第一話
二年十一組の担任である大志生木慄(おおじゅうきおののき)はその昔、体育会系の人間であれば誰でも知っているであろうほどの有名なアスリートである。
体育会系特別待遇者十一組の王子と称される人間の歩んでいるひとつの競技、柔道だけではなくあらゆる競技を総なめにした『程度』である。
慄曰く「歩むべき道をすべて歩めるのであれば歩むだけだ」という天才的なまでの一言は、世界中を震撼させた。
つまりは、異常者は『ひとつのことにのみ特化した異常な人間』であると箱庭学園的異常者理論説にのっとるならば、特別待遇のみで済んでいるこの十一組の人間のほうは『すべてにおいて秀でた人間』というただの天才である。
天才。ただの天才。異常という天災を持つことの無かった天才。
慄において才能はすべてではない。実際、彼は一人の男に完全敗北をしたことがあるのだから。
ただの普通の同級生に何事においても完膚なきまでに負けた、異常者ではないただの天才である。
だからこそ彼は復讐の炎に燃やされ続け、さらには超えるべき人間に初めて出会えたという感動を味わい、努力をし続ける天才の道を外すことなく歩み続けることができたのである。
黒神めだか風に言うのであれば、改心だ。
普通の男子に天才の男子が改心させられたというだけの、ただの同じ人間だということで。
彼の才能は、そのときから開花したのである。百花繚乱に咲き誇るかのように、その美しさを生涯ただ一人の勝利者に見せつけるかのように、その男は自分の力を余すことなく使い続けた。
それだけの人生であり、それに終わる人生でもあり、同時に、依存し続ける最悪の人生だったともいえるであろう。それを否定するものは、依存された人間ただ一人である。
そして今回は、大志生木慄がその友人を大切にするためだけに黒神めだかへと挑む、ただの依存のお話だ。
つづくっす。