サイレント・イヴ 作:ホリデーサンシャイン
翌朝、男はおじいさんの墓をたててやりました。おじいさんが息を引き取ってから、まだ数時間しか経っていませんが。
「パワーアーマー、持ってくりゃあ良かったな」
大雪のあとの、雪深い大地を、成人男性がすっぽり埋まるくらいの大きな穴を掘るのは、この並外れた体力を持っていそうな男でも、さすがに骨の折れることです。それでも、あっという間におじいさんの埋葬は終わり、墓は出来あがりました。
「じいさんよ、このウェイストランドで、普通に死ねて、普通に墓を建ててもらえるなんて、普通にありえないことだぞ。ま、死んだら本人には何もわからんことだし、どうでもいいことなんだろうけどな」
昨夜の吹雪が嘘のようです。空は、いつも空気が淀んでいるキャピタル・ウェイストランドでは、普段見ることのない青空です。
男は、青空を見上げて、ふと、思いました。
この果てしない絶望しか見えないウェイストランドで、来世を信じる信仰は、やっぱり、ありえないのかなあと。
男は、建てたばかりのおじいさんの墓に向かって言います。
「じいさんは、迷わず天国に行けよ」
男は愛用のオルペインレスを空に向けて一発だけ発砲しました。
ター──ン……。
あたり一面雪に埋もれた大地に、銃声はこだましません。このキャピタル・ウェイストランドの不毛の大地の上にある、晴れた空にあるのは静寂でもなく虚無です。
「俺は、このオルペインレスみたいな武器が性にあっている。オルペインレスみたいな武器の良さはAIや人造人間たちにはわからんのだろうな」
オルペインレス。
ハンティング・ライフルのユニーク武器です。
威力は並とは言いませんが、少し強力と言えるくらいで、言ってみれば、単純な構造のライフルのひとつに過ぎないです。
ハッキリ言って、アサルトライフルやスナイパーライフルなどに比べてずいぶんと地味な存在です。
「しかし、コイツは使い手を選ばないくせに、熟練者の要求にも素直に応えてくれる。狙ったとおり、そしてイメージしたとおりに弾が飛んでくれる」
その爽快な手応えが、他の銃と比較してハンパないと言います。
オルペインレスを手にした誰もが、この銃のバランスの良さと扱いやすさを、自分なりに解釈して感じているのでしょう。
男は、このオルペインレスを、自分と同じウェイストランドを旅する放浪者から、偶然、手に入れました。
最近はもっぱらパワーアーマーとガトリングレーザーの組み合わせでしか使わない。それで、そいつは最近は滅多に使わなくなった。だけど、捨てるには惜しい。腕利きでいいヤツが使ってくれるなら。と、タダで譲り受けたのでした。
その彼は、エンクレイヴの高性能パワーアーマーを装備していて、それもほぼ新品状態だったので、エンクレイヴ兵の生き残りと勘違いされて、アウトキャストの兵士に絡まれていました。
彼はエンクレイヴの生き残りの兵士なんかではなくて、装備していたのは、彼がどこかで強奪してきたパワーアーマーなのでした。
男から見て、彼が手こずるような敵ではなさそうとわかりましたが、ちょっと重装備過ぎて、生身の人間を相手にすることに、ためらいがあるように見えました。
絡んでいたのは、ジェットやサイコでイカれたレイダーたちでもなくて、男はそういう戦闘は、確かにイヤだなあと思って、彼に加勢してやったのでした。
戦闘が終わって、助けた彼からは、案の定、無益な殺生も勝負の見えた戦いもしたくないし、困っていたから助かったと、礼を言われたのでした。
男は、その彼がタダ者ではないことは、その雰囲気からすぐに感じ取りました。
『いつもはああいうの、嫁の担当なんだけど、たまたま一緒にいなくてさ。あいつら、話は通じないし、ああいう場面って、僕にとってはよくあることなんだけど、困るんだ。貴重な弾薬がもったいないしね。ホント、助かったよ』
そして、彼は、何気にすごいことを、さらっと、爽やかに笑って言いました。
『あいつらにエンクレイヴ兵と勘違いされたみたいだけど、彼らの本拠地を壊滅させたの、じつは僕なんだよね』
一人だけでやったのか? とびっくりして聞く男に対して、彼はパートナーと二人で、とにっこりして答えました。
そして、エデン大統領が、実はAIだったという驚愕の事実も教えてくれたのでした。
男は彼の言うことを、素直に信じました。
なぜなら、男から見ても、彼はあきらかに普通の人間ではなかったからです。
見た目は筋骨隆々だし、外見からはわかりませんが、心肺機能や、知覚機能も人工的な強化を施されているのでしょう。
しかし、彼からは、強化人間特有の、精神の不安定さやエキセントリックさは全く感じられませんでした。言うならば、修行僧のような雰囲気を持っていました。
いろんな危険なドーピングを受けても、正気を失わずにすむ人間も、この世界にいるんだと、男は感心して彼を見ていました。
『それ、大事に使ってね。本当にそこいらで手に入ることがない、貴重な一品だからね。君なら、きっと気に入ると思う。じゃあ、また、いつかどこかで。お元気で』
彼は、オルペインレスといくつかの弾薬を男に託すと、颯爽と去っていったのでした。
「ほんっと、コイツはイイ銃だよな」
男の冒険の範囲が、ぐんと広がったのは間違いなく、このオルペインレスのおかげなのです。
「……そういえば、昨夜のじいさん、なんでこれがオルペインレスだと知っていたのか?」
男はおじいさんとの出会いを思い出していました。
✝
男が、おじいさんと出会ったのは、キャピタル・ウェイストランドをいつも通り放浪していた時のことです。
ある日、通りすがりのウェイストランド人に助けを求められたことがありました。
パワーアーマーを着た老人が町で錯乱して暴れている、何とかしてもらえないだろうか、と。
(何だそれ? なんかそういう名作、どこかで見たような、あったような。……何だっけ?)
と、男がブツブツと訝しげに思いながらも、現場にかけつけると、確かに、その通りすがりのウェイストランド人の言うとおりの光景を目の当たりにしたのでした。
男はそれを見て、そのシュールさに、不謹慎だとは思いましたが、たまらず、その場で大笑いしてしまいました。
老人が操る旧式と見られるパワーアーマーはボロボロに壊れかけていて、ヘルメットは既に無くなっていました。目が血走って錯乱した老人が、パンチやキックで辺りの建造物を破壊しながら暴れていましたが、そっちの方は全然大したことはなくて、老人を護衛している、二機のセントリーボットの方がはるかに脅威なのでした。
男には、老人は何かにひどく怯えている様子にも見えました。
男は、すぐに始末するつもりでいましたが、パワーアーマーを操っている老人が、レイダーのようにイッちゃっている人種にも見えなかったので、その場で気絶させて保護してやることにしたのでした。
「……そうそう、それで、どうやって手に入れて、手なづけたかは知らんが、じいさんのお供のセントリーボットは勿体ないけど、パルス地雷を使って壊してしまったんだよな。そのせいで、じいさんがガックリきたのかどうかは、わからんけどな」
男に介抱されて目を覚ましたおじいさんは、落ち着きを取り戻したというか、気力もなくただ呆けているだけで、男が話しかけても、出身どころか、名前も年齢も言えない状態でした。
男は、おじいさんのことを、けっして気の毒と思ったわけではなかったのですが、そのまま危険なウェイストランドに放置するのも気が引けました。
男は、普段は旅に出て、家にいることはあまりありません。それで、おじいさんを自分の家に住まわせるようにしたのです。
「さっき、このじいさんには大笑いさせてもらったからな」
一人で、キャピタル・ウェイストランドを旅する男が、腹の底から笑うことなんて、実は今まで一度もありませんでした。
しかし、おじいさんは、男のことも、男の厚意も忘れてしまいます。
次第に、おじいさんは、男の家を自分の住まいだと思い込んで、気ままにのびのびと過ごすようになりました。
男は、そんなおじいさんを咎めることもなく、それどころか食料や日用品も、旅の合間に調達してやりました。
おじいさんが、生前食べたがったマイアラークは、男が仕留めてきた数ある獲物のうちのひとつなのでした。
男は、おじいさんと出会った当時の錯乱状態を思い出していました。
どこで手に入れたか不明の、パワーアーマーと重装備の高性能セントリーボット。
そして、昨夜の、デスクローの話だけで、あの取り乱しよう……。
決定的なのは、オルペインレスを知っていたこと。
(そうか。こいつはひょっとして、オルニーからのサバイバーなのか。……ということは、……だ)
男は、ここに来て、おじいさんの正体に気づいたようです。
オルニー。
正式には、オールドオルニーと呼ばれる町の名前です。
かつてのエンクレイヴが、デスクローの人工飼育を試みていた、大規模な実験施設があったところです。
繁殖させたデスクローを意のままに操り、生物兵器として利用する目的で、研究と実験が行われていましたが、お約束のように失敗しました。
ある日、飼育していた一部のデスクローが逃げ出して、研究所は瞬く間に壊滅してしまいました。
その事故から随分経っていますが、オールドオルニーは、今や、デスクローの生息地と化して、結果として人の立ち入りを拒むようになった、ただの阿鼻叫喚の町です。
そして、この町は、キャピタル・ウェイストランドのどこかに存在すると噂される謎の国家の、事実上の流刑の地として知られています。
でも、それは過去のこと。今は、そのような謎の国家は存在しません。
「このじいさん、ただモンじゃあねえって感じはあったけど、まったくもって、素行がイイやつとも思えなかったのは、そうか、そういうことだったのか」
✝
男の腰にぶら下げた携帯ラジオからは、おなじみの、ビリー・ホリディの曲がかかってきました。
男は、その曲が、いつの時代のものか、その曲名も、そして誰が歌っているかすらも、いまだ知りません。
男はしばらくそれに聞き入っています。
「相変わらずいいねえ……、最高だ。声も歌も歌い方も。俺の心はアンタの虜だ。きっと誰も真似できるヤツなんていない。こんな、歌の間の取り方、ほかの誰が出来る? 危うくも儚くも聞こえる、歌声の絶妙なアンバランスさ、何もかもがすばらしい」
男が、彼女の歌声に透かして見ているのは、彼女の何であるのか、はるか時代を越えて生きる男にとっては、わからないことです。
「レディー、俺はアンタの歌声に救われたんだ」
男が初めてキャピタル・ウェイストランドに足を踏み入れた時、ラジオから流れてくる彼女の歌を聞いて、ただただ驚いたのでした。
「その歌声は、まるで歌っていないかのように聞こえたんだ。話し声みたいに、自然に耳に入ってきた。俺はずっと心が虚ろだったのに、その時は体が震えるくらい感動したんだ」
そして男は、彼女の歌を、もっと聞きたい、知りたいと思いました。そして、それが男にとって、絶望のウェイストランドを生きていく希望になりました。
男が、ウェイストランドを旅する目的は、世界に失われた素晴らしい音楽遺産と映像コンテンツを発掘することです。
残されている場所は、だいたいは地下のVaultで、それらは、ほとんどが魔の巣窟と化していますから、これはもう、大変な、命懸けの仕事です。
見つけ出した楽曲データのうち、男の主観でコレはと思ういくつかは、既に信頼できるラジオ局に渡して、かけてもらっています。
「こんなのをたくさん知っていたら、狂った世界に絶望して、不安にかられて、冷凍移民船に詰め込まれて宇宙の彼方に飛び立つなんてこともしなくても良かったんだよなあ……」
これは男の過去の話です。悲しい、両親と、将来を約束した恋人を同時に失った過去の出来事です。
「今頃、どこを漂っているんだろう?」
宇宙船型のVault。
過去に建造されてから一度も使われることなく、宇宙空間に放置されていました。
核パルスエンジンが何基かくっついた、小惑星を利用して建造された大型の宇宙船です。そして、宇宙船の舵をとるのは、言うまでもなく、AIです。
男の両親も恋人も望んでその宇宙船に乗り込んでいきました。
《何百年かして、宇宙船はちゃんと地球に戻ってくるんだよ。その頃には、地球も楽園を取り戻しているはずだよ》
《ねえ、あなたはいったい何を心配しているの? 今の地球には絶望しかないんだよ。ここにいて、怯えて暮らす毎日なんて嫌でしょう?》
《あの船には選ばれた人間しか乗れないんだ》
《そうよ、何のために難しい試験を突破してきたのよ? 私たち、子どものころから血の滲む思いで勉強してきたでしょう?》
『あのな、その冷凍宇宙移民船の末路は想像に難くない。ちゃんと戻ってこれるかもわからないし、どうせ戻ってこれたとしても、そのまま地球に激突させようというシナリオだ。地球上の生命体をいったん全て消滅させて、宇宙船にのせた生命体のDNAという物質レベルで、地球の再生とかって言っているんだ。それ、散々語られている、ネタなんだよ!』
《それは違う。宇宙船は、我々、乗組員の意志の総意で動くようにできている。もしそうなったとしても、それはその時の、我々の望んだ結果なのだ》
宇宙船の制御システムを設計したのは、男のお父さんでした。
男は、家族に売られました。不穏分子として密告されたのです。
家族や恋人が、黙って自分に向けた哀れみというか悲しそうな顔を、今でも忘れることができません。
家族や恋人とはそれっきりです。
男は、頭にきて、怒りに任せて、家族と真っ向から対立したことを今でも悔やんでいます。
男は、自分の家族も、恋人も、止める術がなかったどころか、宇宙船に無理やり詰め込まれそうになったところを、逃げ出すのがやっとでした。
それも、命からがら。
✝
今の男には、ささやかな夢があります。
いつか、このキャピタル・ウェイストランドに新しいラジオ局を開設して自分のラジオ番組を持ちたいと思っています。
その時には、おじいさんにも手伝ってもらおうと考えていました。
男は足元の、自分が作ったこんもりとした大きな土の山を見て言います。
「アンタ、実は、一国の主だったんだな。俺のラジオ局のDJになってくれたら良かったのにな。そしたら、人気出てたのかもな」
男は、その様子を想像して、思わず笑ってしまいました。
間違いなくファンはつくだろうし、おじいさんにはラテン系の音楽が似合いそうだと思いました。そして、最近見つけたいくつかの名盤が頭に浮かびました。もう、男には、それくらいの音楽に関する知識のストックは、頭の中にあります。
「まあ、死んだからといって、俺のラジオ局の名前に、じいさんの名前も、国の名前も使わねえけどな」
デイブ共和国。
キャピタル・ウェイストランドの極東に位置する、かつて、とある一家が自給自足の生活をしていた小さな集落のことです。
すぐそばに、例のオールドオルニーがあって、あまり人が好んで寄り付く地域ではありません。
デイブ共和国は、自称の国家ですが、一応は古い歴史があります。以前は、君主制の国家だったらしいのですが、代替わりしてから民主国家になりました。
家長のデイブが大統領で、彼の何人かの夫人と、その間に出来た子どもたちが国民です。
選挙で選ばれる大統領には、必ずデイブが当選します。
そのことに疑問を持っていた家族が、ある日、ふらっと外からやって来た親善大使に、国宝と引き換えに、選挙の不正工作を依頼しました。
その国宝が、あの、オルペインレスでした。
その企みは見事成功し、デイブは選挙に落選。デイブは落選の責任をとって、自らを国外追放の刑に処しました。
その行き先が、流刑地であるオールドオルニーなのでした。
デイブは、新共和国樹立のために、オールドオルニーで孤軍奮闘します。
ここを制覇すれば、エンクレイヴが残した圧倒的な軍事力を手にして、祖国の奪還のみならず、さらなる領地拡大も見込めるからです。
彼は、持ち前の高い能力と、傭兵時代の経験を武器に善戦します。しかし、相手は先生方の多勢に無勢で、所詮、人が太刀打ちできる相手ではないのです。
当然デイブは、この地に足を踏み入れてしまったことを大いに後悔しました。
度重なる負傷と、それを治療する薬物がデイブの精神を蝕んでいきました。
そして、いつしか、オールドオルニーに来た目的も、家族のことも、自分のことも、キレイさっぱり忘れてしまったのです。
一方の、主を追放したデイブ共和国は、程なくして、キャピタル・ウェイストランドから消滅してしまったという話です。
「確かに、キャラバンの商人から聞いたことがある。かつてのそういう国家の存在を」
その後のデイブ共和国が、どういった滅び方をしたかまでは、男は伝え聞いていません。
たぶん、普通に考えて、デイブ大統領という偉大な求心力を失って、もともと不仲で、バチバチの対立をしていた夫人たちが、それぞれの子どもたちを連れて国を出て行き、デイブ共和国一家は離散という経緯を辿ったのだと思われます。
「じいさんよ、家族に売られたアンタが夢を見たのは、祖国の再興だったのかい? それとも、死期を間近に悟って、単に家族が恋しくなっただけなのかい?」
男は、旅から帰る時は、おじいさんは自分の家からいなくなっているかもしれないと、何度か心配したこともありましたが、そういうことは一度もありませんでした。
「短い付き合いだったが、俺は楽しかった。アンタはどうだったのだろうな」
男は、おじいさんには、何度も笑わせてもらったことに感謝しました。
そして、長い板切れを工場内のどこかから探し出してきて、ナイフを使って文字を刻み始めました。
「まあ、一国の元大統領閣下には、敬意を示さねばならんだろう」
そう言って、文字を刻んだ板切れを、おじいさんを埋めた土の山に突き刺しました。
男が墓標に書いたのは次のとおりです。
《偉大なる亡共和国の元大統領、ピンピンコロリで生涯を終え、ここに眠る》