七草泉美の苦労日誌   作:オオアリクイ

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ミラージ・バットと練習

 7月14日、今日から期末試験で中断されていた練習が再開される。ほのか達上級生は山岳部の協力の下スティープルチェースの練習をするようで、今日のミラージの練習は一年生三人とエンジニアの上級生だけで行う。

 

「それでは今日は跳躍中に停止する魔法を使う練習をします。これが出来ないと大怪我しますからね」

 

 何故か泉美が他の二人を指導する形になっているが、これはほのか達がいない上、今日の担当エンジニアが役にたたないという判断からだ。

 

 平河という女子生徒なのだが、これがまたお子様な人間で、なんなら花音よりも酷いかもしれない。達也と何か因縁でもあるのかずっと睨んで空気を悪くするし、後輩である泉美や香澄にも何度も感情的になって皮肉を言ってくる。かと思えば十三束にだけはべったりで、プロ意識が皆無というか、エンジニアを選ぶ際に人間性を評価基準に入れなかったのを後悔するくらいには言動がなってない。

 

 そんな訳で顔合わせの段階で平河を頼るのは時間の無駄、というのが一年生の間で共通認識となっていた。デバイスの調整も技術だけなら問題ないようだが、担当される星羅は陰で凄く嫌そうに愚痴っている。

 

 それはそれとして今日の練習。これも凄く重要でここを疎かにすると正直何人死人が出るか分からない。そもそもミラージ・バット自体、かなり危険な競技なのだ。

 

「跳躍の練習をしていて分かったと思いますが、この魔法はそれなりにスピードが出ます。この速度で他の選手と衝突したらワンチャン死ぬのでそのつもりでいてください」

 

 そう言うと二人とも緊張した面持ちで頷いた。跳躍の魔法は10メートルを約1秒で飛び上がる。平地でのオリンピック選手の全力疾走とほぼ同じ速度だ。この速度でタックルすれば当然ただでは済まない。

 

「当たり前ですが魔法はあまり小回りが利くものではありません。かなり早めにブレーキを掛けないと発動前にぶつかります。」

 

「泉美なら空中で謎の回避しそうだけどね……」

 

「もちろん私は避けれますが、一般的にはぶつかります」

 

 琥珀の茶々はさておき、これが魔法の悲しい点だ。現代魔法はスピードに優れる、と一般には言われているが、泉美に言わせれば普通に遅すぎる。

 

 魔法が発動する速度は個人差もあるが、目安として起動式の読み込みから魔法発動まで0.5秒をきれば実践に耐え得るとされる。選手に選ばれている二人は当然もっと速いがそれでも競技用デバイスでは0.3秒は確実にかかる。

 

 単純計算で4メートルは前から停止する魔法を準備しないと間に合わず、しかも車のブレーキとは違って間に合わなければ全く減速せずに激突する事になる。

 

 これは去年発表された飛行魔法でも変わらない、というよりあれは0.5秒間隔で起動式が出力されるので更新のタイミング次第ではもっと酷いことになる。基本的に魔法による移動は小回りが利かないのだ。

 

「でもそれじゃあ僅差で同じ的を狙う時はどうすれば良いの?」

 

 琥珀がそう聞いてくるが、そもそも僅差の競り合いは危ないのでしない方がいい。

 

「ルール上は先に光球の1メートル圏内に入った選手に優先権が与えられます──が、基本的に他人と同じ的を狙わないのが一番ですね。光球はそれなりに余裕を持った数が出ますから」

 

 余程慣れた魔法師ならともかく、二人はそれくらい安全重視の方が良いだろう。新人戦では相手の選手も未熟である、という点を忘れてはならない。こちらに優先権が有ったとしても向こうが止まれず突っ込んでくる可能性もある以上、マージンは必要だ。

 

「それでは実際に停止する練習を始めますよ。止まるのにどれくらい掛かるのかを感覚で覚えて下さい」

 

「うげっ」

 

「また倒れるまでやるコースかぁ」

 

 こんなに丁寧に説明したのに何故か二人がげんなりしている。倒れた後もう一度立ち上がって続行するコースの方がお望みらしい。

 

 

☆★☆★☆★☆★

 

 

「それでは30分程休憩にしましょうか。私はその間ロアガンの練習を見学してきますから、戻ったら練習再開です」

 

「「…………」」

 

 1時間後、マットの上に転がっている屍達にそう言い残して同じ野外練習場にある水路に向かう。そこではロアーアンドガンナーの練習が行われていて、今は達也が上級生のペアと話している。

 

 そして本戦の選手に交じって香澄と、茶髪をベリーショートにした少女が練習していた。

 

「香澄、江渕(えぶち)さんもお疲れ様です。調子はどうですか?」

 

 達也に軽く挨拶した後(日曜日に少しギスった二人だが、達也は月曜にはもう普段通りだった。深雪は元の接し方に戻るのに5日かかったが)、二人に声をかける。表情からして悪くはなさそうだが。

 

「今んとこ転覆は大丈夫そうかな。最初はゆっくり()いでもらってたけど、さっきは割と本気のスピードなんだよね、鈴華?」

 

「うん。あの速度でもしっかりバランス取れてたから転覆はしなさそうだね」

 

「といっても射撃込みの練習はまだだから油断は出来ないけどねー」

 

 とりあえず漕手の足を引っ張らないという第一段階はクリアらしい。後は射撃だが、これに関して香澄に要求を出すのを忘れていた。

 

「言い忘れていましたが香澄、練習では特化型を使うのは禁止です。」

 

「へっ!?……いやいや冗談だよね?どう考えても特化型必須じゃんこの競技」

 

 香澄がすっとんきょうな声を出す。発動速度、照準補助の有無、そして操作の簡単さ、普通に考えてロアガンのガンナーが特化型を使うのは当たり前だろう──が、それでは今後の為にならない。

 

「特化型だと簡単すぎて練習にならないでしょう?本番と──ついでに直前の練習では特化型使っていいのでそれまでは汎用型を使って下さい」

 

「いやいやいやっ!?簡単すぎるってのはどこ情報なのさ!?まだターゲット見てないじゃん!」

 

「見ないでも分かる、というより十師族の一員としてそれぐらいの力は必要です。的が百だろうが二百だろうがパーフェクトで撃ち抜くくらいの才能は香澄は十分持っています。後は努力の領分ですよ」

 

 正直泉美は十師族であることに誇りも拘りも持ってはいないが、自分達がその恩恵を受けているのは間違いない以上、恩恵に釣り合うだけの力は身に付けるべきだ。

 

 優勝するのは大前提、大事なのはその上で成長する事なのだ。特化型など使っては才能だけで勝ってしまう。せっかくの機会なので、香澄にはしっかり苦労して貰おう。

 

 そんなことを思っていると、流石に香澄が可哀想になったのかそれまで双子のやり取りを黙って聞いていた江渕鈴華が会話に入ってきた。

 

「まあまあ、泉美ちゃんだって特化型使ってるじゃん。なんか変な部品付いてるけど?」

 

 鈴華の言うとおり泉美が使っているのは特化型。ミラージバットでよく使われるブレスレット型のものに一つパーツが付いている。

 

「ミラージ・バッドではミスすると大怪我に繋がりますからね。一人でやるなら自己責任で済みますが、チームメイトに怪我させる可能性がある以上そういう真似は出来ません」

 

 そもそも泉美としてはミラージ・バットに競技用の型落ちCADを使うことも不満なのだ。スティープルチェースにしてもそうだが、実力不足ならともかくCADの性能不足で怪我をするのは馬鹿馬鹿しいにも程があるだろうに。

 

「それでこのCADは別に大したものではありませんよ。手動のボタンの代わりにサイオンスイッチを付けて手を使わずに操作出来るというだけです」

 

「へぇ~そんなのあるんだ。というか競技で使っていいやつなの?」

 

「非接触の想子感応スイッチ自体は割と前からありますよ。何故かあまり人気はありませんが」

 

 本当に不思議なことに、この非接触型のスイッチは人気が無いのだ。CADに触れることなく、思っただけで魔法を使えるというかなり有用な機能だが一部の玄人しか使わないらしい。

 

「いやそれよっぽど想子の操作が上手い人じゃないと使えないって。ボクも試してみたけど難しくてむしろ手動より時間かかったじゃん」

 

「それなら使えるように練習するべきです。難しいから使わない、は流石に甘えが過ぎますよ?」

 

 そう、前に一度香澄にも使わせたのだが、想子操作(サイオンコントロール)の甘い香澄はスイッチを反応させるのに一秒近くかかっていたのだ。あれから自発的に練習するかと思えば、あっさり諦めていたらしい。

 

 これも時間のある時に鍛えるか、と思いつつ脱線した話を戻す。

 

「話を戻しますが、練習は汎用型で行うようにしてください。ま、姉さんならそれくらい簡単に出来るでしょうね」

 

「っ!……」

 

発破をかけるために真由美を引き合いに出す。真由美大好きなこの姉ならこう言っておけばやる気も出すだろう。

 

「それでは江渕さん、香澄をよろしくお願いしますね」

 

 案の定真面目な顔になってエンジニアに相談しに行った香澄を横目に、江渕に声をかけて戻ることにする。そろそろ琥珀達も復活した頃だろう。

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