…亀更新といってもこれはさすがにひどいですよね…すみません。
まだまだ何も明らかになっていないような本作ですが、今回もお楽しみいただければ幸いです。
harmonize.-天秤-
町から少し離れた研究所とは名ばかりの前線拠点。そこに帰り着くと同時に、私はある少女に呼び出された。
……聯がアイヴォリーかもしれない。彼女はそう告げた。
「本気?あいつ17だよ?もう能力なんて出ないって。これまで使ってたとこも見なかったし。」
「まだ18は過ぎてない。」
相変わらずって言うか何て言うか……沙羅(さら)ってやっぱり自分で出した結論は曲げないんだなあ……間違ってたことも一度もないけど。
「それに、フィールドにいたことはとっくに確認してある。……何よりの証拠だと思うけど?」
「んー……」
今回も彼女の言い分は筋がしっかりと通っていて、事情を知るものなら誰もが正しいと断言できるもの。でもそれだけに今回は……
「柚子香の友達……だっけ。」
「うん。幼なじみ。お爺ちゃんとこ来てからだから……沙羅とほとんど同じくらい。」
「そう。」
正直、奏滝を巻き込みたくない。小さな反抗を続けているのは、そんな身勝手な理由一つだけだ。
「柚子香には悪いけど、この件は司令に伝えないと。……分かってるでしょ?」
「……」
リーダーとして持っていなければいけないものを、全て持っていて尚気取らなくて。かれこれ十年ほど前から彼女は変わっていない。
「嫌だ、って思うかもしれないけど、どうしても引っかかるから。」
「引っかかる?」
「彼、あなたのところに辿り付くまでに数回速度が上がっているの。加速点同士の間は全く変わらないのに。間に合わないって思っただけかもしれないけど……そんなところまで考えられる人が、反撃を想定しない剣戟とかノーガードであなたの刀を受けたりとかすると思う?」
……しつこくはない程度に頑固なところも、だ。
「……うん。司令には私から伝えるよ。」
「ごめんね。嫌だろうけど、せめて報告くらいはしておきたいから……」
「気にしないで。私だって分かってる。」
「……ありがと。」
申し訳なさそうに笑う沙羅とハイタッチをして、私は部屋を出た。
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「……ふむ。よい腕前ではないか。」
「……そりゃどうも……」
ずきずきする脇腹を意識から切り離しつつ、状況の整理をしようとして……やめた。何度考えても訳が分からん。
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「……何よりも速くなりたい。」
「……それが望みか?」
「このくらいしか思い付かないもんで。」
餓えた獣が久方ぶりに獲物を見つけたかのような笑みと共に、彼女は言い放った。
「お前の望み、聞き入れた。」
彼女の言葉と同時に吹き付けた突風。彼女を中心に渦を巻くように荒れる烈風は徐々に強くなり、彼女自身にも変化が訪れる。
……そう……何と言うかそのまんまで言うというか……
白銀に煌めく狐耳が生え、それに驚いている間に九本の尾までもが彼女の後方に揺らめいた。顔には隈取りのような紋様が現れつつ、元々キツかった目つきが眦が上がることで更にすさまじくなる。経験がないから分からないけど……これが畏敬の念とか言うやつだろうか?
「お前が手にするのは、全てを越える可能性を持つ速度だ。それは全てお前の“願い”に呼応する。」
親指以外をそれぞれ少しずつ重ねるような形で手を窄め、それを俺の胸のど真ん中に当てつつ告げた。その目はすでに人のそれから狐のそれへと移っており、尋常ではない何かが動いていることを実感させる。
「お前の心を魅せてみろ。」
少女を囲んでいたものとは明らかに別種の風が頬を殴るように吹いた。
「っ!」
反射的に黒葉の方へ向けられた視界の中でさっき見た“何か”が蠢いた。体は思考を無視してただ一歩目を蹴り出す。
……速く……
それと同時に、水泡が弾けるように生まれ出る“願い”。
「黒葉!」
速く……速く!
周囲の音が消え、全てがスローに、あるいはほとんど制止する。蹴り出した足が巻き上げる砂もゆったりと上昇し、制服の一部が速度に耐えきれず裂け、千切れた。
肩に掛けていた木刀を抜く。後一発耐えてくれると嬉しいんだが。
「ーーー!」
間合いに入ると同時に音が戻った。下段からだが仕方ない。てか正直そんなこと気にしてる場合じゃない。
……彼女がくれた力のおかげかは分からないけど、記憶にある限り自己最速で斜めに振り抜いた。一拍遅れでグシャッというような音と共に“何か”がひしゃげ……
「瑞希!」
……みずき?
「薙刀!」
なんかものすごく物騒な言葉が聞こえ、とても良い太刀筋で刃が吹っ飛んできた。
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「にしても、不幸中の幸いだったな。現実なら死んでいたぞ?」
「……お前……知ってただろ。」
「当然だ。」
彼女曰く、俺がさっきいた空間はこの現実世界とは別の場所にあり云々。つまるところ、向こうでの怪我などは反映されないらしい。こっちに戻ってからも痛みなどは持続するものの、それらは心的要因が強いのだと言う。慣れれば感じないそうだけど……正直あんなのに慣れようとは思えない。
「要するに、彼女もお前と同じだということだ。能力の方向性は完璧に別物だが。」
あの後、黒葉に人気のないところまで連行され、スーツのおっさんに「このことを口外しません。」的な誓約書を書かされ、黒葉は黒葉でそいつらの車に乗ってどこかへ向かっていった。ろくに話も出来ずに、だ。
しかもこの少女っつーか狐っ娘っつーかの方はときたら……俺がおっさんに囲まれて目を白黒させているのを後ろから面白そうに眺める始末……どうやら俺以外には見えていないらしい。
それからやっとのことで解放されたと思ったら……今度は家に少女が付いて来た上、親父が急用とか言って外出している始末。
再度外に出て晩飯の食材を買ってその他諸々を済ませてさあ作るか、という段になって……
『私の分はあるのか?』
……作ればいいんだろ作れば!?
とまあかくかくしかじかあって今に至る。
「さて……腹も満たされた。そろそろ説明に入るとしようか。」
彼女が切り出したのは、少な目のご飯と味噌汁、小皿一杯分の肉野菜炒めを平らげた後だった。
「まずは自己紹介か。」
「んじゃあ俺から……」
「よい。お前のことはある程度知っておる。」
「……?」
知っている?
「お前の持っている輪を見てみろ。」
椅子に座った少女に顎で使われる、というのも若干腹が立つんだが……まあ彼女の言う通りにしておこう。
首にかけたチェーンを手繰り寄せて手の平まで持ち上げ……すぐに変化に気が付いた。
「違うだろう?」
「確かに……」
元は石と金属の中間のような触り心地だったリングは、なぜか土を焼いて固めたかのような質感になってしまっている。別の物とすり替えたかのようだが、形や傷の付き方まで一致しているとあってはそれも有り得ない。
「私は元々そこにいたのだ。霊体として、自らを封印して。お前がそれを見つけた頃から私はお前を知っている。」
「封印?」
「お前も見ただろう?先の私の姿は。」
黙って頷いた。きっと尾やら耳やらのことを言っているのだろう。
「有り体に言うなら、私は九尾の狐だ。お前が信じるかどうかは……あれほどの事態に出会っておいて、信じないとは言わぬか。見たところバカではなさそうだ。」
九尾の狐。今のところ、紀元前二世紀から三世紀に中国で著された地理書「山海経」の一書「南山経」に史上最古の記述があるとされ、その後の各王朝が残した史書では度々瑞獣として名を連ねた。その中での扱いは様々であり、天界から遣わされた神獣として平安な世の吉兆、幸福の兆しとして描かれることもあれば、紂王を誘惑し国を滅亡へと追い込んだ「妲己」のような悪しき存在となることすらある。
……そういうときは絶世の美女に変化するのが通例。ま、まあ美『少女』だし大丈夫……か?
「さすがに信じるよ。……で、何でそんなもんに入ってたんだ?」
「この時代で言うところの鎌倉時代中期に、信心深い男が土で作った輪に術をかけた。金属とも石ともつかぬ何かにするためのな。その男はそれが仏の御業と信じ込み、小さな祠を建てた。それがあったのも小さな村だ。何かと不作や疫病が続いていたこともあって、噂はすぐに広まったさ。最後には誰もがそれを拝むほどに。それに自分を封じたのだ。」
話がずれたような……
「いやそれはいいんだけどさ。何でそんなことしたんだ?別に今みたいにしてれば良かったんじゃないのか?」
「……初めはそうだった。ただ……いつだったかな……」
憂い顔で口を噤み、しばらく口を開いては閉じを繰り返した。言いにくいというよりは、言うのを思い留まるかのように。
「……まあよい。一つだけ言えるのは、人の心は移ろい易いということだ。」
まだ言う気はない。そんな目を向けつつ告げてきた。
「名乗るのが遅れたな。燐(りん)だ。分かっているとは思うが、姓はない。」
言い切ると、テーブルを迂回して俺の横まで歩いてきた。何をするかと思えば、優雅な仕草で手を差し出し……
「よろしく頼む。我が霊媒よ。」
霊媒。神霊や死者の霊と意思を通じ、その思いやことばを人間に伝えることができるとされる媒介者。巫女、市子、口寄せなどがその例だ。
……ただこの場合……彼女が言っているのは前述とは異なる意味だと……
「……お前まさか……」
「察しがいいな。正直そろそろ霊力を戻したい。宿主になってもらうぞ?」
それって俺の生命力だの何だのを吸うとか言うんじゃないだろうな?喉元までその質問が上がってきた直後、彼女の言葉が差し止めた。
「案ずるな。お前に何かするわけではない。単純にお前を宿主にしなければ外を自由に動けないというだけだ。」
「霊力を取り戻すってのは?」
「霊力は万物に宿る。大気にもだ。」
……何かよく分からないけど、影響がないならいいか。
「それともう一つ。」
「?」
「お前を宿主としたことで可能になるのが念話だ。」
「ねんわ?」
「簡単に言えば声を必要としない会話だ。距離も関係ない。」
元の席に戻りつつ説明を続ける燐。こうして見ている分にはごくごく普通の少女なのに話していることが非日常的過ぎると感じながらも、頭は妙に冷静に事実を受け入れている。
「どうすりゃいいんだ?それ。」
「心の中で相手に告げる、と言えば分かるか?」
もしかしたら、こうなることを少しは予想してたのかもしれない。……妄想の方が正しいか。
《つまりはこういうことだ。理解できたか?》
燐自身の口は全く動いていないくせに、あたかも耳から入ってきたかのような声が頭に響いた。……なるほど。これがその念話か。
《……たぶん。てかこれで聞こえてんのか?》
《問題ない。初めてにしては上出来だ。》
何が上出来なのかはおいておくとして、ひとまず及第点はもらえるらしい。
……ひとまずこれで、燐と外でも話せるようになるわけだ。想像の中の誰かとしゃべる変態になる気はさらさらない。
「さて……今日は早く寝ておけ。能力を初めて使ったとあれば、それ相応の疲労も蓄積される。」
あまり疲れたようには感じないのだが……まあ彼女のことだ。嘘は言わないだろう。
「分かったよ。お前は?」
「少し自由に動かさせてもらうさ。朝には戻る。」
そう言って窓から外へ出て行った燐。……どうやら、彼女に常識を求めてはいけないらしい。
「……明日っから……どうなんだかな……」
*
夜風が心地良い。私が知っていた何もかもが無くなったというのに、こういうものだけは変わらないのだから……全く、寂しくなったな。
「……おるのだろう?出てきてはどうだ。警戒せずとも、まだ何も出来ん。」
……消えた……か。相変わらず面倒な……
「はあ……」
それにしても……聯は彼によく似ているな……
「颯真(そうま)……そうは思わぬか?」
視点変更や括弧の変更はこの作品では初めてですね。
まず、
*
といった区切りがなされていた場合、場面転換のほかに人物視点の変更があります。
次に、括弧の形が変わっている場合です。
これは登場人物の心の中での発言や、過去の回想における言葉を示します。
これらは私が書く小説では全て共通なので、覚えておいて頂けると助かります。回想に使う『』なんかはあまり出てこないものですので…
それでは、(いつになるかは全く分かりませんが)また次回お会いしましょう。