父親、社会人、そして少女   作:ニセ神主

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第5話

 

 なんだかんだ賑やかな朝食が終わり、私はリビングのソファに座っていた。が、いかんせん着ている服がセーラー服というのは妙に落ち着かない。部屋着に着替えようにもサイズが合わないし、香澄も昔の小さな服を持っていないから着替えることすら叶わない。

 

 チラリと台所を見れば、朝食の片付けで洗い物をする香澄の後ろ姿がある。さすがに香澄に任せっきりには出来ないと私も手伝おうと申し出たが、やんわりと断られてしまった。

 というわけで、香澄が終わるまで手持ち無沙汰になってしまった私は片手間に新聞紙を開く。パッと流し読みしてみるも、私のような症状が流行っている等の情報は載っていなかった。ならばとテレビを点けてみるが、やはり新聞と同じ時事的内容や気象情報等の報道しかなく、この変わった症状への速報が流れるなんてこともない。

 

「駄目かぁ……」

 

 テレビを消し、新聞を閉じて落胆の声を漏らすとともにソファに身体を預ける。普段よりも小柄な身体のせいか、ソファは私の身体を余すことなく受け止めてくれた。

 

「どうしたの?」

 

 首だけを動かして声の方を見る。そこには朝食の後片付けを終えた香澄が、お盆を持って立っていた。

 

「ん、あぁ。この病気……でいいのか? この症状について何か情報がないかと思ったんだが……やはり何も無くてね」

 

「ふーん……」

 

 あまり興味がないのか、気の無い返事をしたまま香澄がお盆に乗せていたコーヒーカップを二つ、ソファの前のテーブルに置く。

 

「はい、コーヒー。お父さ……優ちゃんはブラックでいいんだっけ?」

 

「……わざわざ言い直さなくていいから。まぁありがとう」

 

 香澄からコーヒーカップを受け取り、一口啜る。

 

「──ッ⁉︎ ゲホッ、ゴホッ」

 

「優ちゃん⁉︎」

 

「ゴホッ、に、苦すぎるぞコレ⁉︎」

 

 コーヒーを一口啜った瞬間、今まで感じたことのない苦味が口内に広がる。例えるならコクや酸味、うま味を取り除いたエスプレッソの苦味のみを更に濃くしたような感じ。頬がぎゅうぅぅとなる、あの感じ。

 

「そ、そんなに……? どれどれ」

 

「ちょ、やめ、ゲホッ、ゴホッ」

 

 私の反応が信じられないのか、香澄が私のカップを取って口を付ける。そして直ぐに顔を顰める。

 

「──まぁ確かに苦いけど、普通のブラックコーヒーだね。……もしかして舌も子供舌になったとか?」

 

「そんな訳あるか!」

 

「だったらほら、こっち飲んでみなよ」

 

 そう言って渡してきたのは香澄の方のコーヒーカップ。先程の味を思い出すと再び口にするのも若干引けるが、恐る恐る口を付ける。

 

「……美味い」

 

「でしょ? それ砂糖たっぷり入れたやつだよ」

 

 香澄の言葉に、愕然とする。

 まさかこの身体になって食生活にまで影響が出てしまうとは……だったら大人になってから食えるようになった私の好物たちはどうなる。レバー、塩辛、白子、あん肝はどうなるんだ。

 

「……となると、優ちゃんはお酒も飲めないってことになるね」

 

「なんだと⁉︎」

 

「当たり前でしょ。そんな子供の身体でお酒なんて飲んじゃ絶対にダメだからね」

 

 ショックだった。多分、この身体になって一番ショックだったかもしれない。

 そんは私の落胆を他所に、香澄が徐に私の分のコーヒーカップにポチャンポチャンと角砂糖を追加していく。そしてスプーンでかき混ぜ終えると、スッと私の前に出してくる。

 

「香澄お姉ちゃん特製、激甘コーヒーです」

 

「……ありがとうございます」

 

 一口啜ったコーヒーは、やっぱり私の口に合い、とてつもない甘みが寧ろ美味しかった。

 

 

 

 

 

 衝撃的な一服の後、私と香澄はテーブルを挟んで一枚の紙に文字を書き込んでいた。それは食事の時に言っていた私、優一郎改め『優』の設定だった。

 行き当たりバッタリの設定では必ず無理な言い訳で自分の首を締めることになると、朝の相馬との会話で経験済みの私としては、こればかりはある程度決めなければと香澄と意見を出し合っていた。

 

「えーっと、優ちゃんは私の友達の妹で中学1年生。両親が長期出張、姉は全寮制の高校いるから家で独りになっちゃうってことでウチで預かることになった──どう?」

 

 紙に書き出していく私こと『優』の設定。

 そこには香澄の実際の友達である、桜井綾音さんの妹としてこのセーラー服の中学に通っていることが書かれている。

 

 私はその桜井さんと面識はないが、由香里は何度か会ったことがあるらしく、彼女が全寮制の高校にいることも知っているとのこと。

 嘘を信じさせるためには本当のことも多少混ぜると相手は信じやすくなるというが、『優』という嘘を信じさせるために桜井さんには勝手に名前を借りてしまうことに、少しばかり罪悪感を抱いてしまう。

 

 

「んぅ……いいんじゃないか? 特に違和感もないし」

 

 正直こればかりは答えのない問題なので良いか悪いかも分からないが、何となく家で預かる理由としては成立しているような気がする。

 

 あまり深い設定まで考え出したらキリがないが、このくらいにボカした方が後々必要になってから後付けすることが出来るだろう。ガッチガチに細部まで設定を決めてしまうと、成り切れなくてそこから綻びが出来てしまうかもしれんし。

 それに、娘の友達が困っていると言われたら親は問答無用で信じて助けてあげたくなるものだ。それは私だけでなく、由香里もそう思うだろう。……まぁ、その由香里の優しさに付け入るようで心苦しいが。

 

 

「あとは私自身がいない理由だが……単純に出張ということで何とかなるだろう」

 

 今までも急遽な出張で連絡もままならないまま不在にすることがあったから、自分で言ってて虚しくなるが由香里も出張が一番納得するだろう。

 

「まぁ、他に長期の不在なんてお母さんも考えられないだろうからね。良かったね、仕事人間で!」

 

「う、うぅむ……」

 

 素直に喜ぶべきなのか判断に迷い、なんとなく釈然としない声が漏れる。

 

 

「それよりさ、これからどうする?」

 

 ある程度の打ち合わせが終わり、コーヒーを啜ってホッと一息ついていると香澄が唐突にそう切り出した。

 

「どうするったって……私としては早く元に戻りたいんだが、原因が分からんからなぁ」

 

 有力なのは病院に行って病気の線で調査してもらうのが一番なんだろうが、優としての保険証もなければ保護者もいない状態で精密検査なんてやってくれるだろうか? もしかしたら身元不明の迷子として警察に届け出されたりするんじゃないだろうか。

 

 そう考えると、病院に迂闊に行く訳にもいかない。

 

「そうだよねぇ。いつ元に戻るかも分からないから色々準備しないとねぇ」

 

 私の答えを聞いてウンウンと頷く香澄。納得している様子だがその表情には若干の笑みが浮かんでいるのを、私は見逃さなかった。

 

 これは……何か企んでいるな。

 

「だったらさ」

 

「……なんだ」

 

「これから買い物に行こうよ! 優ちゃんの服とかさ!」

 

 子供のような無邪気な満面の笑みで提案する香澄の姿に、これは何を反論しても無駄だということを悟り、私は少なくなって甘くなったコーヒーを啜ることにした。

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