白い邪神、ゆるすまじ 作:下半身のリキキリン(サイズXS)
新しい
輪廻転生の致命的なバグである。
それが私であった。
一時期は馬小屋に閉じこもり、他者との関わりを断つべく一切の面会を拒否しつつも、
私は転生者だ。
二度目の人生を手にした
私には前世と称すべき過去の記憶がある。
愛くるしい幼少時代から恋も淡く散りゆく灰色の学生時代。大学を卒業してからは、葬祭業に関わる会社員として身を粉にして働く日々に追われた。
そこへ彗星の如く唐突に来訪した刹那的な最期の瞬間は、目を閉ざせば容易く鮮明に蘇るほど、脳裏に忌々しくも焼き付いている。
あれは日本海側から発生した台風がついに本土へ上陸を果たした日のことであった。社畜を自称していた私は、雨にも負けず風にも負けずを体現するような宮沢賢治リスペクトの精神で出勤していた。雨傘が反旗を翻して逆方向にめくれ上がるというアクシデントに苦笑しつつも、職場へ小走りで向かっていた時だった。
強風に吹き飛ばされたのであろう不純な桃色を輝かせた
後頭部からだったのだろう。打ち所が悪かったのか、私はそのまま息絶えた。何とも度し難い死因である。卑猥なものと卑猥なものに物理的に殺害されたのだ。一族の恥である。末代まで恥である。何なら私で末代である。つまり私が恥である。
せめて、トラックに轢かれそうになった子供を庇った末に、奇しくも絶命したかった。これでは死ぬに死に切れん。私は決してスケベではないのに、こんな死に方まるで変態みたいではないか。
そのような客観的に俯瞰すると実に無様な悔恨の念を、深紅に染まった視界が黒く淀んで消え去るまで続けた。清廉な祈りが天に届くはずもなく、かと言って恨み妬みを口にしたところで救われるはずもない。私は心のどこかで死という運命を受け入れていた。
されど、世界は続いていた。
淀みなく
めざめなさい こころ つよきもの よ。
肉体という枷から解放され、剥き出しの魂と成り果てた私の思念は闇の中で、絶え間ない光を感じていた。
ここは じかんも くうかんも こえた わたしの うちゅう。
冷静沈着に現状の理解に努めようとするものの、生命体としての絶対的な格の違いを本能的に知らしめる絶大なる畏怖の音色を前にして、我が魂は
だが、この声……脳裏に鮮明に響き渡るような、静謐で
よく きてくれました。
ま、まさか……なんという巡り合わせか……。
もやしと小麦粉で空腹を慰めながら飢えを凌いでいた大学生時代のことである。風の噂でとある眉唾物な伝承を耳にし、私は得体の知れぬ大いなる存在に憑かれてしまったかのように、
私とて本気にしていたわけではない。どう転んでも話のネタにはなるか程度の浅はかな気持ちだった。
その凄まじき恩恵が、神にも等しい莫大なるものであることも知らずに。
冷たい土の中で
私の神は、ここにいた。
信ずるべきものが、この世界にまだあったのだ。
銀玉が弾ける歓喜の騒音を耳にしながら、
いつか必ずこの御恩に報いよう。私は写真に映る偉大なる御方へ密やかに誓った。しかし、感謝の一つも伝えられず、社会への惜しみない奉仕や慈善に勤しむ暇もなく、どこにでもいる若々しい社会人のまま頓死してしまった。由々しき事態である。悔いが残る。せめて、あの時の御礼を言いたい──と、心から願う清潔な思念が、ついに奇跡を起こしたか。
その声。
清く気高く聡明なその御声は。
あの日、私が待ち受け画面に設定した心の恩師こと……美○明○氏ではないか!?
ちがいます。
違った。
長々と思い出を語ったが、思いっきり人違いであった。
わたしは アルセウス。 あなたたち ひとが そうよぶ もの。
まるで
もう死んでいるはずなのに殺される。
コイツにはそれができる。
私の前に降臨したアル……なんとかと名乗る神鹿のような細長い四足を持つ白い幻影に対して、否応なく警戒心を高めつつ、許される限り思考を続けた。
この
魂の代わりになるものを、
しかし、生前の私はミニマリストを自称するほど経済を回さない罪深き男である。贈呈できる物品は限られている。冷蔵庫に何が入っていただろうか。最後の買い出しは一週間前。ビール缶と茹で卵と竹輪という壊滅的なラインナップだったはず。これでは神に捧げる供物ではなく、中年に捧げるただの肴である。
御中元で貰った傷みかけのマスクメロンで手を打ってはくれないだろうか。くれないだろうな。あとはもう実家に置いてきた古い遊戯王カードと秘蔵の猥褻な書物ぐらいしか捧げる物がない。
まさかご興味がおありで……!? いやいや。そんなはずないだろう。矮小な人間如きが満足できる低俗な破廉恥で、神のいきり勃つ劣情を鎮めることができるはずもない。
となれば、私に残された唯一の命綱は遊戯王カードのみとなった。しかし、これも残念ながら、子供の頃に遊んでいた品物であるために状態は劣悪であり、セロハンテープで補修しているカードもある始末。とてもではないが、金銭的な価値を付与できるものではない。やはり駄目か。魂を捧げるしかないのか。ワンチャン、ブラックマジシャンガールと卑猥な写真集のお手軽自家発電セットで見逃してはくれないだろうか。
あなたが これから おりたつ せかいには ひとが ポケモンと よぶ ふしぎな いきものたちが います。
あれやこれやと深い思慮に
ポケモン……?
私の頭の中で
もしや、神の要求は『ポケモンカード』ではないか──⁉︎
突拍子もない奇天烈な結論に到達したことについて弁明の余地はない。恐らく、その時の私は軽く発狂しており、直前まで考えあぐねていた題目に引っ張られたのだろう。原理を解明したところで、今はもう虚しいだけなのだが。
まさか
あなたには そこで まもりびとに なってもらいます。 わざわいを しりぞけ しゅうえんを くいとめ いのちを つむぐ しめいを たくします……。
ポケモンカードを持たぬ人間に用はないとでも言うのだろうか。
用無しの烙印を押された私は、得体の知れぬ場所へ赴き、そこで守衛のような役職に就任させられる旨を淡々と伝えられた。
拒否の一切を許さぬ独善的な物言いは、人智を超えた神らしい身勝手さを
守り人。
詰まるところ警備員のようなものだろうか。
冗談ではない。断固として拒否したい。なぜ、絶命してまで畜生の如き哀れな労働に貴重な血と汗を流さねばならぬのだ。用済みであるならば、手間を取らせた謝礼も含めて、早々に極楽浄土へ案内した
百歩譲って、死後の就職活動が霊界を満喫するにおいては必要不可欠な
私の生前の職種は、
できると思うか? そんな人間に。
聞くからに肉体労働を強いられそうな不穏な内容である。高校時代までは確かに一般的には武闘派の
やはり、神の意向とはいえ、異議を唱えて然るべきだ。
肉体を喪失して魂魄だけの存在と成り果てた私には、当然ながら口もなければ喉もない。言語の媒体を介したコミュニケーションが物理的に不可能な状態である。しかし、よくよく思い出してほしい。心の恩師である美〇明〇氏と声質が極めて酷似しているため私が勘違いしてしまった際、声に出ずとも我が思考を紐解き、彼奴は否定の返答を伝達していた。
心を読むとは、流石は神と言ったところか。
私は
しかし、
また いつか ちかいうちに すがたを みせましょう。 そのときは きっと……。
あっ、コイツさてはシンプルに無視してんな。
待たんかいゴラァ──と、紳士あるまじき怒号を散らすものの、宇宙を染める白い閃光は憤りさえも溶かして、一切合切を消失に導く。私は速やかに眼前に輝く光の正体を邪神であると見定め、今後は敵として厳粛に対応していくことを心に決めた。次会ったら泣かす。挨拶無しに拳を振るうことも辞さない。
憎き邪神との
やがて、私の意識は気怠げな重力に触れることになる。懐かしき四肢の感覚と色鮮やかな五感に突き動かされ、
まず、燦々とした日光が瞳を焼いた。
次いで、風に乗せられた潮の香が鼻腔を摩る。
朦朧とする視界に広がった景色は、陽を浴びてちらちらとした宝石のような輝きを反射させる水平線で隔たれた大海原と青空であった。青と青。二つの異なる青は夏の季節を彷彿とさせるかくも美しい景色であった。蒼穹の空から降り注ぐ太陽の熱線に、喉をごくりと鳴らして静かに汗ばみ、白い砂浜へ両膝から力なく崩れ落ちた。
生きている。
間違いなく命がある。
死者が何食わぬ顔で現世に立ち竦んでいる異常性を主観的に捉えてしまって、私は手掌を左胸に押し当てながら途方に暮れた。私の新たな心臓は気に病むことなく事務的に鼓動を続けていた。
一先ず、ここを冥界に類する場所だと仮定する。
いや、そう仮定せねばならなくなった。
なぜならば、魑魅魍魎と形容すべき邪悪なる異形の怪物が一匹、私の目の前に
こいつは一体なんだ。冥界に住まう妖怪か。はたまた地獄からの使者か。十中八九、危険な肉食獣には違いない。剝き出しにされた歯牙がそれをまざまざと物語っている。本体も大方あの大顎にあるのだろう。
私が眉間を摘まみながら許容し難い非現実的な光景と悪戦苦闘している
目を合わせるとダメなタイプの妖怪と見た。こうなれば徹底抗戦の構えである。金輪際、貴様をこの眼に宿すことはないと知るがいい。
「ちぃ~っ」
渚を削る
私のような通りすがりの亡者にではなく、陰陽師や
「……? なんだこれは」
私は小型の球体を見つけた。材質は金属だろうか。上下を紅白で隔てた機械じかけの人工的な球体が砂浜に埋もれている。何となくそれを手に取って、まじまじと眺めてみる。
「意外と軽い。そこまで複雑な造りじゃないのか」
「ちぃちぃ〜」
「なんの道具だこれ」
「ちぃっ、ちぃ~と。ちぃちぃ」
妖怪が両手を広げて小さく何度も跳ねる。まるでアピールしているようだ。どことなく「それを私に頂戴」と申しているようにも思われる。無論、ここは心を鬼にして
「中央にスイッチがある。爆発物の可能性も捨てきれないが、押してみるか?」
「ちぃちぃ。ちぃぃぃと。ちぃーっ!」
「いや、やっぱりやめておこう。なんか怖いし」
「ちぃ……」
「でも、ボタンってなんか押したくなるよな。ちょっと怖いけど押しちゃおうかな」
「ちぃっ! ちぃちぃ~ちぃぃぃ~!」
「いやでも、ひとのものを勝手にあれこれするのは常識的に考えてもどうだろうか」
「ちぃ〜……」
「ああでも押したい。この気持ち、この衝動、晴らさでおくべきか……!」
「ちぃと! ちぃぃと!」
「まっ、押さないんですけど」
「ち、ちぃぃぃぃぃぃーッ!!」
堪忍袋が切れたように飛びかかる妖怪を視界に入れたと思いきや、ガブッという物々しい擬音が
一瞬にして
それからの記憶は実にあやふやな様相を
いつの間にか、私は恐るべき肉食獣から解放されていた。何かが起動した得体の知れぬ金属の球体を決死の抵抗として適当に投げつけたまでは覚えがある。気がつけば、誰もいない海岸で一人尻餅をついて、私は大量の汗に
あれは夢だったのか。それとも幻だったか。
それならそれでいい。とりあえずは安心していいようだな。
ほんのりと熱を帯びた
「ちいいぃぃぃぃぃぃいいいッ!」
「うんぎゃああああああああッ!?」
突如として上下に開放された紅白の球体から勢いよく飛び出してきたのは、大層ご満悦とお見受けする笑顔を浮かべたあの妖怪であった。私は戦慄した。死を明確に察したといっても過言ではない。
驚愕と恐怖に打ちひしがれた情けない悲鳴を上げるも効果は薄く、カタパルトから射出された戦闘機のように猛然と襲い来る妖怪を回避することは容易ではなかった。二十四本に及ぶ肋骨が漏れなく粉砕したかと疑われる衝撃に喘ぎ、意識を断たれるか否かの瀬戸際にあるにも
「ちぃぃぃ〜!」
理由は不明であるが、私は
「お、お前……ポケモン、か……ッ」
「ちぃ?」
どうやら、私は転生したらしい。
それも『ポケモン』の世界に、である。
「ちぃ」
こいつ、殺す気である。可愛いのは見た目だけかよ。
クチートかわいいよね。オマエもクチート最高と叫びなさい(豹変)