白い邪神、ゆるすまじ 作:下半身のリキキリン(サイズXS)
白い邪神、ゆるすまじ。
たとえ、刺し違えようとも必ずやあの邪知暴虐の神に裁きの鉄槌を下さねばならぬ。
私がやらずして誰がやる。これは使命である。復讐である。踏み
神に挑むは無謀の試みと
確かに一度は邪神に完膚なきまでの敗北を経験した。数々の強敵を退けてきた
だが、諦めはしなかった。
諦めずに食らいついた。
最後の
森羅万象を見下して止まぬ傲慢の権化たる邪神の穢れなき脚に、屈辱の泥土を踏ませた人間は世界は広しと言えど私だけだろう。自慢の相棒と同時に叩きつけた渾身たる一撃の拳打は、それまで無傷を貫いていた邪神を吹き飛ばし、あろうことか大地に膝を突かせたのだ。
その時、私は確信した。
可能性は常に自由と
親鳥の寵愛と庇護の下で育つ無垢な雛鳥の翼では無窮の空へ羽ばたくことはできずとも、巣から旅立ち、傷と痛みを背負い、それでも自分の力で生き抜くことを選んだ誇りある翼であれば、雲を突き抜け蒼天を舞うことも不可能ではない。
つまり、この拳は、いずれあのクソゴミカス神に届くやもしれない。
今はまだその
悔しかった。無念であった。
しかして、暗雲に射す一筋の光明は見えた。
この敗北は明日の
諦めない。
断固として諦めぬ所存である。
邪神の吐き気を
さもなくば、安寧の日々は私の下に永遠にやってこない。
可憐なる黒髪の乙女と恋に戯れ、幻想に溢れる此度の世界を巡りながら愛を育み、最終的には幸福に充ち溢れた家庭を持つ。これを身の丈に合わぬ
白き邪神、決して
叛逆の
すべては邪神、貴様が撒いた種よ。毎度毎度、地獄の業火で蒸したような死屍累々とした現場に拉致連行しよってからに。おかげで一筋の涙も流せぬ不撓不屈の
「なぜ、そこまで神を憎むのです? 僕らを転生させてくれた恩人のような御方ですよ」
これは私の事情を知る唯一の協力者であり、また唯一の同郷である男の言葉である。
「それになんだか楽しそうじゃないですか。禁止伝説や幻に好かれるだなんて、まるでゲームの主人公そのものですよ」
咄嗟に彼を怒り任せに殴らなかった私の底知れぬ慈愛は聖人君子と肩を並べることだろう。全国の教科書に記載されるも時間の問題である。激情に血が滲むほど握り締めた拳固を
やれやれ、まったくこれだからゆとりってやつは。少しは感謝してほしいもんだぜ。
私は礼節を重んじる一人の紳士として留飲を下げ、肩を竦めながら熱い珈琲に舌鼓を打ってから一息入れて、軽く助走をつけつつ彼を思いっきり殴った。
握り拳では握手はできぬが、その逆も
「ぶへぇあッ!? ──……い、意識が……いま飛びましたよ、間違いなく」
「加減はした。ありがたく思え」
「ひとのパンチとは思えない」
「低確率だが、追加で攻撃力も上がる」
「それはもう『コメットパンチ』なんですが」
人間やめたんすか、と悶絶しながら横目で恨めしそうに睨む男に、私は胸を張って答えた。
「あの邪神を殴るためなら、常識なんぞいくらでも捨ててやるわ」
「捨てないでください。
「問題ない。あの子は強い。わかってくれる」
「そういう問題じゃあないんです。まったく、あなたって人は、女性の気持ちを何もわかっていない」
ならば貴様には女心がわかるのか、と小一時間ほど問い詰めてやりたいが、私の純真無垢な硝子の
乙女の心は複雑怪奇の様相である。舐めてかかると手痛いしっぺ返しを食らう。
我が最愛の義妹を除き、
「そういえば、先日、国際警察の方が訪ねてきましたよ」
「なにやらかしたんだ、お前」
「僕じゃありません。どうもあなたのことを嗅ぎ回っているようです」
「人違いだろ。心当たりがない」
「まっさか。心当たりも何も、なにかしら大きな事件が起こるたびに、不思議と現場に居合わせるスーツとグラサンの怪しい男がいたら、そりゃあ誰だって調べますよ」
私は反射的に自分の容姿を改めた。
光沢の少ない黒色の織物で仕立てた背広は喪中を疑われるほどに慎ましく、機動力を確保するために解放的に着崩しているといえ、一般的な会社員の風貌を象徴するかのような恭しい恰好である。
飢えた野獣のように剣吞な眼力を宿す双眸を誤魔化す黒一色のサングラスや、私の肩を特等席と誤認している
恐らく、ベストオブ紳士たる私の存在が
「スーツとグラサンの何が悪い。どんな景色にも溶け込める唯一無二のドレスコードだぞ。怪しさの欠片もない」
「少なくともグラサンは違うでしょう。怪しいです。それにどちらかと言うと、あなたはヤクザです。言動も含めてね」
「失礼な。いまタバコ咥えてるから、そう見えるだけだ。この節穴め。その両目は飾りか。えぐるぞ」
「そういうところです。あとここ禁煙です」
「知っとるわい」
私はただ憎悪すべき邪神の意に従わされ、世界が滅亡する瀬戸際に瀕した現場に有無を言わさず急行させられ、不服ながらも事態の収束に尽力しているだけに過ぎない。
邪神から下される指令の内容が「メザメシモノ ヲ シズメロ」とか「センソウ ヲ オワリ ニ ミチビケ」などと極めて漠然とした抽象的なものであるために、事態をややこしくさせている節も否めないが、私とて
神と呼ぶべき大いなる存在に裏から操られ、必然的にその場に居合わせては、危機的な状況を
…………。
恐らく全部であった。
「ほぼ不審者ですね」
否定はできなかった。その根拠を用意できなかった。
確かに
しかし、これはすべて誤解である。私は
「ちなみにですが、あなたはロケット団を始めとする裏社会の組織に関わる最重要人物として、マークされているようです」
「ロケット弾とはまた物騒な。生憎だが、殺傷力のあるものは造れんぞ。材料さえあれば、めかくしだま、とかいうスモークグレネードはクラフトできるが」
「武器のことじゃあないです。ロケット
「なんだ。宇宙開発事業の団体か。どのみち関わりは無いな」
「おや。ロケット団も知りませんか。アニメだとほぼ毎回出てましたよ。ムサシとかコジローとか、やーなかーんじーって」
「あー……知っているような知らないような」
「相変わらずの無知っぷりですねえ」
「知らんもんは知らん」
私はそれ以上の問答に嫌気が差し、診察用の硬い長椅子に腕を枕にしながら寝転がった。丸椅子に腰かける男は、私の不遜な態度に苦笑するだけで咎めはしない。
「ああ。そうそう。国際警察の方が、指名手配も視野に入れているとも仰ってました」
あまりにも軽々しく地上に放擲されたその爆弾に、私の脳は情報の処理を潔く諦め、
「し、しし、指名手配……? えっ、ええ? 誰が? 俺の知り合い? たしかに上半身いつも裸のヤツとか、蝶ネクタイのストーカーとかがいるから、そいつらならあり得なくもないが……」
「とぼけないでください。あなた以外にいないでしょう」
指名手配犯とは、実に穏やかではない。
それも国際警察から直々にともなれば、その汚名が
邪神を打倒した暁には、可憐な黒髪の乙女と夏色に彩られた恋に落ち、晴れて婚約すれば子宝に恵まれ一国を築き、世界を巡りながら知見を広め、人々から尊敬と羨望の熱い視線を欲しいままにする英雄的な存在として君臨するも悪くないと妄想を膨らませていた私にとって、それは限りなく残酷と言える仕打ちであった。
「ふ、ふざけるな。どうして俺がそんな」
「国際警察の判断としては妥当だと僕は思いますけどね」
「お前はどっちの味方だ」
「もちろん。あなたの味方ですよ」
「じゃあ何とかしろ」
「無茶を言いなさる。人里離れた孤島にわざわざ研究所を作るほど大の人嫌いである僕にできることと言えば、こうしてあなたとコーヒーを飲みながらお喋りすることと、あなたが知らないゲームの知識をお譲りすることぐらいですよ」
男はにんまりと笑った。邪悪を絵に描いたような笑顔であった。
「あなたを〝守り人〟として
「そんなゴミみてーな使命、さっさと捨てちまえ」
「神に
これもすべては
転生して二十と幾年の月日を経て、輝かしい薔薇色の
自己の研鑽を絶やさず、衆目の嘆声に耳を傾け、時には正義の炎を燻らせ悪辣たる野望を打ち砕き、時にはほろ苦い青春の恋路に
よもや、取り返しのつかない惨状である。
可及的速やかに助けを呼んでほしい。完膚なきまでに崩壊した理想論を一晩の間に建て直せる建築家の知り合いがいたら、是非とも紹介してほしい。さもなくば、
幸福の追求は全人類に等しく授けられた普遍の権利であるにも
こんなはずではなかった。
社会的地位は汚泥を
どうしてこうなった。天にどれだけ訊ねてみても沈黙の末に後悔ばかりが襲ってくる。
すべては私をこのような地獄に陥れた唾棄すべき邪神の仕業である。
これより語るは、物語の主役というにはあまりに役不足であることを否めない〝私〟のみっともない半生であり、そんな愚鈍で小狡い主人を曲がりなりにも慕ってくれた同胞との小さな絆であり、または寄る辺なき怒りの拳を神へ振り下ろす反逆の旅路でもある。
甘酸っぱい芳醇な恋の行方を嬉々として語れそうにないのは私個人としても大変心苦しいし、何なら悔しさで涙を禁じ得ないが、気色の悪い妄想を垂れ流して満足できるほど達者ではない。
読者諸賢におかれては、非教育的な見るに堪えぬ醜態の数々をお見せすることになるだろうから、早々にここから立ち去ることを推奨する。
それでも読み進めるというのならば、そんな趣味の悪い物好きどもに免じて、恥も外聞もかなぐり捨てて赤裸々に語ることを約束する。
※この作品はギャグです。