嘘に塗れながらもハイレベルだった桔梗の自己紹介の後も、クラスメイト達の自己紹介は続いていく。
「俺の名前は
うん、一発で嘘だとわかる自己紹介だね。
インターハイっていう聞き覚えのない単語が出てきたけど、それでもすぐに分かった。
だめだよ、嘘をつくなら桔梗みたいに上手くやらないと。
ダンッ!!
突如大きな物音がしたので驚いて振り返ると、赤髪の大柄な少年が机の上に足を乗せ、洋介の方を睨みつけていた。
「俺らはガキかよ。自己紹介なんて、やりたい奴だけでやれ」
「僕も君に自己紹介を強制することはできない。不快な思いをさせたなら、ごめん」
洋介が赤髪の彼に頭を下げると、それを受けて女子から非難の声が飛ぶ。
「うっせえ。俺は別に、仲良しごっこをするためにココに入ったんじゃねえんだよ」
彼は勢いよく立ち上がると、足早に教室を去っていった。
それに乗じてか、何人かの生徒も教室から出ていく。
まあ後から出て行った人はまだいい。わたしも自己紹介は好きか嫌いかで言うと嫌いな方だ。他人とあまり積極的にかかわりたくないというのも同じ。
それなのに自己紹介をしたのは桔梗に触発されたのが大きい。
そして、問題は赤髪の彼だ。いくら自己紹介をしたくないからって、言動が子供っぽすぎて嫌になる。
せめてもうちょっとやり方はあっただろうに……。
赤髪の彼は退場したが、教室には多くの生徒が残っていたので自己紹介は続いた。
「私は
……ちょっと待って。さっきの赤髪くんと言い洋介と言い桔梗と言い、このクラスキャラが濃い人多くない? こうまで粒がそろうことはなかなかないと思うけど……。
「えー……えっと、
この個性あるクラスのトリを務めるのだから、さぞ個性的な自己紹介が飛び出すだろうと思っていたら、とんでもなく微妙な自己紹介が出てきた。
いや、まったく人のことは言えないんだけどね。わたしの自己紹介もこのクラスじゃ埋もれてるだろうし。
ただ、話し方的にあまりに何も考えてなさそうだったのが気になる。最後の番なんだし、それこそ再序盤だった心の方が全然考える時間が……。
……まあいいか、清隆ね。わたしと同じくコミュニケーション能力が低い男子として、よく覚えておこう。
§§§§§
ローズ委員長もそうだったが、古今東西偉い人というのは長話をしたがる傾向にあるらしい。わたしは例外だが。
そんな長話に少しだけ辟易した入学式が終わり、わたしは今、学校内で多種多様なお店が集まる場所──ケヤキモールを目指していた。
というのも、佐枝先生の話とは別件で気になることがあったからだ。
自己紹介が終わり、入学式のため体育館を目指そうと教室を出ようとしたとき、わたしはあることに気が付いた。
──監視カメラだ。
教室の隅の天井付近、設置場所に溶け込むようにして監視カメラが2か所設置されていた。
気になったので体育館に向かう最中も周囲を確認しながら歩いていたが、廊下にこそ設置されていなかったものの、様々な場所に監視カメラが設置されているのを確認した。
ここまでの道中ですら、結構な数の監視カメラを目にしている。
そこで、現状把握の延長として様々な店があるケヤキモールを探検するとともに、そこにあると予想される監視カメラを見て回ろうと思い立ったわけだ。
防犯用としては流石に数が多すぎるし、色々調査の必要性はあると思う。
そうして、ケヤキモールを目指して歩を進めていると、「Fairy Mart7」という名前の小売店を見つけた。雰囲気としてはフレンドリィショップに近いかもしれない。
少し興味が湧いたので予定を変更し立ち寄ろうと入り口に向かったが、そこで見覚えのある顔を見つけた。
たしか自己紹介でトリを務めていた清隆だ。
クラスメイト達とはまだ関係が薄いので、遭遇しても軽くお辞儀する程度で済ませようと思っていたが、彼は別だ。
清隆はわたしと同じくコミュニケーション能力が低そうなので、同情……もとい親近感がある。ここは頑張って声をかけてみることにしよう。
近づいて気付いたが、彼はカップから飛び散った食べ物の残骸を片付けていたみたいだ。
これは……カップラーメンかな? この店で売られているものか誰かが持ち込んだものかはわからないけど。
……普通お店の前でカップラーメンを食べる人はいないだろうし、前者かな。
わたしがもう少し近づくと、清隆の方も気づいたみたいでわたしの方を見上げ、一瞬目を見開いた。
「ねえ、たしか……清隆、で合ってるよね? 同じクラスの
清隆はわたしの言葉を聞くと──自己紹介のときも思ったが、彼は表情の変化がかなりわかりにくい──ほんのわずかに困惑したような様子を見せると、ややどもりながら言葉を返してきた。
「あ、ああ久遠か。清隆で合ってる。これは……さっきちょっと色々あってな。須藤がカップ麺を撒き散らしたから、その片づけをしていたんだ」
「えーっと、ごめん。須藤っていうのは……」
「あーあれだ。自己紹介出て行った赤髪の不良っぽい奴覚えてないか? そいつだ」
「…………」
あの赤髪の名前か……! またこんな子供みたいなことして……本当に嫌になる。
「……あいつのために、ここまでする必要ある? 名前を知ってるとはいえ、まだ交流は全然でしょ?」
「いや、そこに監視カメラがあるだろ? 後で問題になるとまずいと思ったんだ」
清隆が指を差した方を見てみると、確かに監視カメラが2台、店の外壁に設置されていた。
……やっぱり、ここにもあるんだ。
それに、清隆は監視カメラの存在に気付いているんだ。
おそらく、新入生の中でこの学校に大量の監視カメラが設置されていることに気付いている人はそれほど多くない。もし気づいていたらその多さに動揺なり何なりを見せそうなものだが、少なくともこれまでにわたしがすれ違った新入生らしき人の中でそのような人はいなかった。
そうすると、清隆は偶然ここの監視カメラを見つけただけなのか、それともその異常な多さにまで気づいているのか……。
──おそらく、後者だ。
もちろん、100パーセントの確証があるわけではない。
ただ、わたしと清隆が出会った瞬間から、彼は絶えず何かを考え続けている。それも相当深く。
……清隆に監視カメラの存在理由について意見を求めてみてもいいかもしれない。彼なら、その価値がある。
「監視カメラ……ね。ねえ、ここの監視カメラがなんであるのか、清隆なら分かったりする?」
「なんでって……普通に防犯用じゃないのか?」
──え?
あまりにもありふれた回答にわたしは拍子抜けした。
……何というか、不思議な人だ。
自己紹介のときはぬぼーっとした雰囲気もあって何も考えてなさそうな人という印象だったけど、その印象はほとんど覆りかかっている。
実際は恐ろしく思考が深い人だ。
──それこそ、この学校の根幹を見通しちゃっててもおかしくない程に。
それなのに自分が考えていることを他者に伝えようとしない。なんだろ? 自分の意見を伝えるのが恥ずかしい? それともわたしと同じで単に口数が少ないだけ? いやそれでもわざと違う答えを伝える意味は──
うーん、よくわからないな。とにかく、これ以上店の前で話し続けるのもまずいか。ちょうど彼も片付けが終わったようだし。
……なんか全く手伝わなかったの、少し申し訳なく思えてきた。
「……なるほどね。ごめんね、変なこと聞いて。じゃあ、わたしはここで買い物していくから」
「……ああ、じゃあな久遠」
そうしてわたしは清隆と別れ店の中に入っていった──
§§§§§
「疲れたぁー」
清隆と会った小売店での買い物を終え、続けてケヤキモールもあらかた回り終えたわたしは、新たな自室となる寮の部屋に着いた。
そして、大量の荷物を放り出すと、ベッドに一目散に飛び込んだ。
体力には自信がある私だが、流石にどんどん買ったもので荷物が増え続ける中、数時間以上歩き回るのは体に堪えた。
い、いや。確かに服に目を取られてつい買いそうになっちゃったのは事実だけど、結局買ってはいないからセーフね!
それと、途中金髪の男が荷物を持つと声をかけてきたが、ここまで疲れるなら怪しんで断らずに普通に持ってもらった方がよかったかもしれない。
「んー」
うつぶせの状態から仰向けになり、ケヤキモールを回ってみた結果を振り返る。
監視カメラについては、やはりケヤキモール内にも大量に設置されていた。やはり防犯用としては多すぎる。
それに少し気になったことがある。
わたしは監視カメラについて詳しいわけではないので何とも言えないが、監視カメラは基本満遍なく設置されていたのにも関わらず、一部死角が作られているように思えたことだ。
『この学校はいじめ問題には敏感だからな』と佐枝先生は言っていた。これじゃあその死角がいじめの温床になりかねないじゃないか。
流石に上級生になれば監視カメラの存在に気付く人は多くなりそうだし、この学校は学年が上がれば上がるほどいじめが増えていくのだろうか。学校側の意図が読めない。防犯という可能性もさらに薄まった。
監視カメラについて以外にも気づいたことがある。
わたしは荷物の中から1つヨーグルトを取り出すと、手に取って眺めた。
「無料商品、かぁ」
例の小売店にもあったのだが、ケヤキモール内のいくつかの店には無料の品物が置かれている場所があった。
素直に考えるならポイントを使い過ぎた生徒への救済措置だろうけど、監視カメラの設置理由が普通でない可能性が高い以上これは違う気がする。
暫く何か思い浮かばないかうんうん考えていたが、もう既に8時になろうとしているし、お腹もすいているのでわたしは起き上がり久しぶりの料理に取り掛かることにしたのだった。