百瀬は教師の間でも謎多き男として有名だった。
噂では職員室にはほとんどいない、いつも大量のプリントに顔をうずめている、世界史の教師なのに数学と国語を教えている、など。最後の情報に関しては流した奴は最悪だろうと滅私は結論付けた。
滅私はさほど興味を示さなかったが、たまに「溜息ばかり吐いている」と言われる事があったのだ。
それは彼が十三組の担任になる前からもであり、担任となってからはさらに溜息を吐く回数が増えたためだったのか、滅私は黒神めだかについて少しばかり話したことがある。
彼女は十三組と呼ばれる理事長が認めた『登校義務の無い特待生中の特待生』だと。あるいはそんな中でも『学園に登校して来る変り種』なのだと。おかげで自分は毎日教室へ行かなければならないのだと。
思いつく限りの溜息の理由を話した。
「どう思いますか?」
「……あなたがサボりたがりというのはよくわかりました」
滅私は呆れられるのだった。
「教師といえど、頼られるのならば応えるべきでしょうに」
「そうは言ってもですね……。黒神の前だと自分は人形のように感じてしまうのですよ。俺は教師として必要とされていないと思えるほどにね」
「……それは十三組独特なのでしょうか?」
「わかりません。 同じ十三組の担任である啝ノ浦(なぎのうら)先生に聞いてみましたが、あまり自分の中では有益にならない情報でした」
「……そうですか」
百瀬はうーんと唸って考え込む。
滅私はそれを見て同じように唸った。自分のことを考えてくれる教師というのにあまりであったことがこの学園ではないのが理由なのだろう。いい大人なのだから自分で考えるというのは基本だからだろうと滅私は考える。
そう思うと、少しすっきりした反面、自分のことを百瀬は子ども扱いしているのだろうかと疑問に思いまたもや唸る滅私であった。
「私は十三組の担当教諭ではないからねぇ。楽ができるという面しか考えていなかった」
「やっぱりですか」
「やっぱりだ」
百瀬は滅私に苦笑いで返す。
滅私は同類を得たという感情の種が芽生えたのだった。
「難しいところですかね、やっぱり」
「そうですね、質問相手にもう一人を選ぶとすれば椋枝(むくえだ)先生などどうでしょうか」
「えっ、あの人ですか……?」
「あの人です」
百瀬はなんでもないように言い放つが、滅私にとってこれ以上ないといわんばかりの大敵を得たような気分だった。
百瀬がそう言ったのは生徒会顧問を勤める彼は生徒会長である三年十三組の日之影空洞と面識があるからだ。たしか、三年十三組の担任ではなかったかなどとあやふやな知識ではあるが、生徒会長と接点がある教師は椋枝をおいて他にいないだろうと考えたためである。
更に言うなれば彼は昔からこの学園に勤める人であるがためだった。
同類など上の面だということを思い知らされる。
「十三組担任でしたっけ、まぁそうであると仮定して二年がだめならば三年で攻めるのが常套手段かと」
「しかしですね、あの人は独特といいますか、十三組を体現したような人でしょう?」
「いいえ。それは勘違いです」
「か、勘違い?」
「あの人は箱庭学園の生徒会そのものでしょう」
「……生徒会ですか?」
「ええ。恒久的な現在への執着は、今の生徒会をイメージさせます。変わらないことは平和ですよね」
(……ならば、改革することは何だというのだろうか)
滅私はそう思わざるえなかった。
百瀬の言葉どおり、額面どおりに捕らえるなら、進化することはどういう意味かがわかっていない。むしろ、今であり続けること自体が大切な平和を維持する方法だとしか主張していないのだ。
滅私は、それが気になって仕方が無いといわんばかりに口を開くか悩んでいた。
「改革することは、今あるものを壊すことですよ」
「……え」
久々原は毒気を抜かれた。普通の答えだったからだ。当たり前の答えに彼はそれでも絶句する。
当たり前のことを堂々と言い張るのは普通のことなのに、百津郷が言うと独特の、微妙に普通ではないように聞こえるのだから困ったものだ。
「改革は今あるものを、現存している大勢から違う戦略を立てることと同じです。改革者は民衆の目によく映ることなのかもしれません。何せ新しい刺激なのですから」
「ま、まるで今のままがいいと言っているみたいですけれど」
「いいえ。そうではありません。改革大いに結構。壊すのならば壊してしまえばいい。平和だろうが戦争だろうが、それはトップが決めることです。独裁ですよ独裁」
「……堕落してしまう人間はどうなるのでしょうか?」
自分のことを比喩したつもりで滅私は百瀬に問いかける。
自分は取り残されるのだろうか。黒神の改革に追いつけないでいるのだろうか。
そう考える自分がいて、それならば顧問になって対立せずに観測者でいたいと思っていたのだった。
しかし、百瀬は口を開くと滅私を驚かせる。
「取り残されて、独裁者からは何もされません」
「何も、されない」
「自分たちで独自の形態を作り出すかもしれませんね。ほら、例にするのは悪いですが不良とか」
「……反社会主義派、とか」
「そっちのほうが聞こえはいいですね。滅私先生は語彙力がある」
「そんなことないですよ」
「いいえ。私よりネーミングセンスがありますね。なるほど、それいただきましょう。反社会主義派は取り残された、つまりは後出しの改革派です」
「あ、後出し?」
まるでじゃんけんを行っているかのように改革問題を語る百瀬は「そうですよ」とうなずいた。
この例えが一番わかりやすいのだと言って、滅私と目をあわせしっかりと口を開いて続きを話し始める。
「改革した後にさらに改革する。面倒くさい話ですね」
「……頭がこんがらがってきました」
「もう少しですよ。取り残された人たちは改革を望んでいなかったのです。だから、ある程度の時期を狙い刺激が足りなくなってきた改革をした、言うなれば『後の社会』に『前の社会』の状態へと戻す改革を提案する。功を奏せば望む社会を手に入れることができ、失敗すれば今の状態がどれだけいいのかを示すだけです。皮肉ですね」
「本当に、皮肉ですね……」
「黒神はどっちなんでしょうね?」
「……明らかに改革派でしょう」
「いいえ。この場合、彼女は反社会主義のほうです」
「え!?」
「椋枝先生の主義に切り込む彼女の姿は社会主義に反する行為だと、思いませんか?」
「……黒神は、後出しをしている、と」
「まぁ、それを言えば改革派である黒神はどちらにも所属しますがね」
滅私はずっこけた。
ここまできてその結論は何なのだといいたかったのだろう。
「なら、百瀬先生はどうするべきなのですか?」
「……そうですね。こんなのはどうでしょう?」
鎖国をして、ある程度の人間としか交流しないというのは。
滅私はその言葉に、ひどくひどく恐怖を覚えるのだった。
つづくよー