやり方はないのか。

戦い続ければ地球は良くなるのか。

自分はいつもそうだ。深く考えなかったから、結局は何も判らないままだった。

 

だけどもう、そういうわけにはいかない。

いつ荒事が起こるかわからないのに、相棒の本音を知らないなんて危険すぎる。

いざというとき、相棒が自分を置いて逃げることができない、なんて事態に陥れば、二人で共倒れになりかねない。

 

ソフィは決意する。

相棒と向き合い、彼女の本心を聞き出し、そして必要であれば説得しなければいけない。

自分を見捨てて逃げるよう言い聞かせなければいけない。

 

ニュース映像を見ながらぶつぶつとつぶやくノレアに、ソフィは話しかけた。

 

「ノレア。

 あのさ、もう気づいてると思うけど」

相棒がこちらに顔を向ける。

 

そう、彼女はもうとっくに気がついているはずだ。

こちらの右手が動かないことを。しょっちゅう頭痛を感じていることを。すぐに疲労が貯まることを。

……命が、長くないことを。

気づいていながら、ノレアはその話題を避けている。極力触れまいとしている。

 

でも、もうお互いに目を背けるわけにはいかない。

ノレアの緑がかった瞳を真正面から見つめ、ソフィは核心へ踏み込む。

「私の身体は、たぶんあと」

そして即座に胸ぐらを引っつかまれ、言葉を途切れさせる羽目になった。

「ぐえっ。ノ、ノレア、ちょっ」

「…………」

恐ろしく強い力で下に引きずり込まれ、身動きが取れない。頭は布団に押し付けられんばかりだ。

抵抗もできないまま目を白黒させていると、ノレアの声が響いた。

「……言わないでっ……」

相棒の顔はすぐ近くにあるけれど、首を無理やり押し下げられたので視界の外だった。だからその表情は見えない。

「……言うな。それ以上、何も言わないで」

ささやくような小声で、相棒は喋り続ける。

それはこちらに話しかけるというより、ここではないどこかへ祈り上げるような口調だった。

 

「お願いだから、これ以上は。

 これ以上は何も。何も。何も」

 

「……ノレア?」

その切実さに、ソフィは驚く。

相棒の声に込められた感情の重さは、少女の想像をはるかに超えていた。

 

「何も。何も言わないで。何も。何も。何も。

 ……何も奪わないで。

 お願い。

 これ以上は。

 これ以上はもう、私から奪わないで……」

 

声は涙混じりになっていた。

ソフィを掴む腕は、震えていた。

 

「お願い。あんたは。ソフィだけは。

 ソフィを私から奪わないで。ソフィだけは、ソフィだけは……」

 

予想だにしていなかった事態に、ソフィは驚き戸惑う。

首を捻じ曲げて右手側を見ると、エランとニカも困惑顔でこちらを見ていた。

二人ともこちらに声をかけようとはしない。エランは腰を浮かしかけていたが、しかしその場からは動いていなかった。

 

――ソフィ、君がなんとかするしかない。

 

彼の真剣な表情は、そう語っていた。

 

……そりゃもちろん、そのつもりだ。

だけど、今のノレアにどんな言葉をかければいいのかが分からない。

そもそも、なぜ彼女がこれほどまでに思い詰めてるのか、それがよく分からない。

 

自分はすぐ死んでしまうと言うのに。

家族というわけでもないのに。

なぜこうも死んでほしくないと願うのか。

それがソフィには、わからない。

 

「…………」

そして、思い出す。

自分が何も判っていなかったのは、知ろうとしなかったからだ、ということを。

どうして、と尋ねなかったからだということを。

 

「どうして?」

下を向き、相手と頭の一部を接する。

そんな奇妙なポーズのまま、ソフィは問いかけた。

「どうして私に死んでほしくないのさ。仲間が死ぬなんて、今まで何度でもあったじゃんか」

 

自分たちみたいな魔女は何人もいた。皆、知り合ってから2年とたたずに死んでいった。

だから、自分もノレアもそうなるものだと受け止めていた。

いずれすぐに死ぬのだから、死ぬことをいちいち怖がる必要はないと思っていた。

死なないことを願うのは不毛だと思っていた。

 

「みんなと同じだよ。みんな死んでいった。私も死ぬ。それだけのことじゃん」

「……違う……

 他の子たちとは、違う……」

絞り出すような声で、ノレアが答える。

だが、ソフィは分からない。

 

「あんたと私は家族じゃないんだよ?

 家族なら死んだら悲しいってことは、私も知ってる。

 でも私は家族じゃないんだから、私が死んだら次を見つければいい。次の仲間と相棒になればいい。

 今までだってそうしてきたんでしょ? 私も、あんたも」

「嫌だよっ! 嫌、なんだよ……!

 家族じゃなくても、なかったとしても、それでもソフィに死んでほしくない!」

 

ノレアの腕の力が、ますます強くなる。

絶対にこの手を離さない、離したくないと言わんばかりに。

しかしソフィには分からない。どうしても、分からない。

 

分からない、けれど。

本当によくわからない、けれど。

 

……嬉しい。

 

そんな気持ちが、芽生えた。

 

「私たちは家族じゃなくて、私はすぐ死ぬのに、それでも死んでほしくないの? ノレア」

「……そうだよ……」

「なんで?」

「……っ。

 好き、だからだよぉ……!

 好きだから、ずっと一緒に、生きていたいんだよぉ……!」

 

ノレアの訴えを聞いても、やっぱりソフィは理解できなかった。

好きだろうとなんだろうと、人は死んでいく。

自分たち魔女は特にそうだ。

死んでいくと決まっているのに、死んでほしくないと願うのは不毛だ。現実を直視できていない。さっぱり理解できない。

 

理解できないけれど、しかしソフィは、思った。

 

そういうふうに思ってもらえるのは。

ずっと一緒に生きていたいと思ってもらえるのは、嬉しい、と。

 

新たに芽生えたこの気持ちは、自分自身でもよく分からないものだった。

けれど、手放したくないと思えるものだった。

切り捨てたくないと思えるほどに、暖かい感情だった。

「…………」

しかし、困った。

これではノレアを説得できない。

死んでほしくないと願うノレアの気持ちを、嬉しいと思ってしまっている今の自分では――自分を見捨てるようノレアを説得するのは無理だ。

視線を横に向けてみると、エランは相変わらずこちらを見守るだけだ。表情は真剣だけれど、助けに入ってはくれそうにない。

 

……どうしよう。

 

このまま何も言わずにいれば、一歩も前に進めないということになる。

もしかしたら明日にでも揉め事が起こるかもしれないというのに。

 

ソフィは必死で考える。今までの人生でもダントツと断言できるほど全力で脳をフル稼働させる。

この場でノレアを説得することは難しい。順番通りに話を進めることはできない。

 

4人ともが沈黙したために、部屋の中に響くのは、ニュースの音声だけとなった。

 

『……ベネリットグループが譲歩する可能性は低いですが、もし交渉が妥結すれば、地球側にとって大きな進展に……』

 

それは明るい未来を期待する声だった。

 

……未来。

そういえば、それを二人で話したこと、一度もなかったな。

そんなものがあるなんて、今まで一度も考えたことはなかったから。

 

ひとりごちた後、ソフィは口を開いた。

「ねえノレア。何もかもが終わったら、何したい?」

「……え?」

意表を突かれたのか、相棒が疑問符を上げた。彼女の腕の力が緩む。

話題そらしに成功したソフィは顔を上げ、再び相棒と視線を合わせる。

 

「何もかもが上手く行って、全部終わって……私たちが戦う必要もなくなったらさ。

 あんたは何がしたい? ノレア」

 

「何って……」

ノレアは呆然としている。

ソフィはにっと笑い、そして促した。

「言ってよ。私はノレアが何をしたいのか、一度も聞いたことがなかった。

 全部終わったら何がしたい? ガンダムを降りて、銃を捨てて、どこへ行きたい?」

 

それは現実逃避の質問だった。

今の苦境から目をそらして、都合のいい未来を夢見る。

問いかけたソフィ自身も、それは十分に自覚していた。

 

だが、今を直視できないなら、せめて。

未来への希望を、繋ぎたい。

 

「なんかあるでしょ? やりたいこと。行ってみたい場所」

「…………」

ノレアは無言だ。こちらを見つめ返し、泣きそうな顔で考え込んでいる。

彼女もこの問いかけが現実逃避であることは分かっているのだろう。

それでも今は、彼女もそれに縋るしかない。縋らなければ、今を耐えることすらできないのだから。

 

そして、数秒後。

ノレアはとうとう、自らの望みを口にした。

 

「……絵具を買って、筆を買って、キャンバスを買って、イーゼルを買って。

 それを持って、太陽が明るい場所に行ってみたい。空気が綺麗で、水が美しくて、色彩が豊かで。

 あんたと一緒にそんな場所に行って、風景を一つ一つ絵にしたい。心いくまで筆を走らせたい」

 

おお、とソフィは感嘆した。

我が相棒はやっぱり詩的だ。自分だったら美味しいものを腹いっぱい食べたいとかその程度なのに、願いの描写の量からして違いすぎる。

 

「太陽が明るい場所かあ。いいねー。でも、それってどこに行けばいいのかなあ?」

「南仏のアルルはどうだろう? 大勢の有名な画家がそこで絵を描いたそうだよ。大昔の話だけど」

いつの間にかベッドの傍に忍び寄っていたエランが、訳知り顔で提案してくる。

ちゃっかりと美味しい役をこなす彼にジト目を向けつつも、ソフィは彼の話に乗っかった。

「南仏……えーと、どこだっけ? どこにあるか知らないけど、どうやって行こうか」

「クイン・ハーバーからだと地球の反対側になるね。飛行機は飛んでいるかな。飛行機がなければ船か」

「……船なんて使ったら、何十日もかかる。そんなに長い間、ソフィが船の中で大人しくできるはずがない」

意外にも、ノレアも話に乗っかってきた。

先程まで泣きそうな顔だったのに、薄く笑みすら浮かべてこちらを揶揄してくる。

なんだとお、とソフィは怒ってみせた。ノレアだって狭いところに閉じ込められるのは嫌いなくせにと反論した。

 

そうしながら、ソフィは改めて決意する。

 

ノレアには時間がある。未来への願いがある。自分と違って。

だから、必ず生かしてここから返す。

 

たとえどんな手段を使ったとしても。

 

 

モニターの中ではニュースキャスターが、地球と宇宙の代表同士での会談が始まったことを伝えていた。

 

 

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