七草泉美の苦労日誌   作:オオアリクイ

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幕間

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 月曜日、周は九島家を訪れていた。大亜連合の脱走魔法師を九島家に引き取ってもらう交渉をしていたのだが、その返事を貰いに来たのだ。

 

「それでは九島様、我が同胞を何卒(なにとぞ)宜しくお願いいたします」

 

「はい、ご安心下さい周殿。我々で責任持って受け入れましょう」

 

 九島家当主、九島真言(まこと)との会談は円満に終わった。三人の亡命方術士の受け入れを了承してもらった周は、真言と握手を交わしてその場を後にした。

 

 もちろん亡命方術士を大亜連合から(かくま)ってもらうというのは建前で、その目的は九島家が秘密裏に開発している新兵器、Pドールに狂化の術式を仕込むことだ。潜り込ませた三人は皆、妖魔の使役や傀儡術の専門家で、九島家もその知識を欲して受け入れたのだろうが、彼らは何処まで読んでいるだろうか。

 

 周が何も企んでいない、とは思っていない筈だ。偶然Pドールにぴったりな人材が三人入った、と考えるようではお花畑もいいところだ。当然こちらの目的を探ってくるだろう。

 

 三人の中の一人は他者の使役する精霊、妖精を暴走させ制御を奪う魔法を得意としている。この事実はプロフィールにはあえて載せずに、調べれば分かる程度に隠蔽をした。人は与えられた情報は疑うが、自分で手に入れた情報は鵜呑みにしやすいものだ。これで彼らは周の目的はPドールの狂化だと思ってくれるだろう。

 

 ただそれを知った彼らがどう動くか。一番都合がいいのは「Pドールには安全装置があるから気にする必要もない」と慢心してくれることだが、流石にそこまで馬鹿ではあるまい。自分でいうのも何だが、周は九の魔法師から警戒されている。これは周が「伝統派」という、九の魔法師と敵対する勢力に大陸の魔法師を斡旋しているからだ。慢心は期待出来ないだろう。

 

 とはいえ、

 

(これで私の役目は終わりですが、さてさて、どうなりますかね)

 

 そもそも周は狂化の術式を仕込む理由を知らない。方術士達に聞いてもやはり安全装置くらいは付いているだろうとの見解だった。

 

 狂化出来ないのに術式を仕込む、一応考えられる理由はあるが、既にこの一件での周の仕事は終わっている。ここからは実際に潜り込む三人が術式を仕込めるか、そして主が何を企んでいるのか、ただ見物していればいい。

 

 魔性の笑みを顔に浮かべながら、周は横浜へと帰って行った。

 

 

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 当主である真言は当然、周とのやり取りに箝口令を敷いていた。先代当主にも内密にしろ、と。

 

 しかし実際には、その内容は三人を受け入れを約束した一時間後には先代当主、九島烈の耳に入っていた。

 

「お聞きいただいたとおり、真言殿は亡命方術士の受け入れを約されました。これに当たって周公瑾は特に報酬や条件を要求していないとのことです。」

 

 烈にそう報告したのは九鬼(まもる)。師補十八家の一つ、九鬼家の前当主だが既に家督は娘に譲っており、現在は烈の手足として動いている。

 

「また、受け入れる三人の方術士の情報も既に調査済みです。周公瑾は隠していましたが、この中の一人は他者の使役する精霊を支配から切り離して暴走させる術を使うようです」

 

「なるほど。パラサイドールを狂化するのが目的か」

 

 鎮からの報告に烈はひとつ頷き、()()()()周の目的を口にした。

 

「このまま座視してよろしいのですか、先生」

 

「構わない。そもそもパラサイドールを狂わせるなど不可能なのだ。パラサイトとガイノイドは忠誠術式によって結びついている。この忠誠術式に拘束されることを条件にパラサイトはガイノイドから活動に必要な想子の供給を受けているのだ。これに反する意思を持った時点でパラサイトは想子を一気に放出し休眠状態になり、ガイノイドはパラサイトを封印する器へと変わる。原理的に、狂化などする余地はない」

 

「こちらがその気になれば、周公瑾の工作など最初から無意味なものとなる、ということですか……」

 

「そうだ」

 

 烈と鎮がひっそりと笑いあう。その後も彼らは、周の工作を計算に入れた責任を押し付けるシナリオを話し合っていた。

 

──それが周の想定する中で一番都合がいい、「九の魔法師が慢心している場合」の皮算用なのだと、彼らが知ることはなかった。

 

 

★☆★☆★☆★☆

 

 

 7月15日の日曜日、四葉の本家に双子の姉弟が訪れていた。片方は黒髪をドリルにした女の子、そしてもう一人は少女と見間違えるくらいに可愛らしい男の子だった。

 

 黒羽文弥と黒羽亜夜子(あやこ)、四葉の分家の一つで諜報を担っている黒羽家の姉弟で、今日は九島家が秘密裏に進めている魔法兵器に関する調査結果を当主である四葉真夜に報告しに来たのだ。

 

 真夜は亜夜子から受けた報告に満足している様子だ。それで用事は終わりなのだが、真夜は二人を下がらせなかった。

 

「そういえば、もうそろそろ九校戦ね?」

 

「はい」

 

 不意な真夜の問いかけに、文弥が緊張、というより警戒した様子で答える。目上の者に対してあまり褒められた態度ではないが、真夜はそれを指摘しなかった。

 

「当然あなた達も九校戦は出場するのよね?」

 

「はい、叔母様。私達は新人戦、ミラージ・バットとモノリス・コードに出場いたします」

 

 この質問に、今度は亜夜子が答える。この二人は特にどちらが主体となって話す、ということは決まっていない。

 

「あら、新人戦なの?あなた達なら本戦に出場するのかと思っていたけれど」

 

 これは真夜の本心だった。二人には特に試験で手を抜くように命令はしていない。ましてや気風として戦闘向きでない生徒の多い四高ならば、本戦に出るのが当然だろうと真夜は思っていた。

 

「しかし、わたくし達が本戦に出場するのは少々目立ち過ぎかと」

 

「そう思って、新人戦に出場させてもらえるよう、それとなくお願いしたのですが……」

 

  そう、真夜の考えは間違いではなく、これは二人が裏工作した結果なのだ。諜報部門の人間として目立ち過ぎるのは避けた方がいいと判断しての工作だったのだが……。

 

「余計な真似だったでしょうか?」

 

 文弥が恐る恐る真夜に尋ねる。隣の亜夜子も肩に力が入っていた。

 

「そうねぇ……いや、まあむしろ好都合と言うべきかしら」

 

 幸い、この行動は真夜にとって都合が悪い訳ではないようだ。しかし続く真夜の命令は、二人が全く想像していなかったものだった。

 

「文弥さん、亜夜子さん、九校戦では手を抜く必要はありません。全力を出しなさい」

 

 文弥も亜夜子も、当主に対しての忠誠心は父、貢から刷り込まれている。これは四葉家の中でも特に暗い部分を任される黒羽家の人間として当然の事だ。

 

「……はっ?はい」

 

「はい。……しかし叔母様。それでは目立ち過ぎてしまいませんか?」

 

 その二人ですら、この命令には直ぐに頷くことは出来なかった。文弥がすっとんきょうな声を出し、比較的冷静さを保っている亜夜子ですら、質問の形をとって命令に意義を唱えている。

 

「亜夜子さんの言う通り、あなた達が本気を出せば凄く目立つでしょうね。去年の深雪さんのように」

 

 しかし真夜は、命令を翻さなかった。むしろ亜夜子の疑問を当然のように語っている。

 

「ご当主様は、それが狙いなのでしょうか?自分達が目立てば、達也兄さん達から目を逸らせる、と?」

 

「ええ、半分は正解です、文弥さん」

 

 この文弥の推測を、真夜は笑顔で、条件付きで肯定した。しかし二人にとって理解はできても納得はできない内容だ。

 

「しかし叔母様、それでは今後の諜報活動に影響があるのでは?」

 

普通に考えて裏工作を担う諜報部員の顔が割れても特はない。当然の疑問だったが、真夜は取り合わなかった。

 

「それは気にしなくていいですよ。それよりも亜夜子さんに言っておく事があります。七草泉美についてです」

 

 真夜の返答は、理由のもう半分についてだった。

 

「七草の……双子の妹の方でしたよね?暫く行方知れずだった」

 

 亜夜子の要領を得ない反応に、むしろ真夜は首をかしげた。二人の父親である黒羽(みつぐ)から聞いていると思っていたのだが、二人は知らないらしい。とはいえ問題もないのでそのまま話を進める。

 

「ええ、そして極めて強力な、警戒するべき魔法師。と達也さんから報告を受けています」

 

「達也兄さんがですか!?」

 

 文弥が驚愕の声をあげる。文弥にとって達也は憧れであり、世界でも最強クラスの魔法師だと思っている。その達也が極めて強力と評価した、というのは彼にとってそれだけ大きな事だ。

 

 そして真夜の話しはそれで終わらなかった。

 

「その報告を受けて貢さんに調べてもらっていたのですが、何も分からないどころか諜報員が捕まって尋問されたそうです」

 

「そんなっ!?」

 

 そう、学校のある二人に貢は教えていなかったが、6月の中頃に九島家の件を調査に移るまで、黒羽家は泉美のことを調べていた。しかしハッキング等の間接的な調査では何も判らず、直接人を送って調べようとすれば逆にあっさり泉美に捕まって四葉の諜報員だと知られたらしい。

 

 つまり黒羽家は七草泉美の調査に関して完全に失敗した、という事だ。四葉の諜報部門を担うものとして沽券に関わる話で、黒羽の次代である二人にとっても他人事ではいられない。なのでこの後の真夜の命令に、今度こそ二人は疑問を挟まなかった。

 

「ちょうど新人戦ミラージ・バットには七草泉美が出場します。亜夜子さん、勝ちにいきなさい。できる限り情報を手に入れられるように」

 

「──畏まりました、叔母様。ご期待に添えるよう努めます」

 

 普通競技の場で秘匿している魔法や能力を見せたりはしないが、向こうには十師族、七草家の直系としての立場がある。表向きは四葉「かもしれない」だけの亜夜子に負けることは恐らく許容しないだろう。普段の行動から分析しても、七草泉美は負けるくらいなら手札を切るタイプだと思われた。

 

 そして既に七草家の人間に黒羽と四葉の関係を知られてしまった以上、目立つのを避ける意義も薄れてしまう。ならばいっそ目立った上で情報収集にあたるのも致し方ない、と亜夜子と文弥も考えを改め──そして、その元凶となった相手への闘志を(たかぶ)らせた。

 





原作だと黒羽の双子が四葉本邸に行くのは22日ですが、今話に纏めてしまいたかったのと、あと22日だと九校戦の準備遅すぎじゃね?と思ったので15日にします。
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