小説版めだかボックスの二次創作    作:ロサ

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本当に遅くなりました(土下座)


第二話

 仰々しくも甚だしく、才気活発な教師と称される大志生木慄(おおじゅうきおののき)はのんびりと廊下を歩いていた。

 だがただ歩いているだけのその姿は、誰の目から見ても歴戦の勇者よろしく武の達人を思わせるほど隙が無い。

「おはようございます、先生」

「おはよう阿久根。柔道の朝錬は済んだか?」

 顔まである長い前髪を後ろの髪と一緒に括っている金髪の男、阿久根高貴(あくねこうき)が慄に一礼をしながら隣へとやってくる。

「ええ。やはり鍋島先輩は格が違うと思い知らされます。ルールの裏をかく柔道というのはどうにも」

「しかし、正々堂々はスポーツの基本だ。何においても、最初と最後は真正面から挑む。鍋島は最後のところでそれができるから強いというだけだ」

「はい。それはもう思い知らされます」

 二人は頷きのんびりと歩く。『武人』と『王子』などと称される二人が歩く姿は平和なものだが、王子のほうが映えてしまうのは仕方の無いことだろう。

「ところで、先生はどうして部活の顧問を引き受けないのですか?」

「……それはどういう意味だ?」

「箱庭学園は教師と生徒との関わりがあまりにも少ない。あなたほどの人ならばどこの運動系部活の顧問に抜擢されるはずです。なのに、顧問を一つたりとも引き受けないなんて」

「まぁ、な。面倒くさい話だが俺は引き受けてもいいと思ってはいる」

「『俺は』、ですか?」

「学園側の教師陣はそれを許さぬのだ。本当に面倒くさい話だが、生徒の自主性を(おもんばか)ると言えば聞こえはいいのだが、生徒との干渉を防いでいる傾向がある」

「……それは、また」

「どうにかしてやりたいが、切欠が無い以上どうにもできん。すまない」

「いえ、それは……」

 その後の言葉を、阿久根高貴は発することができなかった。

 切欠さえあれば良い。その一言は多分本当なのだろうがもし、それを起こす人間がいるとすれば、それは学園側の教師にはいないだろうと考えたからだ。

 否、生徒でもその波を起こすことはできる。しかし、この学園において生徒の意見は波風として教師側へとたどり着くことは無いのだろう。そう、阿久根は思ってしまった。

 その時点で、切欠を作れるのは自分では役不足だとしり込みをしてしまう。

「俺たちと阿久根達生徒との溝だ。これが埋まらない限りは、どうにも手が出せん」

「……そうですか」

「そうそう暗い顔をするものじゃないぞ、阿久根。俺たちは俺たちで、何かと制限を受ける身だからな。まぁ、解消できたのなら、俺はお前の部活の顧問となる。これは鍋島との約束でもあるからな」

「はい……」

 柔道会の王子はしぶしぶ頷いた。そして、横目で彼を見た瞬間、驚愕の表情で彼を見る。

 当たり前だ。先ほどの顔とは打って変わって、戦闘体制に入った獣の目をしていたのだから。

「……先生?」

「少し、静かに」

 慄の一言に高貴も黙る。そして聞こえてくる言葉に耳を傾けた。

『……そうですか。百津郷(ももつごう)先生は黒神側につきましたか』

『ついた、という表現では語弊がありますね。バックアップといいますか、傍観者気取りみたいです』

『気取りではもう遅い。彼はこの箱庭学園の教師生徒間の溝に対し疑問を持っていたようだから、かもしれないな。しかし、何もしないはずだった人間を動かすとは、恐ろしい』

『そうですね。どうします? 先に手を打ちますか?』

『……ああ、そうだな。しかし、彼は全てをそつなくこなす。どのような課題を与えても無駄だろう。ゆえに、こちらも何もしない。何かをすればこちらの立場が危うくなるだけだ』

『なるほど。ですが、こちらに不利になることが多いのではないでしょうか。彼の能力を考えると、そつなくこなすというレベルの話ではありませんよ』

『そうだな。しかし、ある程度の制限はつけたほうがいい。なにせ、あの十三組に在住する黒神めだかの眼鏡にかなってしまった人物だ。まず間違いなく、彼は何かが抜きん出ている。出る杭は打ちつけておかねばならない』

『制限、ですか』

『選挙中は、そうだな。選挙管理委員会の顧問という立場で過ごさせる、とかだな。彼の能力と言葉を借りるのであれば、そこが一番居心地のいい場所になる』

『……なるほど。傍観者の立ち位置に一番ふさわしい場所ですね』

『あくまで仮だ、案が出来次第言い渡す』

 その会話を、二人は聞いてしまった。そして、慄の表情は一変する。

「……先生?」

「百津郷、だと? クソッ、どういうことだいったい」

「慄先生、流石に其処に立たれると迷惑千万なのですが」

 背後からの声に二人は間合いを取って身構えた。

 そして、メガネ越しに呆れた視線を二人にぶつける。

「も、百津郷先生」

「はい、阿久根高貴君、おはようございます」

百瀬(ももせ)先生、おはようございます」

「慄先生、おはようございます。まあ、私たちは朝礼会でも挨拶をいたしますが」

「はは、そうだな」

「ところで、武人よろしく間合いを空けて身構えるのはよろしくない判断かと」

 プリントを運びながら呆れた顔をする教師と、その顔を見て申し訳ないという顔で苦笑する教師。

 方やインドア派で、方やアウトドア派のイメージの強いこの二人がどんな接点を持ったのだろうと高貴は考えてしまう。

「阿久根高貴君、そろそろHR十五分前ですよ。胴衣を脱いで制服に着替えてください」

「あ、はい! ありがとうございます!」

 一礼し、高貴は廊下を駆けていった。

「……百瀬、悪戯はよせ」

「慄、悪戯ならもう少し性質の悪いのを考える」

「根っから悪い。お前、何をした」

「黒神めだかについて、少し」

「……十三組に関わったのか?」

「まあ、そんなところ。しかも彼女は生徒会長になるつもりだ。これは、いいタイミングだと思っただけ」

「いい、タイミング?」

 その言葉と共に、悪戯を思いついてその成功結果を予想して笑う子供のような笑顔を浮かべる百瀬。その笑顔を見た瞬間に、慄は学生時代を思い出していた。

 百瀬がこの笑い方をするとき、周りの環境が一変する時だ。それを、高校・大学と共に過ごしてきた慄にはよく分かっている。異常な台風を知ったとき、現在の環境を改革しようとする政治家のような男、それが百瀬だと、慄は考えている。

「教師と生徒の溝が埋まる切っ掛けになるかもしれない」

「!」

「……まだ推測段階で、取らぬ狸の皮算用だけどね」

「お前の推測段階なら、結果は見えているだろうに」

「おや、過大評価が激しいね慄」

「過大評価である物か、全く。お前と何年一緒にいると思っている」

「かれこれ、十年ぐらいかな?」

「もっと長い気もするな」

「それにしても、彼らを見て思い出す自分たちの高校時代か、懐かしいねぇ」

「その思い出に浸るのは教師生命を絶つときだけだぞ」

「あはは、おじいさん臭いかな?」

「お前はまだまだ若いが」

「冗談が通じないねぇ。まあ、そこが慄の良いところだけど」

 ニヤニヤと珍しい笑みを百瀬は浮かべていた。子供の頃に戻ったように笑う彼に対し、慄も高校時代のように溜息をついた。

 ここに、もう一人一緒に連んでいた男の快活な笑みが加われば本当に高校・大学時代のようになっていただろう。

「お互い、教師になるなんて、ね」

「ああ。しかも同じ職場で『母校』とは面白い偶然もあったものだ」

「あのときは、こんな距離感なんてなかったのになぁ」

「……時代が時代さ。今や『フラスコ計画』の実験場として本格的に始動している場所なんだ。教員が口を出せば、計画に支障を来すかもしれないだろう」

「……それはそれで、面白いと思うけれど?」

「バカを抜かすな。首が飛ぶぞ」

「それを知っているのは、理事長とあの実験に巻き込まれた僕らと、十三組生だけだと思うけどな」

「壁に耳あり障子に目あり、その知っている俺らの言質がどれほどの影響になるか分からないんだ」

 そう言っている慄だが、百瀬と同じ様に思うところもあった。

 二人が学生だった頃は、教師が色々と生徒と関わっていたはずだった。自主性を慮りはするものの、非道徳または非合理生のある行動は体罰を行ってでも止めていた物だった。それが、今やPTAなる組織やマスメディアなどに対し体裁を保たなければいけない時代となっている。変化が激しいと言えば、それは過去を知っている人間だけなのだろう。

 何をしても教師が生徒を叱るだけで生徒の起こした事件は完結してしまう。もちろん、あまりにも酷いときは停学・退学処分を取りはするが、昔よりも規定に甘くなったと言うべきだろう。

「……教師の権力というものが、地に墜ちてしまったのかな」

「時代が変わったのでしょう。そこは受け入れて行くべきですよ、慄」

「仕方が無いか。まあ、権力云々は言葉の綾という奴だ」

「ええ」

 二人も鮮明に覚えている。

 二人を導いてくれた教師というものはあまりにも格好良く、生徒を友人のように慕い、時には言葉と拳で語り、教育者としてその背中を見せつけ、鮮烈に教師として生きていた男だった。

 彼は二人を最後の生徒として育て、教師を引退した。その格好良さに二人は憧れて、友人の誘いを断って教育者としての道を選んだ。

「……元気にしてるだろうか、あの人は」

「元気でしょう、あの人なら」

 そうしみじみと言いながら、二人は職員室に入る。今日もまた、あの背中を追うかのように教育者としての一日が幕を開ける。




更新不定期なんてレベルでは済まない遅さですが、次の話も良ければお待ちください。
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