サイレント・イヴ   作:ホリデーサンシャイン

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Starfieldの発売日のニュースを見て、懐かしくなりました。ついでに、なんか色々懐かしくなりました。


静かなイブ

 昔々、……ではありませんが、キャピタル・ウェイストランドのあるところに、おじいさんが住んでいました。いわゆる独居老人です。

 

 おじいさんの住む家は、市街地跡から、ずいぶん離れた小高い丘の上にあります。

 そこから視認できる程度の範囲には、人は誰も住んでいません。

 たぶん、そこは、古い時代の小さな町工場の跡だと思われます。元は誰かが住んでいたんだと思いますが、空き家だったから勝手に住み着いただけのものです。

 このキャピタル・ウェイストランドではこういった住居の構え方は、珍しいことではありません。

 

 さて、部屋にあるのは、おじいさん愛用のラジオ。古びた壊れかけのラジオです。

 日はとっぷりと暮れて、外は既に闇の中です。

 ラジオでは、今晩から未明にかけて、数十年に一度と言われる大雪の予報を伝えています。

 

「明日はクリスマスというのに……」

 

 窓の外の吹雪を見て、おじいさんは深いため息をつきました。

 工場敷地内の一角にある、粗末に見えるプレハブ小屋ですが、壁と屋根には一応、断熱材が施されています。外は氷点下ですが、室内は凍えない程度の温度は保たれています。

 

「大雪じゃあ、今年もダメかもしれんな……」

 

 テーブルについたおじいさんはうなだれました。

 テーブルの上には、何もありません。クリスマス・イブの夕飯時だというのに、酒も食事も。

 

 夜の七時のニュースと天気予報の時間が終わると、再びラジオの歌番組です。今日はクリスマス特集で、クリスマスにちなんだ楽曲が流れてきます。

 流れてきたのは、『サイレント・イヴ』。

 今のおじいさんには、キツい歌かもしれません。なぜなら、今年もまた、一人きりのクリスマスを過ごすことになりそうだからです。

 

 おじいさんが用意した今晩の夕食は、焼きマンティス(※注カマキリ)です。しかし、脚だけ。

 ドラム缶で簡易的に作られた暖炉で、ほそぼそと燃える炭火でじっくり炙りました。

 クリスマスのご馳走に七面鳥を食べる習慣なんて、この文明崩壊後の世界に残されているのでしょうか? そんなことはおじいさんに聞いても知らないでしょう。

 

 お皿にのったマンティスの脚。これでも、久々のご馳走なのです。

 しかし、おじいさんはため息をついて、さらには文句もつけます。

 

「相変わらずマズい。一生この味に慣れることはねえな……。まあ、ラッドローチよりマシと思えば。……ああ、マイアラーク、ウマかったなぁ……。正月にはマイアラーク。また、食いたいねえ。……死ぬまでに」

 

 マイアラークとは、超巨大で凶悪な人喰いガニのことです。こう見えても、おじいさんは、若かりし頃は戦士でした。自分ではすっかりそのことを忘れていますが、マイアラークの味は覚えています。その事実が、おじいさんが戦士だった証になるでしょうか? しかし、真っ向から戦ったわけではなく、ボトルキャップ地雷をいくつか撒いて倒しただけだったかもしれません。

 

 例え、そんな間接的な手段を使ったとしても、マイアラーク一体を倒すのでも常人にとっては命掛けで、至難のわざで、今のおじいさんには不可能であることには違いありません。

 マイアラークは大概、水辺に群れで生息していて、彼らは仲間に何かあったら群れで襲いかかってきます。そうなったら、当然ひとたまりもありません。

 

「あっという間に食事が終わっちまう……。マイアラークだったら、食うだけでも時間が潰せるというのによォ……。ああ、食っちまった後は、なんもやることもねえ……」

 

 食欲があるのなら、おじいさんの健康状態はまずまずなのかもしれません。

 

 

 

 

 冬至をちょうど過ぎたころの長い夜です。

 

 本当に何もすることがないおじいさんが、床に入って寝ようとしたところ、家の扉を叩くような音が聞こえました。

 

「なんだ? 風の音か?」

 

 これは、おじいさんの希望的観測。

 

 丘の上の廃工場の跡地に、まっ暗闇の中で雪が渦巻く戸外から、誰かが訪ねてくるなんて、普通に考えたら怖すぎます。

 ドンドンとか、ガンガンという音で、風がどうのとかいう音ではないです。あきらかに何者かが扉を叩いたり蹴ったりしている音なのです。しかも乱暴に。

 おじいさんが布団を被って無視を決め込んでも、扉を叩く音が鳴り止むことがありません。

 

 おじいさんは、不用意に来客に応じないようにしています。この無法地帯と化したキャピタル・ウェイストランドでは当然の用心です。

 

 そう、普段は──。

 

「しつこいねえ、こんな大雪の晩にいったい誰かね? ……もしかして、もしかして、ばあさんだろうか?」

 

 おじいさんの、かつての妻。

 しかし、おじいさんが、おじいさんになる前に別れているので、その彼女がおばあさんになれたかどうかは、おじいさんには知るところではないのです。

 その彼女は、もう、とっくに鬼籍に入っているかもしれません。

 そして、何より、おじいさんの妻は一人だけではなかったはずです。

 おじいさんが、結婚と離婚を繰り返していたというわけではありません。

 そうではなくて、おじいさんには、何人か同時に妻がいて、みんな一緒に暮らし、それぞれの妻に自分の子どもを何人も設けて大所帯を構成していたのです。

 

 それは、おじいさんの人生の最盛期。

 

 しかし、いつのことだか、ささいな事件が起きて、おじいさんは彼らの元を離れてしまったのでした。

 おじいさんの孤独の旅の始まりでした。

 それからは、もう随分経ちました。

 おじいさんは、いつの間にか彼らのことを思い出すことを忘れてしまいました。

 

 でも、おじいさんがおじいさんになり始めたころ、昔を思い出すようになって、おじいさんは彼らに会えることを信じて、さらには待ち望むようになりました。

 

 そして、それからも何年も経ちました。

 

 おじいさんは、今、家の扉を叩いているのは、おばあさんか、自分の子どもたちかもしれないと思い込んでしまって、ふらふらと引き寄せられるように家の扉の前まで出向きました。

 

「ばあさんかい? ……何人目かの」

 

 扉を叩くことはなくなりましたが、返事はありません。

 

「それか、子どもたちかい? ……ちょっと名前も忘れちゃったけど」

 

 それでも、返事はありません。

 

「ちょっとまってよ。今、開けるから」

 

 ヒョオォォォ──。

 

 耳をつんざく風の音。

 おじいさんが扉を開けると、息を吸うと肺が一瞬で凍ってしまいそうな、氷点下の雪混じりの冷たい空気が家の中に入ってきました。

 

 おじいさんの意識は、一気に現実に引き戻されました。それは凍てつく空気で頭が冷やされたからではありません。

 

 開けた扉の向こうには、おばあさんでもなく、子どもたちでもなく、一人の男が立っていました。

 

 おじいさんは、自分の心臓が凍りついたかと思いました。本当に凍ったのは肝っ玉の方かもしれません。

 

(スーパーミュータント……?)

 

 おじいさんの脳裏に、さっと、ごく身近にいるよく知られた狂暴なモンスターの名前が浮かびました。

 でも、目の前に立っている男は、スーパーミュータントほどはデカくありません。

 全身雪まみれで顔や表情はよくわかりません。しかし、雰囲気からフレンドリーさはまったく感じられません。おじいさんにとっては強盗などの不審者としか思えませんでした。

 

 目の前の男は、震える声で言いました。

 

「つったってないで、そ、こ、を、どいて、早く、入、れ、て、く、れ……」

 

 男は歯をガチガチといわせて、凍える寒さの中、かろうじて喋ることができたという感じです。

 

「サ、サ、サン……」

 

 一方のおじいさんは、恐怖と混乱のために、かろうじてでも言葉がでてきません。本当は、サンタクロース様ですか? と、場をなごませるための、クリスマス・イブならではのジョークを飛ばすつもりだったのかもしれません。

 

 おじいさんは、目の前の男が、サンタクロースでもスーパーミュータントでもないと思いましたが、スーパーミュータントではなかったとしても、身の危険はどちらにせよ変わらないんじゃないかという結論に瞬時に達して、さらに恐怖にかられました。

 扉を閉めようにも、逃げようにも、脚がすくんでしまって身動きすら取れません。

 

 男に漂うオーラは徐々に殺気を帯びて、今にもこちらに襲いかかってきそうです。

 

「いっ、ヒッ……」

 

 おじいさんは、死の恐怖に取り憑かれて、うまく息も吸えなくなっています。命だけは助けてほしいと、言葉にして言いたいのでしょうか?

 

 目の前の男は、鼻から大きく息を吸い始めました。おじいさんもそれにつられて、鼻から息を吸ってみたところ、凍てついた空気がおじいさんの呼吸器を刺激して、おじいさんはひどくむせ込んでしまいました。

 

「ゲ、ゲホッ、ウゴッ、ゲボッ……」

 

 男の前で、激しく咳き込むおじいさん。

 

「ウゲェーッ、ゲ、ゲホゲホげほッ」

 

 おじいさんの咳は止まりません。さっき食べたばかりのマンティスの脚が胃から出てきそうな勢いです。

 

 

 

 

「さっさと中に入れろつってんだろうが!!」

 

 男は、おじいさんを大声で怒鳴りつけると、背中を丸めながら咳き込み続けるおじいさんの尻を乱暴に蹴り飛ばしました。おじいさんは、ザザッと砂の音を立てて家の土間に転げ、男は素早く家の中に入り込んできました。そして、バシンと扉を勢いよく閉め、かんも閉めてしまいました。

 

「猛吹雪の中で、ずっと呼んでいるんだからよ、さっさと出てこいよ。俺を凍死させる気かっ! もう少しで、ミニガンをぶっ放すところだったぞ!!」

 

 男が、寒さに震えているのか、怒りに震えているのか、おじいさんはわかりません。男の鬼の形相がゆるむことはありません。

 

 おじいさんの咳は鎮まりましたが、バクバクと激しい胸の拍動はおさまる気配はありません。呼吸も、恐怖のあまり口をパクパクさせて息をするのがやっとです。

 上体だけ起こして、ずりずりと両足で地面を蹴って、何とか男から逃れようと頑張るおじいさん。

 

 男は、そのおじいさんの様子を横目でジロリと一睨みすると、そのまま家の中まで上がりこんできました。そして、暖炉の前まで来ると、雪まみれの合羽を脱いで土間でばっさばっさとはらいだしました。

 

 土間は落ちた雪で水びたしです。

 

 そして、脱いだ合羽を傍にあった竿につるすと、今度は、暖炉に薪をくべて炎を強くし始めました。火が勢いを増し始めたのを確認すると、椅子を持ち出してきて、座って暖を取りはじめました。

 

 男の様子を、離れたところで、へたり込んだままずっと見ていたおじいさんは、この男は、自分の家を山小屋か何かと勘違いしているのではないかと、男の挙動に図々しさを感じて、怒りも湧いてきました。

 しかし、その怒りを表に出すための勇気は湧いてきません。

 

 ものすごく強そうな男相手に、堂々と対峙する意気地がないことを正当化するために、ウジウジと考え込むおじいさん。

 

(……こんなレイダーみたいにイカれたヤツ、まともに相手をしてはこっちがバカを見るだけだ。ここは下手に出て、こちらに敵意はないことを示して機嫌をとるしかない。それで翌朝に出て行ってもらおうか)

 

 おじいさんは四つん這いで、そろそろと男の背後ににじり寄りました。

 暖炉の前で、腕組みして大きな身体を縮こまらせて暖をとっている男は座ったまま微動だにしません。

 

 おじいさんは、ン、ン、と小さく咳払いをして、男の注意を引こうとしました。しかし、男は背中を向けたまま、おじいさんの方には見向きもしません。

 

 男の背後から、おじいさんはそっと声をかけました。

 

「あ、あの、外はすごい吹雪でしたのう……」

 

 男は、ゆっくりと振り向いて、不機嫌そうな顔をおじいさんに向けて言いました。

 

「テメー……、呑気だよな。外の雪はすごいってもんじゃないぞ。家の中にいてもわかるだろ? じじい、猛吹雪に気づいてなかったのか? 耳が遠いのかよ? それでなかなか扉をあけなかったのかよ? そんなワケねえだろうがよ。あんなに俺が音を立ててんだぜ?」

 

 男は、まだまだ、絶賛お怒り中です。

 おじいさんは心の中で、知ったことか、と悪態をつきましたが、口には出しませんでした。

 

(ここは、デキる男のアンガーマネジメント、大人の男の余裕で、傾聴姿勢だ……!)

 

 おじいさんは、心の中でおまじないのようにつぶやきました。

 

「あ、あの……、ダンナは旅のお方ですかい? こんな大雪の日で難儀しましたネ。それで、今夜は、どこかお泊りの宿のあては、あるんですかいのう?」

 

「ああん?」

 

「あ、いやいやいや……。今日は夜も遅い。お困りでしょうから、今晩はここに泊まっていきなされ。こんな粗末なブリーズホームでよければじゃが……。なんのもてなしもできんがの……」

 

「俺は、今は、そんな話は、し、て、い、な、い。何ですぐに、表に出てこなかったかを、聞いている」

 

「しょ、食事をしていましてっ……。そ、そうだ! ダンナは食事はお済みですか? あいにく、マンティスのほうは、本日は既に切らしておりまして、ラッドローチならすぐにご用意できますが、……いかがなさい……ま、す、……か?」

 

 男の鋭い眼光を前にして、おじいさんの声は上ずって、冷や汗がダラダラ、そして会話は、傾聴どころか、タダの横滑り状態です。

 

「じじい、おかしな話ばかりしやがって。ケンカ売ってんのかよ? この俺が腹を空かした旅人に見えるってのか? あ?」

 

 男の声は低めの、なかなか張りのあるいい声をしています。

 その、雪焼けした顔はたくましく、よく見ると、瞳は美しいグリーン、髪は淡い赤毛の、そして端正な顔立ちをした、かなりのイケメンです。

 年の頃は、まだ若くて、おそらく二十歳すぎ。

 おじいさんはそれを見て、なぜか急に嫉妬に駆られて、体中がソワソワして、胸がキュウと苦しくなりました。

 

(ワシだって、若い頃はめっちゃ強かったし、……ワシのイケメン度は、こんな程度じゃなかった。その証拠に、ワシには妻や子どもが何人もいたんだ。名前を忘れてしまうくらいな……)

 

 その時、男は、瞬間的におじいさんの瞳の奥に、邪な心の裡を感じ取ったのかもしれません。もしくは本能的にそれを殺意と受け取ったのか……?

 男は、横に置いたハンティングライフルを素早く手にするとロードし、そして座ったままライフルを構え、おじいさんの顔面にピタッと狙いをつけました。その一切の無駄とブレのない所作の正確さといったら、見事! 鮮烈! という表現がピッタリきます。

 

 それを目の前で、華麗にキメられてしまったおじいさんは、金縛りにかかったかのように動けません。

 

 男は舌なめずりして言いました。

 

「……それか、さすらいのレイダーかもしれねえってか? この俺を、そこらのザコと一緒にしてもらっちゃあ、困るねえ……。さあ、立てよ」

 

 銃口を向けられたおじいさんは、ヒイイと喉元をかすかに鳴らして、すくみ上がりました。両手を肩より上に上げて立ち上がりましたが、膝はかくかくと笑っています。じっと立っていることが出来なくて、すぐに、ヨロヨロとその場に尻もちをついてへたり込んでしまいました。

 それを見た男は、思わずプッと吹き出してしまいました。そして、笑いながら銃を降ろして言いました。

 

「ははっ、漏らしてんじゃないだろうな。さすがの俺でも、そっちの世話は勘弁ねがうぞ」

 

 おじいさんは恐怖で喉はカラカラになって、上手く声が出せません。それでも、上ずった声で言ってしまいました。

 

 そう、その時、ソレに気づいてしまったおじいさんは、言わずにおれませんでした。

 その、ライフルの名を──。

 

「オ……、オル……ペインレス……」

 

 それを聞いた男は、少し意表をつかれたような表情をして言いました。

 

「ほう……、驚いたな。アンタがコイツの名を知るとはな。だが、うっかりその呪われた名を口にしないほうが身の為だぞ……。コイツのために国を追われた大統領が、かつてどこかにいたという伝説を聞いたことがある」

 

 

 

 

 男は、それが名アリの固有の武器であることをしばらく知りませんでした。旅先の酒場でキャラバンの商人たちに、このライフルに目を付けられたことは一度や二度ではありません。兄ちゃん、スゲーの持ってんじゃん、どこで手に入れた? みたいな感じです。

 

 それで、彼らから『オルペインレス』という名前を教えてもらって、それにまつわる逸話もいろいろ聞いたのでした。

 

「コイツで打たれたヤツは痛みを感じる間もなく昇天する、というのが名前の由来らしいな。確かにこいつは、切れ味抜群の、なかなかの名品だ。腕さえ確かなら、野生の先生でも一撃でしとめることさえ可能だ」

 

 と、ここで突然、おじいさんの様子がおかしくなりました。さっきまでも、機嫌をとったり、すくみ上がったり、腰を抜かしたり、笑いをとったりと、いろいろ忙しかったのですが、それとは別におかしい感じです。

 

 呼吸が乱れ、ブルブルと体を震わせて、大量の冷や汗をかき始めていました。

 

「んん? じいさん、どうした?」

 

 男は、既にライフルは傍らに置いて手にしていません。オルペインレスが怖いわけではないのかと、男は自分の手のひらを見ました。

 

「せ……、せ、せ、せんっ、せっ、先生?」

 

 おじいさんは早口になって、声は裏返っています。

 男は、様子のおかしいおじいさんを、訝しげに見ました。

 

「なんだ? 先生のことか? 先生といったら、この世界の人間で、知らねえヤツはいないだろうよ。デスクロー大先生よ。……まあ、本当の姿を見たことがある奴なんて、実は滅多にいないのかもな。うっかりヤツの姿を認めたときは既に遅しで、爪でひとかきされてお陀仏なわけだしな」

 

 男は、ふと思い出して、デスクローの爪を懐から取り出しました。男が少し前に仕留めたデスクローから採取したものです。

 

「そうそう、小柄ではあるが、コイツはつい三日前まで生きていたモノホンの先生の爪だぜ……。ヤツらは、こういう丈夫で鋭くてしなやかな爪をたくみに操ってだな、人間サマの首をひとかきだ。どこかの町で、パワーアーマーのヘルメットに首ごと収まったまま転がっているのを、大量に見たこともあるぞ。それ、どこだったかなあ……」

 

 そして、男はニヤニヤして、デスクローの爪をおじいさんの目の前に突きつけました。

 

「じいさんも、死ぬまでに先生に一度くらいは会ってみたいか?」

 

 それを聞いたおじいさんは、ますます顔面蒼白になって、目を白黒させてただ一点を見つめています。心はここにあらずといった感じでしょうか。しかし、大量の汗はおじいさんの額から流れ続けています。

 ハアッハアッと、次第に呼吸も苦しそうに大きく乱れ始めて、それは、もう、ただ事じゃないといった感じです。

 

「その様子じゃあ、もしかして、じいさん……、アンタも、先生のこと、よく知っているんじゃないのか?」

 

 その時です。

 

「ヒグッ……」

 

 おじいさんは、引き付けを起こしたように白目をむいて硬直したかと思うと、そのまま卒倒して、ゆっくりと仰向けに倒れ込んでしまいました。

 

「お、おい。じいさん」

 

 男は、多少慌てた素振りで倒れたおじいさんに駆け寄りました。そして、懐から注射器のようなものを取り出して、おじいさんの太ももに素早く突き刺しました。

 しかし、おじいさんはしばらく待っても微動だにしません。

 

「うーん……、これはダメかな? スティムパックの出番でもない」

 

 口から泡を吹いて意識のないおじいさんの喉元を、手のひらで触って不規則な脈を確認すると、深いため息をつきました。

 

「あれか……、アタマの血管かな? それか、心臓かな? イッたのは」

 

 長い、静かな聖夜です。

 外は、相変わらずの猛吹雪ですが──。

 

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