七草泉美の苦労日誌   作:オオアリクイ

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七宝と現実

★☆★☆★☆★☆

 

 

「……勝者、七草泉美」

 

「私だけでなく香澄もですよ、司波先輩」

 

 達也が勝者を宣告する。吹き飛ばされた琢磨は立ち上がる事ができなかった。怪我をしたわけではない。見た目こそ派手に吹き飛ばされたが、ダメージはそれほどではなかった。ただ彼は、試合の内容に茫然としていたのだ。

 

 今回の試合、泉美は最初に自分の知らない対抗魔法を使ったものの、それ以外は攻撃にも防御にもエア・ブリットしか使っていない。

 

 にも関わらず、琢磨は何も出来なかった。鍛えた筈の自分の魔法が、七宝家の切り札として誇っていたミリオンエッジでさえ、泉美をその場から動かす事すら出来なかった。その事実が彼の思考力を奪っていた。

 

「それで香澄はいつまで寝てるつもりですか。先輩の前で失礼ですよ」

 

 随分勝手な事を言っている泉美が(試合終了の宣言と同時に加重魔法は切っていた)、こちらに歩いてくる。茫然と見上げる琢磨に対し、泉美は静かに、冷酷に現実を突きつけた。

 

「七宝君、私はあなたの事情には興味がありません。貴方がなにを企んでいるのかも、誰が貴方を(そそのか)しているのかも、私にはどうでも良いことです。勝手にして下さい」

 

 それは明確に琢磨を下に見た発言だった。琢磨が誰と何をしようと、敵にすらならない、相手にする価値もない。泉美はそう言っているのだ。

 

「ただし忠告しておきますが、弱い人間が何も考えずにきゃんきゃん鳴いたところで誰も相手にはしません。ろくな知恵も力も無い、家柄だけが取り柄の貴方を相手にしてくれる人がいるとすれば、それは貴方を食い物にしたい詐欺師だけです。」

 

 泉美は琢磨が、女優の小和村(さわむら)真紀と繋がっているなどとは知らない。だが琢磨は当然、真紀のことを言われていると思った。

 

 当然、反論するべきだ。怒るべきだ。しかし敗北のショックから抜け出せない琢磨は黙って泉美の言葉を聞くしか出来ない。真っ白になった思考に、泉美の言葉が染み込んでいく。

 

「七宝がどうの七草がどうのと(わめ)く前に、貴方は()()()()()()()()のをやめるべきです。分かったでしょう?──あなたが御大層に準備して持ち歩いているミリオン・エッジは、私が使うエア・ブリットにすら負けるんです。」

 

 

「……っ!」

 

「あっ七宝!?」

 

 この言葉がとどめになった。完全に心を折られた琢磨は何も言い返せず、脇目もふらずに実習室から逃げ出した。

 

 

★☆★☆★☆★☆

 

 

 ロボ研のガレージの奥、野外演習場と隣り合う空き地は、滅多に人が来ない格好の密談場所になっている。

 

 しかし琢磨はそうと知っていてここに来たのではない。人目を避けて走っていたら、この場所にたどり着いただけだ。しばらくその場に立ち尽くす琢磨だったが、

 

「くそっ、くそっ、くそうっ!!」

 

──衝動のままに近くの木を殴り始めた。何度も何度も、拳を叩きつける。痛みは全く気にならなかった。手の皮が向け、血が出ても、彼はその場で木の幹を殴り続けた。

 

「くそっ、くそっ、く──」

 

「やめなさい、七宝。血が出てるじゃない」

 

 背後からかけられた覚えのある声、琢磨は勢いよく振り返った。

 

「七草っ!」

 

 そこには、呆れ顔の香澄が立っていた。実習服のままということは、あの後そのまま琢磨を探していたらしい。

 

「俺を笑いに来たのか、七草っ!!」

 

「んなわけないでしょ。妹のやったことをフォローしに来ただけよ。」

 

 そう言うと、香澄は眉をひそめて歩み寄ってきた。ハンカチを取り出し包帯の形に折り畳むと、そのまま手を取られる。

 

「何をっ!?」

 

「あーあ……ずる剥けじゃない」

 

 出血に顔を(しか)めながら、香澄は動揺する琢磨の右手にハンカチを巻き付けた。

 

「悪いけど治癒魔法はまだ許可が下りてないからね。ハンカチは返さなくていいから、ちゃんと保健室に行きなさいよ」

 

 香澄の言葉に琢磨は応えない。ただ、自分の血がにじむハンカチを見詰めているだけだ。

 

 動かない琢磨の前で香澄は深くため息をついた。

 

「あんたも分かったと思うけど、泉美は強いよ。私よりも、あんたよりも、遥かに強い」

 

 その言葉に琢磨がようやく反応を返す。

 

「……何故だ」

 

「んっ、何が?」

 

 視線は相変わらず下を向いたままだが、どうにか会話は出来るようになったかと香澄は合いの手を入れた。

 

「何であいつはあんなに強いんだ!同じ一年生でっ、俺だって同じ二十八家なのにっ、この差は何なんだよ!?」

 

 悲痛な叫び。血を吐くような、とはこんな声を言うのだろうな、と香澄は思った。

 

 だから止めておけと言ったのだ。あの妹は昔から手心という言葉を知らない。普段は温厚だが、やると決めたら徹底的に潰しにかかる。二度と立ち上がれなくなるように。

 

 その結果が今の琢磨で、自分は姉として、泉美を昔から知るものとして、琢磨に言わなければいけない。

 

 七草泉美という人間の、その強さを。

 

「泉美はさ、中学校に通ってない。全部通信で済ませてた」

 

「………」

 

 それは琢磨も知っていた。だからこそ、病気か何かだと思っていたからこそ、入試成績が納得いかなかったのだ。

 

「別に体が悪いとかそういうのじゃないよ。修行とか言って家を出てたんだ。3年間、一度も家に帰ってこなかった」

 

「……なにっ?」

 

 しかし続けられた香澄の言葉は、琢磨には理解出来ないものだった。

 

「12歳の女の子が護衛もつけずに出ていって、3年ずっと修行ってさ。七宝は想像できる?七宝は中学でなにしてた?」

 

「………」

 

「具体的にどこで何をしていたのかは知らない。だけど今年になって泉美が帰ってきた時、私とは比べ物にならない位の差がついてた」

 

「………」

 

「昔はあそこまでの差はなかった。もともと泉美の方が才能はあったけど、ついて行けるレベルだった」

 

「………」

 

「泉美が何で強いのか?簡単だよ。それだけの努力をしたから。『強さ』に対する覚悟が、私やあんたみたいな血統頼みのボンボンとは違うから」

 

「……っ!」

 

「まぁ私は強さにはあんまり興味はないけど、あんたは?諦めるの?」

 

「っ……そんなわけっないだろ!」

 

 その言葉に琢磨はようやく顔を上げた。

 一筋の悔し涙を流しながら。

 

 それを見た香澄は背中を向けた。これなら心配も要るまい。

 

「なら頑張るんだね。泉美も言ってたよ。訓練するにこしたことはないってね」

 

 そう言って香澄は去って行った。

 琢磨はもう一度、今度は拳ではなく掌で、さっきの木の幹を叩いた。

 

 

 

☆★☆★☆★☆★

 

 

 

「もー泉美はやり過ぎだって」

 

 七宝琢磨が走り去っていく。そしてそれを何故か香澄が追いかけていった。この場にいる上級生に一声もないのはどうかと思うが、仕方ないので自分が謝っておこう。

 

「先輩方、この度は私達のせいで大変なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 

 この場にいる上級生達に頭を下げる。泉美も完全に巻き込まれただけだが、一年生が先輩方に無駄な仕事を増やしたのは間違いない。

 

「気にしないでいいよ、泉美。というか泉美凄く強いね。びっくりした」

 

「ありがとうございます。七草の人間としていざという時に戦えるように心掛けていますから。まあ香澄はそうでもありませんけど」

 

 ほのかが先程の試合を褒めてくれるが、正直なところ琢磨は弱かった。弱すぎると言っていい。

 

 戦術も魔法への理解も魔法のコントロールも全てお粗末なもので、その気になれば瞬殺できたが、琢磨の心を折るためにあんな回りくどい戦い方をしたのだ。そもそも「ミリオン・エッジ」では泉美の『羽衣』を突破出来ない。あれはただのパフォーマンスだ。

 

 どうやら手間をかけた甲斐はあったようで、あの分なら琢磨の振る舞いも少しはましになるだろう。香澄が何をしに行ったのか知らないが、まさか琢磨の無様を笑いに行った訳ではあるまい。

 

 というか香澄は制服に着替えず出ていったがどうする気なのだろう。ここに帰ってくる気なのか、それとも泉美が制服を届けないといけないのか。

 

「えーと司波先輩、そろそろ下校時間ですけど私はもう生徒会室に戻っても?」

 

 なにやら達也が黙っていて、十三束の様子もおかしいが、正直もう帰りたいので水を向けてみる。

 

「そうだな。片付けて戻るとするか」

 

「お兄様、少しお待ちください」

 

 そう言って深雪が魔法を発動する。柔らかい風が吹き、琢磨が散らかしていった紙吹雪を全てゴミ箱へと流し込んだ。




 七宝って毎日毎日ハードカバーの分厚い本を学校に持ち込んで事務室に預けてるってことだよね……

 香澄の七宝君への感情は原作と変わりませんが、流石に目の前で「魔法無しのノーロープバンジーしてくるぜ」と言い出したら止めますし、実際に目の前で墜落したら手当てします。基本は良い子なので。
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