「え?」
「すみませんが、黒神めだかさん。あなたを試させてもらいました。本当に、こういう話で試すのは失礼なことですが、今はっきりしました」
「ど、どういうことです!?」
「あなたは私の、百津郷という一人の教師の言葉にここまで揺らいでしまった」
「!!」
黒神は驚き、その通りだと俯いて拳を握り締める。
悔しさに少し唇を噛み、ふるふると震える。
「残念ですが、その信念に、『目標』に揺らぎを知ってしまうと『これから』が難しいものです。強固な意志ならば、がんばれと突き放していたのですが」
「……」
「あなたはこの学園に、信頼できる人がいますか? 心のそこから、仕事を任せられる人物が」
「……一人、思い浮かびます」
「その人と生徒会で仕事をしなさい。『自分の信念』の基盤を教えてくれた人は、何気ない一言を言ったのかもしれません。しかし、あなたにそんな良い台詞を言える人物は、そうそういないでしょう?」
「……」
「その人は、あなたの信念です。その人こそが、あなたに道を示せる人物です。間違えてはいけないのが、最後に決めるのは自分だということ。その人の言葉だけを鵜呑みにしてはいけないということ。間違えているのならば、正してあげること」
「最後に決めるのは、自分……」
「そうです。突き放しているかのようですが、結局は自分自身で決めるのです。ただ、あなたが道を見失い、忘れたとき、きっと、その人は手を差し伸べてくれます。一人で考えて空回りしないために、ね」
「……はい」
「一人でいると、考えることや自分の歩んできた道に疑問を持つときがあります。でも、誰かと一緒なら、その悩みを分け合い、考え、正しいと思える道に一緒に進めるはずですよ」
「はい……!」
黒神はうれしそうに顔を上げる。
そして、百津郷の両手を取り、硬く握り締める。
「あなたは、不思議な人ですね」
「そうでしょうか?」
「ええ。本当に、助かります」
「かまいませんよ。頼られることは好きな人間でして」
「私は、あなたがこの学園で鎖国をして、共通の敵となるものだとばかり」
「……え、えっと、その、そんなたいそうなことは考えていないといいますか」
百津郷は照れ笑いを浮かべつつ、黒神の発想に苦笑いを浮かべる。
実際のところ、彼は黒神の考えどおりに動こうとしていた。
共通の敵として表舞台に立ち、共闘した勢力の中にいる百花繚乱な人材で新しい学園を成立させるという、ある意味革命を起こそうとしたのである。
有能な人材を見つけ出すための鎖国宣言。共通の敵として現れることにより、教師と生徒間の溝を埋めるために一役買うつもりでいたのだった。教師として、生徒との関係を修復するために自分を敵勢力として反社会主義の人間を装って学園全員に敵対する算段でいた。
なのに。それを行う前に黒神めだかに阻止された。否、阻止されたも同然というのが正しいのかもしれない。
行おうと思えばできるが、リスクが多大なものになってしまった。失敗すれば、彼女にカウンセリングをした事が完全に裏目に出る。
良くも悪くも、黒神めだかは人の影響を受けやすい。選挙で崩れる人間ではないが、『人間関係』で崩れる『脆さ』を持っている。それを、百瀬は見抜いたのだった。
この時代の黒神めだかは去年の傷を引きずったまであった。黒神めだかが引き継ぐ前の、つまりは箱舟中学前生徒会長との戦いで心に大きな傷を負っているが故に、脆さが判別できてしまう。
百瀬はカウンセリングで、その修復に挑んだ。揺らがぬように目標を支える人物を置き、彼女の意思を確固としたものにしようと回りくどいながらも本題の達成に先ほど、成功した。
鎖国と言い、極端とまで言われる言動を行い、その極論から彼女の傷を発見し、揺らぐことを認識させ、その対策を講じることにより彼女を揺らがぬようにした。
トップがゆらぐことは、何においても未然に防ぐ必要があったからだ。
それと引き換えに、彼の鎖国宣言は黒神めだかと知り合わなければ、事がうまく運んだはずだった。知り合いにさえならなければ、鎖国した彼の身内に等しい人間と敵対しなくて済むはずだったのだ。
彼女をカウンセリングに近い状況にさえしなければ、成立したはずの鎖国宣言。外敵に強い鎖国は内敵に弱い。内側から崩されればすぐに終わってしまう。
だからこそ、彼はのんびりと、誰にも知られぬよう事を運んだ。教師陣からも浮いた存在であり、生徒たちにもなるべくかかわらない、一人のそこら辺にいる教師としての道を歩いたつもりだった。
「……参ったな」
「どうかしましたか?」
「いいえ。こちらの話ですよ。そうだ、黒神さん」
「はい?」
「生徒会選挙、いい知らせを待っていますよ」
「ありがとうございます!」
黒神めだかは、うれしそうに職員室を飛び出していった。
その後姿を見た後、百津郷は少し溜息を吐く。
「溜息は幸せを逃しますよ」
「……いつも吐いている久々原先生に言われたくありません」
「一度言ってみたかったんですよ、これ」
「全く。黒神さん、ですか」
「どうでしたか?」
「その、厄介ごとが台風を連れてきたような、そんなかんじです」
「そ、そうですか」
「ええ。折角の『共通の敵作戦』が台無しです」
「『鎖国作戦』のほうがいいかと」
「や、やはり久々原先生はネーミングセンスがいい」
「そうでしょうか?」
職員室内で交わされる二人の会話は、鎖国などしない開放的な平和そのものだった。
百津郷百瀬。彼は一年一組の担任で、黒神めだかの幼馴染で後に生徒会執行部庶務を勤め、黒神めだかの腹心となる人吉善吉と仲の良い、普通の教師である。
もうあと一話続きます。