7月7日の土曜日、いよいよ今日から本格的に九校戦の練習が始まる(もっとも、直ぐに期末試験のため中断されるが)。本戦、新人戦合わせて六人のミラージ・バットの選手と、担当のエンジニアが野外演習場の一角に集まっていた。ちなみに泉美は自分でやると言ってエンジニアの調整は断っている。
入学してから早3ヶ月。この間、生徒会の仕事にそれなりに時間を取られているが、勿論それ以外の事を自習する時間はあった。その時間で泉美はCADの勉強をしていたのだ。
理由としては簡単、七草家の技術者に調整をさせたくなかったからだ。泉美の持つ術自体はCADを使う必要のないものがほとんどだが、秘伝を受け継いでいる身としてこれは譲れない一線だった。
幸い便利な『眼』を持っている事もあって今では自分のCADだけなら本職にも劣らないレベルに仕上げる事が出来る。競技用の調整はしたことが無いが、まあ何事も経験だろう。
「では改めて先輩方。ご指導の程を宜しくお願いします」
「あはは……泉美に教えられる事があるのか分からないけどね……」
選手選考の段階で分かっていたがほのかもミラージ・バットの代表。去年の新人戦の優勝者として今年のミラージ・バット本戦の優勝候補だ。生徒会でも同じ書記として指導して貰っているので縁を感じる。
そして一年生が泉美以外に二人。藍川 琥珀と
ちなみに二人ともA組、泉美のクラスメイトで、星羅は百家の傍流、神楽坂家の長女。
琥珀は一般家庭の子で魔法も魔法塾で習ったくらいしか経験がないが、突然変異型らしく実技の成績は女子で三位、つまり泉美と香澄に次ぐ成績を残している。
とはいえ跳躍なんて普通に暮らしていれば使い道の無い魔法、二人もろくに練習したことがない(正確には実習で一度だけやった。九校戦で使われがちな魔法は授業で一度触れておく方針らしい)。なので基本から学んでいく。
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一年生はこの日は基本的な跳躍の魔法の練習。最初は五メートル程から始めて徐々に高度を上げていく。
地面にマットを敷くとはいえ(この時代の安全マットはかなり高性能で、五十メートルの高さから生卵を落としても決して割れない)、五メートル以上ジャンプするというのは普通に怖いものだ。まずはそれに慣れる必要がある。
「うわわわわっ」
「落ち着いて下さい。跳躍する際、まずは姿勢を意識して、着地のイメージを掴むように。今は他の事は考えなくていいです」
慌てふためく琥珀に並走して跳びながらアドバイスする。地面からでもいざという時のフォローは出来るがやはり隣にいた方が安心出来るし、見本にもなるだろう。
移動魔法による跳躍は、肉体的な予備動作が無くても跳んでしまう。魔法に合わせて姿勢を変える必要があるのだ。それに慣れないと今の様に跳んだ瞬間にバランスを崩してしまう。
「魔法での跳躍とはいえ基本的なイメージは普通のジャンプと大して変わりません。正しい姿勢を維持するのが大切です」
「それが難しいんだけどっ!?」
「難しいなら出来るまでやりましょう。訓練あるのみです」
「ちょっ!?」
「……前から思ってたけど、泉美ってかなりスパルタというか、脳筋な所あるよね」
上級生として監督してくれていたほのかが若干引き気味に言うが、泉美に言わせればこんなのはスパルタでも何でもない。
「何を言っているのですか光井先輩。私も出来ない事をやれとは言いませんよ。ただこの程度は自力で出来ないと今後苦労しますから、今の内に身体を動かす下地を付けた方がいいでしょう。」
跳躍に限らず、魔法に合わせて身体を動かす、というのはよくある事で、魔法力についていける程度には身体を動かせるようになった方がいい。特に女子はその辺を軽視しがちな子が多いので、この機会に教えてあげているだけだ。
「それに光井先輩もある程度身体を鍛えているでしょう?」
「まあそうだけど……」
泉美の見たところやはり上級生はその辺を分かっているらしく身体も最低限は鍛えているようだ。……本当に最低限の人も多いが。
香澄もロアガンに出場する以上は少し鍛えた方がいいかと考えながら、泉美はチームメイトがマットに倒れ込むまで練習に付き合っていた。
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春の一件から、泉美は七草家の当主である弘一が何をしているのかを時々調べるようになった。調べるといっても所詮高校生に出来る事は多くないので、基本的には書斎で名倉と会話しているのを盗み聞きする程度だ。
七草家は当然、高レベルのセキュリティを備えているが、泉美はそれを欺ける程の古流魔法に加えて、情報次元から音声情報を直接視ることも出来る。バレないように盗み聞きするのはそう難しくなかった。もっとも常時見張っている訳ではないので、盗み聞きするのは名倉が夜中に書斎に行くのに気付いた時だけだが。
その日の夜も、名倉が書斎に入って行ったことに気付いた泉美は二人の会話に耳を傾けた。
「周公瑾は何と言ってきた?」
早速弘一が本題に入る。周公瑾という名前は前にも聞いた覚えがある。たしか春の一件が終わった後に一度だけ、接触できたと報告していた筈だ。
「九島の当主───」
「ふむ────」
「────」
そのまま話を聞いているが、二人の会話の内容は極めて不穏な内容だった。。
(──これはまた、とんでもない厄介事ですね)
大まかに纏めると、
・ 今年の九校戦が軍事色の強いものになったのは国防軍の対大亜連合強硬派による影響
・ 九校戦のスティープルチェース・クロスカントリーで『パラサイドール』の性能試験が行われる
・ 周公瑾はそれに干渉し、『パラサイドール』を暴走させて選手を害するつもり
・ 性能試験の首謀者は九島家で、弘一は知らん顔で何もするつもりがない
『パラサイドール』とはパラサイトを憑依させた戦闘用ガイノイドの事らしい。達也が
それはさておき自分の学校も対象になっている陰謀、流石に看過できるものではない。自分はスティープルチェースには参加しないとはいえ、参加する先輩の多くは知り合いなのだ。
(しかし父様もこんな相手と手を組むとは愚かなことを)
そして何より父である弘一の言動が見過ごせなかった。周公瑾とやらは明確に日本の魔法師に害を為す存在のようで、それと手を組んでいる時点で言い訳の余地はない(これは九島家も同罪のようだが)。ましてや弘一は名倉に「他家の子女の為に骨を折るつもりはない」と言い放った。これは日本の魔法師のリーダーたる十師族としての責務を放棄している発言だ。
弘一はいつからこうだったのだろう。周公瑾と接触した今年の春からなのか、それとも小学生の頃は気付けなかっただけで、昔からこんな事をしていたのだろうか。
(とはいえ、私が話した所で止めやしないでしょうし……)
もう自分が言った所で引き返せない所まで行ってしまっているのだろう。説得は無意味そうだ。
今回何もする気のない弘一は一旦置いておいて直近の問題であるスティープルチェースに思考を移す。父に思うところはあるにせよ、実験のことを今のうちに知れたのは間違いなく僥倖なのだ。
やはり棄権させるのが一番手っ取り早い。全て話さなくとも、軍が秘密実験をするらしい、とだけ話して説得できるかもしれない……が、反魔法主義者は既に動き始めている。今から棄権して世間の印象がどうなるかは賭けになる──自発的な棄権と捉えられるか、『活動家』達の行動があっての選択と捉えられるか。変更から一週間も経っている以上、後者の可能性が高そうだ。
しかし棄権しないとなるとパラサイドールとやらは泉美自身で対処する必要がある。人の忠告を聞かない上級生のワガママの尻拭いのために一年生が必死に働くのは流石に釈然としないが、泉美以外に対処できそうな人が──
(──そういえば、司波先輩と深雪先輩は二日目から急に棄権に賛成していましたね)
この3ヶ月であの二人が四葉の関係者であることはほぼ確信している。神田議員の件のように、ひょっとしたら二人は四葉の情報網かなにかで実験のことを知ったのかもしれない。それで棄権に賛成に回ったというのは十分あり得る事だ。
(──あの二人は九重八雲とも懇意にしていますし、四葉家がバックにいるならパラサイドールにも対応できるのでは?)
そう考えると上級生である二人に丸投げしても良さそうな気もする。しかし少考の後、泉美は小さく首を横にふった。
(不確定要素が多すぎる。司波先輩にしろ深雪先輩にしろ四葉家を動かせるかは怪しいし、
泉美はあの兄妹が四葉家の人間だと既に確信しているが、四葉内での立ち位置については分からない。
おそらく一条将希や十文字克人のように跡継ぎとして家の人間に命令できる立場ではない、とは思う。しかし情報の共有をどこまでしているのかが、なんというか、ちぐはぐなのだ。
(此度の件の情報は四葉家からもらっている?そうすると今度は
(そもそも九校戦の裏を知っているというのも私の希望的観測に過ぎない。本人に聞けるはずもないですし)
まさか直接四葉の情報網を尋ねる訳にはいかないし、泉美が実験のことを知っていると分かると最悪こっちに対応を全て押し付けて自分はデータ収集、という可能性すらある。あまりこちらから聞きたくはない。四葉家が先に潰してくれれば儲けもの、という気持ちでいた方が良いだろう。
(んー……準備だけはしておいて、現地に着いてから状況に応じて、という感じになりますね)
結局いざという時の隠蔽の方針とスケープゴートの候補だけ事前に決めておくことにして、泉美は結論を先送りにした。世の中最後はなるようにしかならない。