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試合開始直後、素早くCADを操作し攻撃の魔法を放とうとした琢磨は、しかし目の前の光景に思考が止まり、構築した魔法式が霧散した。いや、それは琢磨だけではない。観ていた上級生達も全員
──香澄が床に倒れていた。
琢磨はまだ何もしていない。第三者の横槍が入った訳でもない。香澄は、
「う……あ、ちょっ、い、泉美!?なにするのさ!?」
慌てる香澄に対し、その光景を作り出した泉美の声は冷静そのもので、しかしその場にいた全員がその声に本能的な恐怖を覚えた。
「香澄、私は言いましたよね、感情に任せて考えなしに魔法を使うなと。気に入らないことがあっても、喧嘩を売られたとしても、取り敢えず魔法をぶっ放すよりはいい解決法を探すように教えたはずですね」
泉美の言葉に、香澄は顔を青くして言葉を失った。怒れる妹の恐ろしさを、双子の姉である彼女は誰よりもよく知っている。
この異常な展開に琢磨はどうするべきか困惑していたが、泉美の次の言葉で迷いは消えた。
「少しそのまま床に這いつくばって反省していてください。──それで、どうしました七宝君?先手は譲るので、いつでも掛かってきていいですよ?」
明らかにこちらを見下した発言に、琢磨の中で怒りが恐怖と困惑を凌駕した。
左手に着けたブレスレット型のCADを操作する。振動系魔法による直接攻撃、決まれば人一人くらいあっさり倒せる魔法を放つ。泉美はまだCADを操作していない。
しかし琢磨の魔法は泉美に何も効果を及ぼすことなく弾かれた。
琢磨には何が起きたのか判らなかったが、よく見れば泉美の周囲30cmほどの領域に超高濃度の想子が満ちているのが分かるだろう。完全にコントロールされた高密度の想子を衣服のように纏っているのだ。
「『破魔の羽衣』。
事も無げに言った泉美だが、術式解体が使い手の滅多にいない高等魔法だと知っている上級生の間には衝撃が走る。
そして自らも
彼らとは違い、琢磨は術式解体について詳しいことは知らない。それゆえ、動揺も小さい。上級生の反応には気付かず、ただ泉美の言葉を聞いた彼は攻撃の魔法として「エア・ブリット」を選択した。
この魔法は手元で圧縮空気弾を作って打ち出すポピュラーな魔法だが、ポピュラーな分、有効性は折り紙付きだ。そしてこれなら直接干渉を防ぐという泉美の防御も意味がない筈だ。
これに対し、なんと泉美は同じ「エア・ブリット」で迎撃してきた。勿論エア・ブリットは本来防御用の魔法ではない。しかし泉美は、琢磨の作った空気弾を後出しで、空中で撃墜した。それだけではない。圧縮されていた空気が解放され、それが強風となって琢磨の方にのみ襲ってきたのだ。
たまらず体勢を崩した琢磨だが、泉美は攻撃を仕掛けて来なかった。つまらなさそうにこちらを見ているだけで、それが琢磨の心を苛立たせる。先の反省から目の前に物理障壁を張り、再び圧縮空気弾を今度は八つ同時に作り、打ち出した。
それに対して泉美が作った圧縮空気弾はたった四つだった。それを見た琢磨は、やはり七草家による贔屓だったと、そしてこの攻撃で勝負は決まると歓喜した。
(何だと!?)
しかし、そうはならなかった。泉美が四つしか空気弾を作らなかったのは、単にそれで十分だったからだ。琢磨の作った空気弾は、半分しかない泉美の空気弾に弾きとばされ、泉美のスカートをなびかせることすら出来なかった。その後も空気弾を撃ち続けるが、涼しい顔で撃ち落とされる。傍から見て、二人の力量の差は明らかだった。
「泉美は余裕そうだね……」
「うん、目に見えない空気弾を空中で撃ち落として、しかも解放された空気の流れまで計算してる。ただ打ち出してるだけの七宝とは大違い」
「自分から攻撃してないのは何でだろうね」
「あっさり終わらせる気はないって事じゃない?香澄への扱いを考えると」
そう、この間香澄はずっと床に縫い付けられている。CADこそ最初の不意打ちで落としていたが、魔法への抵抗力の高い香澄をずっと押さえ込むのは結構な労力だ。実の所泉美の干渉力は「エア・ブリット」よりもこちらの加重魔法に多く割かれている。
「あーそれもそっか。まあ七宝君もむきにならずに攻め手を変えるべきだけど──」
琢磨には雫とほのかの会話は聞こえていない。しかしこの状況を続けても突破出来ない事ぐらいは判っていた。屈辱を堪えて今度は弾丸では防げない攻撃に切り替える。
胸の前で手を叩く。その領域の空間は音の性質が改変されていた。音量の増幅と指向性の付与、空気弾でも『羽衣』とやらでも防げない音響攻撃だ。
「──魔法はちゃんと考えて使った方がいいですよ」
しかしこれに対して泉美が使ったのは、先程までと同じ、「エア・ブリット」だった。この魔法は手元で
琢磨が増幅した音波は、泉美に届くこと無く、「伝える空気ごと」泉美の魔法に取り込まれた。琢磨の攻撃を無力化した二つの圧縮空気弾がそのまま琢磨の頭上に向かって放たれる。
普通「エア・ブリット」の魔法は、弾丸の大きさ、空気の圧縮率、弾丸の加速度は定数で起動式に織り込まれる。しかし泉美はこの内、空気の圧縮率を変数で設定しており、今回は音響攻撃を防ぐため普段より圧縮率を高めていた。
琢磨の頭上で解放された圧縮空気弾は、正面にのみ張られた対物障壁に遮られることなく、暴風となって琢磨を地面に転ばせた。
(ふざけるなふざけるなふざけるな!!!)
あまりの屈辱、認められない現状に、琢磨は頭が沸騰しそうだった。何故自分が地面を転がっている!?自分なら七草に必ず勝てる筈で、二人まとめて倒す筈なのに!
(いや、勝てる!!俺は、七草に負ける訳にはいかない!!)
琢磨は切り札を切ることにした。試合に持ち込んだハードカバーの本の表紙を開く。その瞬間、全てのページが一斉に紙吹雪となって飛び散った。百万に及ぶこの紙吹雪の一枚一枚が硬化された刃であり、一見無秩序に飛び回っているこの紙吹雪は、その実群体制御の技術で操られている。これが七宝家の切り札、「ミリオン・エッジ」だ。
しかし──
「はぁ……」
──小さくため息をついた泉美が使ったのは、
当然そんなものでどうにかなるほど七宝家の魔法は安くない。硬化された紙片の群れは干渉力も持っており、空気の弾丸くらいで突破できるはずがない。
とことんこちらを馬鹿にした行動に怒りながらも琢磨は、確実に決まったと、今度こそ勝ちを確信した。
「…………は?」
──だからこそ、目の前で起きたことに、琢磨の頭はついて行けなかった。泉美の放った三発の弾丸は、刃の
もちろん偶然ではない。泉美は弱所を見切って、そうなるように撃ち込んだのだ。本来のミリオンエッジならこんな簡単にはいかないだろうが、琢磨の制御が甘いせいで紙吹雪の密度(干渉力の密度でもある)が薄い場所があり、そこならばエア・ブリット程度でも撃ち抜ける。
群体制御は多数の物体を操る技術だが、一つ一つ個別に命令する訳ではない。言うならば川の流れを操るようなもので、水滴一粒一粒にコマンドは割り振っていない。そして川に岩を投げ込むように、外部要因で流れを変えられることもある。もちろん修正は可能だが、それは使い手の技量次第。しかし予想外のことに動揺したこともあり、今の琢磨の力量ではそこまでのコントロールは出来なかった。
結果、琢磨のミリオン・エッジは泉美(と近くに転がっている香澄)にかすり傷ひとつ付けることはなく、貫通した泉美の圧縮空気弾は琢磨の身体を吹き飛ばした。
──『ザケル』が『テオザケル』を突き破ってきた?
みたいな事をしていますがこれは別に特殊な能力ではなく純粋な演算力です。魔法師はなんか色々演算してるらしいので多分これくらいは出来ます。
『破魔の羽衣』は適当に名前を付けただけで達也も1年半位すれば使える様になるやつです。泉美は戦闘中基本この状態なので特に隠してはいません。本当はエア・ブリットしか使わないで勝つ、にしたかったけど……