異世界で宇宙戦艦をゲットした時に起きる事 -サプライズ宇宙戦艦理論- 作:デュアン
『宇宙戦艦』──それは、SF物では常連の単語。
意味は文字通り"宇宙を航行する戦艦"であり、ある作品では人型兵器のかませだったり、ある作品ではくさび型だったり、ある作品では戦列歩兵の様に使われていたり、またある作品では水上戦艦をそのまま浮かべた様な形をしていたりと様々だ。
「──初めまして、マスター。私はアイオワ級宇宙戦艦三番艦ミズーリのサポートAI搭載型自律式アンドロイドです。何なりと、お申し付け下さい」
今、目の前で白銀の髪をもつ美少女がそんな事をのたまっている。
意味が分からない。宇宙戦艦? その単語なら聞いたことはあるし、意味も分かる。だが、状況が理解出来ない。
そもそも宇宙戦艦なんて出てきていいのか。だって、ここは──
「剣と魔法の世界、なんだけど……」
──これは異世界に召喚された俺が、異世界にまるで似合わないスキルを得て地球に帰還するまでの物語。
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市内の高校で一クラスが行方不明 発見した教師「まるで神隠し」
2022年7月26日 17:20
本日26日、市内の兵庫県立天宙学園高校の1年4組41名と教師1名が突如として行方不明となった。判明したのは午前11時50分、4時限目の為に古文教師が教室を訪れた時には既に誰も居なかった。
室内には直前まで使用されていたと思われる数学の教科書や書きかけのノート、式の途中の板書などが残されており、生徒達が自主的に消えたとは考えにくい状況だったという。また、校内の監視カメラも調査したが当該生徒は3時限目以降映っていなかった。
兵庫県警はこれを集団拉致事件として調査する方針だ。
毎朝新聞 山崎武史
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「ようこそ異世界に住まう勇者様方、我らの世界『イルミス』へ」
目覚めた俺達にそんな言葉をかけたのは、白と金の法衣を纏った女性だった。その手には先端にガーネットの結晶があしらわれた錫杖が握られており、また、ひんやりとした大理石の床、そこに刻まれた巨大な魔法陣、頭上の巨大なドーム屋根、それを支える無数の緻密な装飾が施された柱や石像、色鮮やかなステンドグラスなども合わせ、どうやら自分達は神殿の様な場所にいるのだという事が分かる。
女性の背後には同じ様な恰好をした者達が十名程おり、なにやら物々しい雰囲気を醸し出していた。
「今、この世界は危機に瀕しています」
彼女は話し続ける。
正直な所、まだ状況を飲み込めていない。当然だろう。授業を受けていたと思ったら突然謎の光に包まれ、気付けばこんな謎の場所に居たのだ。超速理解が可能なのは伝説の暗殺者か普段からこの様な事態を想定している中二病患者だけであろう。
他の皆もその様で、きょろきょろと周囲を見渡している者もいればぽかんと大口を開けて呆然としている者と様々だ。
何やら召喚だの魔族だのと話しているが、恐らくそれをマトモに聴いている者は誰もいないだろう。
というか、魔族? 断片的に聞き取れた情報から推理すると、到底信じられない状況が浮かび上がってくるのだが。そんな事ホントにあるの?
「あなた方異世界人はこの世界に───」
「ちょっと待って下さい」
と、その時。女性が話している最中、野太い男の声がそれを遮る。
「いきなりつらつらと話されても全く理解出来ません。まず、ここは何処で、あなた達は誰ですか? 我々をどうやって、何故この様な場所に拉致したのですか?」
彼の言葉は丁寧だが、所々に隠し切れぬ怒りが混じっていた。
立ち上がり、言い放ったのは先程まで授業をしていた世界史教師でありこのクラスの担任でもある松本だ。いかつい髭面に野太い声、腐ったおっさんといった見た目をしており、淡々と授業を進行する事から生徒達からは割と嫌われている教師の一人である。だが、今、彼の粛々と事実確認を進める姿は非常に頼もしく見えた。やはり人生経験の差なのだろうか。
「おっと、これはすみません。ですが我々にもそれだけ余裕が無いという事なのです」
「そちらの事情など知りませんが、とにかく説明して下さい」
「……勿論です」
語気が強まった彼のその言葉に彼女は少し口をつむぐ。その間、彼女の表情がゾッとする程冷たい物になっていたが、すぐに元の温和な笑顔に戻す。
「私の名前はエリスフィーズ。『レファテイン王国』に所属する聖女でありあなた方をこの世界『イルミス』に召喚させて頂きました。所謂“異世界召喚”という物です。これまでの方々はそう言っていました」
「……これまでのこちら側の行方不明者はあなた方が原因、という訳ですか」
「……まあ、そうなりますね。今回程大人数を一度に召喚するのは初めてですが」
「……」
彼の表情がより険しい物になっていく。それに気付いているのかいないのか、彼女はそのまま話し続ける。
「先にも言った様に、今、この世界は危機に瀕しています。
今から十年前、突如として魔界から魔族が人間界に侵攻してきました。人間側は負け続け、現在では我々の支配する土地は全盛期の半分程度しかありません……」
彼女は言う。
「魔術の才覚も、数も、膂力も劣る我々は、古代より伝わるある魔法を試しました。それこそが、今あなた方をここへ呼び出した魔法、『召喚魔法』です。
イルミスの大地からは常に豊富な魔素が湧き続けています。魔法を持たぬ異世界人がそれを浴びると、己の中に眠っている力や才能───"スキル"が引き出される。だから、我々は召喚をするのです」
「って事は、今、俺達はその"スキル"が使えるってことか!? ど、どうやって使うんだ、教えてくれよ!!」
「安田!!」
「ええ、いいですよ。"ステータス"、そう呟いてみて下さい」
男子生徒の一人がおもむろに立ち上がる。それに松本が叱咤するが、エリスフィーズはニッコリと笑い快諾した。
すぐに周囲から「ステータス」という声が聞こえてくる。それを松本が苦い表情で見つめている。
「ステータス」
俺も取り敢えず呟いてみた所、すぐに変化は現れた。呟いた瞬間に目の前の空間に光の粒子が集まり四角い形に集まったかと思えば、すぐにそれは半透明のスクリーンへと変化する。このファンタジーじみた空間には似つかないどこかSFの様な光景に、まるでゲームの様だな、と感想を漏らす。もしかすれば俺達は何かしらのゲームの世界に入ってしまったのかもしれない、そう思いながらそのスクリーンの内容を確かめる。
櫻井夜空、人間、男、15歳。身長174cm、体重67kg……そんな知り尽くしている情報から始まり、レベル1、筋力126、体力132、知力144、魔力0、幸運101。基準が分からないのでこの数値が高いのか低いのかは……ん? 魔力0?
0。我らが地球とその定義が変わらなければその意味は「何も存在しない」という物である。如何なる基準があろうとも、マイナスさえなければこの数字が最も低い物の筈だ。他のステータスは大体100程度であるし、い、いやもしかすれば異世界人は初めは魔力が無くて次第に増えていく仕組みなのかもしれない。きっとそうに違いない。
「なあ、達也」
「ん? どうしたの?」
俺は確かめるべく、隣で同じくステータスを確かめていた友人の斉藤達也に話しかける。ここで気付いたが、どうやらこのスクリーンは本人以外には見えないらしい。個人情報の保護は完璧の様だ。
そんなことはさておき、俺は彼にステータスの数値を聞く。
「えーっと、大体筋力体力魔力が200前後くらいで知力と幸運が……どうしたの?」
俺はその場に崩れ落ちる。何せ、これで俺の仮説は崩壊してしまったからだ。しかもその他のステータスも随分と高い。
「ど、どうしたの急に」
「……0だった」
「へ?」
「魔力……無かった」
「えっ」
そう告げた瞬間、彼の表情が困惑に変わる。そして、そのまま励ます様にこう提案した。
「ま、まだ分からないよ。ほら、スキルが強いのかもしれないし!」
「スキル……」
そういえばそんな物もあったな、と思い出す。己の中に眠っている才能、だったか。しかし、それを使うのにもやはり魔力が必要なのではないだろうか。大抵そうだろう。
「魔力が低いだけならともかく、0なんて何か意味があるに決まってるよ! うん、そうに違いない」
「……そうだな。よし!」
その言葉に少し勇気付けられた俺は、再びスクリーンを確認する。ステータスが書かれているその更に下、【スキル】と書かれているそこに俺は目を動かした。
「……?」
「ど、どうだった……?」
しかし、そこで俺はまたも絶望する事になる。
何せ、そこには整然とした文字列など無く、ただ日常生活では全く使わないような複雑な文字───即ち、文字化けしている文章があるのみであったのだから。それを伝えた所、今度は流石に励ますのも難しいようで軽く目を逸らした後に口を開く。
「ぼ……僕のスキルは『接着』とかいう何の役に立つのかも分からないようなスキルだったしそんなものなんじゃない? それに文字化けなんてかっこいいじゃん。絶対覚醒するフラグだよ!」
「……まあ、それならいいけどな」
ただ、魔力という物が存在している以上スキルを使うのにも当然それを使うだろう。となると俺は覚醒したとしてもスキルなど使えないのではないのか?
0と1は違う。接着だって戦闘には役立たなくとも建築やら何やらと使い所はいくらでも思いつく。加えてステータスも低い。これまでそれなりに鍛えてきたつもりではあったし、実際測定でもそれなりに良い数値は出ていた筈だ。先程、聖女が「魔素を浴びた異世界人は己の中に眠っている力が引き出される」と言っていた。もしかすると俺は引き出されていないのではないだろうか。そうであってくれ。
外れスキルが実はチートスキルでした、なんてのは最早テンプレと化している。使い方さえ分かっていればどんな物でも有効活用出来るのだ。使い方さえ分かっていれば!
ああ、帰りたい。帰ってゲームして夕飯食って風呂入ってふわふわの布団の中で眠りたい。余りにも理不尽だろう。何故無理矢理連れてこられてこんな惨めな気持ちにならなければいけないんだ。
「うおおおお!」
「マジか!!!」
「やったぜぇぇ!!!!」
周囲では次々と歓声が上がっている。耳を傾けてみるとどうも強力なスキルが発現したようだ。
特に、学級委員長を務める如月などは『勇者』といった物だったらしい。彼はクラス一の高身長イケメン陽キャであり、誰にでも明るく正義感も強い。確かに勇者になるのも納得がいく。
エリスフィーズが煌びやかな装飾の施された剣を奥から取り出す。その剣は淡く輝いており、どうやら彼に反応している様だった。
「ああ、勇者様。これは『勇者』のスキルを得た者にのみ真の力を引き出す事の出来る聖剣です。これを使ってどうか世界を救って下さい!」
彼女が跪き、聖剣を彼に差し出す。ステンドグラスから陽が差し込み二人を照らす。その姿はまるで宗教画の様だった。
彼は頬を紅潮させそれを受け取り、鞘から抜いて高く掲げ、宣言する。
「任せて下さい。俺達が必ずや魔王を倒し、世界を救ってみせましょう! なあ、皆!!」
「お、おう! やってやろうじゃねえか!」
「そうよ! 絶対魔王を倒してみせるわ!」
「おお……感謝します……」
彼の言葉に皆が同調する。それに彼女は手を合わせて穏やかな歓喜の表情を浮かべる。それはどこか演技じみている様に見えた。
しかし困った事になってしまった。何故皆こんなに賛同してるんだ。異世界に来てスキルとやらを貰って興奮しているのは分かるが、彼女が言っている事は要するに「戦場に出てくれ」って事なんだぞ。
ちらり、と達也の方を見る。彼も同じく困った顔をしていた。
「魔族から人類を救うぞー!!」
「「「おおおおおお!!!!」」」
まずい。完全に流れが戦う方向に向かってしまっている。俺は戦場になんて出たくないぞ。スキルがスキルだし、そもそも見ず知らずの、それも拉致してきた様な相手の為に命なんてかけられるか。
誰か、誰かいないのか。この状況で冷静に判断出来る奴は。クソったれ、俺が声を上げるしかないのか。
だが、周囲から聞こえてくるのは勇猛果敢猪突猛進な声ばかり。他を頼りにするのは諦め、声を出そうとした───
「お前ら、少し冷静になれ!!!」
───その時だった。野太い声が空間に響く。
「拉致され、いきなり戦えと言われても了承出来る訳ないだろう! とにかく、俺達を元の世界に帰してくれ!」
「先生!!」
「お前は黙ってろ如月!!」
「なっ……」
先生がそんな言葉を聖女へ投げかける。それに如月が食ってかかるも一喝されて後ずさる。
おお、流石は御歳48歳。流石に語気はかなり強まり口調も荒くなっているが冷静さが段違いだ。俺は再び尊敬の眼差しを彼に送る。
「しかし、こうしている間にも無辜の民達が殺されています。この世界にはあなた方の力が必要なのです!」
「それは無関係な子供を戦わせる理由にはならない!」
両者共に譲らない。エリスフィーズの表情は懇願する様な物に変わっているが、それの奥には依然として余裕が感じられた。"転移"というパイが自分の手元にあるからだろう。それが分かっているからこそ、彼は説得に動いているのだ。
説得には勢いが必要である。俺も彼に加勢しようとした、その時だった。
「……そこまで言うのならば、貴方は帰してあげましょう!」
「なっ、やめ───」
「『テレポート』!!」
聖女が杖を振り上げた瞬間、床に刻まれた物と同じ魔法陣が彼の足元に現れ、次にその姿が搔き消える。それが行われ、その場は一転して静寂に包まれる。当然だろう、目の前で教師が消えたのだから。
彼女がその場に崩れ落ちる。息を切らし、杖を支えにどうにか倒れずに済んでいる、そんな状態に見えた。
「え……ど、どうしたのですか。せ、先生は」
「彼は……元の世界に帰りました」
場が騒然となる。如月が何かを言おうとしたその前に俺はすかさず声を上げた。
「す、すいません!」
「は、はい……どうかしましたか?」
「俺も帰りたいんですけど!」
そう、帰るのだ。ステータスが足りなくともスキルが無くとも日本ならば普通に生きていける。戦場に出る事も戦う事もないのだ。
「な……何を言っているんだ櫻井君! この世界の人々が苦しんでいるんだぞ!?」
「いや、それはそうだろうが俺らは法治国家日本でぬくぬくと暮らしてきた小市民だぞ? プロ相手に戦える筈ないだろ。それに拉致した相手に素直に従うのか?」
「そ、それは」
「異世界人は召喚された時点でこの世界の一般的な大人の数倍の力を持っています。最初は難しいかもしれませんが少し訓練すればすぐに戦えるようになりますよ……無理矢理召喚したのは謝罪します。しかし我々も命が懸かっているのです」
言葉に詰まる彼を遮り聖女が話す。
「いや、ホント戦うとか無理なんで。さっき先生を帰してたでしょう? それをやってくれればいいだけです」
「……不可能です」
「え?」
「転移にはかなりの魔力を消費します。こちらに召喚するのとあちらに転送するのでは難易度が全く違います。先程はあなた方を召喚した際の魔力残滓と私の魔力を使って出来ましたが、それで全て使い切ってしまいました。次に行えるのはどれだけ早くとも一年はかかりますし、そこまでやっても転送できるのは一人だけ……」
「……は?」
俺は絶句する。彼女の言う事が事実ならば俺は少なくともあと一年はここで過ごさなければならないのだ。しかも帰れるのは一人だけ、つまり俺が必ず帰れるという保証もない。その頃にはホームシックになる奴も大勢いるだろうし、力の無い俺はどうあがいてもその席は奪えない。詰みである。
そして、この言葉を聞いて他の生徒達もざわめきだす。彼らも熱が冷めて状況を理解出来てきたのだろう。このままではクラス40人が帰るのに40年かかるのである。
そんな不安を感じ取ったのだろう。聖女がふらふらと立ち上がり、言う。
「ご安心ください。何も我々はあなた方にここに骨を埋めろと言っている訳ではありません。全員が帰還出来る方法は存在します───魔王を倒すのです」
彼女が石像を背に手を広げる。
「魔王を倒す事が叶えばあなた方には願いを叶える権利が授けられます。そういった神託が与えられたのです」
「なるほど、つまり魔王を倒せばいいんだ! 櫻井君、そういう事だから君も協力してくれないか!」
「う……」
如月が手を伸ばす。
やられた。流れを完全に持っていかれてしまった。これで“帰る”という自分達に利がある大義名分を得た今、魔王討伐に異を唱える者は帰りたい者にとっても敵となってしまうのだ。魔王を倒せば願いが叶う、こんなテンプレに何故もっと早く気が付かなかったのだろうか。
ともかく、ここでこの手を取らないという選択肢は無い。魔力も力もスキルも無いこの身体で見ず知らずの異世界で生きていける自信は俺には無いのだ。ここは一つ、無能だという事を何とか隠し通しつつ強い誰かが魔王を倒してくれるのを待つしか───
「櫻井ィ、そもそもお前はどんなスキルだったんだよ」
───だが、その目論見は一瞬で崩れ去る。クラスメイトの一人、安田がそんな言葉を投げかけてきたのだ。
「俺のスキルは……」
マズい、猛烈にマズい。もしここでステータスを鑑定出来る奴とかが現れたら
「俺が見てやるよ。優等生サマは当然強いんだろうな?」
よりにもよってコイツかよ!
優等生サマ、というのはコイツが勝手に言っているあだ名だ。コイツは昔達也を虐めており、それから守っている内にこう呼ばれる様になっていた。日本に居た時は俺の方が力も周囲からの印象も強かったので良かったが、今はどうなるか分からない。いや、寧ろ状況は最悪だ。
「……は?」
こちらに向けて手を伸ばし何かを唱えた安田がぽかんとした顔になる。ああ、本当に最悪だ。
「───ぶっひゃっひゃァ!! おい櫻井! お前何だよこのステータス! しかもスキル無しって……ブフッ」
「……いや、無しではないだろ。文字化けしてるやつがあるだろ」
「文字化けだァ? そんなの無えよ! 優等生サマは幻覚でも見えてるんじゃないですかァ?」
どうやら、これは奴には見えていないらしい。そうなるとスキルが無ければ本人にはこの様に見える、ただそれだけなのかもしれない。これで完全に希望は断たれたという訳だ。
「筋力体力が100台で魔力は……ブフッ、ぜ、0ってよォ! お前、カスじゃねえか!」
「えっ、魔力0……? 櫻井君が……?」
「ステータスあんなに低いのか……俺、高かったんだな」
「櫻井が低すぎるだけじゃね?」
周囲からも困惑と侮蔑の声が聞こえてくる。
「さ、櫻井君……」
如月も困惑していた。ここで嘲る様な事をしないのは流石に性格の良さが現れていた。
「き、気を落とさないでくれ! きっと諦めずに努力すれば強くなれるさ!」
「……ああ、そうだn」
だが、そこまで言った所で俺は顔に強い衝撃を受けて吹き飛ばされる。数メートル程飛ばされて床に倒れ、ぐらりぐらりと揺れる頭を押さえて何とか背を起こす。口に鉄の味が広がり、ゴロリとした感触が舌の上に乗る。どうやら歯が抜けた様だった。痛みは感じない、と思ったら一気に痛くなってくる。
顔を押さえた手を放す。掌にはべっとりと血が付いていた。額からも出血しているのだろうか、初めての体験だった。出来れば一生体験せずに終わりたかったものだが。
「っは! 軽く蹴っただけなのにこんなに吹っ飛ぶのかよ! 面白れェ!」
狂気的な笑顔を浮かべる安田。奴は再びこちらを蹴ろうと向かってくる。
「せ、『接着』!」
だが、その足が顔に当たる事はなかった。横を見れば達也が顔を青褪めさせながら奴に向けて手を伸ばしている。彼のスキルを発動させたようだった。
「ああ? 足が動かせねえ……」
「はあ、はあ……こ、これ以上夜空君に、て、手を出すなぁ!」
「たつ、やブッ」
「よ、夜空くギャッ!?」
俺が達也の名前を呼ぼうとした瞬間、顔面を拳で殴られる。それに彼が反応した直後、隣から来た男に殴られる。男───田中はかつて安田と共に達也を虐めていた奴だった。
「弱い癖に調子に乗りやがって」
「そのまま押さえとけ。俺はコイツを───」
「そこまでだ!」
と、その時。ようやく状況を飲み込めたらしい如月が俺達の間に割り込んでくる。彼の動きは素早く、流石は勇者といった所だろうか。出来ればもう少し早く動いて欲しかったが。
さしもの安田達といえども如月相手には分が悪いらしく、大人しく引き下がりこの場は収まった。
だが、地獄は終わらなかった。
「ぐふっ」
「おいおい、もう少し耐えてくれよ。これじゃあ訓練にならないぜ」
転移時のステータス増加が無かった俺は普段の訓練で鍛えるしかない。もしくは、この世界にはレベルという概念があるのだがそれを伸ばすしかない。しかしレベルアップには魔物を倒すしかなく、この弱さでは最弱の魔物にすら苦戦する有様であるのであまり現実的でないのだ。
という訳で日々訓練を重ねているのだが、こちらはこちらでかなり大変なのである。何せ筋力が低いので剣もまともに振れず、体力も低いので他人の訓練にもついていけない。魔力皆無なので魔法に至っては入口にすら立てないのだ。しかしやらなければ飯すら貰えないのでこうしてやっているのだが……
「立てよ、そんなので倒れていていい訳ないだろ」
謎の紫色に輝く長い帯の様な物が空から見下ろしている、この世界の空の特徴だ。体中の痛みを感じながらそれをぼんやりと眺めている。今、俺は訓練という名目で嬲られていた。いや、俺が弱すぎてそう見えているだけなのかもしれない。
殴られて倒れる俺を蔑む様な笑顔で見下ろす田中。本来は達也とやるつもりだったのだが無理矢理付き合わされていた。あちらでは達也が安田やその取り巻きに嬲られている。他のクラスメイトは見て見ぬふりをし、如月は訓練という名目の為に手を出してこない。
こんな毎日が続き、ヒーラーの女子や神官は何かと理由をつけて治療しない為に身体に痣が絶えない日々が続いていた。ただ、これだけならばまだ耐えられたし、殴られた分体力やらも少しずつ上がっていたので必ずしも無駄とは言えなかったからだ。加えて心を許せる友人───達也も居たので日々擦り減る精神も何とか回復していた。
また、四肢欠損などは流石に治されたので生活に支障が出る程ではなかったのだ。
しかし、そんな状況はある日突然崩れ去る。
「……死ん、だ……?」
「ああ……事故だったらしい」
その日、達也は他のクラスメイトと共にフロンティア・ホールというダンジョンへと潜っていた。ダンジョンとはモンスターが無限に湧き続ける物理法則に真っ向から喧嘩を売っている不思議な穴の事であり、この今俺達が居る王都の近くにあるそれに皆はレベルアップや小遣い稼ぎ───モンスターは倒すと魔石と呼ばれる石を落とし、それは売る事が出来る───の為に日々潜っていた。達也も俺よりかは力があるので何度か経験があり、それ程心配していなかった。
1つ気がかりがあったとすれば今日同行した中に安田が居た事だが、腐っても危険なダンジョンの中でそれ程過激な真似はしないだろうと思っていたのだ。この時までは。
目の前に立つ如月はあくまでも人伝に知っただけだが、モンスターの対応中に足元にあった落とし穴が作動したらしい。同じ場に居たのは安田を含めた男女数人。落とし穴は彼が落ちた直後に閉じてしまった為、止む無く捜索を断念したらしい。
「───ッ!!」
こんなの、完全に奴が犯人じゃないか。
そのダンジョンは王国の歴史の中で手垢が付く程探索された場所であり、罠や湧くモンスターまで完全に記載された完璧な地図が渡されている。達也も当然それを持っていた筈で、更に罠には目印まで付けてあるというのにそんなヘマを起こすとは考えづらいのだ。
後日、その落とし穴が捜索されたが、中に残っていたのは彼の使っていたショートソード、血痕、そして膝から食い千切られたような右足のみであったという。それをもって正式に死亡認定がなされ、聖女はわざとらしい悲顔で祈りを捧げ───そして俺は独りになった。
「……」
彼が死に、しかし状況は大して変わらなかった。寧ろ酷くなったと言ってもいい。二人に分散していた安田達の暴力の対象は俺一人に変わり、訓練と称した蹂躙はより苛烈になった。傷は相変わらず治らず、夜部屋に帰っても傷を舐めあう相手はもう居ない。
「……」
心は加速度的に荒み、見える景色は色を失った。もう誰も信じられない。
ある日の夜、俺はあの時達也と共にいたメンバーが話している所に遭遇した。そこで聞こえてきたのは達也を嵌めて殺したといった内容だったのだ。俺は我慢出来ずに飛び出して問い詰めたが「証拠はあるのか」とはぐらかされその場で一方的に暴力を振るわれ続けた。
その後皆にその内容を話したが。
「いや……流石に殺すとかはないでしょ」
「いくら虐められているとはいえ人殺しの汚名を着せるのは流石にどうかと思うよ」
などと言って誰も信じなかった。いくら何でも殺しなんてするわけない、そんな考えが前提にある為に信じられないのだ。もしくは信じたくないのかもしれない。クラスメイトの中に人殺しが存在するという事を。
失意の中、俺は見ない様にしていた達也の残した日記を読み始める。彼は現代人には珍しく日記をこまめにつけるタイプの人間であり、「これでバイオハザードが起きても安心だな」などと言っていたのが懐かしい。これまではプライバシーを尊重して開いてこなかったが、最早この時の俺に縋れるのはかつての思い出しか無かったのだ。
転移前はスマホでつけていたのだが、転移後はそれが使えなくなった為に空いていたノートを使っていた。『数学』が二重線で消されその上に『日記』と書かれたノートをペラリとめくる。そこには転移後の記憶が綴られていた。
───7月26日、今日は異世界に転移した。聖女さんが言うには異世界人にはスキルが現れるらしく、僕は接着、夜空君は文字化けした謎スキルだった。文字化けスキルなんて絶対に強いに決まってる。皆の前で安田達に殴られたけど、そのスキルさえ覚醒すれば一網打尽だ!
───7月27日、今日は訓練と称して殴られた。途中で接着を使ったけど無駄で余計に殴られるだけだった。夜空君はステータスが一般人並みなせいで剣を持つのにも苦労してた。木刀訓練でも力に任せて一方的に殴られてた。ヒーラーは魔力不足だからって治してくれなかった。傷が痛い。帰りたい。
───8月2日、今日も殴られた。痛い。でも夜空君は僕より殴られててそれでも耐えてた。凄い。帰りたい。
───8月7日、今日も殴られた。痛い。帰りたい。
───8月12日、今日も殴られた。帰りたい。
───8月20日、帰りたい帰りたい帰りたい帰りたいかえりたいかえりたい
───8月26日、今日は遂に王国の騎士団長からダンジョンに潜る許可が出た。これでレベルアップしてあいつらをぶっ飛ばすくらいに強くなるんだ。ずっと夜空君に守られてばかりだったんだから今度は僕が守る番だ。
───9月13日、ある程度レベルは上がったけどあいつらにはまだ敵わない。もっともっと強くなるんだ。
───9月28日、明日はまたダンジョンに潜る日だ。更に更に更に強くなる、夜空君を守れるくらいに!
───9月29日
───9月30日
───10月1日
───10月2日
───10月3日
───
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───11月6日。ごめんな、達也。
真夜中、俺は一人でダンジョンの出入口の前に来ていた。レベルはまだ規定値まで達していない為、無許可で潜るのだ。この時間でも警備兵は居るが、噂通り大したややる気も無い様でぐっすりと居眠りしていた。
強くなるのだ。達也が死んだのは俺が弱かったせいだ、だから強くなる。そんな思いを盾に、もしかすれば俺は自殺をしに来たのかもしれなかった。未だにレベルは3。筋力、体力も各10程度しか上昇していない。そんな状態で単独で潜るなど完全に自殺行為なのだ。この時の俺は自暴自棄になっていたのだろう。傷だらけの身体、まともに振れない剣、安い粗悪品のポーション。死ぬ要素しか無かった。
ダンジョンに入る。不思議と明るいごつごつとした岩肌が露出する穴の中を進んでいく。
「っ……」
しばらく進んだ所で、一匹のモンスターが現れた。体長1.5m程の小さな木の魔物、ジャックトロントである。動きは緩慢で攻撃力も弱く、表皮も脆い初心者用のモンスターだが、今の俺には十分脅威だった。
相手がこちらに気付き、こちらも剣を構えていざ飛び掛かろうとした───その時だった。
「ぐえっ!?」
突如何かに身体を蹴られ、壁に叩きつけられる。次の瞬間にはトロントの悲鳴が響き渡る。
「あ? 何だ、モンスターかと思ったら雑魚じゃねえか」
「───っ、田中……何故、ここに……」
横から割り込み、俺を蹴り飛ばしてトロントを倒したのは何度も見た顔───田中だった。
何故、何故、何故。今は夜で皆寝ている時間の筈。そもそもコイツはわざわざ夜に入らなきゃいけない理由なんて無い筈だ。昼間に正面から堂々と入れる筈なのに、どうして!
「昼に入ったら稼ぎを王国の奴らに半分取られるンだよ。だからこうして侵入する、のさッ!!」
「ぐふぅっ!!?」
「でもお前が居てくれて丁度良かったぜ。今日はモンスターの湧きが少なくてイライラしてたから、なッ!!」
「がっ!! うぶ……」
楽しそうに蹴りを入れる。周囲の視線が無い分それは強く、より暴力的だった。腹に入り胃液が逆流する。口を押さえようとしたところをまた蹴られ、その場に勢いよく吐く。
「チッ、汚ねえな。オラ! 舐めて掃除しろ! 今後も俺達が使うんだからよ!」
そう言って顔を吐瀉物の中に押し付けられる。息が出来ずに藻掻くが押さえつける手は弱まらない。確かコイツのレベルは29、筋力は600を超えたと豪語していた筈だ。到底勝てる相手ではなかった。
そうして、肺の中の酸素が無くなり意識が朦朧としてきた頃。
(……?)
ふと、何かが右手の中に収まっているのに気が付く。それが何なのか、自分は知らない筈なのにまるで何かに導かれるかの様に俺はそれを奴の腹に押し付け、引き金を引いた。
バン。
「ぐあァッ!!?」
破裂音、そして悲鳴。頭を押さえつける手は一方的に離され、俺は一気に頭を上げて息を吸い込んだ。少しゲロと飲み込んで咳込んでしまうが構わない。見れば、奴は脇腹を押さえて苦しそうに呻いている。俺は右手の中の物───銃を両手で持ち直し、奴へと向けた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ぐゥぅ……があ……い、痛い……」
先程までの余裕はどこへやら、田中はその場をのたうち回る。俺はそんな奴の右腿に銃口を向け、再び引き金を引く。パン、と乾いた音と共に狙った場所に穴が空く。先程と同じ様な悲鳴を上げ、今度は腿も押さえてのたうち回る。そこでようやく状況がつかめてきたのかこちらを睨みつけてくる。しかし痛みの方が強いらしくその顔は苦痛に歪んでいた。
「て、手前……痛ェ、な、何、しやがった……」
「はぁ、はぁ……これで撃ったに……決まってるだろ」
「ど、どこから……どうやって……」
「知るか」
パン。今度は左腿を撃つ。今度は小さく呻き声を上げるだけで息を荒くさせるのみとなっていた。血は出ていない。傷口は焼け焦げ、無理矢理な止血がされていた。
「いてぇ……」
「これで……もう、動けないだろ……」
「───ッ……!?」
ようやく自分がどういった状態にされたのかを理解し、顔を蒼白にさせる。両足は撃たれて動かせない。上半身も脇腹を撃たれて動かそうとする度に鋭い痛みが走る。今、奴は完全に無防備だった。
自分に向けられる銃口。現代日本では一般人として過ごしていれば玩具としか思わないであろうそれは、しかし他ならぬ自分の身体がそれを本物だと証明していた。これまで一切感じた事の無かった恐怖が身体を貫きずるずると後ずさりする。
「な、何をする気だ? ま、まさか……」
「……」
「ヒッ!! や、やめ───」
破裂音。直後に田中は動かなくなる。だが、死んだ訳ではない。直前にダイヤルを動かし銃をショックモード───対象を気絶させる───にしておいた。その証拠に彼の胸に穴は空いておらずその心臓は鼓動を打ち続けている。
手元を見ると、そこに握られているのは言うなればどこかSFチックな未来的かつ少し古臭い印象も受けるリボルバーを模した様な形状の大き目の拳銃。使った事はおろか見た事すらない筈だというのに俺はこれの使い方を全て知っている。
「……何なんだよ……」
俺は脱力し、その場にへたり込んでそんな言葉を呟いた。
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