七草泉美の苦労日誌   作:オオアリクイ

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覗き魔と教育

☆★☆★☆★☆★

 

 

「──司波先輩は以前私のことを覗こうとしましたけど、まさか同じことを他の人にもしている訳ではありませんよね?」

 

 泉美がそう言うと周囲が凍りついた。そこで言葉を切って達也の返答を待つが、達也は黙秘している。薄々分かっていたがやはり黒かぁ、と泉美が思った所で、テーブル周辺を『物理的に』冷気が埋めつくした。

 

「──お兄様?どういうことか、説明して頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 深雪が達也に詰め掛かるが、正直そのやり取りは時間の無駄なのでさっさと()()を解く事にする。

 

「深雪先輩。そういう意味ではなく、司波先輩は珍しい『眼』をお持ちだな、という意味で、ですよ」

 

 それで伝わったようで、ヒートアップしていた深雪が急に冷静になり、警戒を(あらわ)にこちらに視線を戻した。反応が露骨過ぎる気もするが、まあ高校生ではこんなものか。

 

「泉美っ!?司波先輩に覗かれたってどういう事!?」

 

「い、泉美ちゃん?何を言っているの?」

 

 ここでようやく真由美と香澄が復帰した。そして二人とも声が大きい。この話をする前に密かに周囲に認識阻害の結界と遮音フィールドを張っておいたとはいえ、あまり目立つ事をすると認識阻害が機能しなくなるので止めてほしい。

 

「香澄、覗こうとした、ですよ。気付いて対応したので問題ありません」

 

 取り敢えずそこはしっかり言っておく。というか四人ともそれぞれ反応が大袈裟だ。泉美としては日常会話の延長のつもりで話してるのだが、随分物々しい雰囲気になってしまった。

 

 注文したカフェオレを一口含み、言葉を続ける。

 

「あまり人の能力をぺらぺら話すのもあれなので曖昧な聞き方をしますが、二人は司波先輩と一緒にいる時、見られてはいけないものを見られている、という感覚を味わったことはありますか?自分の全てを視られている、みたいな感じです」

 

「?」「っ!」

 

 そう聞くと香澄は何のことか分からない、という顔だが真由美は思い当たる節があるようだ。もう黒確である。

 

「あー姉さんは心当たりがあるようですね。その感覚は多分──」

 

「泉美」

 

「っ……!」

 

「──どうかしましたか?司波先輩」

 

 割り込んだ達也の声はそれ程大きくなかったが、その声に込められた力に、直接言われた訳でもない香澄の肩がビクッと震えた。

 

 しかし激辛フードで鍛えられた泉美の舌はその程度では動きを鈍らせたりはしない。平然と会話を続ける。

 

「取り敢えず他の人にもしているのか、という質問には答えて頂けないのですか?まあ姉さんの反応を見る限り答えは明らかかもしれませんが」

 

「……」

 

 また黙秘する達也にため息をつく。困ったらだんまりとは。

 

 泉美は達也が自分を『視』ようとした時は対応こそしたものの特に言及はしなかった。それは未遂で終わった事に加え、その時弘一の、七草家の企みで迷惑を掛けている真っ只中からだ。おそらく達也も七草家の関与を知っていた、ということもあってあまり問題にはしたくなかった。

 

 しかし覗きが実は常習犯で、真由美の情報もじっくり『視』てました、となると流石に泉美もなあなあでは済ませられなくなってくる。他の人のプライバシーの観点でも、達也のあまりに軽率な行動に釘をさす意味でも、きちんと話しておいた方がいいだろう。

 

「司波先輩。念のために言っておきますが()()は極めて失礼で、そして恥知らずな行為です。盗撮や盗聴などよりも遥かに(たち)が悪い」

 

 この言い様に深雪が気色ばむ。また冷気を漂わせているが、泉美は完全に無視してストローに口を付ける。都合が悪くなると威圧して相手を黙らせようとするあたり、兄といい妹といいヤクザのような兄妹だな、と内心呆れていたが。

 

「バレなければ大丈夫、と思っているのかもしれませんが、はっきりいって世の中を甘く見過ぎです。事実私にバレただけでなく姉さんにも勘づかれていますし」

 

 深雪がプレッシャーを更に強め、香澄と真由美が顔を青くして震えている(ちなみに席はこちらに泉美、真由美、香澄で向かいに達也、深雪で座っている。つまり深雪は対角線上にいる泉美を睨んでいるため、間に挟まっている二人にもプレッシャーが直撃しているのだ)。

 

 しかし四葉家はいったいどういう教育をしているのだろう。深雪のブラコンヒステリーにしろ達也の考えなしな行動にしろ、余程甘やかされたのか、それとも自分達に敵うものなどいない、みたいな甘い認識を教え込まれているのか。

 

 いや、ひょっとしたら今までは威圧すれば相手が黙ってくれたのかもしれない。この兄妹の後ろに四葉が控えていると知っている人間はだいたいそれで何とかなっていた、という可能性は十分考えられた。

 

 しかし泉美は別に四葉家に畏れなど抱いてはいないし、現状握っているカードはこちらの方が強い。春の一件について兄妹が知っていたとしてもそれは七草家のやった事で泉美がやった訳ではないのでそこまで痛いものでもない。それに対して泉美の知っている情報は司波兄妹の素性、妖魔を所有して学校に飼っていること、『眼』を使って人のエイドスを覗き視ていること、全て兄妹に直接関係するものだ。暴露大会になったら明らかに向こうのダメージが大きいだろう。

 

 つまるところ泉美は「黙ってあげている」立場であって、達也達はその厚意に甘えているだけなのだが、この二人はそのあたりを勘違いしているのかも知れない。

 

 まあこれ以上話しても仕方ないのでため息をついて話を締めにかかる。

 

「──まあ証拠が残ってるわけでもないですし、既にやってしまった事にこれ以上は言いませんが、司波先輩はもう少し考えて行動した方がいいですよ。皆が皆、『()()()()()()()()』だと見逃してくれる優しい人間ではありませんから」

 

「……そうだな。今後は気をつけよう」

 

 そう言うと達也は伝票を持って立ち上がった。退散する気らしい。そのまま真由美に頭を下げる。

 

「先輩。俺たちはこの辺で失礼します」

 

「あっ、ここは私が」

 

「いえ、俺が払います。この程度では詫びにもなりませんが」

 

 真由美にそれ以上言わせず、達也は深雪を引き連れて去っていった。

 

 取り敢えずカフェオレの残りを飲む。どこぞのブラコンのせいで凍る一歩手前だが、まあ夏なので許そう。香澄は初めて体感する達也と深雪の本気のプレッシャーに顔を青くしたままで、真由美はそれを心配そうに見ていた。

 

香澄が復活したのは兄妹が去ってから秒針が二周した頃だった。まだ少し顔色が悪いが、ある程度落ち着いたらしい。

 

「──それで、香澄はもう大丈夫そうですか?」

 

「……い、泉美?どういうことなの?」

 

「どうもこうもないですよ。取り敢えず香澄は司波先輩に噛みつくのは控えてくださいね。噛みついていい相手かどうか、少しは分かったでしょう」

 

「い、泉美ちゃん……達也くんや深雪さんと何かあったの?」

 

 真由美が恐る恐る聞いてくる。そういえば真由美に司波兄妹のことを聞いていなかった。聞くまでもなくほぼ確信していたからだが、この際なので聞いておく。

 

「別に大したことはありませんよ。ところで姉さんは司波先輩達のことをどれくらい知ってます?家系や能力という意味で、ですが」

 

「え、……え~と、優秀な後輩よ?」

 

 返ってきたのは歯切れの悪い答えだった。真由美も心当たりがあるようだ。流石に一年も生徒会で一緒に過ごせば四葉の人間だと気付く機会はあったのだろう。

 

「……まあそれならそれで良いです。ただしさっき話した全てを視られている感覚、それを次感じる事があったら即座に攻撃しても良いですよ。それぐらい問題ある行為なので」

 

「その……大丈夫、なのよね?達也くん達と仲が悪い、とかそういうのじゃ……」

 

「別にそういう訳ではありません。ただ人間関係は色々気を遣う、ということです。人によって家の事情とかもありますからね」

 

 真由美は尚も心配そうな顔をしているが、これは本当のことだ。今日こそ()()ギスギスした会話になったが、別に普段からこんな感じというわけではない。お互いに踏み込み過ぎないで良好な関係を保っている。

 

「そ、そう……ならいいけど……」

 

「それで結局服は何も買えてないのですか?まだ何か買いたいというなら時間はありますよ?」

 

「いや、ボクはいいかな……今日はもう帰りたいかも……」

 

 香澄が疲れきった声でそう答える。真由美も異論はなさそうで、三人はそのまま帰路についた。

 

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