七草泉美の苦労日誌   作:オオアリクイ

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 ダブルセブン編、ラストです。


エピローグ

★☆★☆★☆★☆

 

 

 帰宅した達也はソファーに腰掛けて深く考え込んでいた。今日の学校での出来事は、彼にとってそれだけ大きなものだった。

 

 泉美が()()()()()()使った『破魔の羽衣』、あれは確かに本人の言う通り術式解体(グラム・デモリッション)の一種、正確には接触型の術式解体の派生だ。

 

 しかし、達也には同じ真似は出来ない。想子(サイオン)を完全にコントロールして高圧に、均一に纏う。言ってしまえばそれだけだが、難易度は達也や十三束の使う接触型術式解体とは次元が違う。本来力業であるはずの術式解体に対し、泉美のそれは技巧の(すい)と言って良いものだった。

 

 自分よりも年下の女の子に技量で負けている。この事実は達也にとって初めての経験で、彼に小さくない衝撃を与えた。

 

 そして最大の問題が、これを破る(すべ)が達也には無いということだ。彼の攻撃の(かなめ)である『分解』は直接対象に干渉するタイプの魔法。それが通じないとなると他の魔法をろくに使えない彼では攻撃手段が無くなってしまう。

 

 しかも精霊の眼(エレメンタル・サイト)で泉美の情報を視ようとした際は気付かれてろくにエイドスを視れずに()()までされている。初見殺しではあったが最悪『眼』が一時的に使えなくなる可能性すらあった。「視る」ことにすらリスクを伴う現状、達也の手札で泉美に通用しそうな魔法が何一つ無いのだ。

 

(やはり()()()()の開発を急ぐべきだな)

 

 今のところ達也は泉美と戦うつもりはないし、泉美にもその気はないように見える。だがそれは勝てない現状を放置して良い理由にはならない。達也は分解が通じない相手に対する切り札の必要性をひしひしと感じていた。

 

 そんなことを考えていると、達也の正面に座った深雪が、随分思い詰めた顔で尋ねてきた。

 

「お兄様、何をお悩みなのですか?」

 

 あまりにストレートな質問に面食らう。正直に答えてやりたい気持ちもあったが、達也にもプライドがある。「年下の女の子に勝てそうにないから対策を考えていた」と答えるのは流石に嫌だった。

 

「いや、七宝について考えていた」

 

 結局達也が答えたのは別の、しかし実際気にはなっていた問題についてだった。七宝の態度についてだ。

 

「七宝家の当主は慎重な性格と聞いていたからな。どうにもそれと七宝の誰彼構わず噛みつくあの態度は真反対だなと思っていたが、試合の後に泉美の言っていたことで合点(がてん)がいった。」

 

「相手にしてくれるのは詐欺師だけ、という話ですか?」

 

「そうだ。七宝家の当主の意向ではなく、七宝を利用したい他の誰かが七宝を煽っている。いや、踊らせていると言うべきか。こう考えるとしっくりくる」

 

 それはつまり、二十八家の人間を利用した陰謀の可能性を示唆している。それなりに大事だ。

 

「とはいえ泉美に完全に心を折られていたからな。あれで目を醒ましてくれると良いんだが……」

 

 しかし仮に七宝がおとなしくなったとしてもその背後にいる者は諦めたりはしないだろう。まだ七宝を利用するか、或いは見切りを付けて他の御輿を探すのか。どちらにしても面倒事は終わらないかもしれないのだ。

 

「……どうするか。調べてみるにしても……」

 

「お兄様、先生に相談しては?」

 

「黒羽様に電話をお繋ぎしますか?」

 

 深雪と水波が提案してくる。しかし達也は首をふった。

 

「根拠は七宝の態度だけだ。こんなあやふやな話で動いてもらう訳にはいかない」

 

 そう、言ってしまえば七宝琢磨個人が頭が悪くて生意気なだけ、でも通る話なのだ。八雲にしても黒羽(四葉家の分家の一つで諜報を担っている家だ)にしても、達也にとって完全な味方ではない。こんな理由で調査は頼めなかった。

 

 結局受け身でいるしかないな、と諦めかけた達也のもとに、完璧なタイミングで藤林からのコールが鳴った。

 

 

 

 

☆★☆★☆★☆★

 

 

 

 4月27日の放課後、泉美はようやく激辛アイスを食べにやってきた(開店セールは昨日で終わっていた。あの二人は許さない)。種類は豊富で基本的なハバネロアイスから、チョコミントとキャロライナ・リーパーを合わせたチョコライナ・ミントという聞いたことのないものもある。

 

 地獄の激辛三段セット(これが商品名)を食べながら、泉美は一人、現代(いま)の日常の風景を眺めながら物思いに耽っていた。

 

 泉美の前世の記憶は2020年頃までで途切れている(最期の数年は時間感覚が曖昧だが多分それぐらいだ)。その頃の記憶と比べると世界は一変したといえるだろう。

 

 人がぎゅうぎゅうに押し込められていた電車は個人用のキャビネットになり、仮想端末なる物が普及し、家事も仕事もほとんどの事を人に代わってAIが、ロボットが行うようになった。このアイスにしても泉美は直接くることに(こだわ)ったが、実際には自走配達サービスが発達した今、注文すれば30分もしない内に自宅に届くのだ。

 

 景観も変わった。建築素材の進化はより自由にデザインをする余裕を与え、機能性だけでなく見た目も優雅な建物が辺りに立ち並んでいる。まさにあの頃の人間が想像する「未来都市」そのものだ。

 

 その進化した都市を見ながら泉美は思った。これだけのものを造り上げるに伴って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

「技術が進歩すると人間は退化する」それが泉美の持論だ。

 

 人間は楽をするために乗り物や道具、武器を作り、肉体が弱くても生きて行けるようになった。しかし当然、その分身体能力は低下した。スポーツ医学の発展によりアスリート等一部の人間の運動能力は上がったが、大多数の人間は歩く機会すら減った。

 

 アスファルトで埋め尽くされた街は移動はしやすいが、人々が幼少期に雑菌に触れる機会を奪い、花粉症をはじめとするアレルギーを持つ人間が急増した。

 

 計算機の発達で人は自力で計算をしなくなった。分数の足し算も出来ない、なんなら九九すら怪しくても困らない。それは先の反魔法師運動で踊らされている人間を見れば分かるだろう。彼らは中学レベルの数学が解らないのだ。

 

 使わない機能は退化する。それは当たり前の話で、機械やAIが人の仕事を代行すればする程人の能力は衰えていく。

 

 今はどうだろう。超能力という未知の力が、魔法という「技術」として確立したこの時代、人間(ひと)という生き物は何処まで退化したのだろう。『知識』にある高校生よりも、現代(いま)の魔法科高校生は子供っぽい、頭の悪い人間が多いと感じたのは、はたして気のせいなのだろうか。──()()時代から、人類は何か進化できたのだろうか。

 

 泉美は自分の前世についてはあまり気にしていない。そもそも本当に前世なのかもわからない。何らかの理由で記憶と経験を植え付けられた可能性だってゼロじゃないのだ。自分はあくまで七草泉美という人間、泉美はそう考えている。

 

 しかしそう割り切っていても、『あの記憶』だけは、『あの叫び』だけは、泉美のなかに今も暗い影を落としている。

 

 前世の自分が、死ぬまで誰とも関わらず修行だけに没頭するようになる切っ掛けとなった出来事。『技術の進歩に伴う代償』を見せつけられたその一週間は、『彼女』が人間という生き物に絶望するには十分だった。

 

 ──結局『彼女』は何も為さずに死んだ。その嘆きは誰にも伝わること無く空虚に消えて、旧き(わざ)は失伝した。『彼女』の生きた全ては意味のないものとなった──筈だった。

 

 しかし何の因果か、今この時を私は生きている。『彼女』の業と記憶を受けついで。

 

 だからこそ、私は人間(ひと)の社会に身を投じよう。前世の自分、あの女性が身限った彼らを、もう一度見定めるために。

 

 

 そのためにもやる気を充電しなくてはならない。夕食までまだ時間があることを確認した泉美は、地獄の三段アイスをもう一個食べることにした。

 

 





 実家にあったドラえもんの漫画でブリキの迷宮(ラビリンス)が一番好きだった……

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