七草泉美の苦労日誌   作:オオアリクイ

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周公瑾と大漢の悪霊

★☆★☆★☆★☆

 

 

 泉美が眠ったのとほぼ同時刻、横浜、中華街にて、周公瑾(しゅうこうきん)は主からの連絡を受けていた。連絡といっても電話の類ではない。彼は自分の店の地下にて、死体と向かい合っていた。正確には死体を素材とした呪法具で、死霊術で死体を遠隔操作することで傍受不能な通信機にしているのだ。

 

『公瑾』

 

 死体からおどろおどろしい声が発せられた。海の向こうから連絡してきたのは「七賢人」の一人、ジード・ヘイグこと顧傑(グー・ジー)。既に滅んだ大漢の魔法師の生き残りで、USNA (当時はまだUSAだったが)に亡命し、そこで反魔法組織「ブランシュ」を立ち上げた、周の師にあたる人物だ。

 

 これまで周は彼の部下として日本への様々な工作を仕掛けてきた。おそらく今日もその手の指令なのだろう。

 

『8月に行われる九校戦とやらで、日本軍が新兵器の秘密実験を行う』

 

「新兵器でございますか?」

 

 恭しく問い返しながら、周は心の中で「またか」と呟いていた。九校戦は高校生の競技会だが軍が警護を担っているためリターンの割にリスクが高い。事実ヘイグの手駒であった無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)は去年の九校戦に手を出したのをきっかけに使いものにならなくなった。もっともあれはヘイグの指示ではなく彼らが勝手に手を出して自滅しただけだが、九校戦に干渉するリスクはヘイグにも伝わっている筈だ。

 

 ブランシュ、無頭竜と立て続けに失った今、日本においてヘイグが動かせる駒は多くない。ここでちょっかいをかける程の理由が有るのだろうか。

 

『P兵器。パラサイトを自動人形に封入してその力を利用するものだ。何を血迷ったら軍用兵器の運用実験を高校生相手に行うことになるのかは知らんがな』

 

 後半は呆れた声だった。それは周も同じ感想だが、前半の内容は呆れるどころか称賛してもいいものだ。日本の魔法師は大陸で失われた黄巾力士の技法を再現することに成功したのか。周は心の中で感心しながら、それを表には出さなかった。

 

「そのテストに介入すればよろしいので?」

 

『狂化の術式を用意した。お前の手駒にも使えるはずだ』

 

「分かりました。P兵器に狂化の術式を仕込む手配を致します」

 

 周は大亜連合からの亡命者を使った段取りを頭の中で組み立て、ふと気になったことを問い掛けた。

 

「脅すだけでよろしいので?」

 

『どちらでもいい。楽な方にしろ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかしヘイグの答えは予想外のものだった。命令しておきながら失敗するというのは、「お前には初めから期待していない」と言っているようなものではないだろうか。

 

 努めて平静を保ちつつ、周は質問を重ねる。

 

「……私の手配では狂化の術式を仕込めない、ということですか?」

 

『そうではない。余程の馬鹿でない限り狂化や暴走への対策ぐらいはしているという話だ。その程度の安全装置すら無いなら兵器にならん。狂化は成功しなくとも、術式を仕込むことが出来ればそれでいい』

 

 確かにそれは考えてしかるべき内容だった。しかし、それなら術式を仕込んでどうするというのか。

 

『もう一つ、可能なら自動人形を一体か二体、実験中に破壊しろ。出来なくてもやりようはあるが、それで状況が整う』

 

「──かしこまりました、大師(マスター)ヘイグ」

 

 その後は他の当てがある、という事だろうか。ヘイグはこれ以上は教えてくれないらしい。代理人である周にも理由を教えないのは極めて珍しいことだった──去年までは。

 

 周は恭しく平伏した。それで話は終わりかと思ったが、目の前の死体の目は未だほの暗い光を放っている。

 

『ああそれからこの冬、私も日本に向かう』

 

「っ!……それはまたどうしてか伺っても?」

 

 この言葉には周も驚きを隠せなかった。ヘイグはこれまで周を日本での代理人として、自らが日本に訪れた事はない。それを手駒が少なくなった今訪日するのはあまりに危険が大きい判断だ。命令の意図を周に教えないことといい、やはりヘイグは代理人としての周を疑っているのでは?と考えるのはおかしな事ではないだろう。

 

 しかし周の考えは外れていた。返ってきた答えは単純にヘイグの都合だった。

 

『大したことではない。もう私も長くはないからな。最期の(うたげ)は日本で開こうと思っただけだ。来年は師族会議、私も流石に四年後まで生きてはいないだろうからな』

 

 ヘイグの言葉は平静そのもので、自分の死に欠片も恐怖を感じていないことが周にも伝わってくる。

 

 この師は昔からそうだった。いや、大漢を追い出された時点ではまだ怨みという()()()()感情を持っていたが、亡命先のステイツでブランシュを組織した辺りから変わっていった。

 

 組織の運営をする内にヘイグは理性的に、合理的になった。それは決して良い意味ではなく、己の命にも他者の命にも頓着せず、まるでそういうゲームをしているかのように反魔法組織を操りだした。自分の命を囮にして敵対組織を罠に嵌め、そこの優秀な人間は全て非人道的な方法で部下とした。

 

 今は潰れてしまったブランシュも無頭竜もそうして巨大な組織となった──が、組織が大きくなるにつれ、ヘイグはあまり組織運営に口出ししなくなった。たまにヘイグの頼みを聞いて貰う程度だ。周はこれを「飽きたから」と思っていた。ちょうどゲームでレベルを上げすぎてやることが無くなった時のように。

 

 そして組織運営に飽きたヘイグの次の遊びこそが「四葉家」なのだ。勿論ヘイグは四葉に対して怨みも憎しみも持ち合わせていない。遊びたかった大漢が潰れてしまったので、潰した四葉には代わりに遊んで貰おう、という理屈だ。先方からしたらとんでもない迷惑だろう。

 

 そしてこの大漢の産んだ大悪霊が最期の宴と言うからには、相当悪辣なものに違いない。周は内心、日本の魔法師に同情した。

 

『それと以前命じたデータは揃ったのか?』

 

「はい、いつもの方法でお送りします。工作の方も抜かりなく」

 

『ならばいい。それではあと半年程、よろしく頼むぞ』

 

 そう言うと死体の目から鬼火が消えた。今度こそ去ったらしい。

 

 ──今年に入ってから、ヘイグからの指令に意図の分からない内容が増えた。特に春の一件、メディアを使った反魔法師キャンペーンの際はあまりに不可解な指示を受けており、それが失敗の一因とすら周は分析している。勿論魔法科高校生による恒星炉実験や、周との契約を守らなかったメディアがあったのが主な原因なのは間違いないが、それにしたって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……何に使うんでしょうね、こんなデータ。しかし最期の宴、とは……。私も面倒な師を持ったものですね)

 

 心の中で呟きつつ、周は狂化術式を仕込むための準備を始めた。命令されるのももう終わり、と考えると半年くらいはしっかり働いてもいいだろう。

 

 




~顧傑について~

 顧傑は二年生編の大ボス……の、筈の大敵です。

 一年生編のラスト、レイモンド・クラークによって明かされたその名は、ブランシュ、無頭竜、大亜連合の侵攻の手引き、そしてパラサイト事件という、一年生編で起きた数々の事件の黒幕として「巨悪」というイメージそのままの存在でした。

 しかしフタを開けてみればその扱いは悲しいものでした。二年生編、満を持して登場した顧傑は、弟子であり部下でもある周公瑾からバカにされ、狂化術式をパラサイドールに仕込んでも九島家には相手にもされず嘲笑われて、遂に自ら動きだした師族会議編ではUSNAの思い通りに踊らされただけで、最後は用済みとばかりに分子デバイダーで塵となりました。 ぶっちゃけ(わめ)くだけの老害でした。

 「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」と言ってしまえばそれまでなのですが、なんか切ない気持ちになったのでちょっと顧傑を強化します。

 より賢く、より悪辣で、そしてよりイカれた敵に。日本の魔法師よ、悪霊の本気を見せてやろう……

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