父親、社会人、そして少女   作:ニセ神主

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第2話

 

 

 どのくらい時間が経ったか。

 崩れ落ちた姿勢のまま座り込んでいた私は、なんとか現状を確認するために立ち上がる。今度は夢と言って現実逃避することなく、改めてじいっと鏡を見つめる。

 

 成る程……全体的に見れば確かに少女だが、部分的に見れば男の頃の私と共通点が何個か見つかる。二重瞼に目尻のホクロなど、私と同じだ。

 しかし、見れば見るほど見事なまでの少女の顔が映し出されているものだから、その違和感が凄まじい。昨日まで、仕事疲れの抜け切らない中年真っ盛りの男だったのだから、無理はないが。

 

「はぁ……」

 

 暫く鏡とにらめっこ状態を続けていたが、結果として何も分からなかったということが分かった。

 外見上から何かしらの原因が分かるかもと思っていた反面、想像以上に落胆してしまう。

 

「おぉ、そうだ! 今日から企画の検討会が始まるんだった」

 

 慌ててベッドの上に戻り、家族に時代遅れだと言われ続けている二つ折り携帯電話を手に取ってパカッと開く。その画面に表示されている時間は午前7時ちょうど。今から着替えて家を出れば十分に間に合う時間だ。

 

「良かった。まだ間に合うな」

 

 ふぅ、と一息ついて胸に手を当てる。その際、何か柔らかな感触が──。

 

「──って、行けるか⁉︎」

 

 手に残る感触が一気に私を現実に引き戻し、無意識のうちに声を荒げる。

 

 今の姿はどう見ても少女そのもの。そんな姿でスーツを着れるわけも会社に行けるはずもない。それに行ったところで私であることを信じてくれる人がいるはずもない。私ですら、当事者でなければこんなこと絶対に信じられないのだから。

 

「うぅむ……」

 

 顎に手を当て、唸る。

 これもいつも癖でやってしまう動作だが、鏡に写る少女の姿は様になるどころか背伸びしてる感が否めない。

 

「どうするか……」

 

 自分のこの状況もなんとかしないといけないが、かといってこのまま無断で会社を休むことは他の人に迷惑を掛けてしまう。

 今日明日、せいぜい一週間で元に戻るのならばなんとか風邪とかの言い訳は出来るだろうが、それでも会社にはそれっぽい事情を説明しておかないと私不在のまま企画が頓挫してしまう可能性もある。

 

 一緒に頑張ってきた部下達のためにも、それだけは避けなければ。

 

「……とりあえず、連絡だけは入れるか」

 

 暫く経っても一向に変化の兆しすら見えない自身の身体に諦めをつけ、私は携帯電話を手にする。そして電話帳から会社の上司の名前を見つけ、早速電話を掛ける。

 

『神谷か。こんな早くからどうした?』

 

 数コールの後、電話の向こうから聞き慣れた低めの声が聞こえてくる。

 

 相馬仁。

 私の同期で、今は部長として私の上司にもなっている彼は高校からの腐れ縁ということもあり、私との会話は昔のように軽い口調そのままだ。無論、TPOを弁えてだが。

 

「こんな朝早くからすまんな。実はちょっと問題があってな」

 

『はぁ? お、おい神谷?』

 

「うん? どうかしたか?」

 

 電話越しに相馬の慌てた声が響く。

 

『あー、もしかして真尋ちゃん? それとも香澄ちゃんか? 悪いがお父さんに代わってくれないか?』

 

「何を言っているんだ相馬。私だ、優一郎だ……あっ」

 

 言ってから気付く。

 そういえば声も見た目同様、少女そのものに変化していたのだった。

 

『どうしたんだい? お父さんと何かあったのかい?』

 

 気を遣っているのか相馬が心配そうに声を掛けてくるが、正直私はそれどころではなかった。

 

 電話を握る手に汗が滲んでくる。

 何も考えずに相馬に電話をした自分を呪ってやりたいぐらいに後悔したが、とりあえず今はどう誤魔化すべきか。幸い、相馬は娘達のどちらかと勘違いしているようだから、それに乗らない手はない。

 しかしそれは同時に私のプライドというか矜持というか、それを捨てる必要がある。

 

 

 ──あぁ、もう!

 

 

 そして、私は覚悟を決めた。

 

「わ……」

 

『うん?』

 

「私だよ、私。真尋だよ。ちょっと相馬さんを驚かせようとしただけ」

 

『なんだ、やっぱり真尋ちゃんか。それでこんな朝早くからどうしたんだい?』

 

「実はお父さんが風邪を引いちゃったみたいで、しばらくお仕事を休ませて欲しいなぁってお願いなの」

 

『神谷が? 分かった。会社の方には私から言っておくから真尋ちゃんは心配しなくても大丈夫だよ』

 

「あ、ありがとう相馬さん! 電話勝手に使ったのバレたら怒られちゃうからもう切るね」

 

『あぁ。 こちらこそ連絡ありがとう』

 

 相馬が最後にそう言うと電話が切れ、耳元に当てた電話からはツーッ、ツーッという音のみが聞こえてくる。

 その音が聞こえてくると同時に、私の手からスルリと携帯電話が落ちる。

 

「〜〜〜〜〜〜っ‼︎」

 

 力なくベッドに倒れた私は、今度は思い切り枕に突っ伏すと声にならない叫びを上げ、足をバタバタとさせながら身悶えた。

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